[特集4]

米国の科学技術政策動向
―AAAS科学技術政策年次フォーラム速報―

総括ユニット 伊神 正貫


1.はじめに

 2004年4月22日、23日にAAAS(American Association for the Advancement of Science)の科学技術政策年次フォーラムが開催された。年次フォーラムは1976年以来毎年春にワシントンDCにおいて開催されている政策討論の場であり本年が29回目の開催となる。

 年次フォーラムのテーマは、その時点において米国の科学技術コミュニティが直面している予算およびその他の政策問題から選ばれる。開催時期は、政府の翌年度予算案が公表された後、議会審議が本格化する時期にあたり、政府の予算案に対する関係者の批判や支持の表明、政府関係者による政策の説明、さらに関係者間の討論を行うのに適した時期に設定されている。
 今年は、ジョン・H・マーバーガー大統領科学補佐官をはじめとする政府高官、トム・ダシュル民主党上院院内総務などの議会関係者、大学の研究担当幹部、関連シンクタンクのアナリスト、学会団体ロビーイング担当スタッフ、さらには諸外国の科学技術政策の関係者など計500名以上が参加し、

などについて議論が行われた。本稿では年次フォーラムの主なトピックを概観する1)

2.2005年度の連邦政府R&D予算

 2004年2月2日にリリースされた、ブッシュ政権の2005年度の予算教書における連邦政府予算要求は2兆4,000億ドル、そのうち連邦政府R&D予算は1,320億ドルとなっている。この内訳を見ると57%(約750億ドル)が防衛関連R&D予算であり、残りの43%(約570億ドル)が非防衛関連R&D予算となっている。前年度との比較では、防衛関連、非防衛関連R&D予算とも増となっているが、防衛関連予算の伸びが大きい(全体は4.3%、防衛関連は5.9%、非防衛関連は2.3%のそれぞれ増)。

 図表1に、2005年度における各省庁のR&D予算要求額を2004年度と比較した結果を示す。国土安全保障関連の予算については、ブッシュ政権において明確な伸びを見せている。特に、国土安全保障省(Department of Homeland Security)のR&D予算は12億ドルであり、これは前年度との比較で約15%の増加である。一方、国防総省(Department of Defense)では増加分のほとんどがミサイル防衛システムなどの開発へ振り向けられ、基礎研究、応用研究などの科学技術に関する予算が大幅減となっている。ブッシュ政権のプライオリティが(1)国防、(2)国土安全保障、(3)経済の3点である事を反映して、連邦政府R&D予算も上記3点にプライオリティを置いているとしているが、予算増を享受しているのは主に国防、国土安全保障関連予算である。

chart1

 AAAS R&D Budget and Policy Programディレクターのケイ・コイズミ氏は、ブッシュ政権が提示している財政赤字の削減プラン(財政赤字を、今後5年間で2004年度の半分まで削減するプラン)に従い、連邦政府R&D予算が推移した場合の2006年以降の見通しを以下のように述べた。

 NASAの予算増加は、ブッシュ大統領が今年1月に示した新宇宙戦略(新しい宇宙往還機の開発計画に加え、有人の月探査計画、その先の将来探査構想などからなる)の実施によるものである。

 ブッシュ政権の科学技術政策については評価が分かれている。マーバーガー補佐官は基調講演で、現政権下では国土安全保障のみでなく、長期的な経済発展を目指した非防衛関連のR&D予算も持続的な伸びを見せている事や、政府と科学者コミュニティの連携の成果として、米国保健福祉省の中に、新たにバイオセキュリティを専門に扱う諮問委員会が設立された事などを強調した。一方、ダシュル院内総務の講演では、政府は科学者が研究を自由に行い、必要なリソースを確保できるようにする義務があるにもかかわらず、現政権はそれを怠っており、かつ、ヒト胚研究に積極的という理由で大統領生命倫理委員会の2名の委員を解任したと主張し、現政権は、自らにとって都合の良い結果を得るため、科学的分析を圧迫し捻じ曲げていると批判した。

