[特集2]

Futur

―ドイツにおける需要側からの科学技術政策の展開

※Futurに関する調査は、文部科学省振興調整費政策提言で採択された「需要側からの科学技術政策の展開」研究の一環として実施されたものである。

客員総括研究官 丹羽 冨士雄


1.はじめに

Futur(注1)は、ドイツの教育研究省(BMBF)が実施した、将来の社会的需要に基づいて研究開発政策を形成しようとするプロジェクトである。需要側からの科学技術政策の展開を検討する際に、参考にすべき点が多い。


(注1)Futurはラテン語であり、英語のfutureの語源である。なお、将来あるいは未来を意味するドイツ語はZukunftである。 


 Futurの性格は、次の5点に要約できる。

 (a)需要志向である

  「何が可能か」ではなく、「何が必要か」を志向する。すなわち、研究開発の現場において研究者が強く意識するフロンティア開拓ではなく、将来の社会が必要としているものから研究開発の目標を設定することを最重要視する。

 (b)将来(2020年頃)の社会需要を前提にしている

  望ましい将来社会像を想定し、その実現のためには今何をしなければならないか、あるいは、将来社会の問題を想定し、それを乗り越えるためには今何をしなければならないかを考える。

 (c)ドイツ研究対話(Der deutsche Forschungsdialog)を標榜している。

  近年の科学技術に関する市民参加論の趨勢を踏まえ、ドイツの研究開発あるいは科学技術政策に関する専門家とあらゆる階層の市民間の対話を前提にしていると表明している。しかも、思いつきや偏った価値観ではなく、熟慮した上での普遍性の高い価値観に基づく対話を志向する。

 (d)多彩な参加者を求めている。

 (e)学際的テーマを検討の対象としている。

 これらをながめると、最初の2つは目標系(目標の内容を示す)に属し、後半の3つは手段系(手段の性格を示す)に属することがわかる。需要志向と将来志向という目標を達成するためには、研究対話、多彩な参加者および学際性が必須の条件であると言える。

 Futurの成果は、Leitvisionen(社会を先導するビジョンの意。以降、先導ビジョン)に集約される。それは、将来社会の中心的な問題を提起し、その解決に向けてどのような研究プロジェクトが必要であるかを示すことである。Futurの開始時に、先導ビジョンに必要な性格が検討され、それに基づいて次のような選定基準が決められ参加者に周知徹底された。

  • 社会的目標を志向していること。
  • 社会ニーズを技術革新や社会革新と結びつけていること。
  • ドイツの経済競争力に貢献すること。
  • 複雑性と学際性が高いこと。
  • 全体的にわかりやすいこと。
  •  技術革新ばかりでなく、社会革新まで視野に入れていることは注目に値する。文理融合ならぬ、技社融合の視点は、今後の科学技術政策に必須と思われる。また、政策内容をわかりやすく提示することは、科学技術の非専門家が大部分を占める需要側からの科学技術政策形成に必須の要件であろう。

    2.Futurの設計

     本章では、Futurがどのように設計されたかを紹介する。Futurの前経験として、インターネットを介したオープンな討議プロセスによるFutur 0(ゼロ)があり、これは見事に失敗している。この失敗を踏まえ、かなりの時間と準備作業を経て、今回のFuturが開始された。

     Futurの進行管理を担ったのは、教育研究省Z22課(戦略、計画形成、研究調整を担当)である。またプロジェクトは大臣の強いリーダーシップの下で実施された。

     Futurの発足に当たって、教育研究省は、先導ビジョンとその選定基準という、成果と手法に関する明確なイメージをすでに持っていた。複雑かつ広範なプロセスが必須であり、多様な手法や道具を使用せざるを得ないこと、また、プロジェクトの遂行には訓練された有能な人材が必要であることが予想された。プロセスの中核は直接顔を合わせた討論でなければならないことは、先のFutur0の経験から明らかであった。そこでイメージの具体化、詳細化といった準備作業に半年を要した。実際にプロジェクトが開始されたのは、2001年6月である。実施期間は1年間であった。

