客員研究官 羽田 肇
材料・製造技術ユニット 多田 国之
光触媒(Photocatalyst)は、光のエネルギーによって働く触媒である。即ち、光触媒は光を吸収して高いエネルギー状態となり、そのエネルギーを反応物質に与えて化学反応を起こす。この作用は光触媒作用(Photocatalysis)と呼ばれる。光触媒作用術語の出現は1930年代に遡る1)。1950年代、この光触媒作用は塗料に含まれている顔料による塗料の劣化(いわゆるチョーキング現象)の原因として知られた。従って、当時、顔料による塗料の劣化などの光触媒反応を抑えるため、いろいろな研究を行われていた。すなわち光触媒作用は長い間マイナスのイメージで捉えられてきた2)。1960年代、酸化亜鉛粉末を用いた光触媒反応による有機化合物の反応がいくつかのグループで研究された3)。しかし、酸化亜鉛はそのもの自身が光溶解するという欠点を有しており、それほど多くの注目を集めるまでには至らなかった。1970年代に入り、本田・藤島らにより、酸化チタン電極に光を照射することにより水素発生が促進されることが見出された4)。この現象は現在ホンダ・フジシマ効果と呼ばれる。このことをきっかけに、この分野は急速に発展し、光触媒研究のブームが到来した。1980年代には、有害物質分解にも応用できることが判明した5,6)。酸化チタン等光触媒は、強い酸化分解力を持ち、分解対象物質を選ばず、有機塩素化合物でも炭酸ガスと塩酸にまで完全分解できる。2次汚染の心配も無い。現在では光触媒は光を利用するだけで、分解されにくい種種の化学物質を安全かつ容易に無害化することができる環境にやさしい環境浄化材料として脚光を浴びている。
酸化チタンなど光触媒に光を当てると、その表面では、図表1に示すように2種類の反応が起こる。ひとつは以上のような強い酸化分解力によって物質を分解してしまう反応(光触媒分解反応)であり、他の1つは、水の濡れ性が向上し、表面が親水性となる(光親水化反応)7)。光触媒の親水性について研究は最近富に盛んになっており8)、その実用化の進展も最近目覚しいものがある。
以上の光触媒技術的進歩により、産業廃棄物の無害化処理、空気の浄化、地下水・湖の水の浄、汚れ分解、流出原油処理、食品保鮮、抗菌、抗カビ、曇り・ぬめりの防止など、快適な生活を作り出すための、陰の立役者となりつつある(図表2)。さらに最近、環境ホルモ等内分泌かく乱物質、アレルギー性物質など大気中の微量有害物質の分解除去も研究されている。
光触媒の研究がもっとも盛んな国でもあるわが国としては、おのおのの光触媒材料の可能性と限界、長所と短所、各触媒材料の詳細な表面構造、活性サイトと触媒の選択性などの精査といった基礎研究面、その長所を余すことなく活用する応用面、そして誰もが安心して使える材料となるような品質の保証・管理面などを世界にさきがけて提案し、世界の光触媒の研究開発におけるリーダーとしての役割をはたす責務がある。
以上の観点から、光触媒の研究・開発の現状と将来像について、簡単に解説する。
光触媒反応の作用機構
光触媒としては金属イオンや金属錯体なども用いられるが、最もよく使用されているのは半導体である。とりわけ、酸化チタン、酸化亜鉛、酸化タングステン、酸化鉄、チタン酸ストロンチウム、硫化カドミウム等の酸化物半導体がその中心物質として利用されている。
半導体は文字の通り電気伝導率が金属と絶縁体の中間にある。すなわち、通常、電気を通さない不導体であるものが、光、熱、電場など外部の刺激を受けて電気を通すようになる。光励起による導電性の獲得には、どんな光でもよいわけではなく、ある波長以下光(すなわち、ある波長以上のフォトンエネルギー)であることが必要である。このエネルギーをバンドギャップエネルギーといい、それぞれの半導体物質、特有の値となっている9)。
