一般にデバイスを微細化すると、“高速化”、“低消費電力化”、“高集積化”といった利点がある。そのため、ナノメートル(10億分の1メートル:nm)スケールの微小領域を扱う材料研究が注目されている。ナノメートル・スケールの材料を扱う研究手法には大きく言って2つある。1つは、半導体の微細化技術のように、大きなものを削って小さくしていく「トップダウン」とよばれる研究手法であり、もう1つは、原子や分子を組み上げていって大きなものにする「ボトムアップ」とよばれる手法である。(図表1参照)

従来、半導体デバイスを主な対象としたナノテクノロジーはトップダウン手法を中心に発展してきたが、数年から十数年後という近い将来、トップダウン手法によるナノ構造の作製に困難が増大することが様々な研究者により指摘されている。(具体的には微細化の技術的限界、物理的限界、経済的限界に関わる議論であるが、紙面の関係上、詳細は省略する。)そのため、トップダウン手法を補完あるいは代替する研究手法としてボトムアップ手法が注目を集めている。
本稿ではボトムアップ手法の中でも注目されている自己組織化法について取り上げ、その目標、現状、課題についてとりまとめた。
ボトムアップ手法における自己組織化法
自己組織化法は、ボトムアップ手法の中でどのような位置づけにあるのだろうか。ここでは、図表1にボトムアップ手法の代表的な例として最初に示した「走査型プローブ顕微鏡(SPM)による原子・分子操作技術」について概説することで、自己組織化法がどのような観点から注目されているのかについて述べる。
SPMによる原子・分子操作技術とは、「SPMの微小な探針を用いて原子や分子を1個ずつつまみ、つまんだ原子や分子を所望の場所に並べ置くことで人工的な構造をつくろうとする方法」であり、既に原子で作製された様々な文字(原子文字)や超微小構造がいくつも報告されている。原理的には、この方法を応用すれば、縦・横・高さが各々ナノメートル・スケールの非常に微小な構造(量子ドット)をつくることができ、量子ドットによる革新的な機能の発現が期待される。
しかし、実際にSPMを用いて量子ドットをつくろうとすると大きな困難に直面する。原子文字1字の作製に1時間程度を要する現在の原子・分子操作技術が更に進歩して、仮に1,000分の1秒間で1個の原子をつまんで望みの位置に持ってくることができるようになったとしても、直径5ナノメートル程度の1個の量子ドットを組み上げるためには原子約8,000個を動かす必要があり、また、デバイスとして用いるために量子ドットを100分の1mm四方の平面上に並べようとすると、休み無しで約90日の時間を要するため、とても現実的とは言えない。
またシリコンのように単一の元素から成る物質では原子を1個ずつつまんで動かすことが可能であるとしても、高速トランジスターに用いる場合にシリコンよりも優れた特性を発揮するガリウム砒素(GaAs)という物質のように、複数の元素から成る化合物半導体においては、更に技術的な困難が伴うことが容易に予想される。(ただし、上記の例は非常に単純化した試算の例であり、非常に微小な領域にのみSPMを用いてその周辺領域の作製には別の手法を用いるなど、実際には複数の手法を組み合わせて付加価値の高いナノ構造を作製することも可能であると思われる。)
ここでは、ボトムアップ手法の例としてSPMを取り上げたが、実用デバイスの開発を想定すると、他のボトムアップ手法でも同様に多くの時間的困難や必要となるエネルギー量の多さといった問題が予想されている。このような状況の中、ナノ構造作製のために必要な時間とエネルギーを低減できる可能性があるとして、現在、ボトムアップ手法の中でも「自己組織化法」が注目を集めている。
自己組織化とは
2002年4月号の科学技術動向(特集3「ナノバイオロジーの動向」)でも触れているが、「自己組織化」という概念自身、研究者の間でも科学的な共通認識が得られていないため、明確な定義は存在しない。そこで本稿では、自己組織化とは、「材料やデバイスをつくり上げる際に、人が手を加えなくても、材料やデバイスの構成要素が自ら集まってある構造をとったり(自己集合)、エネルギーや物質が拡散していく動的過程の中で構成要素が自ら進んであるパターン(散逸構造)を形成したりすること」を指すものであるとして議論を進めることとする。
