客員研究官 西村 睦
材料・製造技術ユニット 多田 国之
2002年は1992年6月にリオデジャネイロで環境サミット、正確には国連環境開発会議(United Nations Conference on Environment and Development)が開催されてから10年目の節目の年にあたる。そしてまたこの節目は、地球規模の環境問題の存在と持続可能な開発や発展の課題を提起した国連人間環境会議(通称ストックホルム会議)から30年の節目でもある。この間、地球環境問題は、問題提起から認識の広まり、先行的な取り組み、枠組みの議論を経て、具体的な解決(ソリューション)に向けて踏み出す段階に達してきている。その節目の今年、ヨハネスブルグにおいて「持続可能な開発に関する世界首脳会議(環境開発サミット)」が8月26日から9月4日まで開催された。国連の会議で世界各国が大量消費・大量生産・大量廃棄からの脱却を図る決意を示し、産業構造の転換を求めた。
そのような中で、古来から人類の生活と生産を支えてきた材料技術についても、この地球環境問題に対して責任と役割を再認識し、将来の社会の基盤技術としてのあり方を積極的に提示していくことが求められるのは当然のことといえる。「エコマテリアル」はリオサミットに先行した1991年、日本が世界に先立って発信したコンセプトである1)。地球上のマテリアルフローは膨大な量であり、環境に与えるインパクトは極めて大きい。すなわち材料をエコマテリアル化できるかどうかが、地球環境問題の総合解を大きく左右するといえる。そのような状況を踏まえてここでは、エコマテリアルの動向(地球環境問題への材料学のアプローチ)を紹介するとともに今後を展望したい。
2‐1 エコマテリアルの定義
エコマテリアルは、未踏科学技術協会に設けられたレアメタル研究会が、次世代の構造材料のあり方を議論する中で1991年に生み出されたコンセプトであり、「地球環境に調和し持続可能な人間社会を達成するための物質・材料」と定義された。図表1は、エコマテリアルで考慮される材料性能を3つの座標軸で表したものである2)。フロンティア性の軸は通常の材料性能の尺度を指す。環境調和性の軸は材料が環境に与える負荷の小ささの度合いを意味し、持続的発展の観点から材料が環境に優しいかどうかの基準を示す性能軸である。さらに、人への優しさの指標であるアメニティ性(分かりやすい例は生体親和性、非アレルギー性、ぬくもり感など)を加えてある。従来、性能のみが求められていた材料の世界おいて、この新たな座標系の中で最大化を目指す方向がエコマテリアル化であるとした。現在では、(1)式で表される環境効率
環境効率(EE)=材料性能(P)/環境負荷(BL)……(1)
が相対的に同種の材料よりも高い材料をエコマテリアルと呼ぶ3)。従って、超伝導材料、半導体、磁性材料等のあらゆる材料群において、エコマテリアル群と環境効率の低い材料群があることになる。
2‐2 エコマテリアルの分類
地球環境への作用の仕方という観点から、エコマテリアルは図表2のように大きく3つの領域に分けられる4)。一番目は機能対応型であり、浄化機能や触媒など主に物質の化学的機能が直接生かされる領域である。二番目は、システム要素型で、高効率クリーンエネルギーシステムを実現するために必要な材料群である。三番目は低負荷循環型で、材料そのものが能動的に環境システムに用いられるものではないが、リサイクル適合性などを通して環境に優しい材料群である。これらは厳密に分類されるわけではなく、実用が近づくほどに、これらの特徴を兼ね備えた材料、すなわち図で円が重複した部分が要請されるケースが多くなると考えてよい。また、例えば有害物質フリーは、低負荷循環型領域に特徴的な要因であるが、勿論このキーワードは全ての材料が目指すべき方向性である。以下に各分類ごとの代表的な材料と研究トピックを簡単に紹介する。
2‐3 環境に直接機能する ―機能対応型―
