3.特集:次世代デバイスの研究開発動向(IEEE IEDMより)

総括/情報通信ユニット  小笠原 敦

3.1 緒言

 2001年12月2日〜5日の間、米国ワシントンDCにおいてIEEE IEDM(International Electron Devices Meeting)が開催された。この会議は最先端デバイス研究の成果発表の場としては最も権威の高い会議の一つとして知られている。
 例年、微細化を競うシリコンMOSデバイスの発表をはじめ、高速あるいは高周波の化合物半導体デバイス、単電子デバイス(SET : Single Electron Transistor)やカーボンナノチューブデバイス(CNT : Carbon Nano-tube Transistor)の最新の成果が発表される。

 2001年は9月11日のテロの影響、IT不況の影響で出席者が大幅に減少したが(主催者発表では2000年度は約2000人、2001年は900人程度)、Si素子と比較して十分な実用性とスケーリングの可能性を示したIBMによるカーボンナノチューブトランジスタの発表や、ロードマップ上では2016年頃に達成されるとされていた高周波性能を達成した富士通のSOI MOSトランジスタの発表等、従来の予想を大きく上回る成果をあげた分野も多く非常にホットな雰囲気であった。

 発表国については、従来の米日二極構造から欧州・アジア諸国の台頭が見られるのが今回の特徴である。欧州では多額の投資が必要とされる最先端デバイス研究に多国間の連携で対応し、経済規模のあまり大きくない国も参加している傾向が見られた(ギリシャ、アイスランド等)。EUとしての最先端デバイス研究への取組みが見られつつある。
 またアジアにおいては、メモリー、液晶に特化した韓国・台湾が、応用製品分野のみならず量子デバイス等、基礎的な分野にも研究の幅を広げて来ていることが注目される。

 研究開発の方向性としては、日本国内での方向性と異なり、高速GaNトランジスタの開発(日本ではGaN系デバイスの開発はブルーLED、レーザ等短波長の発光素子に集中)、Si-Geトランジスタ、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)への注力が目立っている。
 MEMSでは特にBio-MEMS、Microfluidicsのセッションは他のセッションとは時間帯を独立させて議論の場を設けており、このようなInterdisciplinary(学際領域、融合領域)分野へのIEEE Electron Device Societyの強い取組みが窺えるといえる。

 半導体デバイス技術は、国際競争力において日本が非常に高い水準を維持している技術の一つである。しかし欧州・アジアが急速に力を付け、基礎研究に近い分野でも急追しつつある現状を考えると、国としての総合的な視野からの研究の重点化、戦略の策定が必要とされる。
 かつて圧倒的な強さを誇ったDRAM、液晶は生産量トップの座を韓国に譲っており、また米国企業のファウンドリーとして台頭している台湾には半導体の最先端プロセス技術ノウハウが蓄積しつつあって、日本がトップの座を維持して行くことが非常に難しくなりつつある。
 研究・開発投資のあり方においても、EU域内での連合形態を取る欧州の基礎研究や、米国メーカーと台湾ファウンドリー間に見られるような設計技術とプロセス技術の分担、オランダのフィリップスと韓国LG間の液晶事業共同展開等、ボーダレスで大型の研究・開発投資が進展しつつある。
 産学官連携のあり方も、発表機関の分布を見ると、米欧のほうが進んでいると言える。
 本稿では、IEEE IEDMで発表された最先端デバイスの研究成果の解説をするとともに、先端デバイス研究・開発の世界的なトレンドの中での日本のポジションを明らかにし、欧米、アジア諸国の研究との比較を通して現在の問題点と将来への課題を検証して行くこととする。

3.2 注目された発表

 今回の発表で注目された研究成果を紹介する(発表図表は全てIEEE IEDM予稿集よりの抜粋)。

1) カーボンナノチューブトランジスタ(CNFET)

 IBM Watson研より発表された。この発表はSET(Single Electron Transistor)と同じ Nanoelectronic Devices のセッションでの発表であったが、それまで会場の半分程度しか埋まっていなかったのに発表直前には立見が出るという、今回のIEDMでも最もホットな発表の一つとなった。
 発表の主要点は、2001年度に発表した一連のカーボンナノチューブトランジスタに電極構造の改良等を施し Si-MOS と比肩し得る性能を示したこと、Si-MOS と同様にスケーリング(微細化)により性能向上が可能であることを実証したことであった