自己集合の例としては、水になじむ親水基とよばれる部分と、水をはじく疎水基とよばれる部分を併せ持ったセッケンの分子を水の中に入れると、セッケン分子は疎水基を内側に親水基を外側にして球状のミセルという構造をとることなどがあり、また、散逸構造を形成する例としては、砂に風紋ができるように、風のような外力によって砂全体の構造が人の手を介せずにできる過程が挙げられる。
以上では、自己組織化材料研究が注目を集めるに至った経緯について述べるために、あえて議論をナノテクノロジー研究の領域に留めていた。しかし、自己組織化自体はナノメートルのように非常に微小なスケールから、例えば寒気の噴き出しに伴う渦巻き状の雲(カルマン渦)の形成過程のように非常に大きなスケールの話までを包含する概念である。そこで、本稿では物質・材料のスケールに拘泥せず、自己組織化材料研究の目標、現状および(目標と現状の差を埋めるために取り組むべき)課題を明らかにすることとする。
自己組織化材料研究が目指すもの
筆者らは、現段階において自己組織化材料研究が目指しているのはおおよそ次の3つの内容であると結論した。(目標のとりまとめにあたっては、謝辞に名前を挙げた研究者の一部との議論を参考にした。)
目標A 分子集合体の精密合成
(時として、システムの構成要素となりうる)原子や分子の集合体、特に既存の合成法では作製が困難な分子の塊やナノメートル・スケールの構造を、原子や分子自身の働きにより(省資源・省エネルギーで)精密に合成する技術を確立すること。および、そのようにして合成された材料に革新的な機能を発現させること。
目標B パターン形成および自己配置技術の確立
気体・液体・固体といった状態や、ナノメートル(nm)、マイクロメートル(μm)、ミリメートル(mm)、メートル(m)といったスケールによらず、システム構成要素自身の働きにより(省資源・省エネルギーで)、対象とするシステム中にある有用なパターンを一度に大量に形成するという製造プロセスを確立すること。また、構成要素を予定した位置に高精度で自己配置させ、所望の構造を作製すること。
目標C 自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製
目標Aと目標Bで達成された技術を組み合わせることなどにより、複数のスケールにわたって階層的な構造を構築し、各階層に特徴的な機能を発現させることでスマート・マテリアル(インテリジェント材料などとも呼ばれ、熱や光などの周囲の環境条件に応じて機能を発現する材料を指す)や分子デバイスを実現すること。
以下、「自己組織化材料研究の現状」の章では、目標A〜Cに向けた研究の現状を理解するための参考として、いくつかの研究例を紹介し、「自己組織化材料研究の課題」の章では、目標A〜C(本章)と現状(次章)のギャップを埋めるために取り組むべき課題について述べる。
本章では、国内外の自己組織化材料研究の現状を把握するために興味深い第一線の研究者のコメント、および国内において自己組織化材料研究の組織的な取り組みがスタートした例、同一の微小構造を作製する際に必要な装置やプロセス数などの比較を試みた例を紹介する。その後、目標A〜Cに向けた研究の実例をいくつか列挙する。
国内外の研究の現状
(独)産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門の山口智彦主任研究員は、「日本の自己組織化材料研究の水準」および「研究現場における理論と実験の乖離」について次のようにコメントしている。
●日本の自己組織化材料研究の水準
散逸構造の形成プロセスを材料科学に応用しようという流れは国際的なものになりつつあるが、その口火を切ったのは1990年代半ばの日本の高分子研究グループによるものであった。