光触媒反応は、光触媒の表面に反応物質と作用して起こす反応である。バンドギャップ以上のエネルギーを持つ光を半導体に照射した際、半導体が外界と接している状況を化学の目で見ると、図表3(a)のようになる。通常価電子帯にある電子が光のエネルギーを受けて伝導帯に上がって、電子(e−)と正孔(h+)という2つの電荷キャリアーを生じる。これらのキャリアーは、半導体の表面に拡散し、外部の物質に移行する場合がある。外部の物質が電子を受け取るとその物質は還元されたという。また、正孔と反応して外部の物質が電子を失うとその物質は酸化されたという。従って、光触媒は、光照射によって、酸化・還元の両反応を引き起こす物質ということになる。
光触媒を環境中で使う場合は、図表3(b)に示すように、豊富に存在する酸素や水が優先的に電子や正孔と反応し、スーパーオキシドイオン(・O2−)やヒドロキシル(・OH)ラジカルが生成する。活性酸素種と総称されるこれらは塩素やオゾン以上の酸化力を持ち、多くの物質を酸化的に分解する。光触媒は多くの機能を有するが、その大部分はこの活性酸素種の生成能力に由来している。
光触媒反応の特徴
光触媒の応用の観点からその特徴を挙げると、以下の点になる。
(1)微量の反応物分解に特に有効である。
光触媒表面には、タバコのヤニから大腸菌まで、実にさまざまなものを分解できることが確かめられている。光触媒という名の通り、この分解反応は、光のエネルギーを利用して起こる反応である。当然の事ながら、分解の対象物が光触媒の表面に接触し、光がないと効果が現れない。このことは、光触媒反応を理解し、応用を考える際、最も大事なポイントとなっている。光触媒のこの特徴から、光触媒は一度に大量の物質を分解することには不向きである。少量の対象物質が徐々に増えてくるようなものに対しては、大きな効果がある。例えば、図表4のように、光触媒タイルに少量の汚れがある場合と、大量の汚れがある場合を想定した場合を考える。前者の場合は効果が多きい。これに対して、汚れが多い場合、光触媒タイル表面のすべては覆われるため、光がタイルの表面に届かず、除汚の効果は期待できない。昨今話題になることが多い悪臭物質や環境ホルモンなど有害物質では、ごく微量で人体や環境に影響を及ぼすことから、光触媒利用の格好のターゲットになっている。
(2)似高温効果、即ち、室温で物を燃焼させるのと同じ効果がある。
先述べたように酸化チタン光触媒が紫外線を吸収すると、先に述べたようにその表面(図表1)で二つの現象が起こる。一つは光触媒分解である。これは物質を分解してしまう現象であり、最終的には、有機物は二酸化炭素と水に分解される。これは光合成反応の逆反応、すなわち燃焼反応に相当する。酸化チタンが波長380 nm以下の紫外線励起と同様の効果を熱エネルギーで得ようとした場合、3万度以上の温度を要する。しかし、通常の燃焼反応とはまったく異なり、光触媒反応では温度が上昇せずに、室温の状態で反応が進行する。また、燃焼反応では、いったん火がつくと物質が無くなるまで反応が継続するが、光触媒反応では、光が照射され、吸収した光の量の分だけ反応が進行する。従って、光触媒反応は燃焼反応よりコントロールしやすいという点も特長の一つとして挙げられる。
なぜ酸化チタンなのか
先に述べたように、光触媒機能を持っている半導体は数多く知られている。しかし、現在市販されている光触媒製品では、ほとんどすべての場合、光触媒として二酸化チタンが使われている。その理由は、以下の四点に要約される。
(1)物理的・化学的に極めて安定である。
太陽光を構成する光の主たる部分は可視光である。光触媒反応の効率を上げるためには、バンドキャップのもっと小さな半導体を使って可視光を利用することが望ましいと考えられる。しかし、酸化チタンよりバンドキャップが小さな材料では、例えば、硫化カドミウム、セレン化カドミウムなど、水の中で光を当てると、自己溶解現象を起こす。これは、光照射によって発生した正孔が自身を酸化することで、金属イオンが溶け出してしまうことによる現象である。多くの半導体は、このような現象が起こるため、耐久性がなく、実用材料としての使用を困難にしている。一方、酸化チタンでは、このような自己溶解現象が起きないため、安定性の点で他の半導体より優れていると言える。
