科学技術 トピックス

 以下は科学技術専門家ネットワークにおける専門調査員の投稿(8月号は2002年7月6日より2002年8月2日まで)を中心に「科学技術トピックス」としてまとめたものです。センターにおいて、関連する複数の投稿をまとめ、また必要な情報を付加する等独自に編集するため、原則として投稿者の氏名は掲載いたしません。ただし、投稿をそのまま掲載する場合は、投稿者のご了解を得て、記名により掲載しています。


 

ライフサイエンス分野

[1]ウシ胎仔血清から神経保護作用を持つ化合物を発見
―新規アルツハイマー病治療薬開発の可能性が示された―

 2002年3月28日に開催された第122回日本薬学会年会において注目された京都大学大学院薬学研究科の赤池昭紀教授とエーザイ創薬研究所の杉本八郎博士の共同研究グループによる発表を報告する。 パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー病などの中枢神経変性疾患では、グルタミン酸受容体刺激によって生成する過剰な一酸化窒素(NO)生成が神経細胞死の一因であると考えられている。神経伝達物質であるグルタミン酸やNOを適切に制御することは、これまで困難であると考えられていた。

 本学会において、赤池教授と杉本博士のグループは中枢神経細胞を保護する新規化合物(セロフェンド酸)をウシ胎仔血清から発見したことを報告した。セロフェンド酸の化学構造は、スルホキシド基を持つアチサン型ジテルペンであり、過剰な一酸化窒素(NO)生成による神経毒性を抑制する機能を有している。胎仔の血清中に存在していることから生体への安全性が高いものと推測される。また、テルペン類は一般に植物から得られる精油成分であるので、セロフェンド酸が哺乳動物から発見されたことは極めて興味深い。

 セロフェンド酸の発見は、アルツハイマー病などの神経性難病や、脳卒中などによる脳性機能障害の治療薬の開発へと繋がる可能性が高い。

(東北大学大学院薬学研究科 井原正隆氏)

[2]世界中の動物施設が遺伝子変異マウスであふれることを危惧する報告がなされた

 2002年6月に発表された報告「Full house」(Nature, Vol.417, 785-786, 2002)を紹介する。

 世界中の研究施設でマウスの飼育施設不足が起こっている。ヒューストンのバイロア医科大学では2000年に40,000個の飼育籠を収容する施設を新設したが、来春には満杯になることが予測されている。また、ドイツのブラウンシュヴァイクにある国立バイオテクノロジー研究センター(GBF)では2年前に作った8,000匹を収容する施設が既に満杯で、今年10月には2倍の能力をもつ施設をオープンする予定であるが、これも来年度中には満杯となることが予測されている。

 遺伝子ノックアウトマウスはこれまでに約3,000種作製されて飼育されている。マウスゲノムの解読と並行して、ゲノムに無作為に変異を導入した遺伝子変異マウスの作製がさらに増加する状況である。これらのマウスをすべて飼育することは不可能であり、配偶子や受精卵での凍結保存が既になされているところであるが、遺伝子変異マウスの作製スピードはこれらをはるかに超えるものである。

 遺伝子解析に実験動物が不可欠な状況ではやむをえないことではあるが、維持や保存をなすべきか否かの選択をすることも考える必要がありそうである。遺伝子変異マウスが必要とされなくなるような「遺伝学革命」が起きる時までは、この問題は続きそうである。日本も同じ状況にあり、我が国においても対策を考えなければならない。

((株)ワイエスニューテクノロジー研究所 上田正次氏)

情報通信分野

[1]IBMが180TFLOPSの並列計算機を開発中

 7月17日に行われたIBM HPCフォーラムにおいて、ピーク性能180TFLOPS(1)を有する並列計算機BlueGene/Lについての現状紹介があった。これはIBMが以前に開発を発表しているBlueGene/P(目標1PFLOPS)のlight版とも言うべきもので、より現実的で汎用的な技術を用いて高性能な計算機をより早い時期に完成させようというもの。2004年末の完成を目指している(BlueGene/Pは2006年末)。

