[特集1]
エピジェネティック・がん研究の必要性
―ポストゲノム時代のがん研究―

ライフサイエンス・医療ユニット 伊藤 裕子


1.はじめに 

 全ヒトゲノム(実際は98.8%)が解読されたとして、2003年4月14日にヒトゲノムプロジェクトの終了が宣言された。これは同時に、本格的なポストゲノム時代の到来を意味した。

 実際には、約5年前から世界各国においてポストゲノム時代を見据えた研究内容や研究体制への移行がみられている。日本においてもポストゲノム研究として、ゲノム情報に基づくタンパク質の構造・機能解析、糖鎖の構造・機能解析、疾患と関連したSNPs解析等の研究の推進が図られている。
 ポストゲノム研究の国際的なトレンドとして、疾患とゲノムの関係に焦点をあてた研究が進められている。近年、様々な種類のがんや他の多因子疾患の細胞中のゲノムDNAまたはDNAと結合しているヒストンに、メチル化やアセチル化などの酵素的な修飾が生じていることが観察されている。このような修飾は遺伝子の転写や発現に影響を与えると考えられ、これが疾患の発病原因のひとつではないかと推定されている1)。これは生体内の酵素等によって起こる可逆的な反応であり、食物摂取や環境中の化学物質による被曝等の外的な要因によって、その発生率が変動することが報告されている。

 これらの修飾はエピジェネティックと呼ばれ、正常な生体細胞においては生体維持のために必要なメカニズムでもあり、その異常は疾患(がん等)の原因になると考えられる。

 本稿では、がん研究分野の注目研究領域として「エピジェネティック(epigenetic)」について取り上げ、その解説およびがんとの関連性、さらにエピジェネティック・がん研究の国際的な動向について概説する。

2.エピジェネティックとは何か?

 エピジェネティック(epigenetic)の語源は、17〜18世紀の生物学の中心思想である個体発生の前成説(preformation)に対する後成説(エピジェネシスepigenesis)からきている。前成説によると生物は最初から潜在的に存在した性質が展開されて個体になるとされ、後成説によると生物は発生の過程で順次、内的および外的な影響を受けて個体になるとされた。

現在では「エピジェネティック」は、ゲノム自身の変異以外のメカニズムで遺伝子の発現に影響を与える現象を指している。エピジェネティック研究により遺伝子発現の制御メカニズムが解明されることは、遺伝子発現に関わる様々な分野の研究の進展を促進することが予測される(図表1)。

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2‐1. 正常な生体におけるエピジェネティック

 エピジェネティックは正常な生体維持に関して重要な働きをしている。例えば、一人の人間の皮膚、心臓、または肝臓の細胞からDNAを抽出してゲノムを解読すると、これらのゲノムは基本的に同じであることが示される。しかし、それぞれの遺伝子の発現パターンを調べると異なっている。皮膚は皮膚に必要な遺伝子のみ発現され、心臓は心臓に必要な遺伝子が発現され、肝臓は肝臓に必要な遺伝子が発現されている。このような遺伝子の発現制御はエピジェネティックによってなされ、発生によりゲノムが決定した後の細胞分化の過程で生じる。つまり、生体内の全ての細胞がエピジェネティックによる遺伝子発現の制御を受けている(生殖細胞を除く)。

 それ以外の正常な生体におけるエピジェネティックによる遺伝子発現制御には、X染色体不活化および遺伝的刷り込みという現象がある2)

 X染色体の不活性化とは、女性は父方と母方からそれぞれ1本ずつ計2本のX染色体を持つが、どちらかのX染色体は不活性であるという現象である。つまり女性の細胞は通常、「父方のX染色体が不活性化された細胞」と「母方のX染色体が不活性化された細胞」がランダムに混じったモザイクである。不活性化は胚発生初期に起こり、細胞が分裂すると娘細胞には同じ不活性化状態が伝わる。女性の細胞に起きるX染色体の不活性化は、男性のX染色体は1個であるので、男女の遺伝子量のアンバランスを解消するためであると考えられている。

 ヒトは1個の正常な細胞中に23本の染色体を1対、つまり計46本の染色体を持ち、23本の染色体はそれぞれ父方と母方から由来している。染色体はDNAとヒストンなどが結合した複合体(クロマチン)から構成されており、従って1個の細胞中には父方由来と母方由来の同じ遺伝子が2個存在することになる。遺伝的刷り込み(インプリンティング)とは、父方と母方由来の遺伝子で発現状態が異なるものが存在する現象である。発現が抑制されている方の遺伝子をインプリンティングであるという。