機能対応型の代表的な例は触媒であり、1970年代の自動車排気ガスの炭化水素と一酸化炭素および窒素酸化物を同時に低減させた三元触媒の成功は自動車産業に大きなインパクトを与えた。現在、触媒分野で特に注目されているものの一つに光化学触媒がある。基本的に太陽光のエネルギーで励起して水を分解させるこのタイプの触媒には二つのアプローチがある。一つは可視光領域での応答を可能にすることにより、効率よく水を分解し水素を製造していこうとする方向であり、他の一つは、紫外域での反応を利用した浄化作用を目指す方向である。
また浄化機能として環境ホルモンや重金属などの有害物質を除去する機能は重要である。特に近年問題となっている有害物質は極めて希薄な状態でも毒性の高いものや難分解性のものが多い。超臨界領域の利用、強磁場の利用など大がかりな設備による特異な場を利用した分解・分離技術なども開発されているが、他方で、天然素材をベースとしたゼオライトに代表される微細な空隙を持つ物質(図表3)での吸着・脱着など、物質の固液界面の構造を利用したソフトな反応物質系の研究も進んでいる。特にゼオライト系は、今後生活圏のその場において浄化機能が求められる場合に重要な役割を果たすと期待されている。
物質の化学的特性を生かした機能対応型の環境材料は、これ以外にも、炭酸ガス固定化物質やダイオキシンや有機塩素化合物の分解触媒など広い領域に渡っている。また先述した三元触媒についても、近年導入されているリーンバーンエンジンの作動によって排ガス中の酸素濃度が増加し、触媒活性の劣化が問題となっている。このように希薄燃焼条件でも機能する触媒材料の開発が求められており、環境問題への対応が新たな課題を物質・材料技術に提起している。
2‐4 エネルギーシステムの中心要素 ―システム要素型―
システム要素型の典型例は高効率発電用の耐熱材料である。火力発電などの熱機関は熱源の温度差が大きいほど効率がよくなるので、熱から電気への変換効率が高く二酸化炭素発生の少ないエネルギー変換を行うには高温で操業できる条件を整える必要がある。その際タービン翼は高温で高速回転を要求されるため、耐熱性に優れたタービン翼材の開発が天然ガスなどの燃焼ガス温度を上昇させる鍵となっている。このように環境に配慮したエネルギーシステムが成立するには、それを支える材料技術の裏づけが必要であり、そのための機械的、熱的、化学的、または電気的な特性を持った材料群がシステム要素型の環境材料である。
最近特に注目されている燃料電池の開発においても、セパレータ材料や固体電解質材料などが燃料電池をシステムとして組み上げる上での鍵となっている。例えば固体電解質はドメインと呼ばれる微細領域から構成されているが、ドメインが均一に分散するとイオンの透過能が上がり電気的性能も大きく向上する(図表4)。このように材料のナノ構造を制御することが、エネルギーの発生や転換の無駄をなくし、システム要素型材料の高性能化を図る上で不可欠の要素である。
燃料電池にも用いられる水素は21世紀の鍵となる二次エネルギーであるとされているが、精製、輸送や貯蔵、さらにはエネルギー変換に用いる材料が必要となる。たとえば図表5は、水素を透過させ純化する金属製水素分離膜である。これは膜表面で水素を原子に解離し、この原子状態の水素のみを透過するものであり、不純物や触媒毒を除去することで、水素エネルギーシステムを有効に働かせることができる。金属製水素分離膜としては現在白金族のパラジウムが主流であるが、石油燃焼灰からの回収が可能なバナジウムで優れた特性を出す試みが行われている。
システム要素型のエコマテリアルとしては、これら以外にも、効率的なエネルギー輸送に大きく貢献しうる超伝導材料や、低品位の廃熱からもエネルギーを取り出すための熱電材料、さらには、ごみ発電などに必要な耐熱・耐磨耗・耐食材料なども含まれる。
2‐5 常生活を広く支える ―低負荷循環型―
上記二つのタイプのエコマテリアルが、材料の持つ機能や特性で能動的な環境システムの用途に用いられるのに対して、低負荷循環型材料が使用される用途はビルディングや家電製品など日常の我々の生活を支えているもの全てである。いかに材料を選び使うかという中に環境を意識した選択があり、その選択に適合できる材料群である。