 具体的には組み込み用プロセッサとして現在利用可能なPower PC750(700MHz, ピーク性能2.8GFLOPS)を1チップに2個登載し、チップ2個を1カードに、カード32枚を1基板に、32基板を1筐体にと階層的に構成する。最大64筐体(プロセッサ131072個)でピーク性能360TFLOPSを想定している。ただしチップ内のプロセッサのうち1個は普段は通信/制御用であり、ピーク性能は180TFLOPSとなる。また、必要な電力はPCクラスタと比較して1/10以下とのことである。

 ピーク性能では、現在世界最速の計算機である地球シミュレータ(ピーク性能40TFLOPS)を大きく上回っているが、実効性能としてどの程度出るかが興味を引くところ。プロセッサの速度×プロセッサ数で計算されるピーク性能に対して、実際にプログラムを走らせた場合の計算速度である実効性能は、計算の種類やプログラムの最適化、メモリ量、プロセッサ間の通信速度(ネットワーク性能)などが大きく影響する。スーパーコンピュータの順位付けを行っているTop500 Listでは、Linpackというプログラムで実効性能を求めているが、多くの場合、実効性能はピーク性能の50〜80%である。地球シミュレータはピーク性能の90%(36TFLOPS)を出している。

 BlueGene/Lの場合、メモリ搭載量とネットワーク性能が問題になる。特にメモリ搭載量は、Blue Gene/Pが500GBで少なすぎると言われていたのに対し、Blue Gene/Lでは16TBとかなり増やしている。それでも通常の高性能計算機に比べると性能あたりのメモリ量が少ない。地球シミュレータの場合は10TBである。また、ネットワークは、直近の12ノード(2)との間は4.2GB/秒、それ以上遠いノードとは1.4GB/秒の通信速度があるが、地球シミュレータ(12.3GB/秒のノード間通信速度)と比べ非力である。

 ただ、これらのメモリ量やネットワーク性能に対する要求はアプリケーションに大きく依存する。ある程度応用範囲を限った上でプログラムの開発が進んでいるらしく、アプリケーション次第では十分高性能が狙えると思われる。また、IBM内ではさらにメモリを増やしたBlueGene/Dも開発しているとのことであった。なお、発表資料はhttp://www-6.ibm.com/jp/servers/eserver/pseries/promotion/hpcforum/からダウンロード可能である。


用語説明

(1)フロップス(FLOPS)

 コンピュータの性能を表す単位のひとつで、1秒間に何回の浮動小数点演算ができるかを示す。1P(ペタ)FLOPSは1秒に1,000兆回、1T(テラ)FLOPSは1兆回、1G(ギガ)FLOPSは10億回の浮動小数点演算を行なう。

(2)ノード

 並列コンピュータにおいて計算の単位となるコンピュータの集合。Blue Gene/Lの場合、2プロセッサ(1チップ)が1ノード。地球シミュレータの場合は8プロセッサが1ノードである。


 

[2]トランジスタの電極にカーボンナノチューブを直接成長させることに成功

 (株)富士通研究所は、将来のLSI配線などへの応用を目的として、MOSFET(LSIで現在最も広く使われているトランジスタ)の電極となるシリサイド(金属珪素化合物)層上に、直径を制御した多層カーボンナノチューブ(3)を垂直配向成長させる技術を世界で初めて開発したと発表した。

 カーボンナノチューブの電気的性質は、構造によって金属的性質か半導体的性質になる。マイクロエレクトロニクス分野では金属的性質のものは高いエレクトロマイグレーション耐性(電流によって原子が移動する現象に対する耐性。高いほど電流密度を大きくできるので、微細化が可能)と低い抵抗を持つ微細配線材料として、半導体的性質のものは微細で高性能のトランジスタ材料として注目されている。しかし、望みの性質のナノチューブを望みの場所に形成することが難しかった。