3.テロ以降の安全保障政策とその米国科学への影響

 テロ以降の安全保障政策が、米国の科学に及ぼした影響について、バイオセキュリティやビザ問題を主として議論が行われた。

 2001年におきた炭疽菌によるテロ事件をきっかけに、保健衛生の向上のために開発された生物操作の技術や新しい発見が悪用されることで、安全保障に脅威をもたらす可能性があるとの認識が生じた。この懸念に伴い、2002年に「公衆の健康安全保障ならびにバイオテロへの準備および対策法(Public Health Security and Bioterrorism Preparedness and Response Act of 2002)」が成立した。この法律では、特定の病原菌や毒素を扱う機関の登録や扱う者の身元確認を求めている。

 また、本年度になって米国保健福祉省の中に、新たにバイオセキュリティを専門に扱う諮問委員会が設立された。「National Science Advisory Board for Biosecurity」では、今後バイオ研究がテロなどに悪用されることがないよう指針を作成し、各政府・研究機関などに助言や指導を行っていくとの事であった。

 また、安全保障政策が弊害となっている具体的な事例として、米国籍以外の研究者の助成金や契約への参加が制限されたり、成果の公表が制限されたりするケースが増えている事、ビザ問題が留学生や海外からの奨学生の意欲を低下させており、マサチューセッツ工科大学では博士課程に進学する学生の数が2003年以降減少している事などが紹介された。

 これらの結果として、

 などが懸念されており、今後どのような対策を取るかが課題とされた。

 2001年のテロ以降、安全保障の問題が米国の科学に大きな影を落としている様子が垣間見られた。

4.情報化、グローバリゼーション下における米国の競争力 ―中国の台頭―

 情報化、グローバリゼーションが進む中で、技術開発のインド、中国などへのアウトソーシングが進んでいるとの認識が示された。アウトソーシングによるインパクトとしては、短期的には情報技術者の失業率の増加とそれに伴う競争力の低下、賃金引き下げなどが挙げられる。米国の若者世代はこの傾向を察知しており、コンピュータサイエンスの学士入学者が減っているというCRA(Computing Research Association)の調査も紹介されていた。また、これに伴う長期的な影響として職業構造の変化、軍事的優位性や国土安全保障に対する影響などが提起されていた。

 また、経済競争の相手は、過去は日本であったが、現在は中国との認識が大半であった。特に、中国の経済成長の背景には、日本とは異なる技術開発モデルがあるとの指摘があった(日本:高価格、高賃金、先端技術、産業政策など。中国:低価格、低賃金、先端技術、活発な起業家精神など)。

 中国はこれまでの低コストの製造能力を基盤として経済を成長させてきたが、今ではイノベーション能力を急成長させつつあり、その背景として、海外在住中国人科学者、留学生などを通して海外の研究活動に対するアクセスを拡大しつつあることが中国の特徴として挙げられていた。また、米国のビザ問題は、呼び戻し政策とも連動して、結果として中国に優秀な中国人を帰し、中国の産業強化に貢献するだろうとの指摘もあった。

 また、ジョージア工科大学のダイアナ・ヒックス教授からは、中国の台頭を示すさまざまなデータが示された。それによると、1991年〜2001年の間のGERD(国の総研究開発費、Gross national Expenditures on Research and Development)の増加率を見ると中国、シンガポールが急増しており、1995年との比較で2.5〜3倍となっている。2001年の段階で中国のGERDは570億ドルであり、これは日本の約半分となっている。また、1986〜1999年の間の中国人の博士号取得者数をみると、1999年には1986年の54倍と驚異的な伸びを見せ、絶対数も1998年には日本と同レベル(約6500名)になっている。また、同期間に出版された論文数をみても、中国は1999年には1986年の約4倍となっている。