また、金属ナノ粒子に関しては、林超微粒子プロジェクト(科学技術振興事業団の創造科学技術推進事業(ERATO)1981〜1986年)により気相合成法が世界に先駆けて確立された。2000年1月の米国National Nanotechnology Initiative(NNI)の発表に先立って、米国が日本のナノテクノロジーの現状を調査した際に、林超微粒子プロジェクト等の成果を詳細に検討したという話がある。散逸構造を利用したものづくりに関しては、日本が進んでいると考えている。
●研究現場における理論と実験の乖離
欧州では、空中窒素固定反応などの化学工学研究で大きな業績をあげたHaberを記念して設立されたFritz-Haber-Institut der Max-Planck-Gesellschaftで、数学者のMikhailovが主催する理論グループと、京都賞を受賞した固体表面反応の世界的権威である所長のErtlが主導する多数の実験家との間に緊密な共同体制があり、反応拡散および移流の系でナノ周期構造が形成されることを理論的に示したという例がある。
米国では、National Institute of Standards and Technology(NIST)の高分子材料研究で著名なKarimのグループが理論家と協同で、電場等の外力を加えて高分子材料に空間周期構造を誘起したという成果を上げている。また、ともにパターンの自己組織化や非線形ダイナミクスの分野で理論に明るい実験家として著名なTexas大学Austin校のSwinney教授やWest Virginia 大学 のShowalter教授も、理論家と頻繁に意見を交換しているようだ。
しかし、日本国内に目を転じると、国外で評価されている自己組織化材料の研究者も存在し、数年前から物理学者などの理論家と交流しているにもかかわらず、日本国内において大きな研究の潮流を形成するまでには至っていない。日本国内では依然として理論家、実験家が独立して自己組織化材料研究に取り組んでいるのが現状である。
国内における自己組織化材料研究への組織的な取り組み例
自己組織化材料研究は、創造科学技術推進事業(ERATO)、国武化学組織プロジェクト/新技術事業団(1987年-1992年)以降、戦略的基礎研究推進事業(CREST)、研究領域「分子複合系の構築と機能(生体のエネルギー変換・信号伝達機能の全構築)」研究代表者:小夫家芳明(奈良先端科学技術大学院大学物質創成科学研究科)/JST(1998年〜2003年)やERATO、横山液晶微界面プロジェクト/JST(1999年〜2004年)など、プロジェクト方式で数件行われてきている。
また、1992年4月から2002年3月までの10年間活動したアトムテクノロジー研究体(JRCAT:技術研究組合オングストロームテクノロジ研究機構(ATP)と産業技術総合研究所(AIST)を母体とする産官学の集中共同研究体制)のような横断的な研究組織においても、自己組織化法を利用したナノ構造の作製といった成果が得られてきている。
更に最近の動きとしては、自己組織化法による研究を中核とするはじめての研究機関として、2002年4月、北海道大学電子科学研究所に「ナノテクノロジー研究センター」(センター長:下村政嗣教授)が設立されたことが挙げられる。同センターでは「分野横断的・領域融合的な研究組織により、分子・原子の自己組織化によるボトムアップ戦略を基軸として半導体テクノロジーにおけるトップダウン戦略を融合した新しいナノサイエンス領域を創成すると共にわが国におけるナノテクノロジーネットワークの一翼を担う研究施設である。」としており、今後の研究が期待される。
ものづくりにおける微細加工技術と自己組織化法の比較 〜蜂の巣(ハニカム)膜作製の例〜
ここでは、同じハニカム膜を作製する際に、一方では代表的な「微細加工技術」であるリソグラフィーを用い、もう一方では「自己組織化法」を用いることにした場合の比較を試みている。(図表2、3参照)


図表2、3からわかるように、少なくともハニカム膜のような構造を作製する場合、自己組織化法を用いた方が微細加工技術を用いるよりも次のような点で有利である。
(1)省エネルギー・低コスト(リソグラフィーの場合にはどのような装置を用いるかどうかということが重要であるが、自己組織化法の場合には大掛かりな装置や高価な装置が必要ない)