低環境負荷とは、製品や素材などに対してその資源の採取から使用後の廃棄・処理にいたるライフサイクル全体で環境負荷が低いことを意味している。その評価手法がLCA(環境ライフサイクルアセスメント)である。
ライフサイクルの環境負荷BLは製造時の環境負荷BP、使用時の環境負荷BU、材料のエンド・オブ・ライフにおける廃棄物処理等による環境負荷BE,およびリサイクルによる負荷の控除BRから成っている5)。すなわち、
BL=BP+BU+BE−BR ……(2)
使用段階での材料の性能をPとして、先述の(1)式と組み合わせることにより、環境効率(EE)の中身を表す次式(3)が得られる。
EE=P/(BP+BU+BE−BR) ……(3)
(3)式により、環境負荷のどの部分が寄与しているかでエコマテリアルを特徴づけることができる。
前章では、環境に対する作用の仕方によってエコマテリアルを3つに分類したが、ここでは環境負荷の中身によってエコマテリアルを特徴づける。
[1]有害物質フリー材料(=BEを小さくした材料)
[2]高物質効率材料(=Pを大きくした、またはBUを小さくした材料)
[3]低環境負荷履歴材料(=BPを小さくした材料)
[4]リサイクラブル材料(=BRを大きくした材料)
以下、順に材料開発の現状とポイントを述べる。
3‐1 有害物質フリー材料
接合性、フィルムとしての性能、電気特性など特殊な機能を期待されて、広く生活の中に拡散して入り込んでいる材料群がある。それらにおいては、その性能を安価に実現するために廃棄時などに有害となる物質を含んでいる場合も多い。このような物質を安全なものに代替しつつ目的機能を実現していく材料の開発が求められている。鉛フリーはんだや、水銀ゼロの乾電池などがこれに該当する。さらには、ダイオキシンや環境ホルモンによる汚染のおそれのない材料の開発へと進んでいくものと期待される。この際、直接有害な物質を含まないのみでなく、廃棄処理の段階で有害な物質に転化する可能性のある物質を使用せず、そのような物質に依存していた機能を他の物質や構造で置き換えることが必要である。鉛については、はんだだけでなく、めっきや、潤滑性をだす添加物、切削性を増す添加物として金属材料に用いられており、これらの性能を保持しながら鉛を含まない各種の鉛フリー材料が開発されている。
カドミウムや水銀などは現時点では多くが管理可能な部分へと使用領域が限られている。クロムめっきは高機能であり現在多用されているが、これもクロムフリーめっきの技術が開発されている。
携帯電話やCD-ROMドライブなどに広く使用されているガリウム砒素発光素子も、環境中に広く拡散している材料の典型である。他を持ってどうしても代え難い性能を持つ材料の場合、徹底した製品の管理が必要となるが、用途から言ってガリウム砒素の場合、それは不可能である。有害物質を用いずに高性能な材料の開発を目指す、それがエコマテリアルの方向性である。
3‐2 高物質効率材料
エネルギーの伝達や転換・輸送などにかかわる材料、すなわち自動車のトランスミッションや軽量化ボディなどがこの仲間に入る。これらの材料の場合、材料自体の製造に関わる環境負荷よりも、その使用時のエネルギーフローなどにかかわる環境負荷の方がはるかに大きい。その場合、材料自体の環境負荷が小さいことも重要であるが、目的とする役割をいかに効率よく実現するかが重要となり、目的とするサービスのために有効に機能を発揮することのできる材料の開発が重要である。特に素材の場合、使用段階での環境負荷が往々に無視されがちであるが、LCAで見ると自動車などのケースでは使用時の環境負荷が製造時の10倍以上になっている。軽量化や耐熱性の増加による高温高効率動作、摩擦等によるエネルギー伝達損失の軽減など、エネルギーの伝達や発生をより効率的にすすめていくことのできるような材料の選択がポイントとなる。これらについては、以前からも省エネルギー等の視点での材料開発の努力が行われており、それらを環境負荷低減の視点からも積極的に取り入れていくことが重要になる。