     プロジェクト費用には、携帯電話用の電波使用権の売却益のほぼ半額が充てられたとのことである。

    2‐1.コンソーシアムの形成

     教育研究省は、2000年暮れに公募を行った。3つの提案内容と参加組織の実績の審査およびその後の調整を経て、IFOK(注2)(プロセス設計とマネジメント、コミュニケーションを担当)、ISI(注3)(科学技術面のアドバイス、未来予測手法や国際比較の提供)、IZT(注4)(シナリオ・ライティングと未来ワークショップに貢献)、VDI/VDE-IT(注5)(科学技術専門知識を組織化して提供)、Pixelpark AG(注6)(インターネット・ワークスペースの設計、主催)、Science&Media(PR担当であったが、初期に離脱)から成るコンソーシアムに実施を委託した。一方、教育研究省側では、省内各部局、Projektträger(教育研究省資金を外部に分配する機関。全部で11機関ある)、及び、イノベーション諮問会議(Innovationsbeirat,2001年7月に教育研究大臣が設置。学界、経済界、社会の著名人12名から構成)が、プロジェクトに関与した。


    (注2)Institute für Organisationskommunikation
     http://www.ifok.de/index.html
    (注3)Fraunhofer-Institute für Systemtechnik und Innovationsforschung
     http://www.isi.fhg.de/
    (注4)Institute für Zukunftsstudien und Technologie-bewertung
     http://www.izt.de/
    (注5)VDI/VDE-Technologiezentrum Informationstechnik GmbH
     http://www.vdivde-it.de/
    (注6)http://www.pixelpark.de/


    2‐2.プロジェクトの概要

     Furturの特徴の一つは、広範な参加者からの問題指摘と新鮮なアイデアの提供にある。これを実現するため、様々な専門的背景(例えば科学技術、行政、私企業、経営等)と専門領域をもった異なるグループを構成する工夫がなされた。このために採用したのが、連鎖指名(co-nomination)手法である。それは以下の手順で実施された。

     原初段階
    コンソーシアムが原初メンバーとして152名を指名。

     第1段階
      各原初メンバーが、決められた基準に基づいて4、5名の候補者を推薦。プールされた候補者を明確な任命基準に従って選任。

     第2段階
      原初メンバーと第1段階の連鎖指名で選任されたメンバーとが候補者を推薦。以下第1段階と同じ。回数は適宜行われた。

     Futurでは、全過程の情報流通、透明性の確保、意思疎通の有効な道具として、インターネットが効率的に利用された。参加者は、実際に顔を合わせて討議を行う内部サークルと、主としてインターネットを通じて参加する外部サークルに分けられ、ホームページ上にそれぞれ専用のワークスペースが用意された。参加者の通信はほとんどインターネットで行われた。会議日程やニュースレターのやり取りのほか、内部サークルスペースでは討論が行われ、外部サークルスペースでは情報のやりとりが行われた。

     内部サークルが議論や検討を行う際、外部サークルのメンバーを参加させる必要が生ずることがある。Futurでは、サークル間のメンバー移動、ホームページを通じての外部サークルメンバーの内部サークル議論への参加等が柔軟に行われた。

     2002年5月現在の参加者数を図表1に示す。参加者総数は1,462名、内部と外部の比はほぼ6対4、原初グループのほとんどは内部サークル、自薦のほとんどは外部サークルである。連鎖指名によって選ばれた参加者は1,148名で、全参加者の80%弱を占めている。

    chart01

     参加者の性別、分野別内訳を図表2に示す。性別では、男性が女性のほぼ3倍である。分野別では、科学技術専門家がほぼ半数を占める。科学技術専門家のうち、半数が理工系、半数が人文社会系である。

    chart02

     図表3に示すように、Futurは6つのステップから構成されている。最初のステップは討論ラウンドで、2001年6、7月に開催された。第2ステップはカンファレンスである。なお、これらは正式には、第1回討論ラウンド、第1回カンファレンスと呼ばれている。第1回とは1回目のFuturの意味であり、実施が予定されている第2回Futurで、同様の討論ラウンドが開催されれば、それが第2回討論ラウンドと呼ばれることになる。以下、本稿では単に討論ラウンド等と記す。この最初の2ステップはアイデアを発散させてトピックを形成し、それを分類・整理する、発散型のトピック形成過程である。一方、第3ステップ以降は、形成されたトピックを絞っていく、収束型のテーマ絞り込み過程である。

