近年、米、日に限らず欧州でもナノテクノロジーの研究・開発が活発化しつつある。中でもフランスは1998年7月の科学技術関係閣僚委員会(ジョスパン首相議長)による科学技術の基本方針の決定、10月の産学官の代表者からなる「国家科学審議会」設置後、研究分野、予算の重点化、公的研究機関の大規模な改革を行い急速な展開を見せている。
1999年6月には政府としての重点分野が、
のように決定されたが、ナノテクノロジー技術は上位にあるライフサイエンス、ICT(情報・通信技術)の基盤技術として重要度が高いと判断されている。
また、同時に「イノベーションと研究に関する法律」が国会で成立し公的研究機関の研究者の企業活動への規制緩和や、大学との連携強化等を盛り込んだCNRS(国立科学研究センター)改革、予算面でのFNS(国家科学基金)創設、FRT(技術研究基金)改善、重点分野についての調整を行う委員会の設置がなされている。
そのような大きな科学技術政策、イノベーション政策の改革の流れともリンクしたプロジェクトが、産学官マイクロ・ナノテクノロジー・イノベーションポール(センター)プロジェクトMINATEC(Pole
d'Innovation en Micro et Nanotechnologies)である。
CNRS(仏国立科学研究センター)、CEA-LETI(仏原子力庁電子・情報技術研究所)、INPG(グルノーブル工科大学)、地方政府機関であるAEPI(イゼール県投資促進局)が中心となり、マイクロテクノロジーからナノテクノロジーまで広範な領域の研究開発を行う産学官国際研究拠点を構築するプロジェクトである。
期間は2001年〜2005年の5年間で150M Euro(イノベーションセンター建設予算であって、研究費総額ではないことに注意)をかけ、仏東南部のグルノーブルにあるグルノーブル国立リサーチパーク(総面積8万u)内にある合計6万uの用地に7施設を建設することになっている。
このプロジェクトでは産学官の連携により、カーボンナノチューブデバイス、単電子デバイス等の最先端ナノテクノロジー技術から、MEMS、バイオチップや半導体、光技術等のマイクロテクノロジー技術に至る広い範囲で、基礎研究から応用研究、起業化までを一貫して行うInside
Strategyを特徴としている。
98年以後の産学官連携強化策、国立研究機関の改革、原子力関連に集中していた物理系研究者・研究テーマの戦略的なシフト、地域政策的視点等、フランスの新たな科学技術政策、イノベーション政策の縮図としても注目すべきプロジェクトである。
グルノーブル地区には欧州および仏の国立研究機関が集積し、現在でも理工系大学の研究センターと企業間での共同プロジェクトが盛んである。
産学官合わせて220の研究所に17,000人の研究者が従事している(内訳は民間に4,000人、公的機関に13,000人である。また応用研究と基礎研究の従事者数の分類では応用研究が7,000人、基礎研究が10,000人となる)
さらに公的研究機関の詳細な内訳を見ると、ESRF(欧州シンクロトン放射光施設)やEMBL(欧州分子生物学研究所)等の国際研究機関が約1,150人、CEA(仏原子力庁)、CNRS(国立科学研究センター)等の仏国国立研究所に8,350人、大学設置の研究機関に3,500人となる。

出典: Pole University - data for 2000


(AEPI作成資料をもとに科学技術政策研究所作成 100人以上の研究所のみ記載)
また、学生についてはMINATECの核の一つとなるINPG(グルノーブル工科大学)の他、理学と医学を中心としたジョセフ・フーリエ大学等の4つの大学、およびビジネススクール等のグランゼコール、教員養成大学を含めて52,000人に上る学生がいる。
フランスの地方公共団体の構成は、22のregion(地域圏)とregionをさらに細分化した96のdepartement(県)からなる。グルノーブルはローヌ・アルプ地域圏、イゼール県となる。人口は
| France | 6,042万人 |
| Rhone-Alpes | 568万人 |
| Isere | 110万人 |
出典:AEPI資料
で、ローヌ・アルプ地域圏は面積(43,700km)ではスイス、ベルギー、オランダ等に匹敵し、人口ではデンマークやアイルランドに相当する広さを持っている。
