2002年1月10日、ブッシュ米大統領は2002年度歳出予算法案すべての署名を終え、2002年度の政府予算が成立した。2001年10月1日の2002年度開始から3ヶ月遅れてようやく予算が決まったことになる。また、2002年2月4日、同大統領は2003年度の予算教書(大統領が議会に対して示す予算編成方針)を発表した。
本稿では2002年度(2001年10月〜2002年9月)予算および2003年度(2002年10月〜2003年9月)の予算教書におけるR&D予算の特徴を分析し、米政府によるR&D政策の動向を展望する。
米国の政府予算は、@毎年、歳出予算法による立法を必要とする裁量的予算と、A一度、授権法で定められると毎年、自動更新できる義務的予算で構成される。政府R&D予算は裁量的予算に含まれ、図表1に示す予算編成プロセスを経て決定される。

* 大統領が歳出予算法案への署名を拒否した場合、議会で2/3以上の議員が賛成すれば同法案は成立する。
図表2に過去20年間における政府R&D予算の推移を示す。
政府R&D予算は2002年度および2003年度に顕著に伸びている。これは、2001年9月11日に発生した同時多発テロの影響でテロ対策R&D予算が大幅に増えたことと、冷え込んだ景気の刺激策としてR&D投資が増えたためである。

出典:OMB(Office of Management and Budget)発表資料
* 2003年度は予算教書におけるR&D予算
2002年度政府R&D予算の機関別内訳を図表3に、同機関別予算の対前年増加率を図表4に示す。

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成
DOD(Department of Defense)の2002年度R&D予算は、対前年16.1%増となった。これは過去20年間で最大の増加率である。この背景には、ブッシュ政権の最重点項目の一つであるミサイル防衛システム開発に関するR&D予算が大幅に増えたことと、同時多発テロの影響でテロ対策R&D予算が大幅に増えたことがある。
NIH(National Institutes of Health)の2002年度R&D予算は、対前年14.2%増となった。これは、NIHの予算倍増キャンペーン(1999年度に始まった5ヵ年キャンペーン)の一環として予算が増えたことと、同時多発テロの影響でバイオテロ対策R&D予算が大幅に増えたためである。
NASA(National Aeronautics and Space Administration)の2002年度R&D予算は、対前年3.5%増となった。これには、同時多発テロの影響でNASA施設のセキュリティ向上に必要なR&D予算が新規計上されたためである。ISS(International Space Station)の2002年度R&D予算は対前年減となった。その一方では、生物や物理の研究費が増加している。
DOE(Department of Energy)の2002年度R&D予算は対前年8.1%増となった。これは、同時多発テロの発生を受け、核設備を狙ったテロに対する兵器開発が強化されたためである。この結果、DOEでは国防関連R&Dが大幅に伸びた一方、エネルギー関連R&D予算、サイエンス関連予算はほぼ前年度並となった。
NSF(National Science Foundation)の2002年度R&D予算は、対前年6.2%増となった。これは、省庁横断型のナノスケール科学・工学・技術イニシアティブ(Nanoscale Science, Engineering, and Technology Initiative)および国際環境変化研究プログラム(U.S. Global Change Research Program)におけるNSFのR&D予算がそれぞれ大幅に増えたためである。
USDA(United States Department of Agriculture)の2002年度R&D予算は、対前年7.1%増となった。これは、同時多発テロの影響で食物の安全性に関する研究や、食物供給システムを狙ったテロに対する研究が強化されたためである。また、USDAが研究者に交付する競争的資金が、議会の強い要請で大幅に増えたこともUSDAのR&D予算増に影響している。
本節では、2002年度政府R&D予算に大きな影響を及ぼしたテロ対策R&D予算について詳しく分析する。2001年度、政府のテロ対策R&D予算は5.8億ドルであったが、2002年度の大統領予算教書では、同予算が5.6億ドルに減少した。ところが、同時多発テロの発生後、大統領および議会は緊急にテロ対策予算400億ドルの支出を決定したため、この一部が2002年度のテロ対策R&D予算に計上され、最終的に2002年度のテロ対策R&D予算は15億ドルに急増した。
2001年度と2002年度のテロ対策R&D予算を機関別に示すと図表5となる。どの機関においても、2002年度のテロ対策R&D予算は2001年度に比べて大きく増加している。
2002年度予算に追加されたテロ対策R&D予算は、一年限りのものもあれば、今後も継続して支出されるものもある。2002年度予算が成立した段階では、各テロ対策予算が継続されるか否かについては不明であったが、後述する2003年度の大統領予算教書から、同テロ対策予算の今後の方向性が類推できる。