(2)より少ないプロセス数・短時間(リソグラフィー法で全プロセスを1時間以内に終わらせることはできないが、自己組織化法であれば30分程度で終了可能)
(3)連続的な大面積のパターンの作製が可能である
(4)材質の選択の幅が広い(リソグラフィーを用いる場合は、シリコン基板などに限定されるが、自己組織化法の場合には無機物質でも有機物質でも適用が可能)
(5)装置を取り扱う際に高度な技量が要求されない(機械を用いて自動化も可能)
ただし、同一構造を作製するときに必ず自己組織化法の方が有利であるとは言えないことに注意する必要がある。
また、自己組織化法の欠点としては、「有機溶媒を用いるために環境負荷が大きい」(ただし、完全な閉鎖系で装置を稼動させれば問題はない)、失敗なく所望の2次元構造が作製できるリソグラフィーと異なり「再現性が悪い」(ところどころに間違いを含む)などが挙げられる。(ただし、ハニカムの孔径は統計的な分布を持つが、光散乱で相当数の高次の回折が出るほど、均一で規則的であり、作製条件を整えれば、ほぼ均一な構造を高い再現性で作製することができる。)
目標A(分子集合体の精密合成)に向けた研究の例
(1)化合物半導体量子ドットの作製
量子ドットを取り込んだ新構造のデバイスでは、従来のバルク状半導体デバイスには期待できない革新的な機能の発現が期待されている。現在までに、わずかな電流を流しただけで強く光る低消費電流高効率の量子ドット・レーザーなどが実験室レベルで作製されている他、高密度メモリデバイスや高度情報通信デバイスへの応用を目指して研究が進められている。(図表4参照)

(2)既存の化学合成では極めてつくりにくい分子集合体の合成
生体系では自己組織化の駆動力として水素結合を巧みに利用している例が多く見られるが、東京大学大学院工学研究科応用化学専攻の藤田誠教授は、明確な方向性を持つ配位結合を駆動力として精密な分子集合体を、自発的かつ定量的に作製してきている。また、図表5に示したように3次元的に閉じた構造を持つ物質は、その分子骨格の内部に外界から孤立した特異な空間を有しているため、この物質内に取り込まれた分子が新規な物性や化学反応性を発現することが期待できるとして、研究が進められている。(図表5参照)

また藤田教授は、自己集合による分子集合体の構築に関して次のように現状分析している。
(1)1990年頃から、水素結合や配位結合を活用した系で自己集合に関する研究の目覚しい進展がみられている。テニスボールの皮に似た形状の分子を水素結合で張り合わせた“テニスボール分子”、複数の金属イオンの回りに2本の分子の紐が巻きついてつくられる“2重らせん錯体”等々、巧みな分子設計にもとづくユニークなナノ構造体が数多く報告されている。
(2)我々が自己組織化に成功した“分子正方形”(1990年)と“分子正八面体”(1995年)等の化合物の研究が発端となり、最近では自己集合を利用して様々な2次元・3次元構造を、多角形や多面体に組み上げるという研究が活発になされている。
(3)我々の研究では、配位結合の豊富な結合様式(結合方向、結合力、結合数)と有機分子の自在な分子設計を組み合わせることで、所望の構造を一義的かつ定量的に自己組織化できる。
(4)少なくとも数ナノメートル程度以下の領域であれば、明確な方向性と適度な結合力を持った分子間力を合理的に利用するという自己集合の原理は確立しつつあると言える。ただし、数〜数十ナノメートルの領域では、自己集合の原理の確立には程遠く、混沌とした状況にある。
(3)固体表面上で分子のナノ構造を制御
(独)物質・材料研究機構ナノマテリアル研究所ナノデバイス研究グループの横山崇研究員らは、機能性分子として知られているポルフィリン分子に絶縁性のブチル基(−CH2CH2CH2CH3)を“足”として付加することによってポルフィリン分子が直接固体表面に結合することを妨げ、また、シアノ基(−CN)を“手”として付加することによって分子どうしが選択的かつ自発的に結合できるようにした。分子の手を用いて個々の分子を組み上げる技術は幅広く研究されているが、そのほとんどは溶液中での研究成果であり、実用デバイス開発のために重要な固体の表面で様々な形状の分子集合体を組み上げられることになったことの意義は大きい。(図表6参照)