3‐3 低環境負荷履歴材料
低環境負荷履歴材料は資源採掘から素材製造までの環境負荷の小さい材料である。原料となる資源が鉱石や化石燃料のように枯渇性のものでなく、再生性の資源である木質を利用した材料はこの意味でエコマテリアルである。石油を原料とせずバイオマスから合成される植物性プラスチックもこの仲間に含まれる。また、人類の活動から産出される副産物を原料とする材料も資源確保に負荷を与えず、かつ廃棄物処理の負荷も軽減して得られる、低環境負荷履歴の材料である。焼却灰や汚泥などの人工資源である産業廃棄物を利用したエコセメントはその典型例である。また、スチールにポリマーコートすることで、製缶の加工段階での潤滑剤をなくし、廃液をゼロにして製造プロセスの環境負荷を大幅に下げたスチール製TULC缶なども成功の典型例といえる。製造時の環境負荷を小さくすることは、単なる省プロセスや省エネルギーではない。これからは低品位原料や回生原料などに対応しつつ環境負荷を低減させていくことのできる新しいプロセス技術が求められている。
3‐4 リサイクラブル材料
リサイクルへの取り組みは、2000年の循環型経済社会基本法の制定を契機に急速に前進している。
リサイクル性の問題は、社会システムの問題、リサイクルのプロセス技術の問題、さらには製品設計の問題としてとらえられがちであるが、第4の問題として材料自体の問題がある。すなわち、材料は単一のものではなく、微妙な組成の違いや表面処理などの複合処理がなされており、それらが再生時に品質低下をもたらす。
芝浦工業大学の武田邦彦教授はその著作6)の中で、リサイクル過程で混入する不純物の問題と材質の劣化の問題、リサイクルコストの評価のあり方について、現行では多くの場合リサイクルすればするほど環境負荷が大きくなると指摘している。これは正しい指摘であるが、物質的に閉鎖系である地球においては、将来的には循環型社会を構築しなくてはならず、それに対する準備を開始する必要がある。
現状では図表6に示すように、枯渇性資源である多くの金属のリサイクル率は決して高いとはいえず、材料技術としてもリサイクル性を高めるために前向きに取り組む必要がある。そのために以下のアプローチがある。
(a)リサイクル工程を阻害する物質を含まない材料設計
(b)それでも混入する人工不純物に鈍感な材料体系
(c)識別や分解などリサイクルプロセスを意識した機能の内包
(a)を達成するためには、添加元素に頼らず単純な組成で組織制御による高性能化が試みられており、リサイクラブル材料設計と呼ばれている。成功例は自動車用薄鋼板である。これは軽量・高強度とともにリサイクル性も追求し、熱処理で強度を出すことで添加元素量を低減させた。このような取り組みは鉄鋼の分野では今や材料設計の大前提となっており、「強度2倍・寿命2倍」の鉄鋼材料の開発を目指している「超鉄鋼プロジェクト」7)でもリサイクラブルの観点が基本に置かれている。
(b)については、スクラップ鉄中の銅のように電線などの混在物から入る場合、さらには錫のように表面処理層から混入する場合などがある。不純物を積極的に活用する方法が試みられ、銅によって鉄の微細組織を制御して、強度・延性を改善する最新の研究例がある8)。
(c)は有用成分の回収と部品の再利用を容易に行うために必要な、接合の新しい方向性である。一例として図表7に易解体性接合技術の概念を示すが、分離の手法としては水素の吸収による体積膨張を利用した方法が提案されている9)。
特にこれからのリサイクルで注意しなければならないことは、これまでのリサイクルの多くが、自家発生スクラップや加工スクラップ等の由来のわかったスクラップを対象としてきていたということである。様々な形態や混入物、複合物を含む使用済み素材のリサイクルはようやく端につこうとしている段階であり、ここに材料技術の課題がある。
