以下は科学技術専門家ネットワークにおける専門調査員の投稿(6月号は2002年5月11日より2002年6月7日まで)を中心に「科学技術トピックス」としてまとめたものです。センターにおいて、関連する複数の投稿をまとめ、また必要な情報を付加する等独自に編集するため、原則として投稿者の氏名は掲載いたしません。ただし、投稿をそのまま掲載する場合は、投稿者のご了解を得て、記名により掲載しています。
[1]脳による食塩摂取行動の制御メカニズムの解明
2002年6月にNature Neuroscienceに報告された岡崎国立共同研究機構・基礎生物学研究所の野田昌晴教授らの報告「NaX channel involved in CNS sodium-level sensing」を紹介する。
ヒトを含む哺乳動物は脳内で体液中の塩濃度を感知することによって、水分と塩分の摂取行動を制御している。脳内で塩濃度感知にあずかる部位は脳室に面した脳弓下器官(SFO)と終板脈管器官(OVLT)と言われている。これらの部位は脳血液関門の欠損した場所で、脳脊髄液や血液中の物質濃度をモニターするのに適した場所である。
野田教授らは、この部位でナトリウムイオン濃度のセンサーの働きをしている分子がNaXイオンチャンネルであることを明らかにした。
ナトリウムイオンチャンネル遺伝子は10個あり、そのうち9個は細胞膜電位の変化を感知して開口する電位依存性チャンネル(NaV)であることが判っていたが、NaXイオンチャンネルだけは長くその働きが不明であった。野田教授らは、NaXイオンチャンネルがSFO、OVLTの領域に発現すること、NaX遺伝子を欠失させたマウスにおいて、これらの領域が正常マウスに較べて常に興奮した状態にあること、そして塩分の過剰摂取行動が見られることを報告していた(J. Neuroscience, 20(20):7743-7751(2000))。
今回、遺伝子欠損マウスと正常マウスからSFOの神経細胞を取り出し、細胞外ナトリウムイオン濃度を正常値より約10%高い160mM(M:モル/リットル)前後に上げると正常マウスの細胞において選択的に細胞内へのナトリウムイオンの流入が起こり、欠損マウスの細胞では流入が起こらないことを見出した。正常マウスの細胞は、浸透圧や塩素イオンの上昇には反応せず、ナトリウムイオンの上昇を感知していることが明らかになった。また、NaX遺伝子を欠損マウスの細胞に戻してやると、この反応活性を取り戻すことも示された。
以上の知見は、正常マウスでは、体内のナトリウムイオン濃度が一定以上に上昇するとNaXイオンチャンネルが開き、ナトリウムイオンが抑制性神経細胞内に流入し、抑制性神経細胞が興奮状態になり、食塩摂取行動指令細胞の活動が抑えられるという仕組みがあることを示している。
この研究はNaXがナトリウムイオン濃度の生理的範囲での上昇を検知して、開口する新しいタイプのイオンチャンネルであることを初めて証明するとともに、脳における塩分濃度モニタリング及び塩分摂取行動の制御の仕組みの解明に重要な一歩を示すものである。今後の展開と臨床への応用としては次の2つのことが考えられる。
(1)NaXイオンチャンネル活性化剤の開発により、食塩過剰摂取を抑制し、過剰摂取による潜在的疾病リスクの低減が可能となる。
(2)NaXイオンチャンネルの信号が行動につながるまでの情報処理過程を解明することで、塩分摂取制御の精密な理解と治療への応用が期待される。
[2]HIV感染はヘルパーT細胞にアポトーシスではなくネクローシスを引き起こす
2002年5月号のJournal of Virologyに掲載された、M. J. Lenardo(米国国立衛生研究所(NIH))他の報告「Cytopathic Killing of Peripheral Blood CD4+ T Lymphocytes by Human Immunodeficiency Virus Type 1 Appears Necrotic rather than Apoptotic and Does Not Require env」を紹介する。
HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、CD4と呼ばれる受容体を表面に持つヘルパーT細胞に感染し、細胞死を誘導する。このウイルス感染に依存したヘルパーT細胞の死が、AIDS発症の直接の原因と考えられている。これまでに、この細胞死はアポトーシス(1)であるとする多くの論文が提出されており、HIV感染によるアポトーシス誘導経路の解析も進められつつある。しかし、この論文の著者は、HIV感染によるヘルパーT細胞の死は、アポトーシスではなくネクローシス(2)だと主張している。
HIV-1を感染させたヒト末梢血CD4陽性T細胞、あるいはそれ由来の培養細胞株は、数日の間に半数以上が細胞死を起こした。しかし、複数の試験を行ってもそのような細胞はアポトーシスの特徴を示さなかった。そればかりでなく、電子顕微鏡による観察では、ウイルス感染細胞の多くはネクローシスの像を呈した。
これらの結果より、HIV-1感染はCD4陽性T細胞にネクローシスを誘導すると結論された。著者は、過去の報告との食い違いについて、死細胞数算定法及び細胞死検定法の正確さから、自分達の結果の方が正しいと主張している。なお同誌においては、別の研究グループによる同様の実験結果を報告する論文がこれに続いて掲載されている。
これまで信じられてきた細胞死の様式が間違いであったとしても、AIDS発症がHIV感染によるヘルパーT細胞の死に起因する可能性は揺らがない。しかし、AIDS発症の意味を宿主とウイルスの相互作用という観点から理解しようとする場合、研究方向の転換が迫られるかもしれない。 (金沢大学大学院医学系研究科 中西義信氏)
用語説明
(1)アポトーシス
「細胞の自殺」的な細胞死の形態であり、自殺遺伝子と呼ばれる遺伝子により誘導される。アポトーシスは、個体発生における形態形成の過程や生体の恒常性の維持など生命維持に欠かせない重要な役割を果たしている。
(2)ネクローシス
細胞が外部から何らかの障害を受けることによって壊死する細胞死の形態。火傷や薬物などによる傷害、脳梗塞や心筋梗塞のような血流障害により細胞への酸素の供給が途絶えたような場合などに起こる。
[1]低消費電力LSIの研究動向
LSIの高性能化・高集積化に伴ってチップ当たりの消費電力と発熱は急速に増加しており、現在の傾向のままでは2020年頃にはパソコン用CPUの発熱密度は太陽の表面並になるという。その点で、性能を落とさずに消費電力をいかに低減するかは大きな問題になりつつある。東京大学先端科学技術研究センター 中村宏氏から低消費電力LSIの動向に関する学会の報告があったので紹介する。
毎年開催されている低消費電力高性能チップに関する国際会議(COOLCHIPS)の第5回が今年も4月18〜20日に東京で開催された。COOLCHIPSと言う名は、夏に米国で開催される最先端のチップに関する国際会議(HOTCHIPS)に対抗するコンセプトから来ており、低消費電力が重要なテーマである。セッション構成は、通信システム、グラフィックチップ、Audioチップ、といった家庭でのマルチメディア応用を指向したものが例年と比しても多かったようである。無論この分野だからこそ低消費電力が必須である、という背景もある。プロセッサ一般のセッションもあったがそれもマルチメディア応用を指向したものが多かった。またパネルディスカッションでは、高性能だけが第一目標であるHPC(High Performance Computing)分野において、廉価で電力消費も小さいグラフィックチップ(1)が貢献できるか、という興味深い議論がなされた。理化学研究所の姫野氏からは、ゲーム機であるPlayStation2のクラスタシステム(2)で流体力学を解いた実例が示され、また米nVIDIA社のKirk氏からは、同社のグラフィックチップを使ってHPC問題を解く研究が米国でいくつかなされている、との報告もあり驚かされた。演算処理能力的には、グラフィックチップは、現在HPC応用に用いられている構成のマイクロプロセッサに遜色ないが、ソフトウェア開発環境の未整備と、狭いメモリバンド幅が技術的な困難であろう、ということであった。