目標B(パターン形成および自己配置技術の確立)に向けた研究の例
●高分子や微粒子を用いて、点・細線・格子・ハニカム構造などを作製
前出(図表2、3)の下村教授らは、高分子溶液を基板に塗布し乾燥させることで薄膜を作製する“高分子キャストプロセス”を利用して図表7、8に示したような微小構造の作製に成功している。(ハニカム膜の写真は、図表3で示した。)ハニカム膜の作製方法は、光の波長程度の単位構造を周期的に並べたフォトニック結晶(発光や光の伝播の人工的制御に利用)の作製に向けて応用が試みられている。また、ハニカム膜自身は細胞培養の基板などとして利用可能であることが実証されている。
高分子キャストプロセスは、パターンを作製する際に物質種を問わない汎用的な手法であるため、量子ドットや量子細線(電子など電気を運ぶ粒子を1次元(前後方向)に閉じ込めた人工的な構造)を作製し、液晶ディスプレイや電子ペーパー(丸めて持ち運べる超薄型ディスプレイ)の開発に貢献が期待されている。(図表7、8参照)


目標C(自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製)に向けた研究の例
従来、目標A(分子集合体の精密合成)および目標B(パターン形成および自己配置技術の確立)に向けた研究はそれぞれ成果を上げてきているが、目標C(自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製)に向けた研究で得られた成果は、それらに比べてまだ数が少なく、今後の進展が望まれる。
(1)生体の骨代謝系に取り込まれる骨類似材料の開発
東京医科歯科大学大学院歯学総合研究科の四宮謙一教授と、(独)物質・材料研究機構生体材料研究センターの田中順三センター長、主席研究員は、生体類似条件(pH 8〜9、温度40℃)で本物の骨とよく似た組成・構造の、骨類似・アパタイト/コラーゲン複合体を開発した。そして、アパタイト結晶(30nm)とコラーゲン(300nm)が生体類似条件下で自発的に配列し、全体として20μm以上の長さの線維を形成する事を確認した。(図表9参照)

(2)数多くの微小なデバイス構成要素を柔らかい基板や曲がった基板上に配列
ハーバード大学化学・化学生物学部のGeorge M. Whitesides教授らは自己集合を利用して、大きさ約300μmの発光ダイオード(LED)を113個持つ円筒形ディスプレイを作製した。また、1,500個の微小なシリコン立方体を数分間で基板上の所定の位置へ配列させることに成功した。(図表10参照)

主として、目標A(分子集合体の精密合成)を達成するには自己集合、目標B(パターン形成および自己配置技術の確立)を達成するには散逸構造の形成、目標C(自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製)を達成するには自己集合と散逸構造形成の組み合わせに関する理解を深め、実用材料の作製に向けた研究を推進する必要があると思われる。
目標A(分子集合体の精密合成)を達成するための課題
「自己集合では分子間相互作用が重要な役割を果たすため、自己集合による自己組織化の主たる課題は分子設計にある。」
自己集合による自己組織化法は、トップダウン手法では作製が困難な数十ナノメートル以下の3次元構造構築に有効であり、分子がひとたび適切に設計されると、最小のエネルギーで正確に3次元構造をつくることが特長である。しかし現時点では、所望の構造を得るために必要ないくつかの自己集合の原理を組み合わせて用いようにも、これが自己集合の原理であると呼べるものがほとんど存在していない。今後、自己集合による自己組織化法を進展させるためには、水素結合や配位結合のような分子間力の制御に関する研究を進めることで自己集合の原理を解明し、所望の実用材料の作製に必要ないくつかの自己集合原理を実際に組み合わせて適用する技術を確立することが重要である。
