[特集2]

化石資源を用いない水素製造技術

―持続可能な水素エネルギーシステムへの鍵―

環境・エネルギーユニット 大森 良太


1.はじめに

 今日、われわれは地球規模のエネルギー・環境問題に直面し、3E問題の克服、すなわち、エネルギー供給、環境保全、経済成長の同時達成が求められている。

 こうした中、大きな関心を集めているのが、燃料電池をはじめとする水素エネルギ−利用システムである。将来的には、水素は電気と共に中心的な二次エネルギーとしての役割を担っていくものと期待されている。

 水素エネルギーの普及にあたっては、燃料電池や水素の製造・輸送・貯蔵・利用等に関連する多くの要素技術開発やインフラ整備が必要である。国際的にも競争が激化する中、わが国の産業界や学界では多大なリソースを燃料電池・水素エネルギー関連の研究開発にあて、それらの成果は続々と学術誌やマスメディアに発表されている。

 政府も推進戦略の構築や予算的措置に積極的に取り組んでいる。総合科学技術会議は今年6月に取りまとめた「平成15年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」1)において、エネルギー分野の「特に重点的に推進すべき領域・事項」として、燃料電池・水素利用を冒頭に挙げている。

 また、経済産業省の燃料電池実用化戦略研究会は、燃料電池導入の意義として「省エネルギー効果」、「環境負荷低減効果」、「エネルギー供給の多様化・石油代替効果」、「分散型電力エネルギーとしての利点」、「産業競争力強化と新規産業創出」の5項目を挙げ、燃料電池を21世紀のエネルギー・環境分野におけるキーテクノロジーと位置付けている2)

 燃料電池は、水素と酸素が水になる過程から電気を取り出す、いわば水素を燃料とする発電機である。燃料電池自体からは水しか排出されない。ただし、水素は単体としては天然にほとんど存在せず、化石資源、バイオマス、水などから製造する必要がある。

 現在のところ、当面は天然ガス等の化石資源から大半の水素を製造して行かざるを得ないとの見方が支配的である。これは、化石資源を用いない水素製造技術に多くの課題があり、その実用化や普及にはまだ相当の時間がかかると見込まれているためである。

 しかしながら、化石資源の節約や地球温暖化ガス排出の削減の観点から、長期的には、化石資源を用いない水素製造技術に移行していくことが望まれる。再生可能エネルギーや原子力エネルギーを利用して水やバイオマスから水素を製造する技術が普及すれば、水素エネルギーシステム全体として、化石資源の消費や地球温暖化ガスの排出が大幅に低減される(より定量的な検討は3‐3節で行う)。このような持続可能な水素エネルギーシステムの実現に対する期待が、今日の燃料電池・水素エネルギー研究のバックボーンとなっている。図表1に水を原料とした水素をベースとする水素エネルギーサイクルを示す。

chart0201

 このような“理想的なシステム”がいつ、どのような形で実現するかについての見通しは、今後の燃料電池・水素エネルギーの研究開発戦略や導入・普及に向けた政策の意義やあり方を大きく左右する。従って、その実現にとって不可欠な化石資源を用いない水素製造技術のポテンシャルを見定めておくことは、わが国の長期のみならず短中期のエネルギー政策や研究開発戦略の策定にとって極めて重要と考えられる。

 以上より、本稿では化石資源を用いない水素製造技術に焦点をあてる。水素エネルギーや燃料電池についての基礎事項に簡単に触れた上で(2章)、3E問題の解決にとっての意義を既往の研究例を基に定量的に検討し(3章)、さらに、主な技術の研究開発動向を概観し(4章)、本稿のまとめと提言を述べる(5章)。

2.水素エネルギーと燃料電池

 21世紀のエネルギーシステムにおいて、水素は電気と共に中心的な二次エネルギーとしての役割を担うと期待されている。電気と水素は互いに容易に変換でき、以下のように補完的な存在である4)

