[特集3]

MEMS研究の新展開

材料・製造技術ユニット 奥和田久美


1.はじめに

 MEMS(Micro Electro-Mechanical Systems)とは、半導体デバイスの開発で蓄積されたシリコンウエハの加工技術を用いて作製された、可動部を含む微小機械システムを指す。

 MEMS先進国である欧米に加えて、最近、台湾やシンガポールなどのアジア各国においても国家支援のもとでMEMS技術を産業の新しい柱のひとつにしようという気運が高まっている。MEMS研究の対象は、すでに機械部品にとどまらず、医療・バイオ関連技術やエネルギー蓄積技術など幅広い応用分野に発展している1〜4)。MEMS技術で作製される製品は基本的に多品種少量生産の性格を持ち、ベンチャービジネスを含む産業活性を促す効果を期待できる。しかし、海外では、日本のお家芸といわれる部品産業の将来を脅かすMEMS技術にも力を入れはじめており、静観はできない状況にある。

 本報告では、MEMS研究の歴史と研究の要点を辿りながら、日本における研究体制整備の現状の問題点を明らかにしたい。

2.MEMSとは何か

2‐1 代表的なMEMS部品

 MEMSの代表例に、ディジタルマイクロミラーデバイス(DMDTM)がある(図表1)1〜4)。これは、半導体デバイスと同じような集積回路系の上部に、16μm角のアルミニウム製の鏡を100万個以上配列したもの(アレイ)で、各々の鏡は応答速度1μ秒で±10度の角度に回転する。すなわち、マイクロエレクトロニクス技術の上に、マイクロマシン技術が乗った形をしている。しかも、半導体加工技術を用いて作製されるため、1枚のシリコンウエハ上に1度に多くのチップ部品を作製できることが利点である。

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 また、このDMDアレイと同じようなディスプレイを目指したMEMS部品にGLV(Glating Light Valve)がある(図表2)5)。これは、窒化物にアルミニウムをコーティングしたリボン(3μm幅×100μm長)6本をひとつのセットとし、1080画素分並べたもので、集積回路系から受ける電圧で交互にへこむ動作によってレーザー光を反射させる。DMDアレイより1000倍高速動作できると言う。この部品も半導体加工技術を用いて作製される。

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 このような光学部品に限らず、MEMS研究は、現在は極めて広い分野に及んでいる(図表3)6)

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2‐2 MEMSの定義と歴史的背景

 MEMSは主に米国で使われてきた呼称であり、欧州ではMST (Micro System Technology)、我が国ではマイクロマシンと呼ばれてきた7)。MEMSの定義は人に依ってかなり異なっており、現在でもどこまでをMEMS技術の範疇とするかは議論のあるところである。

 MEMSの研究は、1970年頃に米国スタンフォード大学の電気工学科で始まったと言われている。当時はさほど微小ではないものの、シリコンウエハ上に圧力センサやガスクロマトグラフを作製した研究結果が発表された。後者はNASA(米国航空宇宙局)の委託による研究開発であり、宇宙船搭載用に小型化することが目的であった。1980年代後半に入ると、カリフォルニア大学バークレー校、ベル研究所などで、当時進展の目覚しかった半導体加工技術を応用して「微小な可動部を含むシステム」、すなわち、マイクロマシン・マイクロエレクトロニクス・センサなどを組み合わせることによって新しいコンセプトを生み出すという研究が活発化し、これらを総括する形でMEMSと呼ばれるようになった。1992年からは、DARPA(米国防省高等研究計算局)支援のMEMSプログラムが開始された8)。初期の支援プログラムにおいて最も成功した例として、前項で述べたテキサスインスツルメンツ社開発のDMDTM素子がある(図表1)9)。鏡は非常に強い光でも反射させることができ、液晶ディスプレイでは表示できない大画面表示を小型装置で実現することができたため、DMD素子を用いた小型プロジェクターは、一時、この製品分野を独占した。

 一方、我が国においては、1985年頃から半導体加工技術を用いた超小型モーターに代表されるマイクロマシン技術が注目を浴び、旧通商産業省工業技術院は産業科学技術研究開発制度の下に1991年度から10年計画の大型プロジェクトをスタートさせた。本プロジェクト成果として(財)マイクロマシンセンターから発表されているテーマは、管内自走環境認識用試作システム、細管群外部検査用試作システム、機器内部作業用試作システム、マイクロファクトリ試作システムの4つであり、いずれもmm単位の微小機械である10)。これらの中にそのまま商業化されたものは無いが、各システムに使われた要素技術はその後も工業的に発展している。