また、九州大学大学院工学研究院応用化学部門の君塚信夫教授は、「今後は、ただ単にナノ構造を作製すればよいというのではなく、革新的な機能を発現できるような電子状態を有する分子構造を設計し、その構造を自己集合の利用により作製することの重要性がますます増大していく。」と述べている。
目標B(パターン形成および自己配置技術の確立)を達成するための課題
「所望の散逸構造を形成する場合には、分子設計のみならず、分子を取り巻く外部の環境(外系)の設計を考慮する必要がある。外系を設計するには、まず、対象とする分子および外系を貫くエネルギーやエントロピーの流れを定量的に評価する手法を確立し、次に、対象とする分子が所望のパターンやリズムを形成するために適切な外系の設計指針を見出し、対象とする分子および外系に実際に適用させる技術の確立が不可欠となる。」
系を貫くエネルギーやエントロピーの流れについて理解を深めるため、例示として結晶成長を取り上げる。結晶性の物質を溶液物質(原料)から固体結晶に変えていく結晶成長は、様々な材料の製造プロセスにおいて非常に重要である。求める結晶の厚さ、組成、形態、結晶の品質(欠陥密度など)を得るには、結晶成長過程において温度、原料の供給方法、過冷却度あるいは過飽和度などを制御する必要がある。これらは経験的によく知られた事実であるが、いずれも系を貫くエネルギーやエントロピーの流れをコントロールするための外系操作に他ならない。ここで挙げた結晶成長の例で言えば、散逸構造形成による自己組織化法を確立するため、結晶成長機構の素過程(多くの粒子が存在する系で起こっている複雑な現象を、少数の粒子の間で起こっている過程の集まりであるとして理解できる場合に、その少数粒子間で起こっている個々の過程を素過程と呼ぶ)について、エネルギーやエントロピーの流れという観点から研究する必要もあるだろう。
目標C(自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製)を達成するための課題
「自己集合によって作製された構造や部品(構成要素)を用いて散逸構造を形成することで、所望の材料やデバイスを作製すること。あるいは、自己集合によって作製された構成要素を所望の位置に自己配置させることで、所望の材料やデバイスを作製すること。」
本稿の「目標A(分子集合体の精密合成)に向けた研究の例ク化合物半導体量子ドットの作製」のところでも触れたように、わずかな電流を流しただけで強く光る低消費電流高効率の量子ドット・レーザーなどが実験室レベルで作製されている他、様々な研究領域で優れた成果が得られてきてはいる。しかし現時点では、3次元的に複雑な構造をもつ実用デバイスなどを自己組織化法により作製することはできない。まず、原子や分子を自己組織化して原子や分子の集合体(クラスター)を作製し、更に種々のクラスターを階層的に組み上げていって所望の材料やデバイスを得るというのがより現実的なアプローチであろう。
以上、本稿では自己組織化材料研究における目標、現状および課題について見解をとりまとめ、紹介した。これまで述べたように、革新的な機能を有するナノ構造を作製する手法として、微細加工技術のみならず、自己組織化法という手法を進展させることは、多様なナノ構造を作製する上で非常に重要である。
さらに、他の技術を用いて作製されている材料やデバイスを自己組織化法によって作製できれば、省資源・省エネルギー面での効果が期待でき、地球環境・エネルギー問題の観点からの重要性も大きい。このように、自己組織化材料研究は、ナノテクノロジー研究の領域に留まらず非常に広範な領域において、研究の進展が期待されている。以下では、自己組織化材料研究を発展させるための2つの課題について提案する。
(1)分子設計等の技術の確立に向けた理論研究者と実験研究者の協同
今後、自己組織化法の発展を図っていく上で、本稿において論じた目標A(分子集合体の精密合成)および目標B(パターン形成および自己配置技術の確立)に向けた研究の更なる推進が必要である。
欧米における自己組織化材料研究の取り組みにおいては、理論研究者と実験研究者の協同により優れた成果が得られているのに対して、我が国においては、このような研究環境が形成されていない。我が国が今後引き続き世界をリードできるよう研究を発展させていくためには、この点の改善が重要と考えられる。