     

    chart03

    3.Futurの過程 I:トピック形成過程

     トピック形成過程は、討論ラウンドとカンファレンスで構成される(図表4参照)。20年後の将来を予測し、その問題点を予想して必要な解決策を考え、あるいは望ましい社会を構想し、その実現に必要な科学技術対応をトピックとして列挙する。列挙された膨大な数のトピックをグループ分けし、テーマを作成した。

     

    chart04

     

    3‐1.討論ラウンド(ワークショップ)

     討論ラウンドの目的は、2020年頃の社会に重要となると思われる動向を参加者から収集することである。ベルリンとフランクフルトで8つのワークショップが開催され、内部サークルのメンバー約400名が参加した。専門や所属分野をほぼ同じくする者が同じワークショップに属し、人数が多い場合は20人弱のグループに分割された。ワークショップは、自由な雰囲気の中で各自の考えを出し合うことができるよう設定された。このワークショップには1日間が当てられた。

     ワークショップは次の2段階で運営された。


     第1段階
     「2020年の社会はどのようになるか?」という質問が出され、参加者は心に描いた動向を出し合った。

     第2段階
     自分の仕事の領域で将来生ずると思われる問題は何か、を出し合った。

     結果は内部サークル向けホームページで公開され、ワークショップ参加者はそれにコメントすることができた。

     ワークショップで提案されたトピックは約2,000項目、重複したものや類似したものを含めると10,000項目近くに達した。クラスター化の作業により、これらから63の素クラスターが形成され、さらに21の動向クラスター(以後、テーマと呼ばれた)にまとめられた。コンソーシアムが、中心となる動向を推察し、各クラスターに示唆に富む(暗示的な)表題をつけ、その下に3つの副題を付した。以後の討論を深化させるため、さらに、キーワードとして、具体的な、あるいは代表的な将来予測や課題を添付した。いずれもワークショップで話題になったものである。

    3‐2.カンファレンス(オープンスペース)

     カンファレンスは2001年11月26日にベルリンで開催された。目的は、討論ラウンドの議論を深め、将来社会に影響を及ぼす動向を見極めること、及び、見極めた動向を詳述することである。カンファレンスでは、参加者の思いつきや個人的願望を排除するため、関連する予測研究の分析結果が提示された。これらを提示されることによって、参加者は討論ラウンドでなされた将来動向予測の位置づけを知り、より客観性や普遍性あるいは確信性の高い、将来動向が予測できるようになる。提示されたのは、“Delphi '98”(注7)の結果とthe Institute Prime Researchによる動向分析(注8)であった。前者の方法は文部科学省科学技術政策研究所が実施している技術予測調査と同じである。


    (注7)ドイツで実施された2回目のデルファイ調査であり、取り上げられた1,000を超す技術課題の約1/3は、日本の第6回技術予測調査(1998年)の技術課題が用いられている。

    (注8)ドイツおよび米国の未来研究誌に掲載された予測研究を分析し、将来の労働、自然資源・持続性、科学と研究、学習と教育など、20分野について予測結果をまとめた報告書である。実施したPrime Researchは、ドイツの新聞社に属するシンクタンクである。


     カンファレンスには、内部サークルのメンバー約300名が参加した。カンファレンスの過程は次の通りである。選択や判断に際しては、社会的ニーズ、学際性、研究開発との関連性、テーマの焦点性(焦点を絞れる可能性)等の基準が示された。