 ヒックス教授が例示したデータの多くでは、絶対量は米国、日本がまだ優位性を保っているが、他方で中国がその存在感を急激に増しつつある。

5.新たな研究開発の方向性 ―認知科学―

 新たな研究開発の方向性として「心に関する研究」あるいは「認知科学」が浮上しつつあるように感じられた。

 ダシュル院内総務からも、ヒューマンゲノムプロジェクトに続く研究の方向として、これからは人間がどのように学び、記憶し、考え、コミュニケーションをとるかといった心の理解とそれらの教育や安全・安心への活用に関する研究が重要になるであろうとの発言があった。

 また、新しい技術として提唱されているNBICについての現状やその応用についての紹介とNBICが社会、倫理に及ぼすと考えられる影響などについて議論が行われた。

 NBICとはNanotechnology(ナノテクノロジー)、Biotechnology(バイオテクノロジー)、Information Technology(インフォメーションテクノロジー)、Cognitive Science(認知科学)を統合した概念である。一例として、人間とセンサのインタフェース技術やニューロンと電極を繋いだバイオチップの開発などが挙げられていた。

 NBICは上記4つの科学技術領域を統合することで、「人」の物理的、精神的、社会的能力を改善する可能性を持つとされている。本領域の発展には、倫理問題や安全保障との関連が無視できず、NBICが社会に受け入れられる上で、倫理学者などを含めた倫理的なコンセンサスを得るための対話、4つのテクノロジーの創造性と独自性を保った上での技術移転、分野融合の手助けが必要との認識が示された。

6.まとめ

 イラク戦争の終結から1年が経った中で開催された今年の年次フォーラムであるが、非防衛R&D予算確保の難しさ、ビザ問題、生物系研究所の管理問題など、2001年のテロ以降、安全保障の問題が米国の科学に大きな影を落としている様子が垣間見えるものであった。特に、米国の財政問題およびテロ対策優先の風潮から、2006年度以降非防衛R&D予算が減少していくとの見通しに、米国の学界が強い危機感を感じている。

 経済競争の強力な相手国としては、中国が強く意識され注目を集めていた。国の総研究開発費や論文出版数の絶対量では米国、日本がまだ優位性を保っているが、他方で中国の存在感が急激に増しつつある。対照的に日本の存在感は小さくなりつつある。

 また、次の研究開発の大きな課題として「心に関する研究」あるいは「認知科学」が浮上しつつあるように感じられた。認知科学については、現状では米国で国家規模のプロジェクトは実施されていないが、ナノテクノロジー、インフォメーションテクノロジー、バイオテクノロジーなどと関連した形で、今後国家規模のプロジェクトが実施される可能性もあり、今後の進展を見守る必要がある。

 最後に年次フォーラムに参加した筆者の感想を書きたい。年次フォーラムでは議会での予算審議が本格化していくタイミングで、関係各界の一線で活躍中の科学技術政策関係者が一同に会して、争点となっている科学技術政策上の様々な問題について活発な質疑が行われる。これは、日本ではなかなか経験できないことであり、年次フォーラムへの参加は、米国における科学技術政策の課題事項を知る上で非常に有益であった。科学技術政策に関する開かれた討論の場の提供、海外に対して我が国の科学技術政策についての情報発信を行うためにも、日本でもこのような会議を開催する意義は大きいと感じた。

謝 辞

 筆者らの年次フォーラムへの参加に当たっては、在アメリカ合衆国日本大使館の生川浩史参事官他の方々のご支援を頂きました。また、会場では同フォーラムに参加されていたC科学技術振興機構の北澤宏一理事、同研究開発戦略センター渡辺英一郎氏と意見交換をさせて頂き、さらに帰国後も渡辺氏と情報交換をさせて頂きました。ここに深く感謝いたします。


参考文献

1) 29th Annual Forum on Science and Technology Policyのホームページ(年次フォーラムのプログラムや発表資料が掲載されている): http://www.aaas.org/spp/rd/forum.htm