[特集1]
感染症研究の現状と方向性
―分子レベルの感染・発症メカニズムの解明に向けて―

ライフサイエンス・医療ユニット  島田 純子


1.はじめに

 2002年から2003年の冬に世界的に重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行したことや、2004年にアジアを中心としてトリインフルエンザが出現してきたことなどにより、感染症対策が、現在、緊急かつ重大な課題として認識されているところである。「平成16年度の科学技術に関する予算、人材の資源配分の方針(総合科学技術会議、平成15年6月19日)」においても、「新興感染症及びバイオテロリズムへの対応について、新たに重視する事項とし、研究を行う」と記述されている。また、米国においても「感染症研究」と「対バイオテロ研究(Biodefence Research)」の重要性が認識されている。実際に、これらの研究は、2004年2月2日に発表された2005会計年度(2004年10月〜2005年9月)大統領予算教書において、国立衛生研究所(NIH)で優先的に取り組む主な事項として取り上げられている1,2)

 感染症に対しては、診断薬、予防薬、治療薬が進歩したために、1970年代頃には感染症は征圧できるものであるという認識も広まっていた。しかし、新しい感染症の出現や、征圧されつつあると思われていた感染症の再興により、さらに対バイオテロ対策として、感染症研究の必要性が高まっている。

 本稿では、感染症について概説し、感染・発症メカニズムの解明から予防・治療法の開発へ向けた基礎研究の必要性について述べる。

2.感染症

 感染症とは病原体の感染によって引き起こされる疾患であり、その症状は病原体と感染された側(宿主)の応答反応の結果として現れる。病原体となるものには、寄生虫、真菌、ウイルス、細菌、プリオンなどがある。これらは、寄生体として世の中に存在しており、その大きさ、ゲノムがあるかないか、単独増殖するか否かなどで区別されている(図表1)。寄生虫・真菌のように核がある生物を真核生物と呼び、細菌のように核のない生物を原核生物と呼ぶ。

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2‐1.寄生虫感染症

 寄生虫は、医学上の分類において、真菌を除く真核生物で寄生生活を営むものとされている。マラリア原虫、トリパノソーマのような単細胞性の原虫と、フィラリアなどの多細胞性の蠕虫がある。これらの寄生虫により引き起こされる疾患が寄生虫感染症である。

 世界保健機構(WHO)の熱帯病・訓練特別計画(TDR)では、征圧が困難な疾患としてマラリア、トリパノソーマ症、リーシュマニア症、フィラリア症、住血吸虫症、およびハンセン病の6つを指定しているが、ハンセン病以外はすべて寄生虫感染症である。

 日本では、上下水道が整備されたため腸管寄生性の寄生虫は減少したが、鮮魚を生食する食習慣をもつことから、アニサキス感染症が多く見られる。また、汚染された水道水が原因となるクリプトスポロジウム症も、1994、1996年にそれぞれ神奈川県と埼玉県で発生している3)

2‐2.細菌感染症

 細菌は原核生物であり、栄養源さえあれば自己複製して自分と同じ細菌をつくることができる。その働きや人体に対する影響度から、無害菌、有害菌、有用菌に分けられ、細菌がタンパク質を分解したときに、乳酸をつくりだすものが有用菌、腐敗させてアンモニア、アミン、インドールなどを作りだすものが有害菌とされている。ヒトの腸内には、無害菌、有用菌、有害菌が共存している。細菌が感染した場合、病気を発症する原因となるのは、菌がつくる毒素である4)

 細菌感染症の代表的なものは、腸管出血性大腸菌(O157)感染症、百日咳、赤痢などである。細菌感染症には抗生物質が有効である。しかし、抗生物質を多用した結果、薬剤耐性を持つ細菌が出現し新たな問題となっている。例えば、薬剤耐性結核菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)などである。VREは、現在感染症の治療に使われる抗生物質のほとんどが無効の場合が多く治療が困難である。

2‐3.ウイルス感染症

 ウイルスは、自分の子孫を複製するためのゲノムと、このゲノムを保護するタンパク質や脂質からなる単純な構造をしている。単独増殖はできず、増殖するには他の細胞に感染しなければならない。栄養を取り入れる機能、エネルギーを産生する機能、タンパク質を合成する機能などを持っておらず、宿主細胞の機能を利用しなければならない。

 生体へのウイルス感染は、粘膜や皮膚の傷口にウイルスが感染し増殖することから始まる。呼吸器粘膜から感染するか、消化器粘膜から感染するかは、ウイルスごとに決まっている。ウイルスの複製が最初の標的細胞で起こり、そこで疾患を発症させるものもあれば、さらに毛細血管に侵入し血流にのるなどして体内を伝播し、最終の標的組織で複製し、疾患を発症させるものもある5,6)