そのローヌ・アルプ地域圏でも研究機関の集中するイゼール県はイノベーションにおいて非常に高い成長率を誇っている。下表はInternational
Patentsの取得数である。
| Patents Fields | 1998 | 1999 | Growth rate |
| France | 13,251 | 13,592 | 2.60% |
| Rhone-Alpes | 1,512 | 1,536 | 1.60% |
| Isere | 235 | 314 | 33.60% |
出典:AEPI資料
1998年から1999年にかけてイゼール県のInternational Patentsは大幅に増加しているが、これは緒言でも述べた公的研究機関に属する研究公務員による起業、兼業等の規制緩和の効果が出ているとも言える。
公的研究機関が集積するグルノーブルならではの効果とも言えるが、地方経済のドライビングフォースとして産学官を上手にコンバインすることは重要なポイントとなっている。
もともと国策で学官の研究機関が集積するグルノーブル地区であるが、単に施設が集中するだけでは産学官連携は推進されない。特にフランスは大企業の多くが国営であり、従来の文化的素地では起業についての意識も低く、米国型の環境には一気に変わることができないという側面がある。背景は大きく異なるが環境的には日本に近いものがある。
そのような状況を踏まえて産学官連携による研究開発推進をするためには、産学官連携が「自発的」に起きるような「動機付け」(モチベーション)をプロジェクトのシステムの中に組み込まれていることが重要だとしている。例えば企業に大学や国の研究機関と提携する必然性を感じさせるようなシステム作り、学生に起業を志すことの必然性を感じさせるようなシステム作り、Investorが安心して投資ができ投資回収も早期から行えるようなシステム作りである。
これを個別の視点からに具体的に見てゆくと、
MINATECには将来的なナノテクノロジーの研究だけでなく、現在すでに商業化が進んでいるマイクロテクノロジーの研究テーマも配置している。これにより、投資家は短期的なテーマから長期的なテーマまでリスクを分散することができる。
またマイクロからナノへの事業移行等を確度高く把握して投資することや、マイクロテクノロジーの分野で早期に投資を回収できるメリットがある。
同様に将来的なナノテクノロジーの研究だけでなく、現在のマイクロテクノロジーから研究テーマを配置することにより、例えば半導体デバイスの微細化のように当初は高度な物理的バックグラウンドを必要としなくても、世代交代で徐々にナノサイエンスの高度な物理学的バックグラウンドを必要な領域入って行くものもある。マイクロの段階から国の研究機関と共同研究を行うことによりナノ移行をスムーズに行うことが可能になる。(ナノレベルへの移行はリニアな移行ではなく、技術的ブレークスルーを伴う非線形な過程であるため)
また、大学に対しては集積している優秀な理工系の大学生、大学院生を人材源として確保できるというメリットがある。
大学から見た場合、企業が集積していることは研究パートナーを探すことが容易になるメリットがある。これは欧州のファンドが、応用研究については企業パートナーが付くことが条件になるものがあり、必然性が高いからである。探索的研究については必ずしもパートナーを必要としないものもあるが、その場合には期間が1年間である等制約を受ける場合が多い。
そして現在大学にとって最も重要であると考えられている項目は、起業するプロセスを学生に間近で見せることである。先にも述べたようにフランスでは米国と異なり、国営企業が中心だったということもあってベンチャー起業のマインドが育っているとは必ずしも言えない部分がある。それを大手企業からスピンアウト、あるいは国立研究所からのスタートアップしたベンチャー企業を間近に見る、見せることによって育成するという側面がある。それにより自発的な起業が促されるのである。
以上のような産学官連携をモチベートするシステム作りとともに、新たに建設する建物についても配慮がなされている。