図表1 カーボンナノチューブトランジスタ (ソース−ドレイン電極間は1μm)

図表1 カーボンナノチューブトランジスタ (ソース−ドレイン電極間は1μm)

図表2 カーボンナノチューブトランジスタ構造図

図表2 カーボンナノチューブトランジスタ構造図

図表3  CNFET(今回発表)とSi-MOSの比較

p-CNFET(a) 100nm MOSFET 25nm MOSFET
Transconductance
(μS/μm)
122 1000(nFET)(b)
 460(pFET)(b)
1200(nFET)(c)
 640(pFET)(c)
External resistance
(Ω-cm per side)
<70 〜66(nFET)(d) 
〜143(pFET)(d)
〜40(nFET)(d) 
〜86(pFET)(d)
Gate insulator(nm) 150 2 0.8

 今回の発表では、図表3に見られるようにカーボンナノチューブトランジスタの方がトランジスタ性能を表す Transconductance 値が小さいが、これは比較しているSi-MOSトランジスタと比較してゲート長が1μm、ゲート酸化膜が150nmと厚いことに起因しており、ゲート長100nmでは1257μS/μm 、25nmでは5028μS/μmの性能が予測されるとしている。
 また発表者はカーボンナノチューブの発見、発明者として日本の飯島博士を紹介して研究のオリジンをきちんと評価していることが印象的であった。

2) SOIトランジスタ

 日本の兜x士通研究所はfmax(最高発振周波数)が185GHz(現在の2倍)に達するSi-MOSトランジスタを発表した。ノイズレベルも化合物半導体であるAlGaAs/GaAs HEMTと同等の低ノイズ(0.8db、10GHz)である。
 構造は、図表4の構造図に示すようにSOI(Silicon on Insulator)構造をとることと、ゲート電極とボディを接続したDT(Dynamic Threshold)構造が特徴である。

図表4 DTMOS構造図

図表4 DTMOS構造図

図表5 ITRSロードマップとの比較図

図表5 ITRSロードマップとの比較図

 この成果により、ITRSの研究開発ロードマップ上では2016年頃に達成すると予測されていた高周波特性を2001年に達成するという快挙となった。
 従来高価な化合物半導体や消費電力の大きいSiバイポーラトランジスタしか対応できなかった高周波領域で、低消費電力で高集積が可能でさらにコスト的にも有利なSi-MOSトランジスタが使用できる可能性が示されたことは非常に意義が大きいと思われる。

3) 高耐圧 GaN HEMT

 UCSB(University of California Santa Barbara) とYale University の共同研究である。AlGaN/GaN系HEMT構造において、ゲート直下にSiO2層を形成、そのSiO2によって生じる電荷が電子をトラップしてオフ時のリークを抑制することにより高耐圧を実現するというものである。
 この分野で先行しているSiC系材料のデバイスよりも耐圧、オン抵抗とも高性能を達成している。
耐圧は1300V、オン抵抗は1.7mΩp2 である。

図表6 高耐圧 HEMT 構造図

図表6 高耐圧 HEMT 構造図

図表7 動作原理模式図

図表7 動作原理模式図

図表8 GaNとSi、SiC 系デバイスとの比較

図表8 GaNとSi、SiC 系デバイスとの比較

 高耐圧トランジスタにおいては材料物性の点からもGaN系が有利であることがわかる。しかし、日本ではGaNはレーザダイオードやLED等の発光デバイスの研究に偏っており、トランジスタ材料としてはあまり研究されていないのが現状である。

3.3 各国の研究開発動向

 次に科学技術政策的視点から今回のIEDMの発表を分析して行くこととする。IEDMにおける発表論文著者の所属国のリストを図表9に示す。なお、ここでの全論文・講演件数とは基調講演の講演者についても含むが、パネルディスカションの参加者については含めていない。
 最先端デバイス研究の論文数順位としては米・日・韓・台・独と続き、現在の半導体デバイスビジネスにおける世界市場での位置付けとリンクしていることがわかる。その他この表からは、欧州における半導体の共同開発拠点であるIMECのあるベルギーや、国営の通信企業であるAlcatelを軸に通信デバイス開発でトップクラスの成果を挙げているフランス、Philipsを軸にシミュレーション技術、プロセス技術等の基礎技術から高周波デバイスまで幅広く研究を行っているオランダのレベルの高さを見ることができる。