 ウイルス感染症の予防には、宿主側の免疫機能を活用したワクチンが用いられてきた。その結果、1979年に天然痘が全世界から撲滅され、ポリオについても撲滅に向けた取り組みがWHOを中心として進みつつある。

 ウイルス感染症には、非常に多くのものがあるが、現在注目を集めているものは、コロナウイルス感染によるSARS、インフルエンザウイルス感染によるインフルエンザなどであろう。また、霞ヶ浦で養殖されていたコイに発生したコイヘルペス病は経済的な観点から、トリインフルエンザは、経済的な問題と併せてヒトへの感染の可能性などから重大な問題となっている。

2‐4.プリオン病

 プリオン病はヒツジのスクレイピーをはじめとして、かつては感染後の潜伏期間の長いウイルス疾患であると考えられていた。しかし、1980年代に異常プリオンタンパク質が病原体であるという説が提唱され、その後の実験により異常プリオンタンパク質に神経細胞疾患を引き起こす活性があることが明らかになった。この異常プリオンタンパク質を病原体とすると考えられている疾患を総称してプリオン病と呼ぶ。プリオン病は感染メカニズムやプリオンタンパク質の働きなどがほとんど明らかになっていない7)

 プリオン病には、ヒツジのスクレイピー、ウシの牛海綿状脳症(BSE)、ヒトのクロイツフェルトヤコブ病(CJD)などがある。

3.感染症に関する主な問題

 感染症は、人類の命を奪う最も大きな原因であり、過去において常に克服すべき問題であったし、今後も問題であり続けるであろう。現在、感染症に対する問題意識が高まっているが、特に問題となっているものについて、以下に記述する。

3‐1.新興・再興感染症

 新興感染症とは「かつては知られていなかったか、あるいは新しく認識された感染症で、局地的に、または国際的に公衆衛生上問題となる感染症」、再興感染症とは、「既知の感染症で、すでに公衆衛生上問題とならない程度にまで患者数が減少していた感染症のうち、再び流行し始め、患者数が増大したもの」と、WHOにより定義されている6,8)。その例は、図表2に示す。

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 新興感染症のウイルスは、まったく新しいウイルスというのではなく、人獣共通感染症ウイルス(人に感染すると同時に他の動物にも感染するウイルス)であると考えられている。それまで、人社会と離れたところで自然宿主と静かに共生していたものが、人の社会に触れ、疾患が出現するようになったものである。

3‐2.輸入感染症

 航空機などにより、人と物資の流通量が拡大した結果、感染症が輸入される危険性は増大している。

 例えば、1967年にマールブルグのベーリング研究所などで致死率23%の感染が起き、マールブルグ病と名付けられたものがある。これは、ウガンダから空輸されたアフリカミドリザルの持っていたウイルスが原因となったものであった。このとき、同時期に日本にもウガンダからサルが空輸されていた(日本へ空輸されたサルはウイルスに未感染)。

 また、1976年にシエラレオーネから米国に帰国した女性が、帰国してからラッサウイルスに感染していることが判明し、接触の可能性のあった552人が3週間にわたって監視下に置かれた。ちなみに、このケースでは二次感染はなかった。

 1987年にシエラレオーネから帰国した日本人の技師が東京大学医科学研究所附属病院に行き、治療を受けた後でラッサ熱であると判明したこともあった。

3‐3.薬剤耐性菌

 ペニシリンが発見され1941年に臨床応用されてから、多くの抗生物質が実用化されてきた。抗生物質は、感染症のうち特に細菌感染症に効果を発揮し、かなりの急性感染症が少なくとも先進国においては激減した。慢性感染症でも、結核のように抗生物質が大きい効果をもたらし、患者数が著しく激減した。しかし、抗生物質は細菌に対して劇的な作用があった反面、薬剤耐性菌の出現をもたらし、新たな問題を抱えるようになっている。

3‐4.バイオテロ

 バイオテロの現実性が国際的に認識されたのは、オウム真理教のサリン事件の際に、炭疽菌やボツリヌス菌の散布が行われた事実が明らかになったこと、2001年に米国で炭疽菌に汚染された郵便物の事件が発生したことなどが、きっかけである7)

 その結果、バイオテロ対策の必要性が高まり、米国では近年、対バイオテロ対策予算が増強されている2)