一方、電力を消費するクロック分配(3)が不要、必要な回路しか動作しない、という低消費電力化で2つの利点を持つ非同期回路(4)とシステムに関する国際会議(Asynchronous Circuits and Systems)の第8回が、4月8〜11日に英国マンチェスターで開催された。今年も、低消費電力化、同期・非同期混在LSIの設計手法(従来の同期回路で構成されるLSIを、適材適所に応じて徐々に非同期回路で置き換えるために必要となる、非同期回路が広く使われるためにはきわめて重要で現実的なアプローチ)が、去年までと同様に議論された。
今年新たに出てきたテーマはSecurityである。同期回路では、クロックと同じ周期で情報が伝達されるため、信号線を観測することで、情報を傍聴することが可能である。それに対し、非同期回路では、いつ大事な情報が流れるかの時間情報がないため、Securityに強いというもので、このテーマは今後も重要になると思われる。
用語説明
(1)グラフィックチップ
パソコン・ゲーム機等で使用される画像描画に専門化したLSI。通常のマイクロプロセッサに比べると機能が限定されるが、画像描画に関する計算については性能が高い。
(2)クラスタシステム
ワークステーションやパソコン程度のマイクロプロセッサを多数並列化する事で、スーパーコンピュータ並の計算速度を実現しようという計算機システム。
(3)クロック分配
通常のLSIではクロックという一定間隔の信号に従って、全体の回路が作動する(これを同期回路という)。このクロックを発振器からLSI全体に時間差なく分配するのがクロック分配。
(4)非同期回路
上記のクロックに従ってLSI全体が動作する同期回路(通常のLSI)に対して、必要なときに必要な回路だけを動かそうと言うのが非同期回路。同期回路に比べて設計が難しい。
[1]ポリクロロフェノール類を室温で高速分解に成功
有毒なポリクロロフェノールを室温で高速分解に成功したとする研究成果が、Scienceの2002年4月12日号に発表された。この成果について、Advanced Synthesis and Catalysis Research(ASC化研)の藤原祐三氏が次のように報告した。
化学産業では製品を高収率で合成し、なるべく廃棄物の少ない、つまり原子効率の高い合成法が望まれている。しかし、廃棄物をゼロにすることは困難であり環境問題を起こしている。例えば、塩素置換フェノール類は分解されにくいので地球上に蓄積されつつある。このポリクロロフェノールは消毒剤や殺虫剤として使用され、また製紙工業におけるリグニンの分解過程で副生しており、特にペンタクロロフェノール(PCP)と2,4,6−トリクロロフェノール(TCP)は米国や欧州環境防災局により有毒物質に指定されておりその無毒化が問題になっている。
米国カーネギーメロン大学のT. J. Collins教授らは、有機金属触媒の一種であるFe‐テトラアミドキレート錯体触媒と過酸化水素を用い、25℃でPCPやTCPを数分間で酸化させ、容易に無毒な物質に変換できるクロロマレイン酸、マロン酸誘導体、修酸、ギ酸とCO、CO2に分解する方法を開発した。実験では、過酸化水素水に溶かし込んだPCPあるいはTCPの濃度はmilli mol/litter程度であるが、PCPとTCPの99%以上が分解されると同時に、微生物分解法で報告されているようなダイオキシン類の生成は測定されなかった。
この研究成果のポイントは、これまでの微生物法や化学的手法に比べて短時間に室温で分解できるという点にある。有機金属触媒は一般に不安定なものが多いが、配位子を工夫することにより、安定で水を含む溶媒にもよく溶けるものを調製できるため、選択的高分子合成などの有機合成はもとより、有害化学物質の分解・解毒を目的とした環境触媒として益々重要になると期待される。
[1]金属表面で有機分子を金属ナノ構造体の鋳型として用いることに成功
デンマークのAarhus大学のF. Roseiらは、走査型トンネル電子顕微鏡(STM)の操作により金属表面で有機分子を金属ナノ構造体の鋳型として用いることに成功し、分子ナノエレクトロニクスの分野における単分子を表面上のナノ電極に電気的に接合するという問題解決に光をあてた。(SCIENCE、2002年4月12日号)。