自己組織化の理論について言えば、我々が通常目にするスケールの現象と異なり、30 nm程度以下では量子効果が顕在化する。このようにスケールによって支配則が異なるため、様々な理論研究者の参画が必要となる。実験研究者についても同様の事情がある。このような多様な理論・実験研究者が円滑に協同していくことを可能とするための具体的な方策の一つとして、理論研究者と実験研究者のインターフェースとなる人材の確保があげられる。ここで言うインターフェース人材は、各種の条件を単純化して成立している理論と実際に行われた実験の関係を解釈し、研究者にフィードバックするなど理論家と実験家の間を取り持つ役割を担うものであり、高度な資質が要求される。
このような人材を確保することは、必ずしも容易ではないが、次項で提案するアプローチによるプロジェクト研究を組織する際に、研究者間のインタフェース機能を明確に位置づけ、プロジェクトに参画する研究者の一部にこの役割を与えることが、現実的な方策といえよう。
(2)明確な研究目標を設定した学際的・総合的な研究の推進
自己組織化法を、材料、デバイスなどの量産技術に発展させていくためには、本稿において論じた目標C(自己組織化法を用いた材料やデバイスの作製)を達成しなくてはならない。原子や分子の集合体を階層的に組み上げて3次元の複雑な構造を自己組織化により作製する技術を確立していくためには、前項で論じた理論及び実験研究者の協同に加えて、数学、物理学、化学、生物学、材料工学、機械工学など広範な分野の研究者の協力が必要である。また、技術の実用化に向けて産業界の研究者・技術者が参画することも不可欠である。
しかし、現状においては、分野によって、自己組織化の概念が異なっており、また研究に取り組む問題意識が必ずしも共有されていない。このような状況の下で、異分野・異組織の研究者を結集し、自己組織化研究を展開させるための1つの手段として、「明確な研究目標を設定した学際的・総合的な研究プロジェクト」の実施が考えられる。
例えばまず、誰にでもイメージがしやすくかつ技術水準の大幅な向上が不可欠である「ビーカーの中でコンピューターをつくる」というような総合的な目標を掲げ、その目標達成に必要な様々な専門家、あるいはこのテーマに興味を持つ広範な専門分野の研究者を集める。次に、その目的達成のために通過点となる解決すべき個々の技術的課題を設定する。具体的な例としては、(1)トランジスタに相当する構造、(2)電子回路に相当する構造、(3)CPU(中央演算処理装置)に相当する構造(アーキテクチャー)の開発・作製などが考えられよう。また、プロジェクトを推進する際には、これらの課題に取り組む研究グループおよび研究者の役割と責任を明確化することが必要であろう。
本稿をまとめるにあたって、(独)産業技術総合研究所ナノテクノロジー研究部門の山口智彦主任研究員、北海道大学電子科学研究所ナノテクノロジー研究センター長・理化学研究所フロンティア研究システム時空間機能材料研究グループ散逸階層構造研究チームリーダーの下村政嗣氏には、自己組織化に関する解説および大変有益なご提案を賜りました。心より感謝申し上げます。
また、東京大学大学院工学系研究科応用化学専攻の藤田誠教授、筑波大学化学系(連携大学院)教授・(独)産業技術総合研究所界面ナノアーキテクトニクス研究センター長の清水敏美氏、早稲田大学大学院理工学研究科電子・情報通信学専攻大泊研究室博士後期課程1年の内ヶ崎誠氏、東京大学生産技術研究所物質・生命部門教授の平本俊郎氏、九州大学大学院工学研究院応用化学部門教授の君塚信夫氏、(独)物質・材料研究機構 ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンターの副センター長鈴木敦氏、科学技術振興事業団戦略的創造事業本部特別プロジェクト推進室(ERATOグループ)星潤一氏、科学技術振興事業団研究推進部研究第一課金子博之氏をはじめとして多くの方々より、各種情報をいただきましたことを深く感謝申し上げます。