4.分子レベルでの感染・発症メカニズム解明の必要性

 耐性菌の出現や、新興・再興感染症の出現には、さまざまな原因が絡んでいると考えられている。貧困によって公衆衛生の向上が実現しないこと、人口の急増とそれに伴うジャングルの開拓が未知の病原体と遭遇する危険性を引き起こすこと、地球温暖化に伴う異常気象による病原体の自然宿主の増加や分布の変化、抗生物質の不適切・過剰使用、高齢化社会が到来し高齢化により免疫力で抑えきれなくなった症状が出現してしまうことなどである。これらは、すぐには解決されるような問題ではなく、むしろ深刻化する可能性が高い。したがって、感染症対策の推進は今後もなお一層行っていかなければならない。

 ワクチンによる予防や対症療法に加えて、新しい予防法・治療法を確立するためには、感染・発症のメカニズムを分子レベルで解明し、予防・治療法の開発へ繋げていくことが特に必要である。

4‐1.分子レベルでの感染・発症メカニズム解明の必要性

 予防法や治療法の開発のためには、感染過程、発症過程などの分子メカニズムを明らかにすることが重要である。

 ウイルス感染の場合、ウイルスは宿主の持つ分子群やその機構を利用して増殖する。そのため、種特異性、組織特異性、細胞特異性を決定している宿主側分子群を明らかにし、ウイルスの細胞への吸着・侵入、ゲノム複製、粒子形態形成、細胞死などの生物学的反応過程を解明するべく研究が進められている。しかし、現在根絶されつつあるポリオウイルスでさえ、感染・発症の分子メカニズムについては、ある程度しかわかっていない。

 細菌感染の場合も、感染局所における組織・細胞へ菌が定着し侵入する過程や、マクロファージによる菌の貪食とサイトカインの遊離による炎症反応の発現メカニズムについて、分子レベルで解明するための研究が進められてはいるが、全体的な理解には至っていない。

4‐2.ウイルス感染症研究のプロセス

 感染・発症メカニズム解明の例として、ウイルス感染症研究を取り上げて以下に述べる。

 ウイルスの生体への侵入は、最初の標的細胞でウイルスが増殖することに始まる。そこにおいて疾患が発症するか、もしくは、ウイルスがさらに体内を伝播した後、他の組織で増殖してそこで疾患を発症させる。この過程でウイルスと結合する受容体を宿主側が持っていなければ、ウイルス感染は起こらない。

 ウイルスの病原性研究とは、「種特異性の決定機構」、「組織特異性の決定機構」、「体内伝播機構」、「最終標的細胞への損傷能力」を明らかにすることである。ウイルスの増殖は、ウイルス側の分子群と宿主側の分子群との相性に依存するものである。最終標的細胞に至るまでの体内の伝播機構、伝播経路が、疾患発症に至る重要な過程である。

 例えば、ポリオウイルスの場合、霊長類のみに感染する種特異性、中枢神経系と腸管で増殖する組織特異性があり、体内伝播の後、最終的に神経細胞で毒性を発現する。感染する際にポリオウイルスが利用する細胞表面受容体分子(ポリオウイルスレセプター)がクローニングされており、これが種特異性を決めていることが示されている。また、遺伝子組換え技術を用いて、組織特異性(中枢神経特異性)に関わるウイルスゲノム上の塩基配列が明らかになっている。現在、マウスで感染モデルが作製され、ウイルスの体内伝播機構が研究されているところである5)

 ウイルスの感染・発症の分子メカニズムから、予防法や治療法などの対策を検討していくことができるため、その分子メカニズムを解明していくことが重要なのである。ウイルスの個体への侵入過程の知見からは、感染初期における対策が考えられるし、体内伝播機構や標的細胞での複製過程について解明されれば、疾患の発症を抑える方法を検討することができる(図表3)。

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5.提言 ―安全・安心な社会のための感染症研究―

 3節で述べたように、感染症に対する問題は多々ある。我が国として、安全・安心な社会の構築に資するために、感染症研究を進めていくことが必要である。そのための方策を以下に述べる。

5‐1.人材の確保・育成と研究費の充実

 新興感染症として出現する病原体は、既知の病原体上の分類に属するものであると考えられる。そのため、主要な病原体についての基礎的知見を獲得しておくと、新たな病原体が出現した時に、それまでの知見を生かして、効果的な対策をとることが可能となるのである。実際に、SARSは、新種のコロナウイルスであったことから、それまで得てきたコロナウイルスに対する知識や技術を活用し対策をとることができた。

 つまり、主要な病原体についての基礎的研究を促進するような体制を整備することが必要である。これまで取り組まれている病原体については継続的に推進し、取り組みが遅れていた病原体については強化し、感染症研究領域全体を育てていくようなプロジェクトを進めることが、新興・再興感染症の出現に対する備えとして有効である。