「脚」を持つ芳香族化合物Lander(C90H98)分子を清浄なCu(110)面のステップエッヂ(原子面の段差の端部)に単分子層以下の量だけ室温で吸着させる。これを100-200Kに冷却して銅原子の動きを凍結した後、STMのプローブを操作して分子をステップエッヂから移動して取り除くと、銅原子が自己集合して幅が2銅原子、長さが8銅原子のナノ構造が分子の下に形成されている様子が観察された。
Lander分子が吸着していないステップエッヂで同様のSTMプローブ操作を行っても、このようなナノ構造体はできなかったこと、この構造体のサイズは、幅が0.75nm長さが1.85nmであり、Lander分子の脚の幅と分子の長さにほぼ一致していることから、銅原子のナノ構造体の形成がLander分子によるものであることを明らかにした。
Cu(110)面の銅原子は、室温では動き回っていることが知られており、Lander分子を室温で吸着した際に、銅原子も動き、Lander分子との「自己組織化」を行って安定構造を形成するものと考えられる。
金属表面のナノ構造を分子の鋳型を用いて作製することができるという知見は、自己組織化によるナノ構造作製法として汎用性を有する可能性があり、ナノエレクトロニクスにおけるナノスケールの新しい自己組織化プロセスとして今後の展開が期待される。
[1]欧米における高温水蒸気改質法による廃棄物からの水素製造技術
燃料電池の普及にあたっては、水素を安価かつ大量に製造する方法の開発が課題となる。廃棄物やバイオマスなど、未利用の有機固体燃料からの水素製造技術が確立できれば、エネルギー資源の確保の観点からも極めて有効である。その水素製造技術のひとつである水蒸気改質技術は、有機物を1000℃程度以上の高い水蒸気と反応させて水素や一酸化炭素などの有価ガスに改質させるものである。ダイオキシンや窒素酸化物の発生がほとんどない、処理後の廃棄物容積が焼却処理と同程度に減量出来るなどの利点もあって、廃棄物処理技術としても注目されている。
今年の5月13−17日、米国ルイジアナ州ニューオリンズ市で開催された第21回International Conference on Incineration and Thermal Treatment Technologies(焼却と熱処理技術に関する国際会議)で、高温水蒸気を用いることで、廃棄物から効果的に水素が製造できる技術が発表された。
1件目が、米国Intellergy社のTerry Galloway氏が発表した、“Energy Resource Recovery Application Using Gasification and Steam Reforming”と題された論文である。この技術では、電気ヒーターによって1040℃まで加熱された水蒸気を用いて、ロータリーキルン内で廃棄物を水蒸気改質して、水素と一酸化炭素の混合気を生成しており、Westinghouse社や日本企業にもライセンスしていて、これまで、医療廃棄物や放射性廃棄物の処理に実績がある。従来の焼却とは全く異なる概念の廃棄物処理法であり、例えば、ダイオキシン濃度が0.0013ng/m3(規制値は0.1ng/m3)と極めて少なく、新たな廃棄物処理法として、住民の合意が得やすいという特長がある。
2件目が、英国のF. Michael Lewis社のF. Michael Lewis氏が発表した、“Gasification and Steam Reforming of Coal, Biomass, and Polymeric Materials with an Ultra-superheated Steam Flame”と題された論文である。水蒸気温度が1000℃程度では改質反応に相当な時間を要して設備が大型になるため、小型化のためには水蒸気の温度を高くすることが必要になる。本技術では、21%の酸素と79%の水蒸気を混ぜ合わせた混合気の中にほぼ当量比1になるような量の燃料ガスを入れて燃焼させることによって、大部分が水蒸気で若干二酸化炭素が含まれる最高2000℃といった超高温の流体を簡単に生成することができる。この高温水蒸気を利用すれば、小さなガス化炉で水蒸気改質反応を進めることができる。