 上記のいずれの現象も発生・分化の早い段階で生じると報告されているが、詳しいメカニズムや生体に対する明確な意義はまだわかっていない。

2‐2.エピジェネティックによる遺伝子の発現制御のメカニズム

 エピジェネティックによる遺伝子の発現制御のメカニズムとして、DNAメチル化、ヒストンのアセチル化とメチル化、およびクロマチンリモデリングなどがある(図表2)。

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 これらは酵素による修飾であるので、化学的な処理によっては修飾が失われることおよび検出そのものが出来ないことがあるなど、検出感度において満足が行く技術が無かった。また少量な生体試料からの検出は困難だったため、エピジェネティックと疾患の関連性の研究はあまりなされていなかった。しかし、1992年に亜硫酸水素塩シーケンス法が開発され、少量のDNA試料からのDNAメチル化パターンの検出が可能になった。さらに2000年に開発されたマイクロアレイを用いたDMH(differential methylation hybridization)法や、2001年に報告された蛍光色素を用いたリアルタイムPCR法であるMethyLight法により、DNAメチル化の検出の感度と速度は大幅に向上した3,4)

 これらの検出技術の向上によってDNAメチル化とがんなどの疾患に関する研究が可能となり、現在DNAメチル化はがん研究において注目されている。従って、以降はDNAメチル化を中心に取り上げる。

2‐3.DNAメチル化による遺伝子発現の制御メカニズム

 DNAメチル化とは、DNAメチルトランスフェラーゼという酵素によりDNA中のシトシン塩基の5位にメチル基が付加されて5‐メチルシトシンができることをいう。5位メチル化は塩基対形成には影響しないので、5‐メチルシトシンはグアニン塩基と塩基対を形成できる。従って、DNAの複製は正常に生じる。しかし5‐メチルシトシンは、遺伝子の発現を構造的に妨害する。

 通常、遺伝子が発現するためには、遺伝子のプロモーター領域(遺伝子の転写に関係するDNA配列)に遺伝子調節タンパクおよび転写因子が結合することが必要である。つまり、遺伝子発現がオンの状態というのは、プロモーター領域に遺伝子調節タンパクおよび転写因子が結合しており、DNAメチルトランスフェラーゼはプロモーター領域のDNAに物理的に接近できず、メチル化がされていない状態である。

 そして結合していた転写因子等の大部分が遊離するとDNAメチルトランスフェラーゼはDNAに接近可能になり、プロモーター領域のDNAはメチル化を受け易くなる。一度メチル化を受けると、生体内にはメチル化されたDNAに特異的に結合するタンパクが存在するので、このタンパクの結合により脱メチル化が妨げられてメチル化の状態が維持され、遺伝子の発現は安定的に阻止される。

 さらに、親DNA鎖で起きたメチル化パターンは維持型メチラーゼ(maintenance methylase)により、容易に娘DNA鎖に受け継がれる。つまり、ある細胞のゲノム中でDNAメチル化が生じると、その細胞を親細胞として分裂した全ての娘細胞が同じ場所にメチル化したDNAを持つことになる。

 これは細胞分化の過程において特に重要なメカニズムであり、分化後の皮膚細胞が心臓の細胞や肝細胞に簡単に変化することを防いでいる。

2‐4.正常な生体のDNAメチル化と疾患に関連するDNAメチル化

 DNAメチル化が、生体を正常に保つために不必要な遺伝子発現を抑制するということは既に述べた。従って疾患に関連するDNAメチル化とは、(1)正常な場所に生じるDNAメチル化が何らかの原因で正常ではない場所に生じ、これにより生体に必要な遺伝子の発現が抑制されること、あるいは(2)正常な状態では安定的にメチル化されている場所であるのに、何らかの原因でそのメチル化が外れ、正常な生体では抑制されるべきである不必要な遺伝子の発現が促進されることであると考えられる。

 がんとDNAメチル化に関しては第4章で述べる。

3.エピジェネティック関連の論文数の推移

 エピジェネティック研究の動向を分析するために、医学関係論文データベースであるPubMedのキーワードによる論文検索機能を用いて、エピジェネティック関係の論文数の推移(1993年から2002年まで)を調べた(図表3)。

