[特集3]

科学研究と知的財産の公益性
―「研究利用における特許権の効力の及ばない範囲の現況」について
AAASからの寄稿紹介―

ライフサイエンス・医療ユニット 島田 純子

情報・通信ユニット 亘理 誠夫



経済発展のための方策の1つとして科学技術の推進・活用があり、科学技術の活用のために知的財産が資することから、知的財産の重要性が認識されている。知的財産政策で重要なことは、科学技術研究の成果を、さらに次段階の研究やイノベーションに結びつけるには、どのように知的財産を保護すれば適切であるかということである。

 知的財産権保護の目的は、特許法では、「発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もって産業の発達に寄与することを目的とする(日本国特許法第1条)」とされている。発明を秘匿することなく公開し、技術の発展に寄与した代償として、発明者または権利の承継人に対して、出願から20年間発明を独占的排他的に実施する権利を与えることで、発明完成の労苦に報い、新たな開発意欲を生じさせるものである1)。保護の範囲が小さければ、研究者の開発意欲を失わせ、また、特許出願し公開する代償として保護を求めるモチベーションも失われる。また反対に、保護の範囲が大きければ、研究者が他の研究者による発明を利用して新たな発明を生み出したり、産業へ利用したりすることが困難になる。したがって、適切な範囲で知的財産を保護することが重要である。

 この特許権による保護の範囲に関して、米国では、全米科学振興協会(AAAS;American Association for the Advancement of Science)で、2002年より科学と知的財産の公共利益の問題について検討するプロジェクト(SIPPI;Science and Intellectual Property in the Public Interest)が始められた。このプロジェクトは、科学において知的財産権の範囲がどの程度であるのが適切であるかを検証し、科学からもたらされる利益が公平に享受される方向へと導くことを目指し、また、知的財産権に関する政策についての議論を盛り上げることを目的としている3)。2004年2月に開催されたAAASの年次総会においては、「知的所有権と研究的使用の例外、科学への影響(Intellectual Property and the Research Exemption: Its Impact on Science)」と題するシンポジウムが開催され、この問題について議論された4,5)

 一方、日本では、現在、特許権による保護の範囲に関して、特許法69条1項の解釈を明確とすることが緊急に解決すべき課題として認識されている。特許法第69条1項では、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない」と規定されている。この特許権の効力が及ばない範囲について、議論がなされており、「技術の進歩を目的とする行為」にすべきとの学説が有力であるが2)、明確に示された判例などはない。

 技術の進歩や、産学官の連携の強化などといった社会の動きも受けて、特許権の効力が及ばないとされる試験・研究についての考え方について整理する必要性が高まり、知的財産推進計画2004(知的財産戦略本部、2004年5月27日)においても、2004年度中にこの考え方を整理すると記述されており、検討が進められているところである。

 今回、AAASのプロジェクトのCo-DirectorであるAudrey R. Chapman博士に「研究利用における特許権の効力が及ばない範囲の現況」について寄稿いただいたので、その翻訳を以下に掲載する。


【全米科学振興協会(AAAS)より寄稿】

研究利用における特許権の効力の及ばない範囲の現況

科学および知的財産の公益性プロジェクト/全米科学振興協会(AAAS) Audrey R. Chapman, Ph.D.


1.背 景

 科学は、あらゆる人間活動のうち最も国際的なものの1つであり、科学の発展には、探索の自由、国際的レベルにおける科学的データへの完全かつ自由なアクセス、そして結果の自由な公開は不可欠である。したがって、科学的データやリサーチツール、マテリアル、発見といったものに著作権や特許保護を求めるという昨今の傾向は、科学研究に新たなコストと問題を生じさせるものとなってきている。

 最近まで、ほとんどの先進国では基礎科学研究に大規模な公的助成を行ない、その成果を広く利用し、自由にアクセスすることを保証してきた(注1)。そして、基礎的研究開発に対しての政府の大規模な投資は、科学的データの保持と流通を含んだ科学研究というものが公益に資するということの証左にもなっていた。科学研究者たちは、伝統的に、データの共有と公開を通じて研究成果を普及させることに積極的に専心し、自らの発見を特許化することに抵抗感を持ってきたのである(注2)


(注1) Committee on Issues in the Transborder Flow of Scientific Data of the National Research Council, Bits of Power: Issues in Global Access to Scientific Data,(Washington, D.C. : National Academy Press, 1997), pp.17, 133.

(注2) Arny E. Carroll,“A Review of Recent Decisions of the United States Court of Appeals for the Federal Circuit Comment: Not Always the Best Medicine: Biotechnology and the Global Impact of U.S. Patent Law,” The American University Law Review 44(Summer, 1995):n.24.


