スーパーコンピュータは、最高の計算能力を持つコンピュータとして1970年代に現れ、コンピュータの最上位機種として、その性能を図表1に示すように着実に伸ばしてきた。本年6月に発表された世界中のスーパーコンピュータ(注)のランク付けTOP500(詳細は本科学技術動向8月号)によれば、第一位は米国のASCIプロジェクトにより開発されたASCI whiteであり、ピーク性能12.3TeraFlops@の計算性能を持っている。一方、日本では来年初めには40TeraFlopsをもつ地球シミュレータが稼働する予定である。
一方、巨大なPCの市場に支えられて汎用プロセッサの開発が強力に進められており、その性能も目覚ましく向上している。今日のWSやPCは10年前のスーパーコンピュータ並の計算能力を持っている。科学技術計算分野においても、コスト面からWSやPCが多く使われるようになってきた。
しかし、一方では、基礎科学研究分野などでは大規模な計算を必要としており、スーパーコンピュータの性能向上がその分野の進展のキーを握るなど、スーパーコンピュータ技術はコンピュータ技術としてのみならず基盤技術としても重要になっている。
このようにスーパーコンピュータを取り巻く環境が変化しており、本報告では、スーパーコンピュータの性能の動向、利用形態の動向を述べ、応用分野の動向から今後のスーパーコンピュータの役割、期待を述べる。
(注) 最近はHPC:ハイパフォーマンスコンピュータと呼ばれることが多いが、ここでは一般的な名称であるスーパーコンピュータを使う。
スーパーコンピュータの歴史は、1971年イリノイ大学によるILLIACWの開発と、1976年Cray社による商用機Cray-1の出荷に始まっている。その後、1980年はじめに米国にてスーパーコンピュータが急速に発展し始め、それを追って日本も進出した。90年代には、米国では、ベクトル型スーパーコンピュータが衰退Dし、WSやPCで使われている汎用のプロセッサを並列に結合したスカラー並列型スーパーコンピュータを開発してきた。一方、日本では、ハイエンドコンピュータとしてその高速化を追求し、ベクトル型スーパーコンピュータの高性能化が進められてきた。
スーパーコンピュータの市場はその開発費に比較して大きくないため、国のプロジェクトによる支援が大きな影響を与えている。日本も米国も最先端のスーパーコンピュータ開発のプロジェクトを進めており、それを以下に紹介する。
1995年にスタートしたASCIプロジェクトでは、エネルギー省(DOE)傘下の3研究所が、ハードウェアメーカーを支援しつつ最高性能のスーパーコンピュータの開発を進めている。
10年間に1400億円を投入して、2004年にピーク性能100 TeraFlopsの実現を目標としている

(地球シミュレータ研究開発センタ公表資料より引用)
既に、1996年10月に「ASCI red」が1.8TeraFlops、1998年10月に「ASCI blue」が3TeraFlops、2000年6月に「ASCI
White」が12.3TeraFlopsを達成した。さらに、2002年には、30TeraOPS(約24TeraFlops相当)の「ASCI
Q」の納入を計画している。
このような高性能を実現するために、ASCIは汎用のプロセッサを多数並列に結合させたスカラー超並列型コンピュータを採用している。「ASCI
White」では、8192個プロセッサが並列に結合されている。このような超並列型のため、並列処理を効率よく実行させるためのソフトウェア開発にも重点が置かれている。
1997年から5カ年、400億円予算規模の地球シミュレータ計画がスタートしている。このプロジェクトでは40TeraFlopsを達成するスーパーコンピュータを開発し、地球温暖化予測、異常気象の発生予測、気象災害の発生予測など地球環境変動の解明・予測を行う。計算機上に「仮想地球」を構築することによって地球環境問題の解決、自然災害に対する対策等へ貢献することを目指している。