 ナノチューブ自体の製造法としてはレーザー蒸着法やアーク放電法(いずれもレーザーや電気放電のエネルギーで黒鉛を分解し、分解物から生成するナノチューブを基板に堆積する方法)があったが、生成効率が悪く、ナノチューブの性質を制御することもできなかった。最近、ニッケルなどの金属微粒子を核にすると、化学気相成長法(真空中で材料ガスを熱やプラズマのエネルギーで分解し生成物を堆積する方法)で効率よく、かつ、ある程度性質を制御したナノチューブが製造できることがわかり、注目されている。

 今回の富士通の発表では、化学気相成長法を使って、LSIのトランジスタの電極(ニッケルまたはコバルトの珪素化合物)の表面からナノチューブを直接成長させている。電極の組成を調整することでナノチューブの性質(直径と層数)を制御でき、成長時に電圧をかけることで垂直方向に成長方向を制御できるとしている。発表された写真では、トランジスタ電極につながっている直径2ミクロンほどの微小孔から、ナノチューブが束になって伸びている様子が見て取れる。つまり、孔底の電極表面のみからナノチューブが上に向かって成長しているのである。

 詳細は7月6日から米国ボストンで開催された国際会議Inter-national conference on the Science and Application of Nanotubes(NT02)にて発表された。ニュースリリースでは電気的な特性や微細化の限界は発表されていないが、原理的にはかなり低抵抗で微細な配線が可能なはずである。また、配線以外にもFED(電界放出ディスプレイ)のような応用も考えられる。今回は垂直方向であったが、横方向の配線形成も可能になれば、さらに応用範囲が広がる。今後の発展に期待したい。


用語説明

(3)多層カーボンナノチューブ

 カーボンナノチューブには複数のチューブが木の年輪の様に入れ子になった多層のものと単層だけのものがある。単層のものは軸方向に対するグラファイトの方向の違いにより半導体、または金属的性質を示す。多層になると金属的性質を示す。


環境分野

[1]カフェインが天然農薬として有効との試験結果が報告される

 ナメクジとカタツムリの駆除にカフェインが有効であるという試験結果が、Nature誌の2002年6月27日号に報告された。

市販の農薬の有効成分にはメタアルデヒド(metaldehyde)とメチオカルブ(methiocarb)が含まれるが、米国では農作物にこれらの化合物が残留することが認められていない。これに対し、カフェインは天然物であり、米国食品・医薬品局(FDA)がGRAS(“generally recognized as safe”)に位置付けている化合物である。

 米国ハワイ州にあるPacific Basin Agricultural Research CenterのHollingsworth氏らは、蛙に毒物として作用するカフェインに関するフィールド試験している時に、大型ナメクジが1〜2%のカフェイン溶液で死ぬことを発見した。防虫効果と殺虫効果の何れなのかを確認するために、鉢に土を入れてナメクジを埋め込み、2%のカフェイン溶液で湿らせるという試験を行ったところ、48時間後にすべてのナメクジが土から這い出し、そのうちの92%が死ぬという劇的な駆除結果が得られた。さらにカタツムリに関する試験では、0.5%あるいは2%のカフェイン溶液により96時間後に死滅させることができた。

 カフェインによりナメクジやカタツムリを駆除出来るメカニズムは明らかになっていないが、軟体動物の粘液にカフェインが容易に溶解できるために、毒として鋭敏に作用しているのではないかとHollingsworth氏らは予測している。

 さらに、カフェインの噴霧に対する植物への影響に関する予備試験も行われており、ヤシやランなどには影響がないが、シダやレタスでは葉が黄色くなった。この症状について、撥水性を高めた農業用ポリマーとカフェインとの混合品でダメージを改善できる可能性があるとしている。これらの試験結果は、カフェインが環境に配慮した天然農薬となる可能性を示唆しており、実用化が期待される。

ナノテク・材料分野

[1]プラズマを用いた水素ドーピング法により酸化亜鉛の紫外発光の高効率化に成功

 独立行政法人物質・材料研究機構(NIMS)は、パルス変調高周波誘導プラズマを用いた半導体材料への新しい水素ドーピング法を酸化亜鉛に応用し、酸化亜鉛に高い紫外発光効率を付与することに成功したと発表した。