現在国立研究所、大学、および企業の集積するリサーチパークは異なった地域にあり、それぞれ独立した建物となっているが、その間はトラム(路面電車)で結ばれ10分程度で相互に移動することが可能になっている。しかし産学官連携を行うには10分程度の距離でさえも「それでも距離感がある」という認識を持っており、さらに建物そのものを一カ所に移転して結合するという徹底したシステム構築がなされている。
下記構成図を見てわかるように、MINATECのセンターを取り囲むように国立研究機関の研究棟、大学の工学部、企業の入る研究棟を配置し、それらを全て結合して自由に行き来できるようにしている。そしていつでも産学官で集まってミーティングやセミナーができるように工夫されているのである。
そしてこのような研究機関を街の中心部に隣接して配置することにより、研究機関、大学間の行き来だけでなく生活基盤にも密着させて、研究者が非常に快適に暮らせる環境を構築していることも特徴である。
日本では新たに施設を建設しようとすると、通常市街から離れた場所を開発して設置する例が多いが、MINATECでは従来の古いCEAの施設を取り壊し、その跡地に建設するという手法をとっている。
優秀な研究者の招致、そして定着のためには研究者自身の利便性とともに研究者の家族にも快適な環境と実感できることが重要であるとしている。
また、グルノーブル駅からフランス第二の都市リヨンまで1時間足らず、パリまででもTGVを使えば3時間、空港は国際空港であるリヨン空港もジュネーブ空港(スイス)も車で1時間程度と、アクセスの点でも魅力的な都市となっている。
そのように研究者や企業、Investorを惹き付け、そして必然的にかつ自然に産学官連携へと導くシステム構築については学ぶべき点があると思われる。
産学官連携をすること自体が最終目的ではなく、あくまでも研究開発を促進するために必然的に導かれる手法の一つという位置づけで運営することが重要なのである。

(CEA-LETIの資料をもとに作成)
フランスでは1998年〜1999年に行われた科学技術政策の一連の改革(重点化、国立研究機関の改革および研究員に関する規制緩和、産学官連携強化)とともに、外国人ポスドクの受入計画の拡充等、外国人研究者の招致についても積極的な動きを見せている。
このMINATECにおいても外国人研究者、外国人留学生の役割は非常に大きくなっている。現在グルノーブル地区には約6,000人の外国人研究者、留学生がいるが、研究を推進するうえで大きな原動力となっている。
技術流出についての懸念もあるが、流出の損失よりも得られるメリットのほうが遙かに大きいと考えている。それは異文化の研究者が入ることにより研究の多面化や活性化が行われるということと、実利的な面では例えば米国等、研究開発だけでなくビジネス先進国のマネジメント手法や起業ノウハウ等様々な情報が得られることの意義が大きいからである。
そして外国人研究者を定着させるための様々な施策も行われている。グルノーブルの国鉄駅前に6カ国語のランゲージスクールが設置され、事前にフランス語を学んでいなくても来てから学べるようになっている。研究者の家族にも同様で、初等教育で4カ国語、中等教育で6カ国語での教育を無料で受けることができるようになっている。
図表2では民間企業の研究所を載せたが、研究所の上位10社に米国企業が3社入っている。Hewlett
Packard、Sun Microsystems、Xeroxという米国でもトップランクの企業の研究所が設置されている。
米国企業も既にこのグルノーブルの研究リソースを活用しようと積極的に展開しており、フランス、欧州だけではないインターナショナルな展開を見せてきている。
これはまたフランス政府が研究開発における自国へのFDI(Foreign Direct Investment:海外からの直接投資)を重視しているということの現れでもあり、外国人研究者の積極的招致とともに海外リソースの重要性の認識を示唆したものである。
| 1 | USA | 68 |
| 2 | Germany | 25 |
| 3 | Italy | 21 |
| 4 | UK | 14 |
| 5 | Switzerland | 9 |
| 6 | Sweden | 6 |
| 7 | Canada | 5 |
| 7 | Japan | 5 |
