[特集4]

構造物保全技術と
リスクベースメンテナンス(RBM)

客員研究官 木原 重光


1.背 景

 昨今国内では、大きな産業事故の発生また検査記録の不実記載など、安全に関する信頼が揺らいでいる。すでに成熟社会となりつつある我国は、膨大な社会・産業インフラ資産を有しており、これらの資産を大切に維持、活用することが重要な時代になっていると考えられる。そのような中で、世界との比較でいえば、かなり厳しい規制のあるにもかかわらず、我が国で問題が多発する原因を詳細に解析し、安全で安心な社会を維持するための保全に関する技術の整備が急務といえる。

 上記トラブルの原因として、社会および産業インフラを構成する多くの構造物の老朽化、保全関係技術者の減少、技術伝承の不備、時代遅れの規制などの問題が指摘されている。一方で、国際競争の激化の中で、すべての製造業においてはコストダウンは必須であり、プラントの効率的運用が求められている。つまり老朽化した設備においても安全を損なうことなく、低コストで維持するための技術開発、人材育成、関連政策の整備が極めて重要である。

 そのような中で、欧米から始まったリスク(破損の起きる確率×破損による被害の大きさ)を基準にした維持管理手法であるRBM(リスクベースメンテナンス)が最近注目されている。RBM手法は、リスクの大きさを指標に保全の優先順位を付けることで、無駄な検査を省略し、リスクの大きいところに優先的に投資がなされるという合理的な手法である。安全安心社会とは、全ての構造物のリスクが許容値以下になっていることと定義でき、RBM手法は我国での定着が期待されている。

 さらに、社会および産業インフラの延命は大量の廃棄物の削減をもたらすので、環境保全の観点からも既存インフラの長期の安全な活用方法の確立は急務となっている。

2.構造物の保全に関する技術の現状

 現存する構造物の多くは、材料としてコンクリートと鉄鋼が主に使われている。構造物が安全に運用されるということは、言い換えると破損せずに運用されるということである。構造物の使用中の破損は、構成材料であるコンクリートや鉄鋼固有の破壊機構によるものである。我々がコンクリートや鉄鋼を構造材料として使用してきた歴史は長く、多くの破壊事例を経験し、破壊機構の全てが解明されているといえる。

2‐1.破壊機構

 コンクリートと鉄鋼について解明されている破壊機構を以下に述べる。

(1)コンクリートの破壊

 コンクリートの使用中破壊は、図表1に示す機構によってコンクリートの強度が低下(劣化)し、繰返し、衝突、地震荷重などによって破壊、剥落することによって発生する。

chart1

(2)鉄鋼の破壊

 鉄鋼の使用中破壊は、図表2に示す機構によって発生する。

chart2

2‐2.寿命予測

 解明されている破壊機構について、これらの破壊を予測(いつ、どこで発生するかを知る)できれば、安全な運用が可能である。それぞれの破壊機構ごとに寿命予測技術の研究開発が行われてきた。

 コンクリートおよび鉄鋼の破壊機構の中で、鉄鋼のクリープ破壊に対する予測(寿命評価)が最も進んでいる。ボイラ、タービンなどのように高温で使用される設備では、クリープは不可避であるため、クリープを許容する設計がなされる。従って、寿命評価をしながら継続使用することになるため、寿命評価技術の確立が不可欠であり、寿命予測の研究はクリープ破壊に対して最も進んでいる。一方、疲労および腐食は設計時に、これらを回避するように設計されており、それらの発生を防止する手法に研究の重点が置かれ、疲労および腐食に関する寿命評価手法の確立は十分とはいえない。