 また、中国(Hong Kong)の発表も3件あり注目される。これは単独の発表が1件の他、残りの2件はシンガポール、米国との共同研究である。共同研究形態の分析は次項で詳細に分析するが、スペイン、アイルランド、ギリシャ、アルゼンチン等、従来最先端デバイスの研究では馴染みの少なかった国の研究形態を分析する上で非常に重要なファクターである。

図表9 国別発表論文数 (全論文・講演件数216件、共同研究による重複有り)

順位 国  名 論文数
1 USA 97
2 Japan 56
3 Korea 19
4 Taiwan 13
5 Germany 11
6 Belgium 7
7 France 5
8 Netherlands 5
9 China(Hong Kong) 3
10 Spain 2
11 Singapore 2
12 Switzerland 2
13 Finland 1
14 Canada 1
15 Ireland 1
16 Greece 1
17 Argentina 1

3.4 研究開発形態

 次に研究開発形態について分析を行う。発表者の所属機関を日、米、欧、アジア、その他に分け、産学官の分類を行った表が図表10である。

図表10 地域別産学官発表数(全論文・講演件数216件、共同研究による重複有り)

地域
USA 63 45 4
Japan 49 7 0
Europe 24 11 16
Asia 27 14 6
その他 1 2 0

 この表からは、最先端デバイス研究において日本の学官の発表件数が非常に少ないということがわかる。またさらに 図表9 と併せて分析すると、国内、域内における共同研究の実態も明らかとなり(重複数が連携数を示す)、日本では産学官における連携が少ないことがわかる。
 最先端デバイスの研究はナノ領域に達してきており、量子効果が無視できなくなって来る等、エンジニアにおいても高度な物理学的バックグラウンド、量子力学的バックグラウンドが要求されつつある分野である。そのような理学的基礎強化の観点からも大学との連携は必要不可欠と思われるが、日本では現状を見る限り米欧亜の他極に見られるような産学連携は機能していると言い難い。IT、ナノテクノロジーを日本の技術立国における次世代の柱と位置付けるならば、早急な対応が必要である。

 次に地域別の多国間の共同研究について見て行くことにする。今回の216件の発表のうち複数の国に跨る論文数は19であったが、このうち日本が関わった多国間連携はわずか2件であった(現地法人の研究は現地国の研究としてカウント)。これを表にしたのが図表11である。
 ヨーロッパ域内での共同研究の強さとともに、米欧連携を軸とした連携が強く見られる。米国と欧州はこの1月にナノテクノロジー分野での提携を発表したが、その一つの現れとも言える。

図表11 多国間連携数

地域 連携数
Europe - Europe 6
USA - Europe 4
USA - Asia 4
Asia - Asia 1
USA - Japan 1
USA - Europe - Asia 1
USA - Europe - Japan 1
USA - Europe - その他 1

 最先端デバイス研究は、半導体デバイスに見られるように多額の設備投資を必要とされるものが多い。ある意味では日本は多額の設備投資、研究投資を単独で行う地力を持っていると言え、全てを否定的に捉えるのは決して正しくは無いが、投資の効率化、知的財産の効率的な運用の観点からは他国との連携を行うことも重要であると考えられる。
 いかに効率的に多国間の連携を組むか、なおかつその中でリーダーシップを発揮するかという研究形態を日本も考えて行く必要がある。
 また、さらにデータを分析して見られた傾向として、日本では産学連携のみならず企業間の共同研究も少ないこと、大学間の共同研究も少ないことも懸念の一つとして挙げられる。
 米国ではMITとスタンフォード大学の共同研究、エール大学とカリフォルニア大学サンタバーバラ校の共同研究等、トップ校間の共同研究も珍しくはない。それに対して日本では例えば東大と京大の共同研究は稀である。産学連携も少ないが学学連携も少ないのが日本の現状である。これは大学間の人事等、人材流動にも関連すると思われるが、考慮しなくてはならない問題の一つである。