平成13年に閣議決定した「科学技術基本計画」では戦略的に投資を行い研究開発の推進を図るべき科学技術の重点4分野として「ライフサイエンス」「情報通信」「環境」「ナノテクノロジー・材料」を挙げている。また、総合科学技術会議が今年6月に取りまとめた「平成15年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」においても、上記4分野の「ナノテクノロジー・材料」の中で「環境保全・エネルギー利用高度化材料」が明確に示されている。エコマテリアルは環境と材料にまたがり、両者を結ぶ重要なコンセプトと位置づけることができよう。
我が国の学協会における取り組みとしては図表8に示すような研究会や分科会が設立されている。他にも化学工学会、日本化学会などの化学系の学協会で、プロセスという観点から環境をキーワードとした活発な学会活動が行われており、その会報には環境と材料プロセスを中心とした特集が毎号のように組まれている。
国際会議も数多く開催されている。冒頭述べたようにエコマテリアルは日本発のコンセプトであるため、国際会議においては日本が中心的役割を果たしている。代表的なものを図表9にまとめる。それらの会議では、「LCAをはじめとした様々なツールやゼロエミッション、リサイクルの推進、有害物質の制限などの個々のアプローチはほぼ出尽くしたが、それらが全体として社会を動かしていくために何が必要か?」という問題意識が強く見られるようになってきている4)。
研究を推進する母体については、今年4月に独立行政法人物質・材料研究機構にエコマテリアル研究センターが設立された。環境循環材料、エコデバイス、環境エネルギー材料、環境浄化材料の4つの研究グループから成っており、パーマネントの研究員23名をはじめとする総勢65名で構成されている。エコマテリアルと名のつく研究組織はこれまでにも、例えば産業技術総合研究所のエコマテリアルグループのように、研究室規模あるいは研究部規模では見られた。しかしエコマテリアル研究センターは、図表2に示したエコマテリアルの領域を網羅し(環境循環材料は低負荷循環型、環境エネルギー材料はシステム要素型、環境浄化材料は機能対応型に対応している)、さらに環境に調和したデバイス化技術の確立を目指したエコデバイスグループを擁し、材料のエコマテリアル化に向けて総合的な取り組みを行う母体を目指している10)。
1991年にエコマテリアルのコンセプトが世界に先駆けて発信されて以来、振興調整費を中心として継続的にエコマテリアルに関連するプロジェクト研究が行われてきた。その結果と、地球環境問題への関心の高まりの影響も受けて、エコマテリアルという言葉は企業の製品の宣伝の中で使われたり、製造現場でも使われている。また、大学の学科名にも使われており、着実に社会に浸透しつつある。材料研究者および技術者に、実用材料を設計するにあたり、従来の高性能化、高機能化という材料特性の向上に加えて、環境調和性も考慮すべきであるというコンセプトを普及させた点で、これまでの歩みには大きな意義がある。
エコマテリアル研究の重要なアウトプットの一つがMLCA(Materials LCA)の提案である。以前は製品に関するLCA(PLCA=Products LCA)しか行われていなかった。製品におけるPLCAにおいて、材料に関する事項は、「ある部品の環境負荷が大きいので、それを小さくすることが有効である」というレベルであった。MLCAの進展により、材料の環境負荷、すなわち材料のエコマテリアル度指標が徐々に確立されつつある。それにより、PLCAへの貴重なデータベースを与えるばかりでなく、物質収支のデータと結びつくことによって、物質の流れ・循環をマクロにもミクロにも捉えることが可能となった。
もう一つの重要な成果はリサイクラブル材料設計の提示である。添加元素による材質の制御でなく、単純組成で、微細組織制御によって高性能化を果たすという資源循環性の観点は、エコマテリアルの初期の議論から生まれてきたものであり、それは超鉄鋼プロジェクトの骨格を成し、その後の材料系研究プロジェクトに大きな指針を与えたといえる。