3.MEMS研究開発の要点

3‐1 MEMS研究開発の特徴

 MEMS研究開発の特徴として、研究結果が極めて商業的な製品に近い形になる点が挙げられる。また、研究がたとえ教育の現場で行われたとしても、純粋に科学的な問題を解決する能力だけではなく、ベンチャービジネスを立ち上げるかのような覚悟が求められる点も大きな特徴であろう。MEMS研究開発は基本的に、発想・設計・具現化(試作)の3段階から成るが、その全段階をクリヤーしなければ研究目的を達成し得ない。以下に、その各研究段階の要点を述べたい。

3‐2 発想の段階

 研究者はまず、「どのような可動部を微細化すると、どのようなシステムが出来上がるだろうか」という議論から始めなければならない。そもそもマイクロマシンとは、「人間サイズのマシンがシリコンチップサイズになった場合、何ができるだろうか」「人間が日常操作している機械を昆虫サイズに縮小した場合に、何ができるだろうか」という発想から端を発した研究分野とも言える。バイオ関連のMEMSに関する講演では、1960年代後半に上映された映画「ミクロの決死圏」が必ず紹介される。また、センサの究極の目的とは「生体内の各機能をシリコンチップ上で実現すること」にあるとも言われる。生体のシステムを等価回路に置き換えて考えることは、特に興味深い議論である。したがって、研究者はMEMS研究を始める最初の段階で、機械工学・生物学はもちろんのこと、時としてエネルギー問題や社会問題までも議論する必要が生じる。

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 当然ながら、MEMSでは「小さく作ることに意味があるもの」が良い研究対象と言える(図表4)。微細化には、

 (1)空間をとらない
 (2)軽量である
 (3)感度が高い

 という3つの大きな利点が伴い、狭い機械的空間や生体内といった限られた空間に電気機械システムを配置あるいは移動することができる。その結果、


 (1)電気・光・熱等のエネルギーを微小な機械的変位や高速運動に変換できる
 (2)低消費電力を狙える
 (3)複数の機能を集積化できる
 (4)極めて少ない材料資源で製造できる

 といった効果を期待できる4)。また、半導体デバイス製造プロセスにおいてはシリコン単結晶の機械的強度はほとんど議論にされないが、実は機械的に極めて良好な素材であり、バルクでは望めない単結晶シリコンの機械的特性をマイクロマシンでは用いることができる。

 これらの利点をどのようなシステムで生かすか、どれだけ柔軟な発想ができるかが新システム構想の鍵である(図表5)。生物の多様性を見ればわかるように、あるひとつの問題を解決するシステムは必ずしもひとつではない。

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 また、異分野技術の集積化、すなわち、機械的部分と電気回路部分さらに化学反応部分を1チップの上で実現することは、場合によっては単一機能をより小さくすることよりも意味がある。この場合、ひとつの機能が他の機能よりはるかに優れていても無駄であり、ましてや劣っていると全体性能を律速してしまう。これはシステム全体の高速化・高感度化等を考える上で極めて重要である。

3‐3 設計の段階

 研究対象が発想できたところで、次の段階には総合的設計技術が必要である。具体的には、力学計算から始まって電気回路設計およびシリコン加工プロセス設計に至る総合的な設計力とそのシミュレーション手法が必要となる。最近は日本においても、市販のMEMS用設計ツールが利用可能であり11)、また、学会活動として設計を指導するシステムもある12)。ただし、総合的な設計能力はやはり経験によって養われるものであろう。

 力学計算の際には、人間のオーダーと比較して4〜7桁も小さいサイズの設計として、以下の点を十分に考慮に入れなければならないが、それらを最大限に引き出す設計ができるならば大きな効果を期待できる4)

(1)静電気力が大きいこと:重量に対して相対的に表面積の大きいマイクロシステムでは、利用できるエネルギーの蓄積形態が異なる。一例を挙げると、我々の日常空間では電磁モーターが数多く使われているが、マイクロアクチュエータではエネルギー蓄積能力の点から静電モーターが有利となる。