     (1)グループの形成:ワークショップの結果である21のテーマが提示され、参加者は最も興味のあるテーマのグループに参加した。新しいグループの形成、テーマの表題変更も可能であった(結果的に新グループの形成はなかった)。大きなグループはいくつかのサブグループに分割された。

     (2)グループ討論の準備:テーマごとのグループにおける討議によりテーマが再定義され、テーマ概要が作成された。その後、参加者が最も興味あるテーマの議論に参加できるよう、グループの再編成が行われた。

     (3)本格的グループ討論:詳細な討論により、広範な見地からテーマに関して中心となる課題が抽出された。さらに、他テーマとの重複、潜在的なテーマ、類似グループとの統合が検討され、他テーマとの差別化が図られた。

     (4)テーマのプロファイリング:テーマのプロファイルが明確にされた。次に、最も優れたテーマが最良事例として選ばれ、さらに深い論議がなされた。

     討論に当たっては、ファシリテーターとサブジェクトアドバイザーを配し、円滑で生産的な進行を図った。それぞれの役割は次の通りである。

     ファシリテーター:討論の始めの段階では議論の進行を務めた。その後は、議論の進行、あるいは進行の支援を行った。

     サブジェクトアドバイザー:テーマに関する専門知識によって、コンソーシアム内から選抜された。ファシリテーターを助け、討論分野について専門の科学技術知識を提供、あるいは科学技術面でのターゲット案を準備した。また、会議録と付属討論文書に手を加え、専門的に正確なものにすることに貢献した。

    3‐3.第1回テーマ選択

     カンファレンス終了後、以下の方法で1回目のテーマ選択が行われた。

     最も重視されたのは、参加者、教育研究省内部局、およびイノベーション諮問会議であった。実際は、それらの結果がほぼ同じであったため、深刻な事態には至らなかった。最終決定は、ブルマーン(E.Bulmahn)教育研究大臣が行った。選択された12テーマを図表5に示す。

    chart05

     

    4.Futurの過程 II:テーマの絞込み過程

     トピック形成過程の最終結果である12テーマが、テーマ絞り込み過程の出発点である。絞り込み過程の目的は以下の4つである。

     (a)Futurの基準に基づいてテーマを絞り込み、具体化する。

     (b)当該分野が発展するために鍵となる要因を明らかにし、その重要性、不確実性、他の要因との関係を評価する。

     (c)研究開発の必要性を明確にする。

     (d)各先導ビジョンとシナリオの基本的なアイデアを形成する。

     絞り込み過程の参加者は、カンファレンスの参加者、内部サークル追加メンバー、外部サークルから内部サークルへの移動者の中から、コンソーシアムが指名した。参加者が12テーマの中の一つを選択し、その選択に基づいて12のグループが組織された。さらに、グループメンバーからの指示により適切な人材が補充された(連鎖指名)。このようにして形成されたフォーカスグループが、以降の絞り込み過程の基盤組織になった。

     フォーカスグループの作業は、2つのイベントで構成された。

  • オンラインワークショップ
  • 3回のフォーカスグループセッション:最初の2回は全12テーマを対象とした。第2回セッションの後テーマ選択が行われ、第3回セッションでは5テーマを対象とした。
  •  この絞り込み過程には、本来の絞り込みとは直接関係ない未来ワークショップが組み込まれた。未来洞察をより確信性の高いものにし、テーマの内容を充実するために必要と考えられたためである。以下、順を追って紹介する(図6)。

     

    chart06

     

    4‐1.未来ワークショップ(Zukunftwerkstäte、Future Workshop(注9)


    (注9)オーストリアの未来学者Robert Jungkが1960年代の前半に開発した未来予測手法である。詳しくは、Robert Jungk & Norbert Mullert,“Future Workshops, Institute for Social Inventions, London(ISBN 0 948826 07 X)”


     

     未来ワークショップ手法とは、望ましい(規範的な)未来を描き出し、その具体化策を見つけ出す手法である。取り上げられたテーマは、健康と幸福の未来、仕事と生活のバランス、持続する社会での老齢化、明日の都市の集積、未来の学習社会、の5つであった。参加者は、内部および外部サークルのメンバー125名である(1テーマ当たり25名)。