(2)光触媒活性が高い。
酸化チタンの光触媒活性は酸化チタンの結晶構造に強く依存している。酸化チタンには、アナターゼ、ルチル、ブルッカイトの3種類の結晶構造がある事が知られているが、光活性の点からはアナターゼ構造のものの活性が高いことが知られている。そのため、光触媒反応においては、アナターゼ型の酸化チタンが有効であると考えられている。
(3)無害無毒で環境にやさしい。
白色顔料や食品添加剤としても安全性が確認されており、環境や人体に対する影響がほとんど無い。
(4)原材料が廉価である。
チタン自体は、地球の地殻に存在する元素の中でも9番目に多く、資源的に大変豊富な金属である。原料の鉱石としては、鉄とチタンの酸化物であるイルメナイト鉱か、ルチル鉱があり、いずれの鉱石からも酸化チタンが生産されている。製造のProcess(塩素法と硫酸法)も比較的簡単で、低コスト化が可能な材料である。
以上の特長から見まると、酸化チタンは環境中で大量に使用できる条件が揃っている。一方、安定性だけから検討すると、酸化チタンに匹敵する光触媒活性を持つ材料としては、チタン酸ストロンチウムや層状のニオブ酸カリウムが見出されているが、製造プロセスが煩雑でコスト面に難がある上、環境に放出された際の悪影響も懸念される。有機物を分解する能力、コスト面から見ると、酸化亜鉛も有望であるが、先に述べたように光溶解する欠点があり、この克服が課題となっている。
また酸化チタンでは、そのバンドキャップ(3.2 eV)であるため、紫外光しか吸収せず、光の有効利用の観点から、この克服のために多くの研究がなされている。
光源について
上記の作用機構から判るように、「光触媒、水と酸素、光源」この三つが光触媒反応を起こす必要三大条件と言える。ここでは最後の光源について考えてみたい。
自然界にあって我々が容易に利用できる光源は太陽光である。太陽から地上に届く光には290 nmから4,000 nmの波長の光が含まれている。このうち、400 nmまでは紫外線、400 nmから800 nmまでは順に紫、青、緑、黄色、赤といった可視光線、 800 nm以上は赤外線である。太陽光は可視光域の450 nm付近で最大強度を示す。地球表面に1年の間に到達している光のエネルギーは3.0×10の24乗J/年であり、人類が現在1年間に使っている石油や石炭などのエネルギーの1万倍以上である。このうち、紫外線が約4〜5%、可視光線が45%、赤外線が約50%となっている。
現在、光触媒として実用化されているのはほとんど酸化チタン光触媒であるため、光触媒反応に使用される光は紫外線ということになる。上記したように太陽光の紫外線の強度は大きくないため、人工的な紫外線光源の使用が、現段階での現実的な選択となっている。通常、水銀ランプ、キセノンランプ、ブラックライト、ケミカルライト光源がよく用いられている。しかし、これらの光源は、寿命が数千時間程度であるため、連続使用の場合には半年程度で交換することが必要で、利用範囲が限られていた。また、通常の紫外線ランプは電気が光に変換される効率がせいぜい20%で、残りは無駄に熱に変換してしまう。したがって、現在使われる紫外線光源はコストの観点からみると、予想以上に高価な点が大きな問題となっていた。
この困難をブレークスルーする光源として、もう一種類の発光ダイオード(LED)が考えられている。発光ダイオードは寿命が約10万時間と大変長く、消費電力の80%以上が光に変換され、電気−光変換効率が高く、低消費電力であるため、蛍光灯に代わる将来の光源として期待されている。最近、窒化ガリウムベースの短波長LEDが開発され、それを用いた車載用空気清浄機が世界で初めて我が国で実用化された10)。今後、低コストの短波長発光ダイオードの開発が、光触媒の広範な応用に対してカギになると考えられている。