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 「エピジェネティック(epigenetic)」で検索すると、1996年および1998年の論文数の増加は前年度に比較すると顕著であるが、2000年以降に急激に論文数が増加していることが示された。「エピジェネティック(epigenetic)」と「がん(cancer)」でも、同様に2000年度以降に顕著な論文数の増加が示され、「メチル化(methylation)」と「がん(cancer)」でも同じ傾向がみられた。

 エピジェネティックは老化やがん以外の疾病にも関与していることが近年報告されており、2000年以降の急激な論文数の増加はこれを反映していると推測される。また、ヒトゲノム解析終了が間近になり(2000年当時)、ポストゲノムとしてのエピジェネティック研究に目を向けられ始めてきたこと、および前述したDNAメチル化の検出技術の向上がエピジェネティック研究を進展させたことが、2000年以降の急増に繋がったと考えられる。

 以上の論文数の推移から、エピジェネティック研究およびエピジェネティック・がん研究は、急速に発展しつつある新興領域であると考えられる。

4.がんとエピジェネティック

 分子生物学の研究の進展により、がんはゲノムや遺伝子の異常で発症するという認識は広く定着した。近年、エピジェネティック研究が国際的に注目を集めているのは、エピジェネティック(の異常)が原因でがんが発症することがわかって来たからである5)

4‐1.がんとは何か?

 がんは「(1)正常な抑制を無視して増殖し、(2)通常は他の細胞の領地である所に進入し、そこを占領する(細胞の分子生物学第3版より)」と定義され、定義の(1)の特徴を持つが腫瘍細胞が一箇所で留まっている場合は良性と言われる。通常、良性の場合は外科的に腫瘍を取り除くことで完治する。がんと呼ばれる悪性の状態は、周囲の組織への浸潤や他の臓器への転移を起こすので治療を困難にしている。

 近年の分子生物学の発展により、定義の(1)および(2)を細胞に生じさせる原因は「がん遺伝子」や「がん抑制遺伝子」などのがん関連遺伝子上の変化(異常)であるという認識が定着した。そしてそれらの遺伝子の変化には、大きく分けて「質的な変化」と「量的な変化」があることが分かってきた。

4‐2.遺伝子の「質的な変化」と「量的な変化」による発がん

 DNA配列中に生じる「質的な変化」による発がんは、最も注目されてきた。なぜなら、がん細胞のゲノムDNA中に多くの遺伝子変異が検出され、これらの遺伝子変異が発がんやがんの悪性化に関連していると考えられてきたからである。

 がん細胞中の遺伝子発現レベルの「量的な変化」による発がんとは、がん抑制遺伝子やDNA修復遺伝子等の転写活性の低下または阻害により遺伝子およびタンパクの量が減少し、正常な細胞周期の維持が出来なくなってがん化を起こすことである。また、がん遺伝子の転写活性レベルが増大することによりがん遺伝子およびタンパクの量が増加し、やはり細胞周期の制御が不可能になってがん化を起こすこともある。その原因はゲノムDNA自体の変異だけでなく、エピジェネティック(の異常)も関与していると考えられている。

4‐3.がん細胞中のDNAメチル化

 がん細胞のゲノムDNA中には多くのDNAメチル化が観察され、近年、メチル化と発がんに関連性があることがわかってきている。

 図表4にがんの種類とメチル化が観察された遺伝子を示した。メチル化されて遺伝子発現が抑制された遺伝子はがん抑制遺伝子だけでなく、細胞機能の様々な段階に関与する遺伝子が含まれることが示された6)。また、多くのがんに共通に観察されるメチル化以外に、数種のがんにのみ特異的にメチル化される遺伝子が存在することから、がんの種類によって異なるがん化のメカニズムが存在することが推測される。

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 それぞれのがんの治療研究に対する基礎的な研究情報として、データベースを利用したメチル化遺伝子の情報の集約は必要であると考えられる。

4‐4.がん細胞中のDNAメチル化のパターン

 がん細胞中に観察されるメチル化のパターンには1)、広範囲のメチル化の低下(hypomethylation)または脱メチル化(demethylation)、および2)部位特異的(遺伝子のプロモーター領域等)な高メチル化(hypermethylation)がある7,8)