     各ワークショップは、(1)問題意識やアイデアの収集、(2)克服しなければならない問題の明確化、(3)持続的社会のための問題解決を支援する研究開発の貢献度合いの推測、の3段階で構成された。結果は、インターネットのワークスペースに掲載され、個人のアイデア形成やフォーカスグループセッションに活用された。

    4‐2.オンラインワークショップ

     オンラインワークショップは、2001年12月12日から18日に開催された。目的は、(1)フォーカスグループを組織すること、(2)各テーマ領域の情報を参加者に提供すること、(3)テーマ選択の条件を明確にすること、の3点である。さらに副目標として、討論の開始準備とフォーカステーマの明確化があった。テーマ毎のホームページが設けられ、関連情報、ワーキングペーパー、トピック形成過程での討論内容等が掲載された。内部サークルのメンバーが、それぞれ自分の所属する1テーマのホームページに参加した。

    4‐3.第1回および第2回フォーカスグループセッション

     セッションの機能は、テーマの内容を固めつつ選択していくことである。ここではファシリテーターが重要な役割を果たした。その役割は、次の5点である。

     (a)セッションを誘導した(専門的な知識面ではサブジェクトアドバイザーが協力、支援)。

     (b)セッション前には参加者の窓口となり、討論を構成、誘導した。セッション後には、サブジェクトアドバイザーと協力して会議録を作成した。

     (c)討論の構成のまとめ、参加要請など、ホームページの作成に関与した。

     (d)第1回および第2回セッションでは、テーマに関する参加者の意見を収集し、議論すべき具体的な課題を明確化した。2回のセッションの間には、情報の相互交換や、活発な議論が展開されるよう尽力した。第3回セッションでは、内容の弱い部分を確認し、専門家の協力を受け入れるなど、プロファイルの強化に尽力した。

     (e)最終的にセッションの討論を総括した。

     第1回セッションは2002年1月15日と17日に開催され、約160人が参加した。その目的は、フォーカステーマを実現するイノベーション分野を確定すること、及び、そのイノベーション分野と関係する具体的な研究領域を明確にすることであった。このセッションにより、フォーカステーマがより具体的になり、イノベーション研究分野と研究課題が明確になった。

     第2回セッションは2002年2月19日と20日に開催された。その目的は、フォーカステーマの内容を確定すること、具体的には、(1)最重要と考えられるイノベーション分野の選択、(2)鍵となるアイデアを構成するテーマの表題の作成、(3)明解な表題、具体的な応用分野、研究ニーズ、研究の重要性の明確化などにより、的確なイノベーション分野を定めること、(4)テーマ分野の開発に貢献する主要な要因を確定すること、(5)テーマに関連して、可能な未来開発を表すビジョンを作成することであった(ただし、(5)は任意)。第2回セッションでは、ファシリテーター、教育研究省等の要請により専門家が追加され、さらに、研究資金の配分に当たる教育研究省の部局とProjekträgerの職員がセッションの参加を許された。

     討論結果は、社会的需要、応用分野、必要な研究と見通し、分野の将来発展のための主要要因毎にまとめられ、テーマ選択の基盤情報として活用された。さらに主題分野のハイレベル専門家(peer)によるコメントが付加された。

    4‐4.第2回テーマ選択

     第2回フォーカスグループセッションの後、12のテーマを5つに絞ることを目的として、2回目のテーマ選択が次の方法を用いて実施された。

  • オンライン投票:内部および外部サークルの332名が参加。選択基準は、先導ビジョンとしての重要性、研究の見通しおよび社会的需要。

  • Projekträgerと教育研究省の専門家による序列化:研究の妥当性、社会的需要性、テーマの熟度、政治的有効性で序列化。

  • イノベーション諮問会議での議論:革新性とテーマの質に関して、よりよい生活、健康、長命など広範な視野で研究政策の戦略的な方向付けを議論。
  •  

     最終判断の段階では、まず教育研究省が、コンソーシアムの支援を受けてFutur基準に沿って報告書を吟味し、ブルマーン大臣が最終決定を行なった。この時、1回目のテーマ選択過程で選択から漏れた“思考機能の解明”が復活し、選択されたテーマは結局6つになった(図表7)。