光触媒の可視光化方法
水の分解による酸素と水素の製造、あるいは環境汚染物質の無害化過程に用いる光触媒が利用できる光は紫外線に限られてきた。しかし、そもそも紫外光は人体に有害であるため通常環境で強度の強い光を使うことは懸念される。また、太陽光の様な自然光あるいは室内照明光を利用することも、効率向上の為に必要とされている。そのため、可視光で動作する光触媒の開発が、現在、この分野において最大の研究目標の一つとなっている。方法としては、次の五つほどが提案されている。すなわち、(1)遷移金属のドーピング11)、(2)水素プラズマ処理12)、(3)色素増感作用13)、(4)可視光を吸収できる半導体の複合化14)、(5)酸素の代わりに窒素を置換する15,16)等である。方法(1)は金属イオンを注入するため高価な設備が必要となる。方法(2)には、可視光を吸収する原因が水素プラズマ処理により生じる酸素欠陥であるため、触媒活性の継続性と再現性については充分に検討する必要がある。(3)色素増感の方法は、光触媒への応用には、必ずしも適当ではない。なぜならば、色素の光励起では、酸化力は色素に生じるため、強い酸化力が期待できないからである。(4)半導体の複合化と(5)窒素のドーピングは最も期待できる方法と考えられている。現在この二つの方法を中心に光触媒の可視光化についての研究が盛んで、今後、大きな進展が期待される。
光触媒の親水性
酸化チタン光触媒が紫外線を吸収すると、その表面(図表1)で二つの現象が起こる。一つは光触媒分解現象で、もう一つは光親水現象であることは既に述べた。なぜ光触媒表面は、光照射により光触媒、水に対する濡れ性が非常に高い状態にいたるのか? これまでに光触媒の持つ強い酸化力を利用した光触媒反応を概観してきた。光親水性もこれと同様に、強い酸化力による表面に付着有機物の酸化分解除去により生まれている、という考え方がある。しかし、最近、表面構造の研究が進展し、光照射による親水性の実現は酸化チタン表面自身の構造変化に起因していると考えられるようになってきた。図表6には光触媒表面構造の変化モデルを示した。光照射前の酸化チタン表面は、一様に疎水性であるが、光照射に伴って親水性の微小領域(ドメイン)が形成され、最終的には一様に親水性の表面になる。親水性の高いドメインの形成機構については現在まだまだ検討段階であるが、さまざまな実験結果から総合的に考えると、光照射により生じた正孔が酸化チタンの酸素に酸化され、その結果、酸素欠陥が生じ、ここに水が吸着し、親水性のドメインが形成される、という考え方が有力である17)。
光触媒のいろいろな機能に光触媒の親水性を加えて、光により水との親和性がたかまる、光超親水性(液体との接触角が0度になる性質、現象)などの新しい機能の発見により、曇らない鏡や窓拭きの必要のない高層ビルの窓(セルフクリーニング効果)の開発、超撥水性(液体との接触角が150度以上になる性質、現象)を持つアルミナなどとの組み合わせよる、雪国における電線への積雪防止機能や、雪下ろしの労力を低減させる屋根の検討など、新たな市場を呼び起こすことが期待される性質も見つかっている。
光触媒作用による水の分解
よく知られているように、環境面に優しいエネルギー源として水素が着目されている。しかし、どの様な方法で水素を得るかということが、現実的な問題として残されている。水素を得る一つの方法として、光触媒作用を利用して水を分解することが考えられている。これは、そもそも光触媒が世に着目された原点でもあり、材料探索を含めての基礎的な研究が、現在においてもなされている。しかしながら、未だ酸化チタンを凌駕する材料の発見には至っていない。酸化チタン系においても水分解に利用しようとした場合、その量子効率の低いことが問題である。現在、1%以下といわれており、光を電気エネルギーに転換する太陽電池の効率と比較して、著しく低いのが現状である。当面の目標としては10%が設定されているが、600nm以下の可視光領域で30%に達すれば、水素源の問題は一挙に解決しうる。水分解では、さらに、他の光触媒応用同様、可視光応答の問題も残っている。