地球シミュレータは、ベクトル型プロセッサ5120個の並列結合、共有メモリ、高速結合ネットワーク技術が用いられている。ベクトル型の採用理由は、気象計算においては、スカラー超並列コンピュータに比較して、ベクトル並列コンピュータは5〜10倍の効率がよいこと、また、日本が最先端技術を保持していることにある。稼働する2002年初めでは世界最高性能を持つスーパーコンピュータとなる。
米国は、HPC(ハイパフォーマンスコンピュータ)領域では、科学技術計算市場よりトランズアクション処理など業務利用市場が大きいことから、一つのプロセッサの計算能力向上より並列処理でスループットを向上させることを狙った。スカラー超並列コンピュータでは、汎用のスカラープロセッサを採用し1000台以上並列に動作させることにより、全体の性能を向上させている。一方、日本では、科学技術計算に適したベクトルプロセッサ路線を継続し、その高性能化を図り、並列度を小さく押さえたスーパーコンピュータを開発してきている。このベクトルプロセッサ技術はコンピュータ技術の中で数少ない日本が持つ優れた技術である。
ただし、スーパーコンピュータの性能要素はプロセッサ方式のみならず、メモリ構成方式、ノード間データ転送方式にもある。ここにシステムが高価になる要因がある。また、スーパーコンピュータでは、大小の差はあるがプロセッサは並列化されており、効率のよい並列化手法の開発が重要である。スーパーコンピュータの性能要素の特徴を図表2にまとめた。
| ベクトルプロセッサ | 科学技術計算用専用設計で計算が高効率 |
| スカラープロセッサ | 汎用プロセッサで低価格。性能向上が目覚ましい |
| 並列化 | 上位クラススーパーコンピュータでは、プロセッサを並列に複数持つ |
| 超並列 | 1000以上の並列。高並列化ソフトウェア開発が重要 |
| 共有メモリ | 複数プロセッサ間でメモリを共有。高速メモリアクセスが実現。広範なデータに頻繁にアクセスする計算では必須 |
| 分散メモリ | プロセッサごとにメモリを持つ。他プロセッサのメモリアクセスはプロセッサ間通信によるため低速。PCクラスタは分散メモリタイプ |
| プロセッサ間通信 | 上位クラスは専用高速を、PCクラスタは汎用LANを採用 |

PCのプロセッサの計算性能が飛躍的に向上してきており、多数の高性能PCを高速ネットで結合したPCクラスタが登場してきた。結合されたPCを同時並列に実行させることによって、スーパーコンピュータ並の性能を廉価に実現している。米国では商用システムも実現してきており、日本でも新情報処理開発機構(RWCP)が研究開発を進め、それに基づく商品化も計画されている。
PCクラスタにおいて、プロセッサ1000台でLinpak550GigaFlops@の性能が実現できており、今後プロセッサの性能向上とともにその性能も向上する。トップのスーパーコンピュータに比べれば見劣りがするが、コストパフォーマンスの良さが注目される。ただし、並列処理やPC間のデータ転送量を抑えることを考慮した利用法がないとその性能はでない。従って、PCクラスタは、構造的に並列処理が可能な応用、例えば、ゲノム情報処理、Web検索エンジンなどで広く使われていくと考えられる。
特定の計算タイプを高速に実行する専用プロセッサを設計することによって、スーパーコンピュータ並またはそれ以上の性能を持ち、かつ低価格なコンピュータを作り上げることが可能である。例えば、粒子間力計算、データマッチング計算部分を専用LSIで実行する専用コンピュータがあり、天体シミュレーション、たんぱく質構造解析などが高速に実行できる。
ただし、ソフトウェアの独自開発が必要な点や常に性能が向上している汎用プロセッサとの継続的な競争が課題である。