 低メチル化および脱メチル化が生じると、それぞれの細胞において不必要な遺伝子(例えば皮膚細胞の遺伝子発現に、肝臓細胞で発現している全ての遺伝子は必要ではない)の発現が抑制されないので染色体の不安定性を招き、遺伝子変異のリスクを高めると報告されている。多くの場合、低メチル化は広範囲に観察される。

 部位特異的な高メチル化とは、遺伝子のプロモーター領域など遺伝子発現に関係する領域に集中的にメチル化が観察される現象であり、がん化を抑制する働きをもつがん抑制遺伝子やDNA修復遺伝子の発現を妨げる。

 図表5に、正常細胞とがん細胞のゲノムDNA中に観察されるDNAメチル化の違いを示した。

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4‐5.DNAメチル化に影響を与える物質

 近年の研究により、食品中に含まれる物質の欠乏あるいは過剰摂取によって、正常細胞のメチル化の状態が影響を受けることが示された。

 図表6にDNAメチル化に影響を与えることが報告されている物質を示した。詳細なメカニズムは明らかではないが、メチル基を供与できる化学構造を持つ物質は欠乏により細胞内のDNAに低メチル化(染色体不安定性)を引き起こすことが推測される9〜12)

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 また環境汚染物質であるヒ素は、動物実験では低メチル食(コリンや葉酸を含まない)と共に摂取されると、DNAの低メチル化をさらに促進することが報告されており、安全基準の設定などの議論や調査・研究が必要だと考えられる。

4‐6.化学物質の欠乏による発がんと補充によるがん予防

 メチル基を供給できる化学物質の欠乏と発がんとの関係については、1980年代半ばから研究がなされるようになった。論文において、コリンなどを含まない食餌を1年から1年半与えた実験動物(ラット)の肝臓にがんや腫瘍が高頻度に生じ、それらの細胞のDNAメチル化パターンは正常と異なる(低メチル化)ことが既に報告されていた。しかし、繰り返しになるが、当時はDNAメチル化の検出の技術が十分ではなかったため、それ以上の詳細な研究は行われなかった。

 現在では、化学物質の欠乏と発がんのリスク上昇は確かに相関性があると考えられており、次第に化学物質の補充による発がん予防の可能性に関する研究に焦点が移ってきている。

 2000年には、大腸がんを発症し易く遺伝子改変した実験動物(マウス)を用いて、食餌中の葉酸の有無に関する影響(1〜2ヶ月間給餌)が調べられた13)。葉酸入りの食餌を与えたグループでは、葉酸なしの食餌を与えられたグループと比較して、正常なメチル化の状態を示した。そして、腫瘍が腸内にできる前から継続的に葉酸入りの食餌を与えられたグループでは、葉酸なしのグループと比較して腺腫(ポリープ)の発症率が減少した。しかし、腫瘍が形成されてからの葉酸入りの食餌には効果がなく、がん予防としての葉酸の補充はタイミングを図る必要があることが示された。

5.エピジェネティック・がん研究の国際的な動向

 環境中の化学物質による暴露や食事および生活習慣などの外的な要因によって、発がんの危険率は影響を受けることが知られている。発がんの危険率を低下させることは、がん化に繋がる外的な要因を排除するかあるいは制御することである。これはエピジェネティック研究の成果の応用により可能であると考えられる。

 がん研究分野のエピジェネティック研究は、図表7に示すようにがんの基礎研究分野の「発がん機構の解明」研究に属する。そして、その研究成果はがん予防研究に直接的に貢献する。

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 国際的なエピジェネティック・がん研究は、欧州においては約5年前からポストゲノム研究の一環としてEU間国際協力の下に進められている。米国においても研究プロジェクトが実施されている。一方、残念ながら日本においては、エピジェネティック・がん研究の国際的なプロジェクトや国内の複数研究施設の協力による研究プロジェクトは実行されていない。

5‐1.米国のエピジェネティック研究の動向

 米国においては、エピジェネティック大規模プロジェクトこそ実施されていないが、2001年8月にNIH、FDA、アメリカ栄養科学学会の後援によるワークショップ「食事、DNAメチル化プロセスと健康(Diet, DNA methylation processes and health)」、同年12月にNCI(米国がん研究所)のがん予防部門の研究者が中心メンバーになったワークショップ「がん予防分野のエピジェネティック研究:早期発見とリスク査定(Epigenetic in Cancer Prevention: Early detection and risk assessment)」、さらに2003年1月にはゴードン会議の一部門である「がんの遺伝学研究およびエピジェネティック研究(Cancer genetics &epigenetics)」が開催され、DNAメチル化等のエピジェネティックな現象とがんに関する研究発表と今後の研究展開が討論された。さらに2002年9月には、NIH研究グラント(R01およびR21)として「食事、DNAメチル化および他のエピジェネティック現象、がん予防(Diet, DNA methylation and other epigenetic events, and cancer prevention)」というテーマに関連する新しい研究テーマ募集がアナウンスされた。NCIは2004年度予算として、約2.5百万ドル(3億円)をこの研究グラントに使用する。