(2)熱的時定数が小さいこと:マイクロシステムでは熱に対する感度が極めて高い。これを利用すれば、熱応力や局所的な熱変化を高速で発生させることができる。

(3)分子間あるいは原子間の相互作用を無視できないこと:地球の重力加速度よりも原子間吸引力(ファンデルワールス力)のほうが支配的になる。

(4)高感度であること:圧電性、結晶の相変化、溶液中の化学反応などの比較的小さい物理的・化学的性質も機械変位に変換して利用できる。


 設計の段階においても、ひとつの目的に対して複数の回答が有り得る。例えば、製品化されたMEMS部品として代表的なものにインクジェットプリンタのヘッドがあり、いくつかの製品が完成しているが、いずれも0.5〜10mWのエネルギーで数μ秒のインターバルにおいて、10〜30μmというサイズのインク粒子を5〜20m/secの高速で吐出し、そのサイズは1ドットに対し0.2mm2以下の機構である。それらの動作原理としては、静電気力を用いた静電駆動型ヘッド、熱応答性を用いたバブルジェット型ヘッド、圧電性を用いた圧電型ヘッドがあり、いずれの機構においても高解像度の画像が得られている1〜4)

 多くのMEMS製品が半導体製造分野で培われた加工技術を基にはするものの、その製造プロセスが、いわゆる半導体集積回路技術と大きく異なる点は、三次元的な形状を実現しようとする部分である。集積回路技術では薄膜をリソグラフィー(写真印刷法を基本とする加工技術)でパターニングして積み重ねていき、言わば二次元的な技術を三次元にしていくのに対し、MEMS技術では高アスペクト比(縦横比)の加工を行ない、三次元的でしかも動作可能な部位を作製しようとする。これには、集積回路技術が微細化の発展上切り捨ててきた技術、例えば、より厚い膜を成膜する技術、薬品を用いて等方的にエッチングする技術等を復活させる必要があり、この用途に合った装置が必要となる(図表6)。また、シリコンチップ上に有機物を積層したり、化学物質を流す機構を設けるなど、不純物混入を極端に嫌う集積回路技術とは異質の材料やプロセスも受け入れる必要性がある。昨今、MEMS研究開発に世代落ちの半導体工場を充てようとする動きもあるが、多少の新投資と、なによりも融通性を持った開発姿勢無しには成功は望めない。

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3‐4 具現化(試作)の段階

 設計が済むと、いよいよ試作の段階である。MEMS技術は、試作が成功すれば、かなりの確率でそのまま工業的製品に成り得る可能性があり、また、試作ラインがそのまま量産ラインとして使える場合も多い。したがって、MEMS研究開発は、産学協同研究として取り上げるのに適したテーマであると言える。また一般に、ハードウエアにかかわる研究開発はソフトウェア分野に比べて大きな初期投資が必要であり、量産はさらにハードルが高いため、ベンチャービジネスを起こしにくい現実がある。しかし、MEMS研究開発は、試作結果がベンチャービジネス立ち上げへ直結する可能性を有している。欧米での研究例の多くは、この段階を外部へ委託しており、日本における研究開発においても、試作ラインを持たない研究機関は共同運用設備の整った幾つかの大学施設や民間のファウンドリ(受託生産)工場の利用が効率的と考えられる。

4.今後の発展を期待されるMEMS分野

4‐1 センサおよび光MEMS

 日本が技術的に進んでいると言われるマイクロセンサ分野の研究開発は、今後も民間企業内あるいは企業間の連携を有効に進めることで、引き続き日本が諸外国に対し優位を保つことが可能な分野である13)。光学分野のMEMSは、特に光MEMS(MOEMS)と呼ばれている。従来からの光センサ・ディスプレイ用素子の開発に加え、光通信用スイッチが注目されており、企業を中心に今後も多くの研究開発が行われるであろう。
 しかし、これらの分野はむしろ例外的であって、以下のその他の領域では特に試作を実現することが難しい状況にある。

4‐2 医療・バイオMEMS

 医療・バイオMEMS分野は、ひとつひとつの製品としては市場規模が小さく、難しいシリコン加工技術を必要としない場合も多い。このため、MEMS研究体制整備の未発達な現在の日本でも、大学等公的機関の小さな設備を利用して、短期間に少量生産まで到達できる可能性があり、最もベンチャー起業が育ちやすい分野と考えられる。米国のMEMS研究開発では、民間企業による大学施設の利用が日常的に行われているのに対し、今までの日本にはこのような研究開発形態が少なかった。日本における産学連携は、企業が寄付をすることで大学へ研究委託する形での共同研究が多く、量産段階は企業で行なうという常識があったためである。民間企業が大学等の公的研究機関の設備を利用することは、スピンイン(Spin-in)と呼ばれるそうであるが、医療・バイオMEMS分野では、特に多品種少量生産になる傾向があるため、生産段階まで含めてスピンインの利用が有効であろう。