 今日、水素エネルギーの利用システムとして最も期待されているのは燃料電池である。燃料電池の原理は、水の電気分解の逆であり、水素と酸素が水になる反応から電気を取り出す。図表2に示すように、燃料電池は電解質の種類によって、固体酸化物形(SOFC)、溶融炭酸塩形(MCFC)、リン酸形(PAFC)、固体高分子形(PEFC)の4つのタイプに分類される。主な用途は、燃料電池自動車(FCV)、家庭用・事業所用の定置電源(コジェネレーションシステムも含む)、ポータブル機器電源等である。

chart0202

 図表3に燃料電池実用化戦略研究会の報告書に明示された「期待する導入目標」を示す(固体高分子形燃料電池が対象)。

chart0203

3.化石資源を用いない水素製造技術の意義 ―3E問題解決の視点から

 先に述べたように、水素は単体では天然にほとんど存在しない。従って、燃料電池の燃料となる水素をオンサイトまたはオフサイトで製造しなければならない。例えば、燃料電池自動車であれば、他の場所で水素を製造してこれを輸送し利用するか(純水素型燃料電池自動車)、メタノールやガソリンなどから水素を製造する装置(改質器)と組み合わせて用いるか(改質型燃料電池自動車)、いずれかの方式となる(注1)。燃料電池の導入による石油代替効果、省エネルギー効果、環境負荷低限効果等は、燃料や製造方法に大きく依存する。

 本章では、はじめに水素の需給動向と製造方法を概観する。その上で、燃料及び製造方法による、省エネルギー効果や温室効果ガス排出削減効果の差異についての既往の解析例を紹介し、化石資源を用いない水素製造技術の意義を明らかにする。


(注1)溶融炭酸塩形や固体酸化物形の燃料電池では内部改質が可能であり、天然ガスや石炭ガスを燃料とすることができる。ただし、現在のところは、自動車用、あるいは、小規模定置電源用としての用途は考えられていない。


3‐1 水素の需給動向

 世界の水素生産量は年間約5,000億Nm3(Nm3:0℃、1気圧の条件下でのm3)である。大部分は天然ガス等の化石燃料の水蒸気改質により生産され、約40%がアンモニア合成、約20%が石油精製で消費されている。世界最大級の水蒸気改質プラントの水素製造能力は10万Nm3/hである7)

 日本では年間150〜200億Nm3の需要があり、ほぼ半分が石油精製で使用されている。エネルギー用としては宇宙ロケットの打ち上げ用に液体水素が年間300〜500万Nm3用いられている5)。また、製鉄、石油精製、エチレン製造プロセスなどで、年間100億Nm3以上の水素が副生しているが、大部分は化学製品等の原料やエネルギーとして自家消費され、外販される割合は1%程度である。

 図表3に示したように、燃料電池実用化戦略研究会は、2020年における燃料電池自動車の期待する導入目標を500万台(累積)としている。500万台の燃料電池自動車が全て水素を搭載して走行するようになると年間約140億m3の水素が必要になる8)。仮に、燃料電池自動車が将来的にさらに普及し、今日のわが国の乗用車保有台数約5,300万台9)の半数の燃料電池自動車が走行するとなると、さらにその5倍程度の水素が必要になる。定置型燃料電池などの水素需要も考慮すればその量はさらに増える。

 このように、水素エネルギーシステムが本格的に普及した際の水素需要は、現在の供給量を大きく超える。これをどのように製造していくかが大きな課題であり、水素エネルギーシステム全体の骨格を規定する。

3‐2 水素の製造方法

 図表4に代表的な水素製造法を示す。原料またはエネルギーとして化石資源を用いる方法と用いない方法に大別してある。現在、化石資源を用いる方法は工業的製造法として確立しているが、大量の二酸化炭素を放出する(注2)。例えば、今日主流となっている水蒸気改質プロセスでは、最も二酸化炭素の副生が少ない天然ガスを原料とする場合でも、水素を1 m3生成する際に約0.9 kgの二酸化炭素を放出する7)

chart0204

 一方、化石資源を用いない水素製造法としては、(1)水の電気分解(非化石燃料起源電力)、(2)水の熱化学分解、(3)バイオマスの変換、(4)水の光分解が挙げられ、二酸化炭素排出や化石資源消費が実質的にゼロとなる。ただし、(1)を除いては、技術的に未確立である。


(注2)化石資源改質による場合でも、大規模プラントで水素を製造する場合には、二酸化炭素の回収・固定化技術を適用することにより、ゼロエミッションを達成できるという考え方もある。最近では、二酸化炭素の地中貯留技術への関心が高まりつつある。これについては、宮本和明:「CO2地中貯留技術を中心とした温暖化対策技術の開発動向」、科学技術動向2002年6月号を参照されたい。