5‐2.欧州のエピジェネティック研究戦略(ヒトエピゲノムプロジェクト)

 欧州はいち早くエピジェネティック研究に乗り出している。ヒトゲノム中のエピジェネティック情報を明らかにするために、1999年にヒトエピゲノム・コンソーシアム(Human Epigenome Consortium)が設立された。サンガーセンター(英国)、Centre National de Genotypage(フランス)、ドイツがん研究センター、ベルリン工科大学、マックスプランク分子遺伝学研究所(ドイツ)が参加している。

 ヒトエピゲノム・プロジェクトの第一段階として、メチル化の詳細な地図つくりとそれに必要な手法の開発に主眼を置いている。プロジェクトチームには、ベルリン(ドイツ)に基盤を置くバイオテクノロジー会社であるEpigenomicsが加わっている。

 Epigenomics社(http://www.epigenomics.com)は、個人に応じた医薬品の開発など、ゲノムを利用した革新的な技術の創造を目的としている。そして共同研究を通じて国際的なネットワークを形成し、現在ではシアトル(米国)に支社を置いて米国内のネットワークも強化している。

5‐3.ドイツによるDNAメチル化データベースの構築(MethDB)

 ドイツは、世界で先駆けてDNAメチル化データベースを構築した14,15)。これは、MethDBと言い、一般がアクセスできるメチル化データベースとしては初めてのものである(http://www.methdb.net)。2002年9月4日現在で、6,667個のメチル化のデータが収載されており、これらには46種の生物種、160の組織、72の表現形質が含まれている。データベースのアクセス件数/月は毎月増加し、2000年6月に810件であったのが2002年7月には8,884件にまで増加した。また、DNAメチル化のパターンや位置情報だけでなく、マイクログラフで表現形質を示した細胞組織学的な画像データも利用できるなど工夫が凝らされている(図表8)。

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 このデータベースには、がん細胞中のDNAメチル化のデータが多く収載されており、今後のエピジェネティック・がん研究において重要な情報源となることが期待されている。

6.提言

 エピジェネティック・がん研究は、現在、発展段階の研究であるが、国際的な動向からみると急速に進展および拡大しつつある分野であると考えられる。わが国としては、国際的な研究の潮流に注意を払いながら、必要に応じて国内の研究体制を整備する必要がある。

 今後のエピジェネティック・がん研究の研究体制の整備を考える上で、国家主導で行うべきだと考えられる事を以下に挙げる。

(1)エピジェネティック・がん研究の拡充

 がん研究の観点からの分野横断(医学、理学、食品・栄養学、保健学、疫学など)的なエピジェネティック研究プロジェクトチームを構成する。

(2)国内的なヒトエピジェネティックデータベースの構築

 各研究機関や大学で別々に行われているDNAメチル化等のエピジェネティックに関する研究データを集約し、疾患の予防・診断研究に役立てる。データベースは必ずしも一元化する必要はなく、サテライト方式で複数機関が相互アクセス可能な方式をとっても良い。

(3)エピジェネティック研究をポストゲノム研究の一つに位置づける

 現在のわが国のポストゲノム研究は、タンパク質の構造・機能解析やSNPs等に焦点をあてているが、エピジェネティック研究もポストゲノム研究の一つの柱として考えるべきである。


引用文献・参考文献

1)Jones, P.A. and Laird, P.W., Cancer-epigenetics comes of age, Nature genetics, 1999, 21(2):163-167.

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その他の参考文献等

●細胞の分子生物学第3版、Alberts, B., Bray, D., Lewis, J., Raff, M., Roberts, K., Watson, J.D.

●米国がん研究所(NCI)の公式ウェブサイト http://www.nci.nih.gov/

●The Epigenome, Beck, S. and Olek, A., Wiley-vch 2003.