4‐3 RF-MEMS

 一方、集積化というキーワードが最も端的に実現され、市場の大きさがあり、また、半導体製造技術の蓄積が最も有効に使える可能性をもつのがRF-MEMS(通信デバイス用高周波MEMS)の領域である(図表7)。

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 現在、国内の半導体産業は構造不況に突入したと言われ、メモリ一辺倒であった戦略から、コンデンサや抵抗部品といった受動素子までもシリコンチップ内に組み入れたシステムLSIと呼ばれる製品群の開発へ一斉に転換中である。1チップに混載することで配線長が短くなり、高周波域でQ値という高速化のファクター向上が期待できる。このような混載の発想は、SoC(System on Chip)と呼ばれる。RF-MEMSは、さらに共振器等の可動部分や電源部分までをも1チップあるいは1パッケージに組み入れようとするものであり14)、SoCの次世代の姿とも言える3)。可動部分も含めて1チップ上に作ることは、加工の複雑化、工程数の増加、プロセスコンタミネーション(不純物汚染)等の問題が生じるため、工業的には必ずしも採算のとれる技術とは言えないが、初期の段階では、MEMS部品をSoCと張り合わせたり、複数を1パッケージ内に同時に入れてパッケージングすることが有効と考えられ、この場合は、SoCではなく、SiP(System in Package)と呼ばれることになる。

 RF-MEMSは、実現が容易な段階にまだ達していないものの、市場規模が大きいため、すでに台湾ファウンドリが注目している分野である。もし生産可能になれば、個別部品の一部を不要にする可能性を含んでおり、日本のお家芸と言われる部品産業の次の大きな曲がり角になりうる。また、次のターゲットをシステムLSI分野としている日本の半導体産業は、システムLSIの延長上にあるRF-MEMS領域に、特許活動等を含め早急に目を向けなければ、この市場でも国際競争力を失う危険がある。

4−4 パワーMEMS

 マイクロパワー源に関する研究にも国際的に関心が高まっている。この分野の研究を一堂に会するワークショップ「Power MEMS2002」が2002年11月12〜13日につくば国際会議場で開催される予定であるが、そのトピックスは、小型燃焼発電機、小型燃料電池、小型燃料改質器、熱電変換などである15)

 小型燃焼発電機(図表8)は、マサチューセッツ工科大学で考案されたもので16)、シリコンを深いエッチング(Reactive Ion Etching)加工技術でμm単位のタービンブレードとし、100万回転/分以上の高速回転をさせて発電しようとするガスタービンである。

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 マイクロ燃料電池は、現在、携帯機器用に検討されている小型燃料電池をさらにマイクロレベルまで微細化するという位置付けにある。効率的に数%にすぎないリチウム二次電池を置き換えることは、達成可能と考えられている。MEMS技術を用いた超小型電池を用いて、現状の電池より長時間化が達成できれば、携帯電話でインターネットを常時接続で利用することも可能になるため、市場の期待は大きい。また、携帯可能なドリルや鋸といった機械加工器具はこれまで電池ではパワー不足であったが、カートリッジに入ったガソリンを使うMEMSエンジンで実現しようとする試みもある17)。耐熱性の厳しいこれらの用途には、シリコンの代わりに炭化珪素(SiC)を用いたり、SiCの表面コーティングを施す工夫が用いられる。また、携帯機器応用では、コンビニエンスストアでライターのような燃料カートリッジを買い、手軽に交換できるようにする、という新製品コンセプトがある。

 パワーMEMS領域もまだハードルの高いターゲットとは言えるが、市場性のみならず社会的インパクトも大きく、最も期待されている分野である。

5.海外における現在のMEMS開発環境

5‐1 米国におけるMEMS開発環境8,18)

 米国は、1992年から国策として、DARPA(米国防省高等研究計算局)のMEMSプログラムが開始されており、進行中の各プロジェクトの概要や責任者のビジョンはWebサイト上で公開されている。また、研究された成果は、公的機関のほか民間へも普及する仕組みができあがっている。

 非営利組織からMEMS試作ファウンドリとして独立した企業としてCronos社(現JDS Uniphase社)が知られ、現在は海外からの発注も可能になっている。費用は約60万円で15チップが約11週間で試作できるとのことである。また、1998年に米国内の数多くのMEMS研究拠点をつなぐネットワークシステムMEMS Exchangeができあがり、米国内のMEMS活性促進に寄与している(図表9)。これは、ネット管理上に存在するVirtualなファブのひとつと言える。ただし、今のところ、米国内の利用に限られている。