 平時より分子メカニズムを解明するための研究を推進し、基礎的知見を獲得し、実験手法等の技術を備えておくことが重要なのである。そのための、人材の確保・育成と、研究費の充実が必要である。感染症研究に携わる人材と研究費は、米国と比しても著しく少ない(図表4)。

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 感染症のように、国民の健康に深く影響を与え、いつ重大な疾患が流行するか推測できないような問題に対しては、継続的に支援を行っていくことも必要である。分子レベルの基礎的知見も実験手法も研究の蓄積により得られるものである。また、特別な病原体を扱える専門家もすぐには育たない。感染症研究の重大さが認識されなくなり、研究支援が減り研究者が他分野へ流出するといった事態は招いてはならないのである。

5‐2.海外との連携も視野に入れたバイオセーフティレベル4施設の充実

 感染症の病原体を用いた実験を行う際には、実験者を感染の危険から守り、また、周囲の環境の汚染を防ぐために、感染に対する研究施設(ハード)と実験者にも適切な措置(ソフト)が必要である。

 病原微生物の取扱いに対する基準は、WHOにおいて実験室バイオセーフティマニュアルがとりまとめられており、また米国では、疾病管理・予防センター(CDC)とNIHにより合同で決められている。NIHは、米国で生物医学研究を担う最大の機関であり、CDCは、感染症対策において米国だけでなく世界の中心となっている機関である。日本では、国立感染症研究所において安全管理規則が定められており、「大学等における研究用微生物安全管理マニュアル」が、平成10年1月に学術審議会特定研究領域推進分科会バイオサイエンス部会により、また各種学会においてガイドラインが示されている(図表5)。

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 人や環境に対し危害となる生物(微生物)による災害のことを、バイオハザードという。これは、バイオロジカル・ハザード(生物災害)をつなげた言葉である。バイオハザード対策の原則は、病原体を閉じこめる(containment)ことである。一次隔離と二次隔離の二段階の措置がとられる。一次隔離は、実験者が病原体にさらされないようにするもので、病原体と実験者間の隔離である。二次隔離は、実験室と外界の隔離である。これらの対策は、その程度によってバイオセーフティレベル(BSL)1〜4と定められる9)

 日本のBSL4の施設要件を満たす実験室は、国立感染症研究所と理化学研究所にあるが、現在は両施設とも、適時、点検を行って、フィルター等の設備更新及び維持管理が行われている状態であるが、BSL4実験室としての利用は予定されていない。

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 輸入感染症の原因として可能性の高い病原体には、エボラ出血熱ウイルスやマールブルグウイルスなど、BSL4の実験室でしか扱うことができないものも含まれている。また、正体不明な病原体を取り扱う場合に、BSL4の実験室は不可欠となる場合がある。国内でBSL4実験室が使えないがために、高度に危険な病原体に対する研究も十分に進んでいないのである。

 このような研究を推進するためには、高度に安全性を確保されたBSL4実験室が利用できることが大切である。海外にある施設との連携を確立するといったことも視野に入れ、BSL4実験室を利用できる環境を整備していくことが必要である。

謝 辞

 本稿は、科学技術政策研究所において、2003年8月20日に行われた、東京大学大学院医学系研究科、野本明男教授による講演会「ウイルス感染症〜ポリオからSARSまで〜」をもとに、調査を加えてまとめたものである。本稿をまとめるにあたって、野本教授には、ご指導いただくとともに、関連資料をご提供いただきました。文末にはなりますが、ここに深甚な感謝の意を表します。


参考文献

1) 「NIH2005年度予算が大統領予算教書で示された」科学技術動向 No.36、2004年3月

2) AAAS,“NIH‘Soft Landing’Turns Hard in 2005”,Feb.20,2004

3) 本田武司、生田和良、堀井俊宏編「感染症研究のいま」大阪大学出版会、2001年

4) 相川正道、永倉貢一「現代の感染症」岩波新書、1997年

5) 科学技術政策研究所「講演録‐124 ウイルス感染症〜ポリオからSARSまで〜」、2003年

6) 竹田美文、野本明男編「感染 ウイルス・細菌感染論の最前線」メジカルビュー社、1997年

7) 山内一也 連続講座:http://wwwsoc.nii.ac.jp/jsvs/05_byouki/ProfYamauchi.html

8) WHO : World Health Organization:http://www.who.int/en/

9) 山内一也「キラーウイルス感染症」双葉社、2001年