光触媒性能評価法
反応評価法には、色素分解法、蛍光法や反応生成物を分析する方法等、多様な用途に応じて多くの方法が研究者から提案されている。反応生成物を分析する方法では、実際に触媒反応を行い、反応物と生成物をガスクロマトグラフや高速液体クロマトグラフ等を用いて分析することが一般的である。反応装置は、光触媒が薄膜や板状か(固定型)あるいは粉末かにより、また、反応媒体が気体か液体かにより、大まかに次のように分類される。
(1)固定型光触媒―気相系:密閉系あるいは流通系の反応セルに、反応対象物質を含む気体(多くの場合は空気)と光触媒を入れ、光照射し反応させる。(2)固定型光触媒―液相系:基本的に気相系と同じである。水の浄化を目指す場合には、光触媒の分離の必要がないため有利である。粉末状の触媒を用いた(3)粉末状光触媒―気相系および(4)粉末状光触媒―液相系も用いられる。
光触媒製品技術協議会では、光触媒性能評価試験法と光触媒性能基準を公表している(http://www.photocatalysis.com)。このうち、光触媒性能評価試験法I(液相フィルム密着法)は、平板状の光触媒製品の光触媒性能に関するものであり、光触媒性能評価試験法Ua(ガスバックA法)は、粉末や粒状など種々の形状の光触媒製品の光触媒性能に関するもの、光触媒性能評価試験法II b(ガスバックB法)は吸着の大きな光触媒製品の光触媒性能に関するものである。しかしながら、本稿で述べるような様々な用途に対応するものとはなっておらず、標準化としては不十分な状態にある。
前述のように、光触媒の本格的な研究は1970年代からはじまっており、この進展に伴い様々な光触媒に関する新材料が開発された。他の研究分野に比べると、光触媒研究領域の一つ特徴は、基礎から応用にいたる道筋の距離が大変短く、新材料の開発がすぐに製品に反映される点にある。また、新材料の開発に伴い、さらに新しい応用も開け、製品化が加速される状況にある。光触媒製品は、子供から老人まで誰でも接する機会があり、簡単且つ安全に使用することができるような応用分野が期待され、光があればどこでも使用可能である。特にエネルギー不足の開発途上国に最適の技術である。そのため、これまで多くの企業や研究機関のいろいろな創意工夫によりさまざまな光触媒製品が生み出されてきた。ここに、実用化された主な製品を紹介する。
実例1 抗菌、防汚光触媒タイル
光触媒タイルは、最も早く(1994年)実用化された光触媒機能を有する製品である。このような光触媒タイルは、元来、医療用途に開発されたものである。抗生物質が効かない院内感染の原因となるMRSA(メチシリン耐性黄色ブウド球菌)などにも効果が高いことが判明したため、病院の手術室等に盛んに利用されている。そして、現在では、このような医療用途の高い性能を有する光触媒タイルが、一般の住宅等で用いられるようになってきた。お風呂やキッチンなどの水周りのような常に微生物が繁殖しやすく、汚れが発生しやすいところが最適な応用箇所である。光触媒タイルの製造プロセスを図表7で示す。ここで強調したいことは、暗い場所でも抗菌効果を発揮するため、もともと自身に抗菌性がある銅金属を酸化チタン表面に固定することで、複合的な効果を付与している点である。
実例2 光触媒大気浄化吸音板
高速道路の沿道の両側に設置された遮音壁の色が、以前の暗い灰色から白色の新しいものに代わってきている。これは光触媒吸音板を既設遮音壁へ取り付け、大気浄化の効果を持たせた結果である。