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 また、商務省に属するNIST(米国標準技術局)のATP(Advanced Technology Project)は、DARPAより産業政策色の強いプロジェクトであり、この中にもMEMSによるセンサやディスプレイの研究開発テーマが挙げられている。

 米国では、大学と外部の連携が非常に強い。4‐2項で述べたスピンインによる試作があたりまえのことになっている。大学設備の設置に関しても、国家基金のほか民間企業がスポンサーになる例も多く見られる。また、量産を考慮に入れた試作が特徴で、大学のMEMS設備でもウエハサイズは実用的な6インチまで対応しているところが多い。

5‐2 欧州におけるMEMS開発環境18,19)

 米国に遅れてMEMSプログラムを開始した欧州は、規模では及ばないものの米国のやり方を学んでおり、欧州サイズに見合ったネットワークの充実とオープンなファウンドリ体制が特徴となっている(図表9)。これらも自然発生的なものではなく、仏LETI(電子技術情報研究所:Electronics and Information Technology Laboratory)などが中心となり、EU各国がひとつのネットワークとして機能するように仕組まれている。代表的なMEMSネットワークとしてNEXUS、MEMS専用ファウンドリとしてEUROPRACTICEがあり、誰でもこれらを使って試作ができる。EUROPRACTICEは、試作費用もユーザー負担は約1/3のみで、Local governmentが約1/3、EU全体で約1/3を負担する。世界中から発注可能なことも特徴であり、日本の大学が欧州のファウンドリを利用している例もある。

5‐3 アジアにおけるMEMS開発環境18,20)

 MEMS分野も他の産業と同じように、欧米とアジア間の技術者の交流が盛んであり、それがアジア各国のレベルを上げている。特に台湾およびシンガポールでは国家的施策として力を入れており、試作の段階までは国の研究機関が行ない、量産段階は民間ファウンドリが受け持つという明確な役割分担ができている。台湾では、ITRI(工業技術研究院:Industrial Technology Research Institute of Taiwan)に共同試作設備(Common Laboratory)が設置されており、Walsin Lihwa Corp.などの民間ファウンドリがその研究成果を引き継ぐ形で、多品種少量生産の実現を模索している(図表9)。MEMS製造工程は本質的に標準化しにくいため、半導体ファウンドリのように急速に発展させるのは難しいと思われるが、半導体ファウンドリが中国の台頭に脅かされかねない状況で、将来の台湾内の産業空洞化を避ける対策として真剣に考えられている。特に注目されている製品分野は、4‐3項のRF-MEMSである。

6.MEMSからNEMSへの進展

 自然界では多くの現象がナノレベルの反応に拠っており、それらの仕組みを理解しようとするナノサイエンスが急速に発展している。近年、MEMS研究でも、それらの仕組みを機械的あるいは電気的に実現しようとする動きがみられ、また、ナノレベルでの加工技術も検討されている。これらの研究は、2000年頃からNEMS(Nano Electro-Mechanical Systems)と呼ばれている21)。例えば、化学反応は表面積が大きいほど効率良く行なえるため、チップ上の細管は高効率な反応槽(リアクタ)を形成できると言われている。化学研究室で行なう実験を1チップの中で、自動的に行なえるようにしようとするアイデアをLab. on a chip(Laboratory on a Chip)と言う。この分野のさきがけは、2‐2項で述べた1975年のガスクロマト試作にある。

 人間サイズからするとMEMSとNEMSで大差があるようには感じられないが、実際には象と昆虫ほどのスケールの違いがある(図10)。μmからnmへの3桁の小型化は、3‐3項で述べた各特徴が一段と高感度化することを意味する。すなわち、より高い共振周波数、高速の機械応答速度、低消費電力、低ノイズ、高速の熱応答を期待できる。しかし、高精度化が期待できる反面、表面の及ぼす影響がますます大きくなり、静電気力の支配がさらに大きくなることを計算に入れておかなければならない。つまり、環境から受ける表面状態の変化が無視できないほど大きい。

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 また、NEMSでMEMSと同程度の加工精度を求めることもできない。例えば、現時点のリソグラフィー技術では、100μmの線幅を±1μmの寸法誤差で形成することでさえ簡単ではなく、ましてや、100nmの線幅では±10nmの寸法誤差も実現できない。つまり、NEMSの加工精度は、MEMSより相対的に何十年も前の技術レベルまで退化することになる22)。さらに、10nm以下になると量子的なゆらぎも無視できなくなる。

