2003年4月10〜11日、ワシントンDCにてAAAS(American Association for the Advancement of Science)の科学技政策コロキウムが開催された。毎年春に開催される同コロキウムは28年の伝統を持ち、また、科学技術政策をテーマにした会議としては全米で最大規模を誇る。今年は、John H. Marburger大統領科学補佐官、Elias A. Zerhounis所長(National Institute of Health)、Charles A. McQueary科学技術担当次官(U.S. Department of Homeland Security)をはじめとする政府高官、William Bonvillian立法担当責任者(Joseph I. Lieberman上院議員事務所)等の議会関係者、Ann Jackson学長(President, Rensselaer Polytechnic Institute)やKaren A. Holbrook学長(The Ohio State University)をはじめとする大学関係者、政策シンクタンクのアナリスト、企業のR&Dマネージャー、さらには諸外国の科学技術政策の関係者等、計500名以上が参加し、
等について議論した。
2003年2月3日、Bush米大統領は2004年度の予算教書をリリースし、R&D予算として1227億ドル(対前年比4.4%増)を要求した。この内訳を見ると、ディフェンス開発とホームランドセキュリティR&Dが大幅アップしているが、非ディフェンスR&Dはほぼ前年並み(0.1%増)である(詳細は、科学技術動向2003年2月号「2004年度米国大統領予算教書に見るR&Dプライオリティの変化」参照)。今後、連邦議会による予算審議が始まる。イラク戦争やその後の復興支援による財政赤字の拡大を考慮すれば、議会でR&Dを含む国内支出の抑制プレッシャーが働く可能性が高い。AAAS R&D Budget and Policy Program のKei Koizumiディレクターはコロキウムの講演で、「2004年度政府R&D予算では、Bush政権が重視するディフェンスとホームランドセキュリティが増え、非ディフェンスの研究が減るゼロサムゲームとなる」との見通しを述べた。
イラク戦争の最中に開催されたコロキウムでは、ホームランドセキュリティに関する話題が注目を集めた。去る3月にDHS(Department of Homeland Security)が稼働を始め、McQueary科学技術担当次官の下で、ホームランドセキュリティ関連の科学技術政策が進められている。図表 1に示すDHSの組織図のうち、主に科学技術政策を担当するのがDirectorate of Science and Technologyであり、同局局長は科学技術担当次官が兼任している。また、同局にはDARPA(Defense Advanced Research Projects Agency, Department of Defense)をモデルとしたHSARPA(Homeland Security Advanced Research Projects Agency)が設置され、基礎研究から製品開発まで、ホームランドセキュリティに関するあらゆるR&Dプログラムのファンディングを行う。HSARPAの2004年度予算は3億5千万〜5億ドルとなる見通しである(“Department of Homeland Security Opens Doors, Proposes $1.0 Billion for R&D”, AAAS R&D Budget and Policy Program, March 4, 2003)。
McQueary科学技術担当次官はコロキウムの講演で、Directorate of Science and Technologyの主要業務について下記の通り紹介した。
National Laboratory for Homeland Securityを設置し、学際的にホームランドセキュリティ関連R&Dを推進する。同研究所は、既存のTechnology Security Laboratory(Transportation Security Administration)、Environmental Measurements Laboratory、U.S. Coast Guard、U.S. Secret Service、旧Immigration and Customs Services等から移管されたホームランドセキュリティ関係のR&Dプログラムを実施するとともに、今後はNIHやCDC(Centers for Disease Control and Prevention)と共同で生物関連プログラムを、USDA(US Department of Agriculture)と共同で食品安全プログラムを進める予定である。