 しかしながら、科学的発見の自由な利用と共有を奨励するという空気は大きく変容してきた。1980年、米国においてバイ・ドール法が成立して以来、政府の方針は公的助成を行なった研究の成果について商業的開発を奨励するという方向へ転換した。現在では、諸大学 ― 特に、米国の大学とある程度の他国の大学 ― は政府が支援した研究の成果を特許化するのが通例となり、研究活動を重要な知的財産上の資産と考えるようになった。応用研究だけでなく基礎研究も、しだいに民間から研究資金を得るようになった。それとともに、自由な公開という科学の伝統にも影響が及んできた。多くの科学分野において、特に生命科学分野において、科学者たちは、自らの知的財産権を保全するため研究成果の公表を遅らせ、科学的データを自身で保持するようになっている。例えば、1997年の調査によると、米国の生命科学研究者のほとんどが知的財産保護のために、同僚にも研究成果とマテリアルの公表を躊躇し、それらを自身で保持しているという(注3)


(注3) Eliot Marshall,“Secretiveness Found Widespread in Life Sciences,”Science 276(25 April 1997),p.525.


 研究者や大学は、リサーチツールの他に、一時代前には商業的な特許保護の対象からかけ離れていると考えられていたゲノム研究のような、「上流の」研究成果にまで、現在では知的財産保護を求めるようになってきている。諸大学がますます積極的に特許を保有しようとするようになるにつれて、リサーチツールやマテリアル、試薬の譲渡に契約が課されるようになってきたのである。

 また多くの科学的分野で、知的財産権の保有は公的機関と私的組織の両方で断片化される傾向にあり、様々な意味で「反共有物」(“anticommons”)となりつつある(注4)。こうした断片化ないし「特許の密林」化の結果、研究者たちは研究を継続するのに一々厖大な時間を割いて特許の在りかを突き止めなければならなくなった。これにより、科学者たちが研究を遂行したり、新製品を開発したりするためにライセンス契約をする際に、法的費用や財政的負担を増大させる結果となった。例えば、国際的な研究者チームがビタミンAを多く含む「ゴールデンライス」を開発したときには、40以上ものライセンス契約を結ぶ必要があったという(注5)


(注4) Michael A. Heller and Rebecca S. Eisenberg,“Can Patents Deter Innovation? The Anticommons in Biomedical Research,”Science 280(1 May 1998), pp.698‐701.

(注5) Travis J. Lybbert,“Technology Transfer for Humanitarian Use: Economic Issues and Market Segmentation Approaches,”IP Strategy Today 5(200):18.


2.研究利用での特許権の効力が及ばない範囲に関する現行の法律規定

 原則として、特許保護された期間、その地域で当該特許発明を無許可で使用した場合には特許違反が発生する。しかしながら、この原則には例外があり、その1つに試験的使用の例外(experimental use exception)がある。いくつかの国では、一定の状況下で非商業的目的のために私的に行われた研究でかつ試験的目的で行なわれた活動について、特許権の効力が及ばないとする旨が、立法により規定されている。例えば、多くのEU諸国および日本は、限定的ながら試験的使用における例外が認められている。しかし、この例外の範囲は極めて狭いことが多く、時には不明確でさえある。また、米国、カナダ、オーストラリアおよびニュージーランドなどの諸国では、判例により限定的に試験的使用での特許免除が認められているが、その範囲についてはやはり争いがある。

 試験的使用での特許免除の範囲と性質には、国によって相当の開きがあるのが現状である。その1つのポイントは、特許発明に基づく試験と、より広い研究を目的として特許発明を使用する試験との相違をどう考えるかという点にある。例えば、英国および他の多くのEU諸国の特許法は、明示的に、「当該特許により与えられた知識に基づき実施され、かつ、当該特許の主題について未知の何かを発見することを目的にするか、又はそれに関する仮説を試験することを目的とする研究」に、免除の範囲を限定している(注6)。同様に、日本の特許法では「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない」と規定している(注7)。これらの定義では、新製品の開発といった、より広い研究目的に発明を応用する場合には、特許権効力の除外規定は適用されない。さらに、もう1つの重要なポイントは、研究に商業的な動機が含まれているか否かを基準にして特許免除の適用の範囲を判断している点である。


(注6) Australian Law Reform Commission, Gene Patenting and Human Health, Discussion Paper 68(February 2004),p.388,¶14.43に引用されている。
(注7) 1999年12月22日の法律第220号により修正された、1959年4月13日の特許法第121号。Nuffield Council on Bioethics, The ethics of patenting DNA: a discussion paper(London, 2002),p.61に引用されている。