インターネットを介し広域分散コンピューティングを構築したものとして、ピア・ツー・ピア技術AでPCの余剰時間を集め大規模な計算が可能であることを示した例が出現した。米国癌学会等による白血病治療薬の候補物質探索の例では、90万台のPCが参加し、半年間の提供時間の累積実績で換算(平均PC能力を50Mflopsと仮定)すると世界トップクラスのスーパーコンピュータ(4TeraFlops)を持ったと同等の効果が得られている。高価なスーパーコンピュータに対抗するものとして注目されるが、このシステムの限界は、一つの計算単位がPC内で完結していること、多くの無償または低価格の計算パワー提供者を集めることにある。
一方、複数の計算センターをネットワークに接続し、統一的に計算パワーを提供しようとする概念が1995年に提案された。電力グリッドがどこで発電されているかを意識することなく電力を使えるようにしていることのアナロジーから、グリッドコンピューティングと呼ばれている。ネットワークを介したスーパーコンピュータの利用であり、計算能力の高度化が図れるわけではない。科学者がコミュニティを組み、お互いの計算機リソース(計算能力やデータ)をネットワークに接続し、共有化することにより、ソフトウェア、データの共同利用が進み、研究が加速できる。米国、欧州にて多くのプロジェクトが進行しており、例えば、米国では、NSFのインフラ構築のNational
Technology Grid, 物理学の巨大データベース構築のGrid Physics Network, NASAのシームレスなコンピューティング環境構築のInformation
Power Grid, EUでは、高エネルギー物理、地球観測、バイオの研究のためのEuropean
Data Gridなどがある。英国政府はe-ScienceプログラムとしてGrid技術を核とした多くの共同研究とそれを可能とするインフラ構築プロジェクトを進めている。一方、Grid技術の国際標準化はGlobal
Grid Forumを中心に進められている。
このグリッド技術は、将来的には、いつでも、どこでも、誰でも、ネットワーク上の情報資源にアクセスし利用を可能にしようとするもので単なるスーパーコンピュータ利用技術ではない。資源の管理方法、セキュリティ、プライバシ、著作権等の課題を乗り越えれば、次世代インターネット利用技術となる可能性を秘めている。
スーパーコンピュータのニーズを概観するため、主要な応用分野における利用の現状、将来目標を述べ、将来のスーパーコンピュータに対する要望を探った。その概要一覧を図表3に示す。
| スーパーコンピュータ応用分野 | 現状のスーパーコンピュータ利用例 | 将来ビジョン | 計算の特徴 | スーパーコンピュータへの要望 |
| 気象予測、地球環境予測、地質探査 | 大気モデルと経験パラメータによる現象予測、地質調査による石油埋蔵予測 | 地球温暖化現象の解明、異常気象の発生など気候変動予測、集中豪雨など局所気象予測 | 気象解析計算はベクトルプロセッサが効率よい。局所現象が全体結果に影響を与えるため、微細メッシュによる大規模計算が必要。 | 予測精度を上げるためメッシュの微細化が必要。メッシュを1/10にすると1000倍の計算能力(TeraFlops級コンピュータ)が必要。 |
| バイオインフォマティックス | 遺伝子解析、たんぱく質構造解析 | ゲノム創薬、オーダーメイド治療、生体機能、たんぱく質の化学反応を量子理論から解明(計算化学) | マッチング計算、エネルギー計算などがあり、並列処理が可能な部分と複雑な計算を必要とする部分が混在。 | 計算能力が1000倍向上してもマイクロ秒の解析であり、化学反応シミュレーションには更に1000倍は欲しい。 |
| 物質シミュレーション | 原子100個レベルの第一原理シミュレーションにより、物質の構造や特性を解析 | 新物質・ナノ構造の設計・創出、その機能解析、生成法の解明(計算物理) | 計算能力の限界から完全な理論計算は微小範囲でしかできない。計算量は原子数の3乗またはそれ以上。 | 広範囲のデータに頻繁にアクセスするため、共有メモリ型が適す。計算能力の向上への要望は大きい。 |