この光触媒大気浄化吸音板は、自動車から排出したNOXを無害な硝酸イオンまで完全酸化させることができる。有害な中間体をほとんど出すことがない。また、このような吸音板は防汚機能も持っており、自身のセルフクリーニングにより、きれいな外観を長期間維持することができる。これは、自然のエネルギーだけで働く大気浄化システムの最適の代表例と言える。図表8は光触媒大気浄化吸音板が設置されている道路の写真である18,19)。現在、これらの光触媒大気浄化吸音板は、全国で約4,000 m2の設置実績がある。この光触媒大気浄化吸音板の成功をきっかけに、大気浄化機能付き、路面舖装用光触媒材料―コンクリートブロックの実証実験が進められている。道路資材分野での光触媒技術の応用はまだ始まったばかりであり、今後、多くの実用化製品が誕生すると考えられる。
実例3 脱臭、抗菌空気清浄機用フィルター
最近、冷暖房の効率向上や省エネルギーのため、住宅の高気密化、高断熱化が進んでいる。これにつれて、生活環境での有害物質と細菌による汚染が問題になっている。シックハウス症候群、あるいは新築住宅病という言葉は、新聞やテレビ等によく取り上げるようになった。建築材料や塗装剤から揮発する揮発性有機化合物(ホルムアルデヒド、トルエン等)、がその原因であるとされている。また、厨房調理臭や生ゴミ臭、タバコ臭、トイレ臭等種々の臭いは人間の気持ちだけを悪くするだけではなく、室内に長時間とどまり、人体に悪影響を及ぼす。これらの微量の有害物質を分解・除去するため、光触媒機能付きの空気清浄機が重要な役割を果たしている。図表9は酸化チタンを用いた空気清浄機気のフィルターのしくみを示す。これらは、活性炭などの吸着剤とハイブリッド化し空気清浄機の効率を向上させた点がポイントである。空気中の有害物質分子を酸化チタンのみでは効率的に吸着することができない。それゆえ、吸着剤等との組み合わせは必須となっている。これらの有害物質は、まず吸着剤に捕らえられ、ここから酸化チタン表面に拡散して分解される。また、空気中の浮遊細菌やウイルスは光触媒フィルター上では生存できないので、抗菌、抗ウイルスの効果も期待できる。
脱臭は光触媒の応用分野の中で最も適用しやすく、製品化がかなり進んでいる。すなわち、抗菌性を持たせた、脱臭空気清浄機、エアコン、冷蔵庫などの多くの製品が既に販売されている。
実例4 防曇ガラス
雨の日に車の運転で気になるのは、フロントガラスやサイドミラーに付着した水滴である。特に夜間は、サイドミラーの水滴にヘッドライトが反射して、視界が大変悪くなる。酸化チタンの表面は、日中太陽光に含まれるわずかな紫外線が当たるだけで表面が高度の親水性となり、この効果によって水滴の形成を防止することができる。しかし、自動車サイドミラーの水滴防止に応用しようとする際、日中は効果が期待できても、日没後又は暗い場所に、親水性を長時間維持するのは問題となり、従って、実用化するため、技術の複合化が不可欠である。
この問題は、シリカを添加することによって劇的に解決された。シリカは、その表面に水分子を大変吸着すること知られている。酸化チタンの光励起反応で、シリカ表面がクリーニングされ、ここに水分子が強く吸着されることで、暗い場所においても、親水性が維持されるのだと考えられている。この技術で、自動車サイドミラーを実用化が可能になってきた。自動車サイドミラーの製造プロセスは図表10で示す。中間層シリカの導入はガラスの中のナトリウムイオンが光触媒酸化チタン層への拡散を防止するという目的で導入されている。現在、光触媒自動車用品は、自動車サイドミラー製品だけでなく、既存の自動車サイドミラーに粘着材で貼り付けるタイプの光触媒フィルムも市販されるようになった。
以上、四つ光触媒応用実例とそのしくみ、製造などを簡単に述べた。光触媒の利用分野は、当初、ホンダ・フジシマ効果として水から水素を製造する技術として期待された。その後、空気処理と水処理へと展開し、さらに薄膜コーテイングが考案されるようになってから、建材分野や自動車分野等、一挙に応用が広がっている。今後、光触媒材料技術の進歩とともに、新しい分野への応用が期待できる。近い将来、私たち身の周りのほとんどすべてに光触媒技術が取り込まれ、その多様な恩恵を受けることは夢ではない。