 火力発電用ボイラの伝熱管のクリープ寿命評価の例を以下に示す。図表3はボイラ鋼管が高温の一定荷重下で時間とともに変形が進展し、最終的に破断する現象(クリープ曲線)を示している。図中に示す写真は、クリープ変形の進展とともに材料内部で組織変化が起こっていることを示している。寿命予測は、対象となる部材が現在、全寿命のどの位置にあるかを非破壊的手法で知ることである。この図からボイラ鋼管のひずみ量、組織変化の度合いの計測によって、全寿命のどの位置にあるかを知ることができることが分かる。鋼管の数%程度の変形量の直接計測は特別なケースを除いて難しいが、管表面を研磨して組織変化を観察すること、超音波を用いてボイド、微小亀裂を検知することは可能である。現在ボイラ鋼管の寿命は他のパラメータ(材料硬さ、析出物特性、電気抵抗など)を用いて評価する方法も開発されている。経済産業省のボイラ定検周期延長指針では、計算などの簡便法で求めた消費寿命率に対して、図表4に示すいずれかの方法で寿命を詳細に予測して十分な寿命が確認できれば、定検周期を2年から4年に延長できると定めている。

chart3

chart4

 火力発電用ボイラでは、保全において寿命評価手法が活用され、寿命の合理的延伸が図られている、最も進んだ例といえる。全体的に鉄鋼構造物の寿命診断はかなり進んでいるといえるが、全ての社会、産業インフラについて、寿命評価指針が確立され合理的な保全が実施されることが望まれる。

 また、コンクリート構造物は鉄鋼構造物より大きな安全率で設計され、地震災害など以外、通常使用下での劣化による大きな破損事故が未だ発生していないので、寿命評価の必要性が低く、研究は未だ十分ではない。図表51)に塩害による劣化過程の模式図を示す。定性的には劣化過程は明らかにされているが、劣化度を測る具体的手法の開発はこれからである。50年を超えるコンクリート構造物が増えてくる近い将来に向けて、寿命予測技術の研究開発が強く望まれる。

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2‐3.技術以外の問題点

(1)保全を担う人材

 これまで安全な運用を行ってきたのは、設計、保全関係の熟練技術者であった。我国では1960年後半からの高度経済成長期に各種プラントの建設ラッシュがあり、多数の優秀な技術者がそれらの建設に関わり、現場での貴重な知識、経験を得た。その後、彼らがプラントの保全に関わり、熟練者となって、プラントの安全操業を支えてきた。また、研究においても構造材料の研究開発は1970年代にピークを迎え、材料開発のみならず上述した破壊機構の研究に多数の研究者が関わり、機構解明および予知技術の開発が進展した。しかし、近年プラント建設は激減し、構造材料の開発も一段落して、現場技術者が経験を積む機会がなくなり、構造材料の研究も極めて不活発になっている。さらにコンピュータによる計測や制御の進歩によって現場の合理化が進み、保全技術者の数が減少している。

(2)国際化

 従来の日本ではすべての社会、産業インフラは、国内で製造された材料を用いて、国内で設計、製作されていた。しかし近年、国際化の波の中で外国製品(材料を含む)の導入が進んでいる。国内製品は規格基準の幅の上限に近い品質のものが多いが、外国製品は、下限を含む品質に大きなばらつきがある。均質で高い品質の製品に馴染んできた我が国にとって、ばらつきの大きい製品を安全に保全するための新たな対応が必要となっている。具体的には、外国製品の規格・品質データベースの確立などが望まれる。

3.保全に関する最近の国内外動向

 我が国では2003年10月から原子力発電設備の維持基準が施行された。従来発電設備では、検査によって検出された欠陥は全て修復することが求められていたが、維持基準では欠陥の一定期間後の進展を予測し、構造強度の低下程度を評価して、安全基準を満たしている場合は、そのまま使用することを可能とした。具体的評価は日本機械学会の「維持基準(評価規定)」に適合することが求められ、詳細解析が必要であるが、微細な欠陥を溶接補修することによる弊害(残留応力の発生など)を考えると、維持基準はより合理的で信頼性の高い保全を原子力発電設備で可能にしたといえる。

 そのような動きの中で、リスク(破損の起きる確率×破損による被害の大きさ)を基準にした維持管理手法であるリスクベースメンテナンス(RBM)(次項に詳細を述べる)が最近注目されている2)