これらの技術の実用化には、高温の水蒸気の生成に要する電力や酸素の利用といった経済性の点で問題がある。しかしながら、我が国が世界をリードしている、高温空気燃焼技術で養ってきた高温熱交換の技術を適用すれば、水蒸気の加熱に必要な電力や酸素を大幅に削減でき、経済性の問題を克服できる可能性が十分にある。今後、高温水蒸気改質技術は、より一層魅力的な廃棄物処理法として発展すると考えられる。
[1]ポリエチレン原料用1‐ヘキセンの選択的合成法の開発
PE(ポリエチレン)は一般に密度を基準にして高密度PEと低密度PEに分類される。低密度PEは各種包装用フィルム、包装用中空容器、軟質成型品などに使用され、我が国で年間約180万トン生産されている重要なプラスチックである。
低密度PEの中で、製造コストおよび性能の面から、エチレンと1‐ヘキセン(1)を共重合させて製造する線状低密度PE(L-LDPE)の比率が高くなってきているが、このL-LDPEの製造には、安価で高純度な1‐ヘキセンの入手が重要な因子となっている。
BP社(英国石油会社)のD. F. Wass他は、配位子を工夫したクロム錯体触媒および活性化剤としてメチルアルミノキサンを添加した触媒系が、エチレンを3量化することにより、選択的に純度ほぼ100%の1‐ヘキセンを与えることを見出したと報告した(Chem. Commun., 2002, 858, C&E News, April 22, 29, 2002)。Wassによれば本触媒系は従来のものと比較して2桁程度生産性が高いとの事である。
従来の方法では1‐ヘキセン以外の副生物が生成するので蒸留により分離精製する必要があるが、コストが高くなる上に純度99.9%以上の1‐ヘキセンを得るのは技術的に困難であった。純度ほぼ100%の1‐ヘキサンが高生産性で得られる本合成法は重要であり、今後の展開が注目される。
用語説明
(1)1‐ヘキセン
炭素数6個、二重結合1個の直鎖状炭化水素(ヘキセン)の異性体の一種で、末端に二重結合を有するもの。
[1]鉄道の自動運転に関する標準化の動向
鉄道の自動運転に関する規格を作成するIEC TC9 WG39 AUGT委員会(国際電気標準会議−IEC 鉄道関係委員会−WG39 AUGT―自動運転に関する標準化)が、本年5月23日〜24日に東京で開催された。
この委員会は昨年10月に設置され、座長はフランス、委員はドイツ、フランス、イタリア、イギリス、アメリカ、カナダ、日本、韓国等13か国21名で構成されている。第1回はロンドン、第2回がベルリンで開催され、今回で第3回となる。
このWGは、無人自動運転(UTO:Unattendant Train Oparation)、操縦者のいない自動運転(DTO:Driverless Train Operation)に関する安全性についての要件を規格化することが要求されており、現在、安全に関するハザードを整理している段階である。
国際標準化に関しては、ヨーロッパの攻勢が激しく、ヨーロッパ標準を国際会議において国際標準としようという動きが活発であるが、このWG39は、規格案の作成に日本が当初から参加している貴重なWGである。
しかしながら、こうした規格案作成においてドイツ、フランスの鉄道メーカが主導で提案を続けており、日本側は防戦一方となって、無人運転に関わる日本の性能規定要件を入れることが精一杯であった。
今回は日本で開催されるということで、国土交通省を始め、日本側のメーカ、事業者が一丸となってわが国の無人運転システムをアピールした。その結果、ホームゲートドア(新幹線や都営・三田線、目黒線で採用されている簡易式プラットホームドア)も標準として認められそうな状況となり、日本側の意見も十分採り入れられる動きとなってきている。
欧米と日本の鉄道の安全に関する考え方の違いに関して十分議論し、各々の自動運転システムの特徴に配慮した規格ができるような努力が必要である。((独)交通安全環境研究所 水間 毅氏)
[1]ユニークな観測衛星GRACE打ち上げられる