近年、地球規模で環境汚染が進み、環境問題は人類生存を脅かす最重要課題となっている。光触媒は処理後に余計な有害物質を出さず安全で、大気や水の浄化はもちろんのこと、シックハウス対策や、脱臭、防汚、抗菌など、環境分野での幅広い応用が可能であるため、環境の世紀と言われている21世紀における期待の技術となっている。現在、高機能光触媒の開発、実用化が急速に進み、市場参入の関連企業は3,000社前後に上ると推定されている。
光触媒市場は現在のところ、400億円と推定されているが、1999年11月24日に発表された三菱総合研究所の調査報告では、2005年に1兆円を超えると予想されていた(図表11)20)。そのうち、空気清浄機や冷蔵庫などの脱臭関連が5,118億円、下水や廃水などの水処理関連が3,544億円、外壁やタイルなどの汚れ防止が2,460億円、合計1兆1,122億円に達すると試算されている。さらに環境産業は2010年に37兆円になると予想されており、光触媒産業は環境産業の中核とみなされ、発展が期待されている。実際のマーケットの広がりは、期待された伸びを示していないことも事実である。この原因は、技術的な側面と言うよりも触媒のコストの面にあったとされている(文献20), 「光触媒の世界」p.124)。コスト面での問題は、その詳細はつまびらかではないにしろ、最近クリアされてきているようで、急速な拡大を示している。
また、試算されない分野にも、材料技術の進歩とともに、実用化して市場に出てくる可能性がある。例えば、農業分野において、果実や野菜などの腐敗を進めるエチレンガスを光触媒で分解・除去できることを利用して、果実や野菜などの農産物の保管庫に用いられる。食品製造分野において、工場のバクテリアの制御問題が常に重要な課題である。ここでも、光触媒の利用が期待できる。特に、殺菌剤の多用によって耐性菌が発生してしまったケースでは、光触媒のバクテリアの種類を選ばない殺菌力は、大変重要な機能として注目されている。今後、光触媒研究の進展に伴い新しい応用分野が展開する、と考えられる。
光触媒の研究がもっとも盛んな国でもあるわが国は、世界の光触媒の研究開発におけるリーダーとしての役割を果たしている。特許庁によると、1980年から2000年の過去20年間に、光触媒に関する特許は、日本の出願が約2860件(図表12)で、米国の特許登録件数(409件)、欧州の同出願件数(390件)を大きく上回っている21)。世界的に見ても日本の特許出願は最も活発で、全世界の特許出願の90%を占めている。特許の面から日本の光触媒技術は高い国際競争力を持つと判断される。すなわち、長く低迷をつづけるわが国経済にも、希望の光を投ずる可能性もある。
地球環境にやさしい新技術として、注目される光触媒は、急速な市場の拡大を背景に、我々の日常生活空間で利用され始めている。
今後は、単一の光触媒の可能性を最大化する検討とともに、それぞれの短所を補いつつ長所を助長するマルチフォトキャタリストシステムや、光触媒機能をまったく異分野の技術と融合させるトランスフォアエンジニアリングの視点にたつ新しいシステム開発が行われると期待されている。
現実的な問題としては、光触媒開発ブームから、海外からの、安価ではあるが、性能が目的に添わない製品が流入していることもあり、JIS化やISOにおける標準化・規格化も不可欠な課題であり、今後、取り組んでいく必要がある。
酸化チタンを中心とした応用面での開発は産業面においても現在大いに進んでいる。しかしながら、本現象を利用する応用は他の技術の補完的な立場から脱却するものとは言えない。本質的にクリーンな技術であるため、何らかのブレークスルーが実現すれば、その貢献は計り知れない。基本的には光触媒の研究開発における問題点は二つに分類される。