3‐3 燃料電池利用システムのライフサイクルアセスメント

 3‐1節で水素エネルギー利用システムの普及に伴ない、水素生産量を大幅に増加しなければならないことを確認した。この際、化石資源を用いて水素を製造しこの増加分を満たした場合でも、燃料電池を用いた自動車や定置電源のエネルギー効率が既存のものより高ければ、その分だけ化石資源の節約、さらには、地球温暖化ガスの排出削減が期待されることになる。その効果はどの程度であろうか。

 これを評価するには、原料の採掘から、輸送、燃料製造、使用までに要するエネルギーを総合的に考慮したライフサイクルアセスメントが要求される。自動車の場合にはWell-to-Wheel解析とも呼ばれる。

 二酸化炭素排出について考えて見ると、通常のガソリン自動車は、原油の採掘、ガソリンの製造・輸送よりも、走行時に大部分の二酸化炭素を排出する。これに対して、化石資源から製造した水素を搭載する燃料電池自動車では、水素製造時に大部分の二酸化炭素が発生する反面、走行時の排出はゼロとなる。

 IPCC第三次報告書10)ではThomas et al.11)とWang12)のライフサイクルアセスメント解析結果を引用しながら、燃料電池自動車のエネルギー消費や温室効果ガス排出削減効果について論じている。また、わが国では新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が実施している水素エネルギー利用技術開発(WE-NET)プロジェクト(注3)において同様の解析がなされている13)。本節ではこれらを基に、燃料電池システムの化石資源節約効果と温室効果ガス排出削減効果について検討する。


(注3)水素による再生可能エネルギーのグローバルな利用を目指して平成5年度より発足した。平成10年度に第汪研究開発計画(6年間の研究開発費総額約100億円)が終了し、平成11年度より第期研究開発計画が進捗している。なお、第期WE-NETプロジェクトは終了を一年繰り上げ、平成14年度で終了し、平成15年度から発足する「水素安全利用等基盤技術開発」プロジェクトに統合されることになっている。


 はじめに、化石資源節約効果について見る。Thomas et al.は、既存のガソリン車に比べ、純水素型燃料電池自動車、および、メタノール車上改質型燃料電池自動車の燃費(注4)は、それぞれ75〜250%、25〜125%向上するとしている。一方、Wangによれば純水素型燃料電池自動車、および、メタノール車上改質型燃料電池自動車の燃費向上は180〜215%と110〜150%と評価されている。また、WE-NETの評価では、ガソリン車上改質型燃料電池自動車の燃費は現行ガソリン車より3倍程度良好と評価されている。その他、コークス炉副生水素を用いたり、天然ガス起源の液体燃料を車上改質する場合にも40〜60%のエネルギー消費低減効果がある。ただし、ガソリンハイブリッド車や電気自動車の場合でも同程度の効果がある13)


(注4)本節では原料の採掘から自動車の運転までのトータルエネルギー消費を意味する。


 化石資源を燃料やエネルギーとして用いずに生産した水素を搭載する燃料電池自動車のトータルで見たエネルギー消費は、水素製造に用いるエネルギー源、製造場所、輸送方法などに大きく依存する。また、再生可能エネルギーをエネルギー消費として算入すべきかについても議論がある。いずれにしても、化石資源の消費は大幅に低減されることは確実である。

 次に、温室効果ガス排出削減効果について、図表5にWangのライフサイクルアセスメント結果の一部を示す(米国の乗用車を仮定)。温室効果ガス排出量は、燃費についての結果と概ね同じ傾向を示す。現行ガソリン車に比べ、ガソリンやメタノールを車上改質する場合は約1/2、天然ガス(メタン)から製造した水素を搭載する場合は4割程度となる。また、電気自動車は発電源構成に依存するが、全米平均では約1/2であり、ガソリンハイブリッド車も同程度である。一方、太陽光から水素を製造する場合には排出を大幅に削減できることが分かる。

chart0205

 以上は燃料電池自動車についての評価であったが、定置用燃料電池分散電源についてはWE-NETで評価が実施されている13)。これによれば、発電のみの利用を考えた場合、現在の大規模発電システムとエネルギー効率や二酸化炭素排出量に関しほぼ同程度であり、高効率のLNG複合サイクル発電よりも劣る。コジェネレーションシステムとしての燃料電池を考えた場合にも、都市ガスや軽油をそのまま用いるコジェネレーションシステムと比べて同程度かやや劣る程度である。