 こういった意味で、今後全てのMEMS研究が一方的にNEMS研究へ移行するということは考えられない。マイクロからナノへ微細化するという進化は、MEMS研究の多様性の一方向にしかすぎない。MEMS研究は本来、多様化することにより発展する技術であり、この点で、同じシリコン加工技術を用いながらも、微細化が至上命題であった半導体デバイス等の発展とは異なるはずである。生物の進化は数多くの失敗を恐れずに多様化してきた歴史であり、ある時点での最良解と思われる形態へ統一しようとする試みは、生物の歴史上必ず失敗していることを忘れてはならない。例えば、低侵襲治療(血管内での治療など体を大きく切らない手術)などの医療器具、DNAチップなどのバイオ関連器具、マイクロリアクタなどの化学関連器具には、必ずしも半導体プロセスが必要ではなく、小さいことよりも安価であることに価値がある場合も少なくない。例えば、マイクロリアクタを作製するのに100μm程度の孔を作製するなら、シリコンプロセスを使わずとも可能である例も示されている23)。シリコン加工技術が必要なものかどうかを含めて、システムを最適化設計する力が求められる。

7.日本のMEMS研究促進のために

7‐1 日本におけるMEMS発展の特異性に対する反省

 一般には研究の質や進展が呼称に左右されるものではないのだろうが、MEMS分野に限って言えば、これらを何と呼んできたかということが結果的に重要な意味合いを持っている。我が国では現在でさえも「MEMS=マイクロマシン」と言い換えられることが多いが、その呼び名の示すとおり、我が国におけるこれまでの研究はマイクロロボットの開発に代表されるような微小な機械が主体であった。ところが、米国のナノテクノロジー分野を調査した報告書24)ではマイクロマシン(微小機械)とMEMSとは指向の異なる分野として分類されており、日本はマイクロマシン分野では米国に比べて優位にあるが、MEMS分野でははるかに遅れているとされている。実は、「微小な機械」という範疇で考えるか「微細なシステム」という定義で考えるかという相違点が、この15年間のMEMS発展状況にかなり大きな影響を与えたと言わざるを得ない。すなわち日本においては、マイクロマシン技術の発展は日本が世界に先行するロボット研究の進展と同調したのであって、その進歩はめざましいながら商業的・工業的には未だ発展途上の段階にある。マイクロセンサは当時の日本では、マイクロマシンとは別の範疇あるいはマイクロマシンの一部に使うものとして考えられたために、主に民間企業において部品事業として開発が進められ現在に至っている。皮肉なことに、センサは、MEMS技術のなかでは日本が最も得意と言われる分野に成長している。今後は、マイクロマシンもMEMSの構成要素のひとつと考えていくことが望ましく、より総合的な視点が求められるであろう。

7‐2 システム工学の人材育成

 3‐3項で述べたように、MEMS研究には、「システム全体を設計する力」を持つ人材が必要だが、日本においてはこのような人材が不足していると思われる。しかし、それ以前に、これまでの日本における工学系教育現場においては、3‐2項で述べたような「なにを研究したらよいか」という議論に多くの時間を割くことが軽視されがちであった。日本の産業界全体としても「どのように作るか(how)」に関しての研究は得意だが、「なにを作るか(What)」の議論は苦手、という傾向が指摘されている13)。「どのように」から始まれば、全体を設計する力は求められないからである。今後、大学の果たすべき役割のひとつに、真の意味での「システム工学」専攻の学生を多く輩出することが挙げられよう。

7‐3 受託試作の考え方

 MEMS製品は、本質的に多品種少量生産6)であるため、「試作は高価でも、量産になれば安くなる」という従来の大量生産指向を根本から考え直し、試作の段階がすでに製品化を意識したものでなければならない。しかしながら、現実には、既存の民間企業でさえ、ひとつの企業内で需要開拓から研究開発、製造まで閉じて行なえるところは少ない。

 現在、日本において利用できる大学の共用施設の例として、東北大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーや立命館大学マイクロシステム技術研究センターがある。また、すでに10社以上の民間ファウンドリがあり、研究や少量試作を引き受けるところも出てきている25)。しかし、現段階では、多くのファウンドリにおいて、ひとつのプロセスラインで望んだ試作は完結しない、シリコンウエハサイズの不一致で複数のプロセスラインをスルーして試作できない、といった問題点を抱えている。今後、ネットワーク作りなどによって改善されなければならない点である。したがって、現在は、新たなMEMSクリーンルームを建設するよりは、むしろ共用設備の有効利用が議論されるフェーズに移りつつあると考えられる。