米(NASA)・独(DLR)が開発した科学調査衛星GRACE(Gravity Recovery And Climate Experiment)が、本年3月17日にロシア プレスツェク発射場から打ち上げられた。
この衛星がユニークなのは、従来のような光や電磁波を利用して観測する単体の衛星ではなく、「トムとジェリー」と呼ばれる双子の衛星で構成され、両方が追い掛けっこをしながら双方の距離を計測することで重力を測定する点である。
高度300〜500kmのほぼ同じ極軌道上を220km離れて飛行し、マイクロ波(Kバンド)の波長を用い、その間の距離を精度10μm/sで測る。GRACEが密度の大きな山塊などに差し掛かると、重力(万有引力)で山塊に引っ張られるから距離は開き、遠ざかる時には距離が縮む。すなわち、双子衛星の距離の変化を精密に測ることによって重力分布がわかる。また当然ながら、GPSやレーザー反射器、加速度計、恒星カメラなど衛星の運動や姿勢を精密計測するシステムも搭載しており、30日ごとに地球全体の精密重力分布が把握される。
ところで、名前に気候実験「Climate Experiment」とある。これは冬になって陸に雪が降り積もれば、そこには大きな物質の塊ができたことになり重力が増すという変化を観測することで、雪や氷など水の分布変化の把握を目指しているからである。本衛星の予定寿命は5年以上あり、季節変化だけでなく、南極氷床やグリーンランド氷河の変動など、地球環境の長期変化の把握も期待されている。
いま一つGRACEがユニークなのは、ロシアの大陸間弾道ミサイル(SS19)を改良した小型ロケット「ロコト」による商業打ち上げにより、打ち上げ費用が大型ロケットを使用する場合の十分の一程度であったであった点である。
[2]火星隕石中に発見された生命の痕跡を巡る議論 ―第33回月惑星科学会議より―
惑星科学分野の世界最大の会合である月惑星科学会議(第33回)が、平成14年3月10〜15日に、米国Houstonで開催され世界各国から約1,100人が出席した。
「惑星地質学(火星:12、小惑星:2、外惑星の衛星:2、金星:1)」、「隕石(始源的隕石:8、火星隕石:2、分化した隕石:1)」、「月(4)」、「宇宙塵(2)」の4セッションが同時進行し、この他に「月初期のcrater形成と地球型惑星のcrater年代学」と「Mars Odyssey Missionの予備的結果報告」の2つの特別セッションがあった。
内訳からも判るように、現時点で最も盛んな研究対象は火星である。また、始源的な隕石も多くの研究者にとって興味の対象となっている。
とりわけ興味を集めていたのは、火星隕石の生命の存在に関する論争であり、「宇宙生物学」というセッションが設けられていた。それとは別に生命の痕跡が報告された火星隕石についても1セッションが割り当てられた。このセッションは「ALH84001の炭酸塩と磁鉄鉱」という名称で、ALH84001隕石中の生命の痕跡について肯定的なグループ、否定的なグループに分かれ議論が交わされた。
この議論のハイライトは、Thomas-KeprtaらによるALH 84001中の磁鉄鉱についての発表と、Goldenらによる無機的に合成した炭酸塩と磁鉄鉱についての発表であった。Thomas-Keprtaらは、ALH84001中の炭酸塩に含まれる磁鉄鉱の形態を透過型電子顕微鏡で観察し、3次元像を合成して、生物起源の磁鉄鉱と形態・サイズ分布が全く同じであるものが含まれることを報告した。これに対し、Goldenらは、水溶液から水熱合成により、ALH84001中に含まれる炭酸塩と酷似した組織・組成の炭酸塩を合成することに成功し、さらにこれを加熱することにより鉄に富んだ炭酸塩の部分が分解して磁鉄鉱が形成されること、またその磁鉄鉱の形態がこれまで生物起源でしかできないと考えられていた磁鉄鉱の形態と一致することを示し、ALH84001中の炭酸塩と磁鉄鉱が非生物起源であることを提唱した。これら両者の研究とも、議論の対象は磁鉄鉱の形態であるが、現時点ではどちらが正しいかを結論づけるのは難しい。 (東京大学大学院理学系研究科 宮本正道氏)