 RBM手法の確立には、保全関係の広範囲な研究開発が必要であり、産業界、学会が大きな関心を寄せている。日本高圧力技術協会(HPI)ではRBM研究委員会が3年前から活動している。化学工学会装置材料委員会保全分科会ではRBMに関する調査を実施している。(財)エンジニアリング振興協会では、(財)機械システム振興協会からの委託研究として、「機械システム等のメンテナンス最適化のためのRBM手法の開発に関するフィージビリティスタディ」3)を2003年から2年間の予定で実施している。また、同協会は2004年から国家プロジェクトとして「産業・社会資本構造物の長寿命化に向けた高度メンテナンスシステムの開発」を実施する。C日本学術振興会は2004年度から「化学プラントのリスクベース保全技術」に関する先導的研究開発委員会を設置した。

 海外では米国石油学会(API)が石油精製プラント向けのリスクベース検査(RBI)のガイドライン4〜5)を作成しRBIの普及を進めており、米国機械学会(ASME)でも各種プラント用のRBIガイドライン6)の作成を進めている。欧州では全体で、RIMAP(Risk Based Inspection and Maintenance Procedure for European Industries)プロジェクトを推進している。

 このようにRBMに対しては国内では産学官ともに深い関心を示し、欧米でも組織的に研究開発が進められている。

 その他、2003年10月に原子力発電設備を中心とした保全技術を扱う保全学会(会長宮慶大教授)が設立された。また、2001年から(独)物質・材料研究機構のプロジェクトとして「材料安全使用のための材料リスク情報プラットフォームの開発に関する研究」が5年計画で進められている。(独)科学技術振興機構の「失敗知識データベース」プロジェクト(2001年から5年計画)で各種プラントにおける損傷事例の収集が進んでいる。さらに(独)物質・材料研究機構では、30年以上にわたりクリープおよび疲労のデータシートを作成してきており、世界に誇れる貴重なデータベースである。

 上記から、現在、産学官で保全に対する重要性の認識が高まっており、欧米に比べても技術的ポテンシャルは十分に高いと判断できる。

4.リスクベースメンテナンス(RBM)の概要

 リスクは図表67)に示すように安全と危険を包含したもので、リスクの低い側をより安全、リスクの高い側をより危険とする概念である。これまで我国では、絶対安全が求められたが、安全と危険の境界は不明瞭である。リスク管理の概念では、危険と安全の境界はリスクの許容値であり、許容値の決定に広い領域の人が関与することで、危険と安全についての広いコンセンサスが得られるものである。具体的にリスクは「破損の起きる確率」と「破損による被害の大きさ」の積として表現される。

chart6

 RBM手法は欧米から始まり、我が国でも一部適用が始まっている8)。リスクの大きさを指標にメンテナンスの優先順位を付けることで、無駄な検査を省略し、リスクの大きいところに優先的に投資がなされるという合理的な手法である。2項で述べた既開発技術は「破損の起きやすさ(確率)」を査定する要素であったが、その破損によって、どのような被害が発生するかを査定することが必要になる。リスクを基準にすることで、必要なところの保全が重点的になされ、低コストで信頼性の高い保全が可能となる。

 図表7にRBMの実施手順の一例と必要な開発項目を示す。ここでの手順としては以下の通りである。

chart7

(1)準備

(2)評価

chart8

(3)メンテナンス計画と実施

 メンテナンスで得られたデータは、プラントデータとしてフィードバックされ、次回のメンテナンスへ反映される。これを繰り返すことで、データが蓄積整理され、信頼性が向上する。さらに結果として、記録の電子化、技術の伝承がもたらされる。

 また、RBM手法の確立のために必要な開発項目は以下の通りである。

 リスクは定量的(金額として)に表現できるので、保全に対する投資価値を求めることができ、経営判断の資料とすることができる。金融工学などを用いた先進的資産管理では、定量的リスク値は重要な情報として活用されると考えられる。また、一般市民レベルと安全に対する考え方を共有しなければならない発電所など大型プラントでは、リスク許容基準を媒体に一般市民との客観的な議論を可能にするものといえる。これらのことからもリスク基準管理手法は広い範囲の人々から注目されている。