 米国の特許法では、発明の非商業的使用または研究利用については、制定法上での特許免除は規定していない。ただし、後発医薬品の承認申請に必要な臨床試験は権利侵害にあたらないとする明文の規定が存在する(注8)。それにもかかわらず、これまで、米国の多くの科学者は製品を商業化する意思がない場合には、明示的な許可を求めなくても特許情報やリソースを利用できると考えていた。しかしながら、2002年、米国の連邦巡回控訴裁判所は、デューク大学に対する特許侵害訴訟の控訴審決定において「試験的使用の抗弁」を棄却した。すなわち、同控訴裁判所は、米国の法律も判例もこのような場合には研究利用上の免除を規定していないと判示した。そして、研究プロジェクトは、おそらく非商業的応用のためだが、明らかにデューク大学の正当な業務を促進するものであるため、デューク大学の非営利的もしくは教育的立場によって試験的利用の抗弁を正当化できるものではないと認定した(注9)。その後2003年6月、最高裁判所は本件の再審請求を棄却している(注10)


(注8) 35 U.S.C.¶271(e)(1).

(注9)
Madey Duke 307 F 3rd 1351(2002).

(注10) Duke University v Madey No. 02-1007(Supreme Court of the United States 2003).


 この件における裁判所決定は、米国の研究者に多大な影響をもたらすものと思われる。こうした事態に直面して、多くの研究者や企業は、それほど有望でない研究であっても、ライセンス上の障害が少なく、また研究を開始するコストが少ない研究に、投資を行なうようになるかもしれない。また、特に大学をはじめとする様々な機関で働く研究者や開発者たちは、リサーチツールに対する権利を確保しようと、不必要に多くの契約を結ぶようになるやもしれない。あるいはさらに、試験的利用の例外が認められている国や特許保護のない外国の機関に流出して、学術的研究を進めるかもしれない。

3.改善のための方策

 上述のような事態の結果、投資や製品開発が奨励される代わりに、ますます多くの知的財産権が設定され、人類の福祉を促進するための有用な製品が減少する可能性さえある。したがって少なくとも、多くの諸国において試験的利用の例外の範囲を明確にし、不明確な部分を除去することが必要である。また、TRIPS協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights:知的所有権の貿易関連の側面に関する協定)に定められた要件に従って、各国の規定を統一していくことも非常に有効であると思われる。筆者としては、法律上の研究利用免除規定の適用が、特許発明を使用する研究に適用されるように拡大されるべきであると考えている。いくつかの国の裁判所では、すでに試験的使用の抗弁を改善する方向が検討されている。また、全米科学振興協会(AAAS;American Association for the Advancement of Science)でも、最近そうした様々な提案を評価するためのプロジェクトを立ち上げ、どの方策が最も科学研究とイノベーションを推進するかを検討している。

(以上 寄稿)


謝 辞

 本稿をまとめるにあたって、政策研究大学院大学隅藏康一助教授には、貴重なご意見をいただきました。文末にはなりますが、ここに深く感謝致します。


参考文献

1) 高林龍「標準特許法」有斐閣、2002年

2) 中山一郎「日米比較から見た特許権と「実験の自由」の関係について―「試験・研究の例外」の変遷と課題―」AIPPI,Vol.48, No.6,pp436‐472(2003)

3) AAAS, Science and Intellectual Property in Public Interest(SIPPI):http://sippi.aaas.org/about/

4) 「米国における知的財産権訴求の試験・研究使用の例外範囲の縮小の影響 ―知的財産権の保護と円滑な研究活動はどこで両立すべきか―」科学技術動向2004年3月号

5) AAAS 年次総会:http://www.aaas.org/meetings/

6) Michael A. Heller and Rebecca S. Eisenberg,“Can Patents Deter Innovation? The Anticommons in Biomedical Research,”Science,Vol.280,pp.698‐701(1998)

7) Michel A Heller, Rebecca S. Eisenberg著 和久井理子訳「特許はイノベーションを妨げるか? ―生物医学研究におけるアンチコモンズ―」知財管理 Vol.51,No.10(2001)

8) Bioベンチャー Vol.2,No.2(2002)

9) 産業構造審議会知的財産政策部会特許制度小委員会特許戦略計画関連問題ワーキンググループ第6回、第7回配付資料(2004年1月20日)

解 説

  • アンチコモンズ(の悲劇)

     「アンチコモンズの悲劇」とは、研究成果の私有化が行き過ぎると、知的財産権が細分化し、これを効果的に利用することができる権利を持つものが全く存在しない状況となり、有用な利用が妨げられる恐れがあることを指摘したものである6,7)