3.5 研究分野の詳細

 研究分野の詳細を分析すると、例えば「DRAM Technologies」のセッションでは全7件の発表のうち、日本2件、米国2件、韓国2件、独1件となっているが、これが理論的な色彩が強い「Scaling Trends of Advanced Devices」のセッションでは全5件が米国、「Device Simulation」のセッションでは全4件のうち、米国2件、日本1件、独1件と、日本の相対的な地位が低下する。
 また今回独立したセッションを設けて注目された「Bio MEMS and Microfluidics」のセッションでは、全5件の発表で米国2件、独1件、シンガポール1件、ギリシャ1件であり、日本はゼロである。
 SET(Single Electron Transistor)等、基礎で先行している分野もあり一概には言えないが、デバイス理論やシミュレーションのように理論構築を行う分野や、Bio MEMSやMicrofluidicsのようなInterdisciplinary(学際領域、融合領域)の研究には、我が国はあまり強くないと言え、これも大きな課題の一つと言える。

3.6 結言

 12月に開催されたIEDMは、21世紀の幕開けに相応しい最先端デバイスの研究成果を見せてくれた。特にナノエレクトロニクスの世界を切り拓くカーボンナノチューブトランジスタ等、現在の延長上に無いエレクトロニクスの世界を実現性の裏づけを以って示すことができたのが大きな成果である。

 日本の研究成果も出遅れたと言われたSi-Ge高速トランジスタの開発でもトップクラスの成果を発表したり、SOIデバイスにおいても研究のロードマップの実現年を一挙に十数年も短縮してしまうような大きな成果を挙げたことは称賛に値する。今回最も注目を浴びたカーボンナノチューブのオリジンが日本であることや、本文中では紹介しなかったが Single Electron Transistor(単電子トランジスタ)等、非常に基礎に近い部分の研究でも高い評価を得ており、日本の力を十分に発揮したともいえる。

 しかし研究形態、進め方に関しては世界の流れから若干乖離している部分も見受けられるのも事実である。世界の潮流が全て正しいとは言えないが、産学官連携の推進施策等日本でも推進している段階ではあるが、さらに加速する仕組みを構築しなくてはならない。

 IEDM終了後エール大学で教授、学生らと議論を行ったが、その中で興味深い議論があった。それは日本と米国の研究目標の設定において、例えば日本では新たなデバイスが開発されるとこのようなことができ、そのようなことができるとこんな社会が到来します、という積み上げ・構築型の目標設定が多いが、米国では逆に例えば理想的なコンピュータとはどんなものかというのを考え、それに必要なデバイスは何か?とブレークダウンして行くという目標設定が多いというものであった。
 今回のIEDMにおいても日本の研究開発の方向性と異なって、米国でGaNトランジスタの開発が盛んであったり、短距離データ転送用のLEDの開発が盛んであったりするのは、そのような論理展開から出てくるというものであった。

 米国のNNI(ナノテクイニシアティブ)で角砂糖の大きさに国会図書館の蔵書が全て入るような能力を持つコンピュータを開発するという思想も同じである。それは様々なデバイスが進化した結果コンピュータがそのような機能を持つという比喩的に表現したものではない。その機能を実現するための技術は現在の延長上には無く、その目標に到達する線を描くには必ず不連続な点が必要になる。それが革新的なブレークスルーであり、高い目標設定を行うことによってそれが明らかになって来るというものである。

 50年間にノーベル賞受賞者を30人輩出し得る科学技術の研究基盤を整備するという基本計画の目標について批判の声を聞くことも多いが、これは受賞者数を毎年カウントしてそれで評価して行くという意図では決してない。従来からの延長では日本では50年後ノーベル賞受賞者が30人に達することはない。研究基盤、研究形態、人材育成、さらには知の創造、融合等も含めた日本における科学技術を巡る環境が理想に近い状態となって初めて達成されるものとして目標を設定したものである。

 この目標を達成する研究基盤、研究形態、人材育成、知の創造のあり方とはどうあるべきか、そこに至るまでの過程に存在する不連続点をいかにしてブレークスルーするか、という視点においての議論が望まれるのである。