| 構造解析、流体解析 | 自動車衝突の仮想実験。自動車、航空機の空気抵抗の解析など産業応用が盛ん。 | 複数の理論モデルを統一的に解く連成シミュレーション。例えば、エンジンの燃焼シミュレーション、生体力学シミュレーション | 単純な形状の構造解析、流体解析は高性能PC、WSで計算可能。 | 複数の理論モデルを統一的に解く連成シミュレーションには、PetaFlopsコンピュータが必要。容易な3次元データ入力、可視化を要望。 |
| 天体力学、素粒子、原子核物理 | 銀河形成シミュレーション、素粒子・原子核物理論のシミュレーション | 銀河系の形成メカニズム、ブラックホール形成メカニズムなど宇宙形成の解明 | 大規模粒子の重力計算はTereFlops以上の計算が必要 | 専用計算機を利用する場合もある。 |
| 核融合シミュレーション | 実験による知見と理論モデルに基づき核融合プラズマをシミュレーション | 理論体系の構築と実時間シミュレーション制御により、核融合からエネルギーを取得 | マクロの流体解析とミクロの粒子間力学を同時に計算。 | 電子系解析を融合した完全なシミュレーションのためには数万倍の計算能力が必要。 |
| データマイニング | Web検索、顧客情報・売れ筋商品分析 | 大規模なデータから、知見(意味・特徴)を抽出 | 学習モデル、言語モデルに基づく大規模データ計算。 | 対象のデータが大規模になればHPCが必要。並列処理は可能。 |
| 経済予測・金融工学 | マクロ経済予測、株価予測 | 良い予測モデルを確立し、大規模複雑系のシミュレーションにより景気変動を予測 | 数学理論に基づき多くの事象の相互作用を計算。 | スーパーコンピュータの利用には経済性が重視され、高コストが課題。多くはPCに移行。 |
天気予報は、従来の経験による予測に加え、スーパーコンピュータを用いたシミュレーションによる予測が進展し、その精度は大きく向上してきた。今後、集中豪雨など局所的予報には、数kmの積雲などの記述が必要で、より微細なメッシュモデルによる計算機シミュレーションが求められている。メッシュを1/10に微細化すると、1000倍の計算能力が必要となる。
気候変動の予測では、エル・ニーニョ、アジアモンスーン、アリューシャン低気圧など地球規模での気象現象が日本の気候変動に大きな影響を与えることが判明している。しかし、現在は計算能力の限界から、大気、海洋、地表面、雪氷圏それぞれ個別のモデルまたは地域モデルのシミュレーションに留まっている。全地球モデルや大気・海洋統合モデルを構築することにより、気候変動の予測精度が飛躍的に向上することが期待できる。
また、地球温暖化、森林減少など地球環境の変動現象の解明は世界的に重要な課題である。その解明には、全地球データによる大規模シミュレーションが必要であり、その記述精度を10km程度に向上させることにより、温暖化現象メカニズムのモデル検証が可能となる。
これらの課題は、来年稼働を予定している世界最速のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」上に「仮想地球」を構築することにより、研究が飛躍的に進展すると期待されている。
バイオ分野において、遺伝子情報の解明がスーパーコンピュータを用いて急進展しており、バイオに情報技術を取り込んだバイオインフォマティックスが注目を集めている。現在、ヒトゲノムBの大部分の配列が解析され、たんぱく質の構造解析に手をつけたところである。将来的には、細胞分化・増殖の解明、難病の治療薬の開発、生化学反応の解明などが期待されている。
バイオインフォマティックス分野では、約30億個のヒトゲノム塩基配列から3万5千個程度の遺伝子を解読したり、遺伝子から作られるたんぱく質の3次元構造解析により1万種ある基本構造と機能解明を行うなど大規模なデータから解析が行われている。その計算は並列処理が中心であるが、複雑な解析では並列には計算ができない部分がある。一般的には1000個レベルまでの並列化は可能であるがそれ以上は困難があり、アルゴリズムによるブレイクスルーが待たれる。