  • バイ・ドール法

     米国上院議員のバーチ・バイ(Birch Bayh)とロバート・ドール(Robert Dole)により提案された「1980年特許商標法修正法」を、通称「バイ・ドール法(Bayh・Dole Act)」という。連邦政府の資金提供によって完成された発明を、大学、非営利団体、中小企業が自分の帰属にすることができるようにし、特許化してライセンスした場合には、そのロイヤリティー収入を発明者や科学技術のための研究開発に還元することを義務づけた。この法律の制定によって,研究を行っている多くの大学等では技術移転機関(TLO)が大学内または外の組織として設立されるようになり、政府資金の援助を受けて得られた研究成果が、大学等の所有として特許化され、大学等と企業間でライセンス契約して技術移転される途が開かれた8)

  • 「研究利用での特許権の効力が及ばない範囲」 に関する各国の規定

     「研究利用での特許権の効力が及ばない」とする特許権の効力に対する制限は、権利の性質や公益的理由から加えられる制限である1)。主な国の規定は以下の通り。

(1)米国
 制定法上で「試験的使用の例外」に関する明文の規定はないが、判例において適用されている。その組織の「正当な業務」の遂行のためであって、「娯楽のため、単なる好奇心を満たすため、又は厳密に哲学的な探求のため」とは言えない場合には、「試験的使用の例外」は適用されない、となっている。9)

(2)英国
 特許法第60条5項「(a)私的にかつ非商業的目的でなされる場合、(b)その特許発明の主題に関し試験目的でなされる場合は、特許侵害を構成しない」において規定されている。

(3)ドイツ
 特許法第11条「(a)私的にかつ非商業的目的でなされる行為、(b)特許発明の主題に関し試験目的でなされる行為には特許権の効力が及ばない」において規定されている。

(4)フランス
 知的財産権法第613条5項「(a)私的にかつ非商業的目的でなされる行為、(b)特許発明の主題に関し試験目的でなされる行為には特許権の効力が及ばない」において規定されている。

(5)日本
 特許権は、「業として」の実施のみに及ぶ。業としての実施とは、「産業とは関係のない実施、すなわち個人的あるいは家庭的な実施」以外のものを指すと解釈されている。

 特許法第69条1項に「特許権の効力は、試験または研究のためにする特許発明の実施には及ばない」と定められている。この解釈について示された判例はこれまでなく、学説では、「技術の進歩」を目的とする行為(特許性調査、機能調査、改良・発展を目的とする試験)に限定すべきであるとの説が通説になっている。9)

  • デューク大学の件

 「試験的使用の例外」について米国連邦最高裁判所の判断が示されたものである。大学において行われた試験又は研究が他者の権利を侵害しているとの理由でその差し止めが求められた。

 デューク大学の教授であったMadeyが、自らの所有する特許発明を用いた装置を研究室に設置していたが、Madeyが大学を退職した後も大学側が当該装置を使用していたため、Madeyが大学による当該装置の使用の差止めを求めて提訴したという裁判である。大学は、自らは教育活動を行う非営利機関であり、当該装置の使用は「試験的使用の例外」にあたると主張した。

 地裁判決では、大学による当該装置の使用が「試験的使用の例外」に当たることが認められたが、控訴審である連邦巡回控訴裁判所では、デューク大学の行為は「試験的使用の例外」には当たらないと判示された。つまり、「娯楽のため、単なる好奇心を満たすため、又は厳密に哲学的な探求のため」と言える場合にのみ「試験的使用の例外」の法理が存在し、当該行為に商業的目的があるかは関係なく、その行為が「組織の正当な業務」の遂行のためである場合には「試験的使用の例外」は適用されないと判示された(Madey v. Duke University, 307 F.3d 1351 (Fed. Cir2002))。

 同判決に対して、デューク大学は連邦最高裁に上告したが、2003年6月、最高裁はデューク大学の訴えを棄却し判決が確定した(Duke University v Madey No. 02‐1007 (Supreme Court of the United States 2003))。9)

  • TRIPS協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights)

 TRIPS協定とは、特許などの知的財産の保護について、WTOに加盟している国が守るべき最低限の保護水準を定めたものである。1995年1月1日発効。

 試験又は研究の例外に関し、第30条において、「与えられる権利の例外」として、「加盟国は,第三者の正当な利益を考慮し,特許により与えられる排他的権利について限定的な例外を定めることができる。ただし,特許の通常の実施を不当に妨げず,かつ,特許権者の正当な利益を不当に害さないことを条件とする」と規定している。