 日本のこれまでの大学教育では、Fab-lessで研究する、すなわち、自前の装置で試作しないことに抵抗感を持つ傾向がある。しかしながら、試作に必要なシリコン加工プロセスの全てを大学が自前で用意することは現実的ではなく、民間企業の開発現場においてさえも必ずしも経済的ではない。MEMS研究を「新システムの構築」と捉えると、途中の試作段階を時間的にも経済的にも短縮することが、「システム工学」学習のうえで効率的である。MEMSの教育現場としては、むしろ出来上がった試作品の検証と解析に時間を費やすべきであろう。特に、多様性を求められるMEMS試作ラインを自前で運用することは、それだけで相当な費用とエネルギーを要し、その維持管理には相当数の専任者が必要である。この部分を無視して研究効率の上がらない施設数が増大することを避けなければならない。

 2002年3月、(財)機械システム振興協会は、(財)マイクロマシンセンターがまとめた「平成13年度マイクロ・ナノ製造技術ファウンドリーネットワークシステム概念に関する調査研究報告書」を発行している18)。この報告書では、MEMS分野で当初期待できる市場規模と巨額なプロセス設備投資のミスマッチが指摘され、新規参入障壁の低減化のためには、現在は無秩序に離散・発展している資産・技能を集約して最大効果をねらうネットワークシステム(FNS)が必要であると提言されている。FNSの考え方では、大学や公的機関の研究と企業の開発がひとつのネットワークの中に組み込まれている。ネットワークを構築する場合に、市場の大きさや資金力に見合ったサイズが望ましく、模範とすべきは欧州のシステムであろう。

7‐4 MEMS研究のベンチャー的側面の促進

 MEMSの一側面として、大学の研究指向と産業界の要請が同じ方向にあり、実際に大学における研究と企業における研究開発とが大きくは異なっていないことは注目すべき点である。すなわち、MEMSは産学協同研究の格好の研究テーマであり、かつ、小さいサイズの企業での製品化あるいはベンチャー企業を起こすのに向いていることも見逃せない。

 特に、医療・バイオ関連技術はこれまでに最も多くベンチャー企業が生まれている分野であり、米国で約1300社、日本でもこれまでに200社を超えている26)が、この中にはMEMS技術で起業した例も含まれている。例えば、プロテインウェーブ社は、ゲノム(遺伝子情報)研究で不可欠なたんぱく質の結晶化を行なうμ-TAS(μ-Total Analysis)技術で、2000年に起業した例である27)。シリコン上の溝や窪みにたんぱく質の溶液を流して結晶化させるチップを商品化中であり、将来は自ら新薬開発もめざすという。この分野にはベンチャー推進協会も存在し28)、ビジネスプランのコンペも開かれる29)など、資金調達の道が最も開かれている分野と言える。

7‐5 国内で利用できるサービス

 現在の日本において研究開発を進める上で、もし資金さえ調達できれば、大学でも民間ファウンドリでも、利用に制限があるところはほとんど無い。しかし、現実には、設備を持たない大学やベンチャーを起こそうという研究者が試作を行なうには資金的障壁が高いという不満は絶えない。今後、大学等公的機関をより積極的に共同利用する姿勢が解決の糸口と考えられる。

 実際に誰でも利用できるサービスの例を紹介する。大学施設としては7‐3項で記した2大学が最も多くの実績を有する。電気学会は、MICS(Micromachine Integrated Chip Service)というマイクロマシン集積チップサービスを行っている12)。これは、複数の試作を1枚のマスク上で共同で行なうことにより、試作費用を軽減するのが目的である。ただし、使用できる技術の制約が多いことはいたしかたない。また、文部科学省は、ナノテクノロジー総合支援プロジェクトとして14機関を指定し、誰でも無料でそれらの施設を利用できる支援制度を設けているが、この中にもMEMS試作技術が含まれている30)。大学以外の公的機関では共有化への取り組みは不十分と言えるが18)、地方自治体が行っているサービスとして大阪府立産業技術総合研究所のマイクロデバイス開発支援センターの例がある31)

 すでに、一部の大学や民間企業は、欧米や台湾ファウンドリでのMEMS試作発注を経験しており、国内の試作環境の不備を補う形での海外提携も始まっている。しかし、もし日本が国内で研究開発できる力を失えば、開発から生産まで直結する可能性のあるMEMS事業は、最初から国内の産業空洞化を助長する技術になりかねない。