さらに、たんぱく質の化学反応メカニズムは量子力学に基づく分子化学シミュレーションによって解析が可能であり、部分的な解析が行われている。その計算量は分子サイズの4乗に比例するため、計算量を下げるための近似法が研究されている。現在のスーパーコンピュータでは、100原子のナノ秒間のシミュレーションが計算できている。化学反応の解析にはマイクロ秒からミリ秒間の現象に対するシミュレーションが必要であり、PetaFlops@コンピュータが望まれている。
ナノテクノロジー領域では、物質の構造や特性を計算機シミュレーションにて求めることが可能となってきている。第一原理シミュレーションと呼ばれる量子力学に基づく方法では、任意の原子を組み合わせ、新しい物質や構造をコンピュータ内に仮想的に作り、その特性を調べることが可能になってきている。経験的パラメータを用いる必要がないため、あらかじめ実験にてデータを取る必要がなく、全く新しい物質の性質をシミュレーションにて調べることができる。
現在はスーパーコンピュータの計算能力から、原子100個レベルのシミュレーションまでが可能で、ナノスケールの入口に位置している。今後は、原子数を増やし、よりマクロな特性の解析や新物質の生成法まで含めた設計の実現を狙っている。計算量は原子数の3乗あるいはそれ以上で増大するため、計算量を削減する手法の開発も研究されている。
しかし、現状では計算能力不足から、計算機シミュレーションができる範囲はまだ狭く、今後のスーパーコンピュータの発展が待たれる。
構造解析や流体解析は、対象の形状を微細なメッシュにて表現し、数値解析が行われる。この数値解析は、対象の形状が複雑になれば、メッシュの数が大規模になりスーパーコンピュータによる計算が必要になる。
構造解析の例では、自動車の構造を計算機上に記述し、仮想衝突実験により、衝突状況をシミュレーションすることができる。スーパーコンピュータを用いると衝突解析が短時間(一晩)で計算可能になり、衝突解析を設計プロセスに組み込むことにより、安全を確保した自動車の設計が迅速に実行できる。
流体解析の例では、ビル風のシミュレーション、自動車、高速列車の空気抵抗解析などがある。簡単な形状であれば、最近の高性能PCにてシミュレーションすることが可能であり、広く産業応用に使われている。
一方、実際の現象解析には、流体解析と構造解析などを同時に解く連成シミュレーションCが必要であり、スーパーコンピュータが必須である。例えば、航空機の翼の設計(流体力学+構造力学)、エンジン燃焼解析(熱、化学反応、流体力学、構造力学)、血管・心臓の血流シミュレーションなど多くの課題がある。パンタグラフ騒音、トンネル突入音など流体騒音の解析は、10億メッシュによる流体解析が必要で地球シミュレータクラスのスーパーコンピュータが必要である。一般に流体解析はベクトルプロセッサの方が計算効率がよい。また、単純な流体解析など離れたメッシュ間の計算が少ない場合はプロセッサ1万個並列までは可能であろう。
宇宙初期の揺らぎからの銀河形成、ブラックホールの形成、太陽系での惑星の形成など宇宙の謎を計算機シミュレーションによって解き明かす研究が進められている。銀河系を多粒子の重力相互作用としてモデル化し、スーパーコンピュータまたは高速重力計算が可能な専用計算機にてシミュレーションが行われている。
一方、原子核、素粒子などの基礎物理学においても、微少領域での基本理論に基づき、全体を膨大な数の微少な領域に分割し、その挙動をスーパーコンピュータにてシミュレーションすることによって、原子核、素粒子の新しい性質を解明している。
宇宙と原子ともに観測が非常に困難な現象をスーパーコンピュータにより基本理論モデルからシミュレーションを行い、その現象を理解する研究が進展している。スーパーコンピュータは必須の研究ツールとなっている。