 上述のようにRBM手法の実用化には、3項で述べた「これからの保全のあり方」の項目をほとんど全て必要としており、RBM研究の推進は、結果的に保全のあり方を正しい方向に導くものと考えられる。

5.これからの保全のあり方

 膨大な社会・産業インフラ資産を大切に維持、活用しなければならない我が国において、保全技術の向上のために、以下のことが必要であると考えられる。

(1)破損をより精度よく予知するために、先進的センシング技術の適用などで寿命予測技術を向上させること。

(2)破壊機構解明および寿命予測技術に関する長年の研究成果を一般常識化させ、一般市民を含む広範囲な人たちが、構造物の安全運用について共通の尺度で議論できる環境を構築すること。

  具体的には以下が考えられる。

(3) 保全技術分野の活性化。

(4)国際化(外国製品の導入が進む)に対応した仕組みを構築すること。

世界的な材料特性、材料規格、破損事例などを、誰でも容易に使用できるデータベースとして整備する。

6.結 論

 上述の結果を踏まえて、下記の科学技術政策を提言する。

(1)保全技術のうち寿命予測手法、リスク評価手法(ソフト)および保全関係(破損事例、材料特性など)データベースは、誰でもが使用できて、評価基準は広くコンセンサスがえられているものでなくてはならない。また、社会インフラは国の責任において保全されるものが多い。従って、これらの開発には国の研究開発予算を投入すべきである。差し当たって、産官学が一致して関心を寄せているRBM研究を国の予算で推進することが効果的と考えられる。学協会など公的機関に予算を投入し、委員会を設置して、手法、基準開発を進めるべきであると考える。

(2)保全は材料力学、鉄鋼材料など構造材料学、熱・流体力学などの工学を総合する領域である。これらの工学は成熟分野であり、研究的魅力が薄れるとともに、学生の関心も低くなっている領域であるが、構造物を安全に維持するために不可欠な工学分野である。

 これらの工学を安全という新たな視点から捉えて、安全学、資産価値評価のための金融工学など社会科学的分野を含めた新しい研究開発・学問領域とすることが可能であると考えられる。欧米でも体系化されていない保全を学問体系化し、大学院に保全学専攻課程または保全技術研究センターを設置して、国内外の広範囲な人材を集めて研究、教育を促進することが望まれる。

(3)保全関連基準の整備および技術進歩にあった規格、基準の速やかな制定および改定を官民一体となって実施することが望まれる。保全の合理化を促す基準は規制緩和の流れの中で歓迎されると考えられる。

(4)保全技術者が減少する中で、少数の技術者の質を確保する意味で、学協会による保全関連の技術者資格認定を国の政策として積極的に推進する必要がある。

 これまでに述べたRBMの実用化など保全の近代化、合理化の進展は、以下のような波及効果も期待され、早急な実現が望まれる。


参考文献

1)(財)エンジニアリング振興協会:「産業基盤・社会基盤の維持管理高度化に関する調査研究報告書」(2004)、p.83

2) 酒井信介監訳:「技術分野におけるリスクアセスメント」、森北出版(2003)

3) (財)機械システム振興協会:「機械システム等のメンテナンス最適化のためのRBM手法の開発に関するフィージビリティスタディ報告書」(2004)

4) API Publication 580,Risk Based Inspection(2002)

5) API Publication 581,Risk Based Inspection, Base Resource Document(2000)

6) ASME:Risk Based Inspection -Development Guidelines, Vol.1 General Document CRTD Vol.20-1(1991)

7)小林英男:日本機械学会誌,vol.103、(2000)、p449

8) 木原重光他:日本機械学会誌、Vol.106、(2003)、p873

9) 木原重光、富士彰夫:「リスク評価によるメンテナンスRBI/RBM入門」、日本プラントメンテナンス協会(2002)、p15

10) 酒井信介、小林英男:日本機械学会誌、Vol.106、(2003)、p853

11) 小林英男:日本機械学会誌、Vol.106,(2003)、p846