また、McQueary科学技術担当次官は同じくコロキウムの講演で、DHSイニシアティブについても下記の通り紹介した。
今回のコロキウムでは、アジアを中心に猛威を振るっているSARS(Severe Acute Respiratory Syndrome)に関する話題にも関心が集まった。NIHのZerhounis所長はコロキウムの講演で、「NIHではCDC(Centers for Disease Control and Prevention)を中心にSARSの研究を活発に進めているが、米国内だけでなく香港にあるNIHラボでも精力的にSARSの原因解明と予防法の開発に取り組んでいる。またR&Dだけでなく、CDCのウェブサイト等でSARSの情報提供も積極的に実施している」と、紹介した。さらに同所長は、全米のメディカルスクールに95億ドル設備投資する計画を紹介し、NIHの設備投資縮小に対するアカデミックコミュニティの懸念を一掃した。去る2月3日に公表された2004年度の予算教書において、予算倍増キャンペーンが終了したNIHは、研究所全体の予算が伸び悩む中で十分なR&Dファンディング予算を確保するため、設備投資の縮小を提案していたのである(科学技術動向2002年4月号特集「米国科学技術政策の最新動向 ―2002年 AAAS年次コロキウム速報―」参照)。
コロキウムのキーノートスピーチでJohn H. Marburger大統領科学補佐官は、「コロキウムで話すべきテーマとして科学技術政策の最新動向や優先課題等、様々考えられるが、今日は特に米国のサイエンスコミュニティおよび高等教育コミュニティに深刻な影響を及ぼしている問題に絞って話したい」と切り出した。毎年恒例となっている大統領科学補佐官のキーノートスピーチは、連邦政府の科学技術政策の重点テーマについて幅広く紹介するのが通常である。例えば、昨年のMarburger補佐官によるキーノートスピーチは、テロとの戦いやホームランドセキュリティを強化するR&Dイニシアティブ、政府R&D投資における分野間のバランス問題、ナノテクノロジーやライフサイエンス等の分野別重点化戦略、連邦政府のR&Dマネージメント改革等、多岐に渡った内容であった(詳細は、科学技術動向2002年4月号特集「米国科学技術政策の最新動向 ―2002年 AAAS年次コロキウム速報―」参照)。このため、ビザ問題に焦点を絞った今年のキーノートスピーチは、大方の予想を反するものであり、厳しさを増すセキュリティスクリーニングが、米国の科学技術活動にいかに深刻な影響を及ぼしているか、あるいは今後及ぼすと懸念されているかがうかがえた。本章では、Marburger補佐官の講演をもとに、現在のビザ問題の原因やその解決へ向けた政府の取り組みについて概観する。
5‐1.留学生や外国人研究者へのビザ発給状況
最新のChronicle of Higher Education(http://chronicle.com)の特集"Closing the Gates"は、ホームランドセキュリティの強化が、これまで米国のR&D競争力の強化やそれによる経済発展、市民生活の質の向上等に寄与してきた留学生や外国人研究者に対して、研究活動の門戸を閉じようとしている(closing the gates)と指摘している。米国のサイエンスコミュニティや高等教育コミュニティは留学生や外国人研究者を排除しようとしているのか。これに対して、Marburger補佐官はコロキウムの講演で、一般的に留学生や任期付き外国人研究者に発給されるFビザ、MビザおよびJビザの申請許可率は、過去5年間でわずかに減少しているが、大きな減少は見られないと指摘する。同補佐官によれば、「米国は留学生や外国人研究者を閉め出しているのではなく、受け入れ審査の遅延が原因である」とのことである。
5‐2.ビザ審査プロセス
本説ではビザ問題の理解を深めるため、現行のビザ審査プロセスについて概観する。留学生や任期付き外国人研究者に発給されるFビザ、MビザおよびJビザに必要な審査は、通常、
- CLASS(Consular Lookout Automated Support System)