将来のエネルギー源として期待されている核融合エネルギーの研究において、スーパーコンピュータによるシミュレーションは重要な役割を担っている。核融合プラズマは粒子現象と流体現象を同時に解析する必要があり、その理論体系は確立されておらず、粒子と流体の基本法則を膨大な粒子からなるプラズマに適応する計算が必要である。実験による知見と計算機シミュレーションによる知見から、プラズマの理論体系を構築しつつある。数千万個の粒子の数十秒にわたる挙動のシミュレーションに数日間を必要としている。今後、電子系の解析を融合させることにより、プラズマの完全なシミュレーションが可能となる。そのためには、現在のスーパーコンピュータの数万倍の計算能力が必要である。
データマイニングとは大規模なデータから有用な知見を見つけだすことで、人工知能などで研究されてきた学習モデル、言語処理モデルなどに基づき計算される。データが大規模になれば、高速なコンピュータが必要になる。例えば、インターネットのWeb検索では、毎日変化するWebサイトのデータを収集し、検索するキーワードを収集したデータから探し出す。その類似度計算は膨大であり、スーパーコンピュータが用いられる。並列化はやりやすい。比較的データ規模の小さいデータマイニングでは高性能PCでも計算できる。
株、デリバティブなどの取引には数学理論に裏付けられたモデルがあることは有名である。さらに、多くの経済要素の相互作用を計算機シミュレーションし、マクロ経済予測を試みる研究も盛んである。しかし、経済は複雑であり理論モデルの正当性の検証は非常に難しい。また、電子取引が進んだスピードの世界では事象の伝搬が非常に速く予知できない連鎖行動が発生しやすい。
巨大証券会社ではスーパーコンピュータによるシミュレーションが行われていたが、PCの性能の向上、スーパーコンピュータへの高価な投資などコストパフォーマンスの点からスーパーコンピュータのニーズは減少している。
スーパーコンピュータの産業分野での一般的利用としては、機械、土木、建築、電子分野では、構造解析、流体解析などのシミュレーションがあり製品設計にも結びついた利用が行われている。小規模の解析であれば、高性能PCでも計算可能になっている。一方、バイオ、化学、材料、エネルギー分野では、研究開発におけるシミュレーションに使われており、実用の製品設計にまでは至っていない。
計算機シミュレーションは、スーパーコンピュータの性能向上とともにその解明できる範囲が拡大している。特に、実験が困難なもの(高温高圧)、高価なもの(装置、材料)、時間がかかるもの(生体実験)、入手できないもの(新物質)、危険なもの(衝突実験、毒性)、観測が困難なもの(素粒子、原子、分子)の解明にはスーパーコンピュータが不可欠である。また、従来は単一相、定常状態のような単純な理想系のシミュレーションであったが、複合した系を統一的にシミュレーションする連成シミュレーションなど現実にあったシミュレーションを次の目標としている。このためには、まだまだスーパーコンピュータの性能向上への要望は強い。
スーパーコンピュータのソフトウェアは、機種依存の部分がある。科学技術計算ではベクトル処理が多く、ベクトルプロセッサ用のプログラムは作り易く、効率よく動く。しかし、ベクトルプロセッサ用に開発されたソフトウェアは、スカラープロセッサでは、十分な性能がでない。米国では、ベクトル型コンピュータが入手できなくなったため、多くのソフトウェアはスカラー超並列コンピュータ向きに書き換えてきている。
一方、並列コンピュータでは、並列性を考慮したプログラムでないと性能が十分引き出せない。このため、並列コンパイラ、並列通信処理など並列コンピュータに対応したソフトウェアの研究がされている。米国では早くから並列化に取り組んでおり、日本は全般に遅れている。
本報告で述べたようにスーパーコンピュータの応用分野は、産業応用に加え、基礎科学研究分野が多い。特に基礎科学研究分野では最先端のスーパーコンピュータを用いることによって新しい発展が起こっている。例えば、米国はバイオ分野においてバイオと情報技術を結びつけ、バイオインフォマティックスという新しい分野を起こした。この分野では、スーパーコンピュータが重要な役割を果たしている。さらに、ベンチャーを育成し新産業創出をも狙っている。地球環境変化の予測の問題もスーパーコンピュータによる解明が試みられ、豊かな社会への貢献が期待されている。このように、スーパーコンピュータによるシミュレーションは、自然科学、エンジニアリング、社会経済科学など多様な分野にわたる複雑な現象を高速に安全に解決するものであり、科学技術・産業の重要な基盤技術である。