| 7 | Finland | 5 |
| 10 | Netherlands | 4 |
| 10 | Belgium | 4 |
| 12 | Denmark | 3 |
| 13 | Spain | 2 |
| 13 | Ireland | 2 |
| 15 | Norway | 1 |
| 15 | Austria | 1 |
| 15 | Israel | 1 |
| 15 | Turkey | 1 |
| 15 | Australia | 1 |
出典:AEPI資料
外国人研究者の招致、外国企業の誘致と、海外の研究リソースを積極的に取り入れる展開を見せているが、海外研究機関との直接的なアライアンスもいくつか成立している。
特にベルギーのIMEC、米国SEMATECとの提携、スイスのCSEM (Swiss Center for
Electronics and Micro Technology)との提携が注目される。
IMEC、SEMATECとの提携では次世代の半導体技術、デバイス技術が検討される。グルノーブルには半導体の微細加工技術の鍵を握るリソグラフィー技術で日本のニコン、キヤノンとともにトップの座にいるASML(オランダ)の研究所もあり、米日とともに最先端の研究が行われることは間違いない。今後継続的なウォッチングが必要である。
また、CSEMについては現在非常に注目を浴びているMEMS技術、マイクロマシン技術でトップレベルにあり(NASAの火星探査衛星搭載用マイクロマシンの作製委託も受けている)、やはり目を離せない存在である。
前節までにMINATCプロジェクトの概要、グルノーブルの研究基盤について述べてきたが、本節ではMINATECの中心的プレーヤーとなるCNRSの研究について紹介する。
CNRSはもう一つの核となっている国立研究機関、CEA-LETIとともにMINATECを運営するが、研究内容については若干異なる。CEA-LETIが電子デバイス等の比較的応用領域の研究が多いのに対して、CNRSはナノサイエンスのアカデミックな領域を担当する。
研究テーマとしては、
等が挙げられているが、現在はカーボンナノチューブに関する研究に最も着目しているとのことであった。カーボンナノチューブの自己組織化によるインターコネクション等、非常に基礎物性に近い研究も行われている。また、ナノ計測の分野でも隣接した放射光施設を活用する等、最先端の研究が行われている。
CEA-LETIの研究は
等、先にも述べたように応用研究のテーマが多い。例えば同じカーボンナノチューブ技術でもデバイス化を指向している。FED(フィールドエミッションディスプレーのエミッター等はもう既にデモが行われている。
また、ICT技術との融合領域にあるナノテクノロジー技術だけでなく、バイオテクノロジーとの融合領域についても盛んで、DNAチップからナノバイオに至る広い範囲での研究が行われている。
以上フランスのMINATECプロジェクトを紹介してきたが、このプロジェクトに接して最も感じるのは、科学技術政策、イノベーション政策改革からの一貫性と、非常に論理的、動的に設計されたプロジェクト運営手法である。
研究水準そのものはフランスよりもむしろ日本のほうが高いものが多い。彼らが注目しているカーボンナノチューブの領域の研究では日本人研究者、研究機関、企業の参加を熱望しているのである。
しかし、日本と同様遅れていた研究開発推進のための産学官連携の具現化、ハイテクベンチャーのスタートアップについては急速な展開を見せて差を付けつつある。
これは研究開発の推進においては研究水準の問題だけではなく、研究マネジメント、プロジェクトマネジメントの要素が大きな部分を占めているからである。
国立研究所研究員の兼業、起業に関する規制緩和、外国人研究者の活用、さらにはFDIや海外研究機関とのアライアンス、パートナーシップ、民間企業への研究開発における税制上のインセンティブ付与等、ベースとなる施策を確実に実行しつつ、動機付けやシナジーを精細に検討・考慮して、動的なシステムとして構築されていることの意義が大きいのである。
産学官連携においては、連携を行うこと自体が目的なのではなく、研究開発を促進するための手法の一つとして、そのような動的なシステムから必然的に導かれるということが重要なのである。