8.おわりに

 MEMS研究開発は、日本が得意としてきたマイクロマシンやセンサ技術に、マイクロエレクトロニクス、ナノサイエンス等の技術を集積化して、新しいシステムを創製するものである。そこには、どうやって(how)作製するかよりも、何を(what)作製するかを議論するシステム工学が必要であり、発想、設計、試作のすべてをクリヤーする総合的な設計力をもつ人材の育成が重要である。また、立ち上がりつつある日本の大学および民間ファウンドリの機能が、ベンチャーをはじめとする産業界の活性化に有効に働くようになるためには、欧州を模範とするような有機的な組織作りが必要であると考えられる。

謝 辞

 本稿をまとめるに当たって、東北大学江刺正喜教授、東京大学安藤繁教授、東京農工大学池田恭一教授、立命館大学杉山進教授、大日本印刷株式会社高野敦氏、三菱電機株式会社木股雅章氏、住友金属工業株式会社大麻隆彦氏に有意義なご意見をいただきました。ここに深く感謝いたします。


参考文献

1)Microelectromechanical Systems: Technology and Applications, MRS BULLETIN, Vo.26, No.4, pp.282-340 (2001.4)

2)D. Bishop et al., The Little Machines That Are Making It Big, Physics Today, Vol.54, No.10, p.38 (2001)

3)江刺正喜、システムLSIの差異化技術へ3次元構造や異種材料を導入、日経マイクロデバイス、2001年9月号、p.125

4)池田恭一、連載シリコン・マイクロマシン技術入門、Design Wave Magazine、2001 July p.101, September p.99, November p.84

5)Silicon Light Machine社HP、http://www.siliconlight.com/htmlpgs/glvtechframes/

6)江刺正喜、MEMSの最新技術動向と応用展望、電子材料、Vol.41, No.5, p.18 (2002)

7)科学技術庁科学技術政策研究所企画課編、最新科学技術キーワード、マイクロマシン、p.42(1992)

8)和賀三和子、米国におけるMEMSプログラム、SEMIニュース、Vol.17, No.4, #12 (2001), http://www.semi.org/

9)Texas Instruments社HP、http://www.ti.com/corp/docs/company/history/

10)平野隆之、ここまで来たマイクロマシン技術、日本機械学会誌、Vol.105、No.1004、p.36 (2002.7)

11)例えば、サイバネットシステム(株)、MEMS 設計解析ソフトウェアMEMS ProTM、http://www.cybernet.co.jp/memscap/

12)電気学会マイクロマシン集積チップ標準化共同研究委員会、http://www.e-mics.com/

13)木股雅章 他、基礎から応用へ広がるマイクロマシン、三菱電機技報、Vol.75、No.11、pp.2-6(pp.698-702)(2001)

14)日本IBM(株)、http://www.ibm.com/news/jp/2002/06/06063.html

15)Power MEMS 2002 Program (http://www.getinet.org/geti/

16)A. H. Epstein et al., Macro Power from Micro Machinery, Science, Vol.276, p.1211 (1997.5)

17)A. Pisano, MEMS Rotary Engine Power System: Project Overview and Recent Research Results

18)(財)マイクロマシンセンター、マイクロ・ナノ製造技術ファウンドリーネットワークシステム概念に関する調査研究報告書(平成14年3月)

19)江刺正喜、COMS2001報告、http://www.semi.org/

20)和賀三和子、アジアにおけるMEMS研究開発の勃興、SEMIニュース、Vol.18, No.1, #17 (2002),http://www.semi.org/

21)H. G. Craighead, Nanoelectromechanical Systems, Science, Vol.290, No.5496, p.1532 (2000.11)

22)小野崇人 他、MEMSからNEMSへ、応用物理、Vol.71, No.8, p.982 (2002.8)

23)前田英明、新しい化学反応場としてのマイクロ空間、AIST Today, Vol.2, No.8, p.9(2002.8)

24)(株)三菱総合研究所、米国ナノテクノロジー分野研究開発の推進戦略の関する調査:成果報告書、(2001.3)

25)高野敦、MEMSファウンドリーサービスの現状、電子材料、Vol.41, No.5, p.22 (2002)

26)小田切宏之 他、日本のバイオ・ベンチャー企業―その意義と実態―、文部科学省科学技術政策研究所DISCUSSION PAPER No.22(2002.6)、http://www.nistep.go.jp/

27)プロテインウエーブ社HP、http://www.pro-wave.co.jp/

28)日本バイオベンチャー推進協会、http://www.jbda.jp/

29)バイオビジネスコンペJAPAN実行委員会、http://www.mydome.or.jp/biocompe/

30)文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクト、http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/14/02/020213g.htm

31)大阪府立産業技術総合研究所マイクロデバイス開発支援センター,http://www.tri.pref.osaka.jp/group/zairyou/microd1.htm