 要するに、化石資源を用いて水素を製造する場合でも、特に燃料電池自動車の場合にはかなりの化石資源節約効果と温室効果ガス排出削減効果が見込まれる。ただし、燃料電池自動車の場合にはガソリンや天然ガスのハイブリッド車、電気自動車などとの競合、定置型燃料電池の場合には都市ガスなどを直接利用するコジェネレーションシステムとの競合があり、それらの競合技術に対する燃料電池システムの優位性は明確ではない。

 これに対し、化石資源からではなく、水やバイオマスから再生可能エネルギーや原子力を用いて水素を製造すれば化石資源の消費や二酸化炭素排出は実質的にほぼゼロになる。3E問題の克服の観点からは、できるだけ早期に化石資源を用いない水素製造法を普及させることが望まれる。図表6に化石資源によらない水素製造技術への移行のイメージを示す。

chart0206

4.化石資源を用いない水素製造技術の研究開発動向

 本章では、化石資源を原料としてもエネルギーとしても用いない水素製造方法を(1)水の電気分解、(2)水の熱化学分解、(3)バイオマスの転換、(4)水の光分解の4つのカテゴリーに分け、それぞれの技術開発動向について概説する。

4‐1 水の電気分解

 水の電気分解は水素製造法として最もシンプルなものである。ただし、火力発電のように化石資源を燃焼させて発電した電力を用いてこれを行う場合には、発電時に大量の二酸化炭素を排出することになる。一方、原子力や再生可能エネルギー(水力を含む)による電力を用いて水の電気分解を行えば、化石資源の消費や温室効果ガスの排出は実質的にゼロとなる。

 ただし、電力は価値の高いエネルギー形態であり、これを大規模水素製造に使用するにあたっては、他の電力需要とのバランス、エネルギー供給トータルコストの最小化などを考慮する必要がある。一義的には、設備利用率向上のための夜間オフピーク電力の活用や風力発電所の系統連系のための出力平準化などの観点での導入が着目されよう。

 水の電気分解プロセスは、アルカリ水電解法と固体高分子電解質水電解法に大別される。アルカリ水電解法はすでに商業プラントで用いられており、構造が簡単であるが、エネルギー変換効率が低い上、腐食の問題がある。図表7に固体高分子電解質水電解法の原理図を示す5)。フッ素樹脂系の固体高分子電解質膜を白金族触媒の電極、多孔質性の給電体、通電板ではさむ構造になっている。給電体は給電と気液の流路としての役割を兼ね、水は陽極側の給電体に供給され、水素は陰極側の給電体から発生する。まだ、商業化には至っていないが、エネルギー変換効率が高く、装置のコンパクト化が可能、アルカリ水溶液を用いず腐食の問題がないなどの長所を有する。

chart0207

 WE-NETプロジェクトでは、平成5年以降、固体高分子電解質水電解法に関する技術開発を実施している。平成14年2月には、高松の四国総合研究所構内にオンサイト水素製造型の水素供給ステーション(最大水素製造能力30Nm3/h、実用規模の約1/10)が完成した(図表8)。

chart0208

4‐2 水の熱化学分解

 水を熱により直接分解するためには理論的には2,500℃以上の高温を必要とする。しかし、いくつかの熱化学反応を組み合わせることにより、1,000℃以下の熱で水を分解する熱化学サイクルが多数提案されている。二酸化炭素を排出しない熱源として、原子炉の核熱や太陽熱の利用が考えられているが、特に水素の大規模製造が可能な原子炉の核熱の利用が近年注目されている15)

 水分解熱化学サイクルの中で、今日、最も精力的に研究がなされているのは、日本原子力研究所が中心となって研究を進めているISプロセス16)である。ISプロセスは米国ゼネラル・アトミクス社により考案された手法であり、以下の3つの化学反応で構成され、原料水と反応させるヨウ素(Iodine)および硫黄(Sulfur)から生じる化合物をプロセス内部で循環使用させることで、外部に有害物質が排出されない工夫がされている。

chart02add

 現在のところ、ISプロセスの熱源としては高温ガス炉が想定されている。高温ガス炉は900℃を超える熱を取り出すことができ、固有安全性が高い。軽水炉から取り出せる熱は300℃程度であるため用いることができない。