一点は量子効率の低さである。この点欠点を克服するには、光触媒機構の基本的な解明、さらに、酸化チタンの量子効率より高い効率を持つ材料の探索にある。先に述べたように酸化チタンのコストの高さが、実用化を妨げている面がある。例えば、光溶解の問題が解決されれば、酸化チタンより更に安価な酸化亜鉛を用いることができ、市場拡大のブレークスルーになることは間違いない。しかしながら、これらの基盤的な面での研究・開発は、酸化チタンを基本材料として実用化を目指している産業界では困難であり、そのために光触媒が広く利用されることを妨げている。
もう一点として、可視光応答の材料開発にある。この分野では、可視光を吸収させるために、窒素や遷移金属が添加されていることは既に述べたが、材料探索としては端緒についたところであり、不十分な状態にある。基本的な材料を確保できるか否かよって、ポストチタニアの時代になった際、この分野のイニシアティブの行方が左右される。しかしながら、この方面の探索も多大なリスクを伴なうため、当面の利益を確保することが至上命題である産業界にとっては、難しいのが現状である。
水の光分解は、実用化の見通しが全く立っていない分野であるが、機構的な解明が困難な現状では、探索指針を提示できないでいるのが現状である。この意味においても、基礎的な研究を早急に進展させることが、不可欠になっている。
以上述べたように、日本がリードしている光触媒における現在の地位を確保し、さらに発展させるに当たっては、産業界だけの努力だけでは困難な点が多く、政策的な面から研究・開発をバックアップしていく必要がある。とりわけ光触媒機構の解明は材料探索の基礎となるものであり、理論面を含めた物理・化学を広範に組織し、対応していく必要がある。過去、我が国は産業界においても材料探索が精力的になされてきたが、現在、一私企業ではその本業とする分野においての材料探索も経済的に困難な状況にある。本質的に次世代材料と位置付けられる材料の探索は、国家的な見地からなされることが不可欠である。また、現在主流の酸化チタンの利用は、現在のところ他国の追随を許してはいないが、すでに四半世紀を経た材料であることを考慮すると、次世代材料としてこれを超えた材料開発を我が国でなすことが、新産業を定着させるに当たっても不可欠な条件であると考えられる。現象の基礎的な解明・材料探索は、広範な公的組織で対応することが最も効率的であり、早急に対応していく必要が有る。
基礎から応用までの幅広い研究開発に加えて、こうした標準化・規格化に性能の保証を行うことではじめて、光触媒は真にわれわれ生活者を含めた地球に生活するすべての動植物にやさしい新技術へと発展していくもの、と期待される。
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14)K.R. Gopidas et al., J. Phys. Chem. 94(1990)6435.
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16)R.Asahi et al, Science 293(2001)269.
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18)積水樹脂株式会社、光触媒吸音板, http://www.sekisuijushi.co.jp
19)千葉県環境研究センター大気部、光触媒に関する調査研、http://www.wit.pref.chiba.jp
20)竹内浩士、村澤貞夫、 指宿堯嗣、「光触媒の世界」、p.128、工業調査会(2001)あるいは、垰田博著、「光触媒の本」、p.139、日刊工業新聞社(2002).
21)特許庁編、特許マップシリーズ 化学23「光触媒とその応用」、発明協会(2001)。