     

    chart07

     

    4‐5. 第3回フォーカスグループセッション

     第3回セッションは、「先導ビジョンとシナリオ準備のためのアイデアに関するワークショップ」と呼ばれている。2002年4月16日にベルリンで開催された。このセッションの目的は、先導ビジョンの方向付けとシナリオ作成により、フォーカステーマを深化させることであった。ここでは、テーマと人々の生活との関連、テーマの将来見通しが議論された。討論結果は、先導ビジョン最終案とシナリオの作成に利用された。

    4‐6.シナリオと先導ビジョンの作成

     シナリオと先導ビジョンの作成は、フォーカスグループの使命である。シナリオ作成は以下の手順で行われた。

     (1)テーマ毎のプロファイルが検討に供され、当該分野の高名な専門家が専門情報を付加した。

     (2)前課程の検討を基に、追加された「思考機能の解明」を除く5つのフォーカステーマのシナリオが、IZTにより作成された。

     (3)フォーカスグループ、参加者、コンソーシアムからのコメントに基づき、シナリオが修正された。

     先導ビジョンレポートは以下の手順で作成された。

     (1)テーマ毎に先導ビジョンチームが結成された。チームはIZT、VDI/VDE-IT、ISI、IFOK、教育研究省、フォーカスグループの参加者で構成された。

     (2)Projekträgerの専門家、当該分野の高名な専門家による研究の現状と既存のプログラムに関する情報が先導ビジョンに統合された。

     (3)IFOKにより先導ビジョンの初稿が準備され、他のチームが修正を加えた。

     

    chart08

     

    5.Futurの成果:先導ビジョン

     先導ビジョンは、最終的には教育研究省により決定された。決定された先導ビジョンは、(1)思考機能を解明する、(2)将来の学習社会の入り口を拓く、(3)予防により、一生健康で生き生きと暮らす、(4)ネット社会での生活:個と安全、の4テーマ(図表7の項目1、2、4、6に該当)である。「明日の社会のための知的生産物とシステム/知的生産物」は教育研究省各部局が横断的なテーマとして取り組むようにと推薦され、「知識の操作」は将来のフォーカステーマとすることにされた。

     ただし、教育研究省が追加した「思考機能を解明する」は、シナリオワークショップをバイパスしており、シナリオの完成が遅れた(2003年6月15日にはPDFで提供。但しドイツ語版だけ)。この点で、Futur過程の不透明性を批判する向きもあるが、他方それはプロセスの柔軟性や政治の責任を明確にするものであるとも評価できる。

     その後の展開としてまず求められるのは、先導ビジョンの実効化である。その中心的な役割を担う教育研究省では、すでに内部に実効化チームの設置を計画し、研究補助金配分における優先度の変更を予定している。また、省内ワークショップを2002年8月27日に開催し、Futurのトピックやアイデアを総括して、FuturIIに向けて始動することを確認した。このワークショップには、Futur像や内容をさらに鮮明にすること、アイデアを触発すること、部局内で横断的なブレインストーミングを実施すること等の目的もあった。科学技術政策においてもイノベーションが必要であり、そのためには政策部局の意識改革が必須であるとの強い認識が背後にあった。

     Futurの成果として、ドイツの関係者は次のような点を挙げている。

  • 新しい研究補助金の新設はせず(正確にはできず)、来年度以降、先導ビジョンを研究補助金配分の優先度に反映させる。

  • 医療関連については教育研究省と厚生省との密な協力関係が作られた。

  • 教育研究省内の組織横断的な政策の作成が容易になった。いわゆる縦割り的な政策形成がもつ深刻な問題がFuturへの参加によって認識された。

  • 将来の組織形成において、横断的な組織を強化し、縦割り的な組織を弱める方向を強化した。このような組織再編はすでに実行に移されており、中枢的課題や戦略を扱うZ局が強化された。