エコマテリアル研究は始まって日が浅いため、研究開始以降にプロジェクトから直接実用化された「エコマテリアル」は未だない。しかし、超鉄鋼材料をはじめとする構造材料では実用まであとわずかというレベルにまで達してきている。また、天然素材をベースとしたウッドセラミックなどは、プロジェクトの影響を強く受けて生まれた製品といえる。
環境問題の基本に大量の物質消費・物質廃棄があることを考えると、エコマテリアルを開発していく基本は「資源生産性の向上」であるといえる。資源生産性とは、資本生産性や労働生産性などの経済用語と類似しているが、地球環境問題を考慮して使用される用語であり、さまざまな資源やエネルギーの総投入に対してそれが生み出すことのできる製品やシステムのパフォーマンスの効率を意味する。資源生産性の重要さを判りやすく指摘したのは、ドイツのワイゼッカーであり「半分の物質消費で二倍の豊かさ」としてサービス当たりの物質利用を1/4にする「ファクター4」を唱えた11)。さらに、ブッパタール研究所のシュミットブリークは先進国では物質の使用量を現在の1/10に削減しなければならないとして「ファクター10」を提唱している12)。その根拠を彼らはこう説明している(図表10)。現在先進国の人口は地球全体60億の20%で、資源量の80%を使用している。今後途上国の資源使用量が3倍弱程度は増加することを見越した場合、人類全体が100年後、200年後にも生産活動を行って持続していくためには、50年後に天然資源の使用量を現在の50%に減らすペース(図の太線)に乗せる必要があり、そのためには先進国は現在の資源使用量の10分の1でやっていかなくてはならない(図の細線)。
この資源生産性を測るパラメータとして地球環境からどのくらいの総資源が投入されているかというTMR(Total Material Requirement:関与物質総量)という量がある。図表11は世界の年間金属使用にかかわるTMRをグラフにしたものである。比較のために左から3番目の棒グラフは霞ヶ浦の水の総量であり、金の採掘のために毎年霞ヶ浦を5つ埋める分量の土壌を掘り起こし、同量の残土を生み出して環境に負荷を与えていることになる。鉄は同様に霞ヶ浦3個分となる。このようなTMRを低減させていくために、地球環境への負担を低減できる循環型の材料の開発を進めていくことは勿論のこと、少ない資源消費量およびTMRでパフォーマンスが高い材料、すなわち資源生産性の高い材料の開発が必要である。
さらに、図表11に、日本におけるこれからの材料ニーズを付け足してみた(色が薄いコラム)。今注目されている燃料電池に用いられる触媒の素材、これらは使用量は微量でも単位あたりの生産には多量の資源が投入されている。将来、わが国の自動車生産がすべて素材技術はそのままで燃料電池に置き換えられるとすると、図のPt-RuおよびAuの塗りつぶした分のTMRを増加させ、それは世界中の鉄の使用に誘発されるTMRと同等になる。また廃熱利用などで期待されている熱電材料(Bi-Te)も日本の発電の5%に見合う利用で年間に霞ヶ浦1.5個分の資源消費を誘発してしまう計算になる。既に、物質利用が飽和状態にあり、循環型社会への移行でそれを削減しようとしているわが国でさえこれらの値である。これから、アジア、アフリカの多くの国の人々がより豊かな生活を目指して、自動車に、半導体に、エネルギー需要に、膨大なニーズを形成していく。それに対して構造用素材も機能性素材も現在と同レベルの資源生産性ではとうてい応えていくことはできないであろう。発展途上国の爆発的な物質需要、エネルギー需要の増大にも対応できるように、資源生産性を画期的に高める必要性がある。
ストックホルムで行われた国連人間環境会議から20年経過して1992年にリオデジャネイロで行われた国連環境開発会議では、地球環境を救うための行動計画アジェンダ21が策定された。しかし昨年末にまとめられた報告書「アジェンダ21の実施」では「リオで決めた目標の達成は予想以上に遅く、いくつかの分野では10年前より悪化している」と指摘されている。