 日本原子力研究所では、2001年にISプロセスによる連続水素製造装置(水素製造量毎時50リットル規模)を完成し、試験研究に着手した。さらに、同研究所が試運転している高温工学試験研究炉(HTTR)と連結させる予定である16)。図表9に本装置の外観を示す。

chart0209

 100万kWeの高温ガス炉により1年間に(運転時間7,000時間)、34億Nm3の水素が製造可能である(水素生成熱効率=50%)。一方、同じ出力の軽水炉で電気分解により水素を生成する場合には年間17億Nm3が生成される4)。熱分解法は電気分解法に比べ、熱を電気に変換する際のロスがないため、トータルのエネルギー効率が高くなる。また、高温ガス炉とISプロセスを組み合わせた場合の水素製造コストは、今日商用化されている化石資源の水蒸気改質法の1.5倍との評価結果がある4)

 原子力プラントでの水素製造は、そのエネルギー出力および密度の高さから、大規模な水素製造が可能であり、将来の大きな水素需要を環境制約、資源制約を満たしつつ賄うオプションとして期待される。ただし、現在の原子炉の主流である軽水炉の核熱を利用可能な熱化学サイクルは見出されていない。

4‐3 バイオマスの転換

 バイオマスとは植物起源の有機資源―農林水産系廃棄物、生ごみ、エネルギー作物等―であり、これらに由来するエネルギーをバイオエネルギーと呼ぶ。バイオエネルギーは資源量が膨大であり、また、トータルでは二酸化炭素を排出しないエネルギー源として地球温暖化対策オプションとしても注目されている。バイオエネルギーを利用したり(燃焼熱、発電、液体燃料など)、あるいは、本節で述べるようにバイオマスを原料として水素を製造する際には二酸化炭素が発生するが、その量はそのバイオマスの起源である植物が成長する過程で大気中から固定した二酸化炭素の量に等しい。従って、トータルで見るとバイオマスの利用は大気中の二酸化炭素濃度を増加させない(カーボンニュートラル)。

 バイオマスの形態は多様であり、水素製造方法も様々なものが考えられる。乾燥系バイオマスの場合には、基本的には熱化学的ガス化プロセスにより水素を製造できる。この際、反応温度を高めるために、バイオマス自身の燃焼熱を利用することが一般的である。ただし、水素の他に、一酸化炭素や炭化水素系ガスが発生するため、これらの副生物の改質や除去が必要となる。

 一方、含水率の高いバイオマスの場合には、メタン発酵プロセスが実用化の段階に達しており、生成メタンから水素を製造できるが、発酵に数週間程度の時間がかかる。この他、触媒による水相改質17)、超臨界水ガス化法18)、微生物による水素発酵法19)などが考案されている。

 なお、バイオマスの長所の一つとして、エタノール、メタノール、バイオディーゼルなどの液体燃料に変換できる点があげられる。自動車燃料としての利用を考えた場合にも、バイオマスから製造したメタノールや水素を燃料電池自動車に供給する方式の他、その液体燃料を直接自動車燃料として用いるオプションも存在する(注5)


(注5)これらのオプションの比較は本稿のスコープを超えるが、ブラジルや米国の一部の州ではさとうきびやトウモロコシから生成したエタノール、または、これとガソリンの混合物が自動車燃料として普及している。


4‐4 水の光分解

 太陽光の光エネルギーにより、水を分解し水素を生成する技術である。以下では主に光触媒を用いた水を直接光分解について説明する。1972年に二酸化チタン光電極と白金電極で構成される電気化学セルによる水の光化学分解、すなわち本多・藤嶋効果20)が報告されて以来、日本が世界の研究をリードしている分野である。

 これまでに、紫外域の光に対し反応する光触媒材料は多数見出されているが、紫外光は太陽光の入射エネルギーの約4%にすぎない。従って、水素を効率的に生成するには、太陽光の入射エネルギーの約43%を占める可視光(波長〜400-700nm)のできるだけ広い波長範囲に対して応答する光触媒の開発が必要となる。

 これまで、この条件を満たし、安定で実用的な光触媒の開発は困難とされてきた。しかし、近年、いくつかの新しい研究成果が報告され、本分野の研究が活発化してきている。

 産業技術総合研究所の荒川裕則光反応制御研究センター長らのグループは、ニッケルをインジウム・タンタル酸化物にドープした酸化物半導体In1−XNiXTaO4 (x=0−0.2)を用い、可視光一段励起による水の完全分解(水素:酸素=2:1)に初めて成功し、昨年Natureに発表した21)。ニッケルを添加することによって、可視域の短波長側の光に対する光触媒活性が著しく向上する。ただし、550 nm以上の波長に対しては、光触媒活性は消滅する。量子効率(注6)は402 nmの光に対して0.66%という値を得ている。また、植物の光合成メカニズムである二段階光励起反応を模倣した可視光による水の完全分解にも成功している22)