- MANTIS(カマキリ)
- CONDOR(コンドル)
の3つである。CLASS(Consular Lookout Automated Support System)は申請者の名前を、FBIのNational Criminal Information Centerによる犯罪者名簿やCIAのテロリスト名簿等と照合する審査で、すべての案件に適用される。これに該当したものはワシントンの専門機関へ回され、追加審査を受ける。Marburger補佐官によれば、ワシントンで追加審査を受ける案件の約90%は30日以内に処理されるため、これがビザ申請を大きく遅延させている要因とは言いがたい。
MANTISは、国務省や関連省庁が作成した“TAL(Technology Alert List)”によるスクリーニングで弾き出された案件を対象とする審査で、“Immigration and Nationality Act”のセクション212の指示に基づき、商品、技術、機密情報などの輸出に関する法律に違反する恐れのある申請者の入国を防ぐことを目的とする。Marburger補佐官によれば、MANTISへ回される案件は2000年に約1,000件、2001年に約2,500件、2002年に約14,000件と急増しており、現在では未処理理案件が常に1,000件を越えている。
CONDORもMANTISと同様、ある特定の基準を満たした案件を対処とする審査で、同時多発テロ以降に設けられた。CONDORの目的は、テロリストの可能性がある申請者を除外することである。
5‐3.ビザ審査の遅延解消へ向けた連邦政府の取り組み
前述の通りビザ申請許可率の変化が過去五年間で小さいことから、MANTISやCONDORによって申請が却下されているのではなく、処理に時間がかかっていることは明らかである。市民の安全を守るためホームランドセキュリティの強化が重要であることは言うまでもないが、だからと言ってビザ審査の遅延問題を放置すれば、必要なときに必要な研究を行うタイミングを逃し、米国のサイエンスコミュニティや高等教育コミュニティに深刻な影響を与えるであろう。この点は、連邦政府も十分に理解しており、審査プロセスの見直しや処理担当者の増強等の取り組みを実施しているが、未処理案件は増え続ける一方である。Marburger補佐官は、「ビザ審査の遅延問題は、我々の努力で解消できる」と主張し、そのための方策として以下を提案している。
* 外部の専門家コミュニティと連携し、ビザ審査の各種プロセスの迅速化に役立つ人材を継続的かつ組織的に新規雇用する。
- CLASS、MANTIS、CONDORにおける重複審査を排除し、審査の迅速化を図る。
- 申請者の受け入れ先からの情報提供システムを改善し、無用なビザ審査を避ける。
また、Marburger補佐官は、審査プロセスの進行状況を申請者へ開示し、申請者の心配を軽減させることを提案している。これは、理由も知らされず、不安な心持ちで長期間、ビザ審査の結果をまつ留学生や外国人研究者にとって朗報である。
これまで米国は世界中から優秀な人材を集め、同国の成長の原動力としてきた。特に科学技術分野における外国人の貢献は大きく、スタッフの半数以上がインドや中国をはじめとする諸外国の出身者で占められるラボも少なくない。ビザ審査の遅延は、こうした土台を揺るがし、米国のR&D競争力を低下させる恐れがある。今回のコロキウムでMarburger補佐官がビザ遅延問題を取り上げ、改善策を提案したキーノートスピーチは、サイエンスコミュニティ、高等教育コミュニティおよびアメリカ行きを志す留学生や研究者に心強いメッセージとなった。
イラク戦争の最中、またSARSが猛威をふるう中で開催された今年のAAAS年次コロキウムでは、ホームランドセキュリティや感染症に関するR&D政策が関心を呼んだ。また、イラク戦争およびその後の復興支援のための臨時支出による財政赤字の拡大が国内支出の抑制プレッシャーとなり、2004年度のR&D予算は、ディフェンス開発とホームランドセキュリティR&Dの増加と、非ディフェンス系研究の低下というゼロサムゲームとなる見通しである。
ホームランドセキュリティの強化にともなってビザ審査が長期化しており、サイエンスコミュニティや高等教育コミュニティに深刻な影響を与えている。今後も米国がR&D競争力を維持、向上していくには、早急なる取り組みが必要であり、今回、Marburger補佐官が具体的な改善策を示したことは大きな一歩と言えよう。