 酸化亜鉛は室温で約3.3eVのバンドギャップを持つ半導体であり、高性能な蛍光体として知られている。近年、室温でも励起子発光が観測される特徴を利用し、室温で発光する紫外レーザー、紫外発光ダイオードの開発が盛んに進められている。この酸化亜鉛の励起子発光効率の向上、レーザー発信しきい値の低減には、水素ドーピングが有効なことが知られているが、従来は高濃度の水素を酸化亜鉛に溶解する手法がなかった。

 酸化亜鉛など材料中への水素の溶解には、温度上昇を抑えながら、高化学反応性の水素ラジカル(遊離基)を高濃度に照射する必要がある。  高周波誘導熱プラズマ(ICP)は多様な高化学活性高温反応場を提供する。従来、定常的に高周波電力を供給してICPを発生する連続モード発生のみが行われてきたが、この場合、試料に熱的ダメージを与え有効な水素溶解ができなかった。NIMSでは新たに、ICP発生をオン・オフ制御するパルス変調ICP発生装置を開発した。ICPをパルス変調することで試料の温度上昇を抑制し、従来技術ではできなかった材料中への水素の高濃度ドーピングが可能になった。この新しい水素ドーピング法を酸化亜鉛単結晶に応用して、紫外発光強度が約2倍になった。

 酸化亜鉛は元来、低加速電圧の電子線に対して高効率の発光を与える緑色蛍光体として利用されてきているが、低加速電圧の電子線に対して高効率で紫外線を発する酸化亜鉛が実現できた場合、省エネルギー型の高輝度ディスプレーや環境センサーに応用できる。さらに、薄膜のプラズマ処理による紫外発光効率の増大が可能になれば、紫外発光デバイス等への今後の展開が期待される。酸化亜鉛は、高効率電光変換化合物半導体として現在開発が進められている窒化ガリウムに比べて、その原料が安価であり、酸化亜鉛基の紫外線デバイスが実用化されればきわめて魅力的である。

エネルギー分野

[1]急速に進展する携帯機器用マイクロ燃料電池の開発状況

 現在、携帯電話やノート型パソコンなどの携帯電源は二次電池のリチウムイオン電池が主流である。近年、注目されているマイクロ燃料電池は、二次電池の数倍のエネルギー密度を持ち小形・軽量化と高出力確保の両立ができ、燃料を充填するだけで使用できるといったメリットを有している。このため、IT社会のエネルギー源として二次電池とともに需要は高く、技術もそれに合わせて飛躍的に進展すると考えられる。実際、携帯機器への搭載を目的とした研究開発が急速に進展している。  最近の国内外の開発状況について、「燃料電池」第2巻1号(燃料電池開発情報センター)が体系的に報告している。その中で注目されるのは、(1)電池の積層に不可欠なセパレータを使わない平面的な構造の検討、(2)NaBH4などの無機材料やシクロヘキサンなどの有機材料から燃料の水素を取り出す方式の検討、(3)低コスト・薄膜化を目指した脱フッ素系固体高分子膜の材料開発などである。

 その他、国内では、マイクロチューブ型((独)産業技術総合研究所)、改質型固体高分子型(カシオ計算機(株))、直接メタノール型((株)東芝)などの開発が進められている。また、イオンビームにより電解質膜の強度とイオン伝導性を両立させる米国Energy Related Devices社の技術、80W-14Vを達成したロスアラモス国立研究所の直接メタノール改質型燃料電池、韓国・ドイツの企業グループなどにおける小型化技術の取り組みなども注目される。

 また、東北大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリーなどが主催する第25回マイクロ・ナノマシーニングセミナー(7月29日〜31日開催)では、能動型および受動型の直接メタノール型、改質型固体高分子型、NaBH4燃料電池の4つのマイクロ燃料電池について、高出力・小形化、システムの複雑さ、使用材料の価格等の観点から比較検討が行われた。