(注6)入射した光子数に対する反応に関与した電子数の割合。


 東京理科大学の工藤昭彦助教授は、紫外線照射下ではあるものの、LaをドープしたNiO/NaTaO3を用いて、水の完全光分解を行い、約400 mlの反応管から20 mmol/h(500 ml/h)という高速度で水素を生成することに成功した23)。これは水の電気分解に対比させると1A以上の電解電流に相当し、量子効率は波長が270nmで約50%に達している。可視光応答性光触媒に関しては、Cr3+とTa5+またはSb5+を共ドープしたSrTiO3や、NaInS2,AgInZn7S9などが、犠牲試薬(注7)存在下ではあるが、高い水素生成活性を示すことを報告している24)。


(注7)生成した水素が再度酸化されて水に戻る逆反応を防ぐために加えるメタノール等の添加物。水素の代わりに“犠牲となって”酸化される。


 東京工業大学の堂面一成教授らのグループでは、太陽光中に多く含まれる600 nm付近までの可視領域の光に応答し、水を分解できる光触媒の開発を目的とし、オキシナイトライド・オキシサルファイド系光触媒材料に着目し、その可視光応答性について検討している。特にLaTiO2N,Ta3N5,TaON,Sm2Ti2S2O5等が600 nm付近まで十分な吸収を示すことを見出している25,26)

 可視光応答性光触媒の研究は、水素生成のみならず、建物の外壁や車内の防汚、除菌、脱臭などを目的として、現在、活発な研究が行われている。材料科学や触媒科学の基礎研究としても、研究者にとって魅力的な分野であろう。

 しかし、水素生成に関して言えば、エネルギー効率が低く、実用化には程遠い段階にある。実際、他の太陽光起源の水素製造システムと比較して見ても、太陽光発電と水電解を組み合わせたシステムや、バイオマスを育成し水素に変換するシステムよりもエネルギー効率が1〜2桁低い。可視域の長波長側でも高い量子効率で応答するような、画期的な光触媒の開発が求められる。

 なお、上記のような半導体タイプの光触媒を用いるのではなく、光合成によって水から水素を生成する光合成微生物を介して水素を生産する光生物的水素生産の可能性についても検討されている19)。光合成微生物の開発には遺伝工学的手法も適用されている。現在のところは、生産に関わる投入エネルギーが高く現実性に乏しく、微生物の水素生産能を大幅に向上させることが不可欠である。

5.おわりに

 本稿では、持続可能な水素エネルギーシステム構築のキーテクノロジーとして、化石資源を用いない水素製造技術に着目し、その意義について、水素の将来的需要、化石資源節約効果、温室効果ガス排出削減効果等の観点から検討した。さらに、そのような技術を(1)水の電気分解、(2)水の熱化学分解、(3)バイオマスの転換、(4)水の光分解の4つのカテゴリーに分け、それらの技術開発動向や課題について分析した。

 燃料電池はエネルギー効率が高いため、化石資源から水素を製造した場合でも、特に燃料電池自動車の場合には、相当の化石資源節約効果や温室効果ガス排出削減効果が見込まれる。ただし、本稿で検討した研究報告の範囲において、それらの効果は他の競合する技術オプション―ハイブリッド車、電気自動車、複合サイクル発電、都市ガス利用コジェネレーションシステム等―に対して明確な優位性は認められない。

 一方、化石資源を用いずに水素を製造した場合には、化石資源の消費と温室効果ガス排出は実質的にゼロとなる。この意味で、化石資源を用いない水素製造技術は持続可能な水素エネルギーシステム構築のキーテクノロジーと言える。特に、エネルギー自給率が低いわが国にとってその意義は大きい。

 従って、わが国は本分野の研究開発に十分なウェイトを置いて、長期的に取り組んでいく必要があろう。それらのいわば“水素製造の本命として期待される技術”のポテンシャルを把握することは、わが国の長期的エネルギー政策のみならず、短中期的な水素エネルギーの研究開発戦略の構築にとっても基盤的な知見を与えよう。

 本稿で見たように、化石資源を用いない水素製造技術は、水電解法を除き基礎研究、原理実証研究の段階にある。当面は、対象技術を広く設定し、個々の技術の普及・実用化の可能性を評価することが重要と考えられる。