それを受けて今年ヨハネスブルグで行われた環境開発サミットの実施文書では、貧困撲滅のための提言とともに、「クリーンで効率的なエネルギー技術の使用」「産業廃棄物の発生を防ぎ、リサイクルや環境に優しい代替物質の活用」「有害化学物質の抑制と生産方法見直し」「天然資源の減少防止」などが明確に述べられている。これらは、環境に調和し持続型社会を達成するためのエコマテリアルが目指す視点そのものである。
材料技術が確立され、実用化されるまでに長時間を要することを鑑みると、国家的な取り組みがさらに強化されるべきである。幸いエコマテリアルの分野では、今現在でも我が国が世界をリードしている状況にある。また、中国を始めとする世界の発展途上国へのエコマテリアル展開は、地球環境問題の解決に向けて喫緊の課題であると同時に、経済効果も大きなものと期待される。
エコマテリアルの研究領域は広範にわたり、かつ学際的であるため、多くの研究者や開発者がネットワークを形成する必要がある。ハブ機関を中心としてオールジャパンの連携による研究の推進が継続的に行われることが期待される。
エコマテリアル度の指針を与えるMLCAによって個々の材料に対する環境効率を求めることはできる。しかし個々の材料に対する環境効率の総和が、システム全体としての環境効率を表し、それを最高にするかどうかは別問題である。全体の効率を正しく判断するためには、分野間の連携を密にして研究を進めることは勿論であるが、さらに社会との接点を常に持ち続けることが最も重要であろう。
材料と社会の関わりをいかに形作るかは、材料に携わる研究者、科学技術政策関係者が常日頃心がけるべき重要な点であるが、解を見つけるのはなかなか困難な問題である。しかし、環境と社会となると、その関わりは急に身近で現実的なものとなってくる。第4章で、エコマテリアルは環境と材料を結ぶ重要なコンセプトであると述べたが、さらに社会と材料を結ぶ重要なコンセプトでもあると言えよう。エコマテリアルの視点は、環境を通して材料と社会の接点を鮮明化させる鍵を握っている。
謝辞
本稿をまとめるに当たって、(独)物質・材料研究機構の原田幸明エコマテリアル研究センター長には、ご指導をいただくとともに、関連資料を快くご提供いただきました。ここに深甚な感謝の意を表します。
参考文献
1)レアメタル研究会調査研究報告書「エコマテリアル(T)」、社団法人未踏科学技術協会レアメタル研究会、(1991)
2)エコマテリアルのすべて、日本実業出版社、p.23,(1994)
3)グリーンケミストリー−持続的社会のための化学、講談社、p.52 (2001)
4)原田、エネルギー・資源、vol.23 No.1(2002)
5)K. Halada, A First Materials Forum on Future Sustainable Technologies, September 17-20, 2002, Augsburg, Germany にて発表
6)武田邦彦、「リサイクル」汚染列島、青春出版社,(2000)
7)たとえば、特集「微細結晶粒金属材料の研究開発動向」、科学技術動向、文部科学省科学技術政策研究所科学技術動向センター、p.23, No.16(2002年7月号)
8)H. Kakisawa et al., Materials Transactions, Vol.42, No.3 p.301 (2002)
9)東京大学先端科学技術研究センター微小製造科学分野、http://www.su.rcast.u-tokyo.ac.jp/index-j.html
10)独立行政法人物質・材料研究機構エコマテリアル研究センター、http://www.nims.go.jp/ecomatecenter/
11)V.ワイゼッカー、E.ウルリッヒ、L..エイモリー:「ファクター4」、省エネルギーセンター(1998)
12)F.シュミットブリーク:「ファクター10 エコ効率革命」、シュプリンガーファラーク東京(1997)