製造技術分野

[1]有機ELの低コスト製造を目指した研究成果が相次いで発表される

 有機EL(エレクトロルミネッセンス)は、高輝度・高効率・高速応答などの点で無機ELをしのぐと考えられる。次世代薄型ディスプレイへの応用が期待され、活発な研究活動が行われてきたが、いよいよ実用化の段階に入った。これに伴い製造コスト低減のための研究も進展し、東京工業大学上田教授グループ、慶応大学白鳥助教授グループから、製造コストを低減する可能性をもつ研究成果が相次いで発表された。

 有機ELは、対向電極に挟まれた厚さおよそ100nmの有機薄膜層内で、電極から注入された電子とホール(正孔)が再結合する際に発光するという原理に基づく。膜構造は種々検討されており、有機層一層から成る単層型、電子輸送層とホール輸送層の積層でどちらかが発光層を兼ねている二層型、電子輸送層とホール輸送層で発光層を挟んだ三層型などがある。また、発光材料の分子量の違いにより低分子型と高分子型に分類される。研究のポイントは、電子輸送層・ホール輸送層・発光材の分子構造をどのように材料設計し、どのように積層するかという点にある。

 低分子型は、発光材の高純度化が容易で発光効率を向上できるなどの利点があり、実用化の点で一歩進んでいるが、真空装置内で蒸着する必要があるために製造コストが高くつくことが難点であった。これに対し、最近、有機溶剤に溶かした低分子原料を常温でガラス基板に塗布し乾燥させるだけで、低分子の非晶質(アモルファス)発光層を形成可能であることが示された。上田教授のグループは、エポキシ樹脂原料のトリフェノールとトリフェニルアミンを結合した新物質を合成し、これを塗布法で二層型のうちのホール輸送層として成膜して実用レベルの性能を確認した。1年以内には、もう一方の電子輸送層も塗布法で目処をつける予定という。

 一方、高分子型は有機溶剤に溶かした原料を常温でガラス基板に塗布し乾燥させる手法が採用できるものの、原料のロスが大きいといった問題があった。白鳥助教授のグループは、これまで、原料ロスの少ないディッピング法(基板を原料溶液に浸漬することによる塗布成膜法)によりルテニウム錯体入りのポリマーによる発光層を成膜することを検討してきたが、今回、さらに、二酸化ケイ素絶縁体層をディッピングで複数挟み多層化することで、注入した電子およびホールが再結合せずに過剰電流として流れるのを防ぐ工夫を行なった。これにより発光効率が向上することが確認されたとのことである。

 塗布技術は、CRT(陰極線管による通常のテレビ)や液晶ディスプレイの製造現場で数多く用いられてきた経緯があり、製造ラインの初期投資が少なくて済むなどの利点を持つため、有機ELの分野でも実用化すれば製造コストが大幅に削減できると期待される。

社会基盤分野

[1]富士山ハザードマップ検討委員会の中間報告まとまる

 科学技術動向No.13(2002年4月)で「富士山の火山ハザードマップ作成の経緯と現状」を報告したが、その検討の中間報告についての続報が寄せられた。

 富士山ハザードマップ検討委員会は、その初年度の成果をまとめた中間報告を公表した。その内容は、(1)調査検討の基本方針、(2)過去の災害実績についての調査検討結果、(3)溶岩流に関する基礎的なハザードマップ、(4)火山情報と防災対応の関係についての基本的考え方、(5)宝永噴火の被害想定などからなっている。

 これらのうち、(2)過去の災害実績についての調査結果検討では、これまで未発見だったものを含む複数の火砕流堆積物の発見や、過去の大規模噴火の推移解明など大きな成果を挙げており注目される。また、(3)溶岩流に関する基礎的なハザードマップに関しては、過去の噴火実績をベースとした溶岩流出シミュレーションにもとづき、富士山麓の任意の地点において、最悪の場合どの程度の時間で溶岩流が達するかを示した「可能性マップ」が掲載されている。さらに、(5)宝永噴火の被害想定では,実際に1707年に富士山で起きた火山灰放出を主とする大規模噴火(宝永噴火)が、仮に現代に発生した場合にどのような被害が生じるかを分析したものであり、今後の防災対応を考える上での基礎資料となるものである。