出典:AAAS Special Report on Counter -Terrorism R&Dをもとに作成
* NASAの2001年度テロ対策R&D予算はゼロ。NSFのテロ対策R&D予算は、2001年度、2002年度ともにゼロ。
同時多発テロ発生前に大統領が予算教書で提案した政府R&D予算の対前年増加率を図表6に示す。

出典:AAAS Analysis of R&D in the FY 2002 Budgetをもとに作成
2002年度の予算教書では、DODとNIHのR&D予算はともに2001年度に比べて10%以上伸びているが、それ以外の機関では2001年度並か、減少している。
DODとNIHの増加は、ブッシュ大統領が大統領選挙の際に両機関を積極的に支援することを公約したためである。
一方、DODやNIH以外の機関のR&D予算減少は、10年間に渡る大型減税を計画していた大統領にとって、これらの機関のR&D予算を増やす余裕がなかったためである。こうしたブッシュ大統領の姿勢は、DOE、NSF、USDAのR&D予算を積極的に増やしてきたクリントン大統領の姿勢と対照的であった。
同時多発テロは米政府のR&D予算にどのような影響を与えたのであろうか。テロ対策予算の急増により、R&D予算が増えたことはもちろんのこと、テロ対策以外のR&D予算も増えている。後者の例としては、テロ対策R&D予算を持たないNSFのR&D予算が最終的に増えていることが挙げられる。
1998年から4年間黒字が続いた米政府の財政は、2002年度に赤字に転落する。2002年度の予算教書では、2002年度以降10年間で5兆6千億ドルの累積財政黒字が見込まれていただけに、大きな変化である。しかし、大統領、議会とも2002年度は同時多発テロの影響を受けた非常事態にあると認識し、赤字財政になってもR&Dを積極的に支援することに同意している。
2003年度予算教書における機関別R&D予算を図表 7に、同機関別予算の対前年増加率を図表 8に示す。2003年度予算教書では、R&D予算が対前年成立予算8.7%増の1118億ドルとなっている。この背景には、2002年度予算に続き2003年度も、赤字財政を容認し、R&Dを積極的に支援する大統領の意向がある。