スーパーコンピュータ利用のニーズは依然として強く、バイオ、物性シミュレーション等において現在の100〜1000倍速いPetaFlopsコンピュータを望む声が大きい。過去スーパーコンピュータの性能は4〜5年で10倍向上してきた。このトレンドが続くとすれば、2010年までにはPetaFlopsコンピュータの実現が予測される。ただし、これを実現するには関連する技術を精力的に開発し続ける必要がある。米国では既にPetaFlopsコンピュータを目標とした計画が議論されている。この背景には、スーパーコンピュータは、科学技術の重要な基盤技術であり、また、米国では防衛技術の一つでもある。その市場はその開発費を十分提供できるほど大きくない。そのためスーパーコンピュータ技術の育成支援が必要であるとの認識があるからであろう。
日本のスーパーコンピュータ技術は、ハードウェア面では米国とは異なった独自技術を保持しており、その優位性の検討を含めて、次世代のスーパーコンピュータ戦略を検討すべきであろう。また、単にハードウェアからの検討のみならず応用分野からの要望、利用形態等も合わせて検討が必要であろう。スーパーコンピュータが米国のみの技術となれば、コンピュータ分野のみならず、基礎科学研究分野でも影響を受ける恐れがあるだろう。
一方、ソフトウェアに関しても日本においては、その重要性が十分に認識されておらず大きな課題である。分子化学での有名なソフトウェアGaussianを作ったPople博士は、理論を確立したKohn博士とともにノーベル賞を受賞している。しかし、日本ではソフトウェアの評価が低く、特に理学部系ではソフトウェア創作のみでは博士号が取れないのが現状である。研究評価に新しい視点を加える必要があると思われる。
@GigaFlops、TeraFlops、PetaFlops
G(ギガ)は109、T(テラ)は1012、P(ペタ)は1015。Flopsは1秒間に浮動小数点計算を何回行えるかという、計算機の演算性能指標の一つ。ベンチマークにはLinpackという線形方程式を解くプログラムがよく用いられる。
Aピア・ツー・ピア技術
インターネット上の不特定多数の個人間で直接情報のやりとりを可能とする技術。多数のコンピュータを相互につないで計算パワーやファイルを共有することが可能となる。
Bヒトゲノム
ヒトの遺伝情報の全体像をさし生命の設計図とも言える。細胞の核にある染色体に含まれるDNAには30億個の塩基対があり、その塩基配列の3%が遺伝子と言われている。
C連成シミュレーション
Multi-Disciplinaryシミュレーション、マルチスケールシミュレーションとも呼ばれ、複数の理論モデルを統一的にシミュレーションすること。例えば、流体解析と構造解析を同時に解く血流シミュレーション、ミクロレベルの量子力学理論とマクロレベルの古典物理学を同時に解く破壊現象解析などがある。
D米国におけるベクトル型スーパーコンピュータの衰退
米国においては、メインフレームのメーカーはスーパーコンピュータに参入せず、Cray社など専業メーカーが技術と市場をリードしていた。80年代に参入した日本のコンピュータメーカーは半導体技術を含めた総合技術力で、80年代後半には米国メーカーを追い越してしまった。90年代前半からはメインフレームのダウンサイジングが起こったことにより、ベクトル型スーパーコンピュータへ新たに参入する企業はなく、また、Cray社も経営不安定となり開発競争力を落とした。1996年のダンピング課税問題以降、米国ではトップクラスのベクトル型スーパーコンピュータは購入できなくなった。2001年5月にダンピング課税は取り下げられたが、その間米国ではスカラー超並列型スーパーコンピュータに力を入れてきた。