(静岡大学教育学部 小山眞人氏)

[2]岩盤崩落に関する最近の研究動向

 岩盤崩落は極めて局所的かつ突発的な現象である。このため、他の斜面災害現象に比べるとそれほど研究は進んでいなかった。しかし、1996年に発生し大きな犠牲を出した北海道・豊浜トンネル事故を契機にして社会的な関心が高まり、その後、岩盤崩落について様々な研究が進んでいる。

 このほど、(社)日本地すべり学会は学会誌で「岩盤崩壊・落石」についての特集号を組み、22編にわたる論文・報告によって最近の研究動向を紹介した(「地すべり」日本地すべり学会2002年6月25日)。

 そこで取り上げられたテーマは岩盤崩落の実体解明とメカニズム、斜面の特性評価やモニタリングのための調査・計測手法、斜面の3次元安定解析手法、リスクの評価、対策工法など多岐にわたっている。こうした研究論文・報告の中でも、とりわけ、岩盤崩落発生場の地形地質条件、光ファイバセンサによる変位のモニタリング、デジタル精密写真測量手法の活用、AE(岩盤の微小な破壊波)による破壊予測、崩壊メカニズムに応じた力学モデルの提案、不連続体解析手法、確率論的なリスク評価、岩盤接着工法など新たな進展を見せる領域が注目される。

(国土地理院 熊木洋太氏)

フロンティア分野

[1]これからの南極観測  ―南極昭和基地大型大気レーダー計画―

 南極大気には人間活動の影響によるオゾンホールや地球温暖化といった現象が顕著に現れ、さらにオーロラとして視認される太陽風エネルギーの入り口でもある。

 このほど、国立極地研究所を中心とする研究グループは、南極大気を立体的かつ高精度に観測するための世界最大規模の大型大気レーダーを南極昭和基地に設置する計画を発表した。

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 このレーダーは、直径100メートルの円形の敷地内に設置された計500本の送受信用アンテナからなる。上空に強力な電波を発射し、大気からの微弱な散乱を受信することで、地上1キロから約500キロまでの大気の動きを詳細に捉えることができる。この計画が実現すれば、オーロラや極成層圏雲、夜光雲等の南極固有の大気現象について理解が進み、さらに、これまで重要性が唱えられながらも観測が難しかった小さな極域大気波動の地球大気大循環への役割が解明されると期待される。また、シミュレーションによる地球気候の将来予測の精度向上をもたらすものと考えられる。

(国立極地研究所 江尻全機氏)

[2]高精度の海況シミュレーションを可能とする「海洋データ同化」の動向

 「データ同化」とは数値シミュレーションモデルへ実際の観測データを取り込み(同化し)、再現精度を向上させる手法のことをいい、既に天気予報などにも利用されている。データ同化を海洋に適用することによって、海水温や海流を精度良く推定することが可能となる。

 2002年6月13日〜15日にフランスにおいて、海洋データ同化に関する国際プロジェクトであるGODAE(Global Ocean Data Assimilation Experiment)のシンポジウムが開催された。今回のシンポジウムの特徴としては、海洋データ同化は、研究段階から運用段階に移行しつつあり、国の機関等によって過去や現在、未来の海況推定が現業化されたという発表が多かった点が挙げられる。石油・天然ガス産業に向けに海況データの提供を開始した欧米の企業による発表もあり、精度の高い海況推定がビジネスとして成立する可能性が示された点も注目される。

 一方、日本国内において海洋データ同化の現業化は、気象庁や海上自衛隊で行われているのみだが、精度の高い海況データに対する水産業等の産業界のニーズは高いと考えられ、今後、海洋データ同化の取り組み進展が期待される。

((株)三菱総合研究所 角田智彦氏)