 また、関連技術の進歩や国際エネルギー情勢の変化を把握しつつ、エネルギーシステム全体における水素の位置付けを検討していくことが重要である。例えば、電気と水素の役割分担などについては、まだ具体像が見えてこないのが現状である。

 水素は電気と同様に2次エネルギーであり、エネルギーシステムのいわば通貨としての役割を担う。その意味で、エネルギーの生産・変換・輸送・消費などすべての技術と関連することになる。水素エネルギーを含めたエネルギーシステムのデザインには、何よりも、エネルギー関連の技術や政策全般に通じる専門家の育成が不可欠であろう。エネルギー分野の人材の流動化や学会間の交流促進等が望まれる。

 再生可能エネルギーによる水素製造は、土地、バイオマス資源、太陽や水力等のエネルギー源が豊富で、非電化地域の多い途上国において大きなポテンシャルを有すると考えられる。いずれも初期投資が小さく、プラントの保守にもそれほど高い技術が要求されない。

 わが国としても、技術開発ならびに国際貢献の観点から、途上国での普及に向けた移転用技術開発や現地共同プロジェクト推進等に積極的に取り組んでいくことは有益であろう。

 なお、本稿で取り上げた水素製造関連技術の他、水素の貯蔵、輸送、利用等に関する技術にもそれぞれ多くの課題がある。将来の水素製造技術のあり方も、それらの技術の進歩状況、関連インフラの整備状況、水素エネルギーの利用形態等の全体の枠組みにおいて決定すべきであることを付言する。


参考文献

1)総合科学技術会議,平成15年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針,2002年6月

2)経済産業省燃料電池実用化戦略研究会,燃料電池実用化戦略研究会報告,2001年1月

3)国際水素エネルギー協会(International Association for Hydrogen Energy)ホームページより転載 (http://www.iahe.org/

4)日本原子力産業会議原子力システム研究懇話会,原子力による水素エネルギー,NSA/COMMENTARIES:No.10(2002)

5)大角泰章,水素エネルギー利用技術,アグネ技術センター (2002)

6)林健,燃料電池のすべて,ガスエネルギー新聞(2001)

7)五十嵐哲,PETROTECH,25,125(2002)

8)武松敏弌,水素エネルギーシステム,26(2),2(2001)

9)日本自動車工業会,自動車統計月報2002年8月

10)Intergovernmental Panel on Climate Change (IPCC), Working Group III, Climate Change 2001: Mitigation, Section3.4.4.4(2001),

11)C. Thomas et al., SAE Technical Paper 982496(1998)

12)M. Wang, Argonne National Laboratory ANL/ESD-39, vol.2(1999)

13)WE-NET平成12年度報告書概要

14)WE-NETホームページより転載(http://www.enaa.or.jp/WE-NET/

15)例えば、 エイブラハム米DOE長官はWorld Nuclear Association Luncheon(2002.8.15)での講演で次のように述べている。
"As many of you know, our Administration has identified hydrogen as being a potential source of unlimited and clean energy. (中略)But this is a vision that will take several decades to implement. And one of the challenges will be to cleanly and efficiently produce hydrogen. What is exciting about nuclear energy is that it promises to do exactly that." (http://www.energy.gov/HQDocs/speeches/2002/augss/WorldNuclearAssociationLuncheon.html

16)日本原子力研究所,プレスリリース2001年5月15日(http://www.jaeri.go.jp/open/press/2001/010515/index.html

17)R. Cortright et al., Nature, 6901, 964(2002)

18)松村幸彦,金属,72,419(2002)

19)松本光史,松永是,金属,72,405(2002)

20)K. Honda and K. Fujishima, Nature, 238, 37(1972)

21)Z. Zou et al., Nature, 414, 625 (2001)

22)K. Sayama, K. Mukasa, R. Abe, Y. Abe, H. Arakawa, Chem. Commun., 2416(2001)

23)A. Kudo and H. Kato, Chem. Phys. Lett., 331, 373(2000)

24)工藤昭彦,金属,72,401(2002)

25)原亨和,堂面一成,マテリアルインテグレーション,14(2),7 (2001)

26)堂面一成,日本エネルギー学会新エネルギー部会セミナー「水素製造を目的とした直接水分解光触媒の研究開発の最前線, 工学院大学,平成14年6月25日