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成
2003年度予算教書におけるDODのR&D予算は、対前年10.0%増となった。これは、兵器システムの開発予算が大幅に増加したためである。一方、研究全般と兵器以外の技術開発の予算は対前年減となった。
2003年度予算教書におけるNIHのR&D予算は、対前年17.5%増である。この背景には、2003年度は1999年度から始まるNIHの予算倍増5ヵ年キャンペーンの最終年であり、同公約を果たすためにNIH全体の予算が大幅に増えたことがある。特にNIHの中で予算が大幅に増えたのは、NIAID
(National Institute of Allergy and Infectious Diseases)とNCI(National
Cancer Institute)である。
NIAIDはNIHでバイオテロ対策を主導しているため、NIAIDのバイオテロ対策R&D予算は対前年57.3%増となった。また、NIAIDはブッシュ政権が重視するAIDS研究でもNIHを主導する機関であり、NIAIDのAIDS研究も対前年10%増となった。
同様にブッシュ政権が重視するガン研究においても、NIHを代表するNCIのガン研究予算は対前年12.2
%増の47億ドルに増えた。
2003年度予算教書におけるNASAのR&D予算は対前年4.3%増となった。この背景は、SAT(Science, Aeronautics and Technology)プログラムのR&D予算や、宇宙科学研究へのファンディング資金が大幅に増えたこと等がある。特に、ファンディング先としてBPR(Biological and Physical Research)が増えている。一方、ISS(International Space Station)計画を含む友人宇宙飛行プログラムの予算は対前年減となった。
2003年度予算教書におけるDOEのR&D予算は対前年0.5%減となった。これには、2002年度に同時多発テロの影響で増えた国防関連R&D予算が、2003年度予算教書では減少したことが影響している。特に2002年度にテロ対策予算として追加された兵器開発予算が、2003年度に計上されなかった影響が大きい。ただし、DOEの国防関連R&Dでも、高度科学コンピューティングプログラムや、核兵器関連のR&D(stockpile
R&D)の予算は増えた。
サイエンス関連R&D予算では、物理研究、エネルギー基礎研究およびコンピューティング等の研究予算が増えた。しかし、核破砕中性子源設備の開発プロジェクトの予算が減ったため、全体的に見てサイエンス関連予算は前年度並である。
エネルギー関連R&D予算はわずかに減少した。同R&D予算では、重点が天然ガスや石油からクリーンコールへと移りつつある。また、ガソリンの燃費が高い自動車を開発するPNGV(Partnership
for a New Generation of Vehicles)から、政府と米国の自動車産業が共同で燃料電池を使った自動車を開発するFreedomCARプロジェクトへとDOEの重点が移りつつあるのも特徴的である。
2003年度予算教書におけるNIHのR&D予算は対前年3.5%増となった。これには、NSFが地球科学研究プログラムをDOC(Department
of Commerce)から、水文科学研究をDOI(Department of the Interior)から、環境科学技術R&DをEPA(Environmental
Protection Agency.)からそれぞれ獲得したことが大きく影響している。
また、数学研究予算やIT研究予算が大幅に増加したこと等も、NSFのR&D予算増加に貢献している。
2003年度予算教書におけるUSDAのR&D予算は対前年9.3 %減となった。これは、2002年度に同時多発テロの影響で追加された食物の安全性に関する研究や、食物供給システムを狙ったテロに対する研究の予算が2003年度予算教書では計上されなかったためである。
同時多発テロの影響でテロ対策や国土防衛の重要性が高まっている現在、2003年度予算教書で対前年増となったDODのR&D予算が、議会で承認される可能性が高い。また、2002年11月に連邦議会選挙が予定されており、議会は国民の支持を得やすいNIHの予算増加を承認する可能性が高い。DODとNIHは、政府R&D予算の約3/4を占めるため、2003年度は政府R&D予算全体も対前年増となる見通しである。
民主党議員の多くは、予算教書のR&D予算をさらに増やし、テロ対策や景気刺激策に必要なR&Dを十分に行うべきであると考えている。一方、財政の健全化を重視する共和党保守系議員からは、大型減税や経済の停滞を鑑み、R&D予算を含む裁量的予算全体を圧縮させるべきであるとの意見が出ている。
連邦議会選挙を控えた議会では予算増加の傾向が強いため、2003年度政府R&D予算は、予算教書を超える可能性が高い。
図表9〜11に、省庁横断型イニシアティブ、NNI(Nanoscale Science, Engineering, and Technology Initiative)、NITR&D(Networking and Information Technology R&D Initiative)、USGCRP(U.S. Global Change Research Program)のR&D予算の推移を示す。

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成

出典:AAAS(R&D Budget and Policy Program)提供データをもとに作成
NNIのR&D予算は順調に増加している。NITR&DやUSGCRPのR&D予算は、概ね増加傾向にある。USGCRP の2002年度R&D予算が2001年度に比べて減少しているのは、同プログラムの大部分を担当するNASAのR&D予算が減少したためである。
政府R&D予算は増加傾向にある。とくに同予算の3/4を占めるDODとNIHのR&D予算の伸びが顕著である。大統領、議会とも財政赤字を容認の上でR&Dを積極的に支援する見通しであり、当分、テロ対策R&Dや景気刺激策となるR&Dに重点を置きながら政府R&D予算は全体的に増加を続けるであろう。
本稿をまとめるにあたり、ご指導をいただくとともに最新の分析データをご提供いただいたAAASのKei Koizumiディレクター(R&D Budget and Policy Program)に深甚な感謝の意を表します。