  • 省内に意識変化が見られ、需要指向重視が定着し始めた。
  •  Futurの国際的な外部評価が2002年10月に実施され、「良」の評価がなされた。2002年12月12日、13日には、FuturUに向けた国際ワークショップが開催された。Futurについては、ここ数年は先導ビジョンに採択されなかったテーマを、2、3件/年先導ビジョンにし、それ以後は新しい形のfuturIIを実施する計画とのことである(2003年5月15日現在)。

    6.おわりに

     Futurは現在進行中であるので、これを評価することは時期尚早のきらいがある。ただ、その意義は時代背景を見た上で理解する必要がある。

     FuturはSPDのシュレーダー政権になって急に現れたものではない。すでにCDUのコール政権時代にもその芽はあった。教育研究省のトーマス事務次官によると、ドイツの科学技術政策の転換期は2度あった。

    第1期

     1970年代後半から80年代前半。改革の内容は、主として個人の研究者の好奇心を中心に実施されていた研究を、マックスプランク等の研究所の研究計画中心に変革したことである。これは、研究開発マネジメントの世代論でいう、研究者の個人中心の研究開発である第1世代から、研究所のマネジメントを中核にした第2世代への移行に対応するものである。

     第1世代では、個人の好奇心や関心が中心であったために、研究の重複や重要な研究の欠如、同種研究所の林立など、様々な問題が露呈していた。さらに、当時は宇宙開発、高速大型コンピュータ開発、原子力開発、高速交通システム開発、環境保全、製造技術の高度化が始まっていたが、ドイツはそのすべてでかつての優位を失い、米国や日本の後塵を拝するようになったという強烈な問題意識もあった。このような中で、研究所の統廃合や再編成を実施し、研究開発の効率を向上させ、国際的な競争力を持つ科学技術力を確保しようとした。

    第2期

     1990年代後半から2000年代初め。これも研究開発の世代論に対比される。すなわち、科学技術のシーズ志向の研究開発という第2世代から、市場や社会のニーズを志向する第3世代への移行である。大研究所を中心とした研究開発は、資金配分の硬直化につながっていった。使途目的を明確にしない経常研究費的な資金が研究所に配分されるようになり、所内の資金配分はシニアの研究者の強い影響力に左右されるようになった。それによって生まれた弊害は、需要志向の欠如である。国民レベルにおいても、切実な社会問題を解決していないのではないかという強い疑義が生まれた。このような背景を踏まえて、教育研究省がまず実施したのは、経常研究費の廃止である。次いで、需要志向を明示したFuturの実施である。

     このような歴史的経緯を経て、ドイツでは従来の資金配分の問題点として次の3点が論じられている。

     (1)教育研究省の既存の研究資金配分方式、伝統的な方式や優先付けはシーズ志向が強いので、新鮮なアイデアを導入することが望まれる。

     (2)関係者間の相互交渉が不透明で、閉鎖的であり、開放的・透明にすることが望まれる。

     (3)新しい重要な課題を見過ごす危険性があり、そのような危険を少なくすることが要請される。

     このような背景の基に、Futurは次のような性格を持つに至ったのである。

     (1)イノベーション志向の研究政策に、将来の社会的な需要に基づいた政策を付加する。誤解はないと思われるが、決して、それがすべてではない。

     (2)学際的で問題解決型の社会先導的なビジョンを掲げる。

     (3)広範な参加者による異質な創造性、意思疎通、分析等の手法の組み合わせでなければ、そのような目的は到底達成できない。このような手法の開発も目的の一部である。

     さて、Futurの国際的な普遍性あるいは利用可能性はどうであろう。例えば、フィンランドでは議会に置かれた未来特別委員会(The Special Parlamentary Committiee for the Future)でほぼ同じような試みが実施されている。我が国に導入することは可能か、可能だとしてもどのような修正が必要か、などの検討が必要と思われる。