米国では2002年度(2001年10月〜2002年9月)を目前に控え、同政府予算の議会審議が大詰めを迎えている。
本誌5月号の特集「日米欧の政府R&D予算に関する政策動向」では、米国の2002年度政府R&D予算について、4月9日に発表された大統領案をもとに概観した。ただし、大統領案の発表時には、政府R&D予算の約半分が配分されるDOD(国防総省)が本格的に国防政策を見直している最中であったため、大統領案では、同省の予算要求として、一時的に2001年度予算にインフレ換算等を加えた値が用いられた。
その後、6月末に、上記の国防政策の見直しが完了し、大統領案におけるDODのR&D予算が上方修正された。また、大統領案を受けて、下院、上院はそれぞれ予算審議を進めており、既に両院からDODとNIHを除く機関の予算案が発表されているが、これら両院の予算案は、多くの点で大統領案と異なっている。さらに、8月28日、議会予算局は2002年度のGDP実質成長率を、今年1月に示した3.4%から2.6%に下方修正した。この修正値は、2月28日に発表された大統領予算教書において、ホワイトハウスの予算管理局が見積った同GDP実質成長率(3.2%)をも下回っており、2002年度予算へ圧縮プレッシャーを強めている。
以上により、2002年度政府R&D予算は、5月時点の見通しからかなり異なったものになる可能性が高い。このため、本稿では最新の予算編成状況をもとに、米国の2002年度政府R&D予算について展望する。
米政府の予算編成は下記のプロセスに沿って行われる。
大統領予算案の議会提出
↓
議会審議
↓
下院予算案、上院予算案の可決
↓
両院協議会を通じて議会予算案に一本化
↓
議会予算案への大統領サイン
↓
予算成立
米国では予算作成権は大統領でなく議会が持つため、大統領案は議会審議を経て大きく変更されることがある。
2002年度政府R&D予算について、大統領案にDOD予算の修正を加えたものを図表 1に示す。
図表1 米国の2002年度政府R&D予算に関する大統領案

DOD:国防総省 NIH:国立衛生院
NASA:航空宇宙局 DOE:エネルギー省
NSF:国立科学財団 USDA:農務省
DOC:商務省
注:AAAS Report XXVI: R&D FY 2002およびR&D in the FY 2002 Department of Defense Budget, AAASをもとに作成
また、同大統領案の対前年変化率を図表2に示す。
図表2 2002年度政府R&D予算に関する大統領案の対前年変化率

大統領案では、前年に比べてDODおよびNIHのR&D予算は15%程度増加しているが、その他機関は現状並みか減少している。
注:AAAS Report XXVI: R&D FY 2002およびR&D in the FY 2002 Department of Defense Budget, AAASをもとに作成
下院は2002年度R&D予算について、既にDOD、NIHを除く機関の予算案を作成済みであり、同予算案の対前年変化率は、図表 3のとおりである。
図表3 2002年度政府R&D予算に関する下院の対前年変化率

注:AAAS Analysis of R&D in the FY 2002 Bufdget (8/29版)をもとに作成
下院案では、前年に比べてNASAやNSFのR&D予算が5〜8%増加しているが、DOCのR&D予算は10% 程度減少している。
上院も2002年度R&D予算について、既にDOD、NIHを除く機関の予算案を作成済みであり、同予算案の対前年変化率は、図表 4のとおりである。
図表4 2002年度政府R&D予算に関する上院案の対前年変化率

注:AAAS Analysis of R&D in the FY 2002 Bufdget (8/29版)をもとに作成
上院案では、前年に比べてDODやNIH以外の機関のR&D予算はすべて増加しており、特にDOCの増加が大きい。
図表 2〜図表 4から、大統領案、下院案および上院案で多くの相違点があることが分かるが、この要因として、政党カラーの違いやロビー活動等が挙げられる。
DODとNIHを除く機関のR&D予算は、前年に比べて大統領案ではどの機関も概ね減少しており、下院案では増える機関もあれば、減る機関もあり、上院案では概ね増加している。これには、政党カラーが大きく影響している。すなわち、共和党に属する大統領や同党の勢力が優勢な下院は、R&D活動を産業に任せようとする同党のカラーを反映して、政府のR&D投資を抑えようとする傾向が強い。一方、民主党勢力が優勢な上院は、政府主導でR&Dを推進しようとする同党のカラーを反映して、十分に政府R&D投資を行おうとする傾向が強い。
さらに、図表 2の大統領案においてDODやNIHのR&D予算が増えた一方、それ以外の機関の予算が減っているのは、大統領が「減税、教育重視、国防力強化およびNIH支援拡大」を先の大統領選の公約にしたことが大きく影響している。大統領は公約を果たすため、DODやNIHの予算は増やそうとしているが、減税による歳入減が見込まれることで政府R&D予算全体を増やすことは困難であり、このしわ寄せとして、その他機関のR&D予算を減らそうとしている。
次に、DODとNIHを除く機関ごとに、R&D予算を、大統領案、下院案、上院案で比較すると図表
5となる。
図表5 2002年度R&D予算の対前年変化(DOD、NIH以外の政府機関対象)
| 機関 | 2001年度R&D予算に対する2002年度の変化 |
| NASA | 大統領案、上院案では現状維持だが、下院案では5%程度増加。 |
| DOE | 大統領案は減少、下院案は現状維持、上院案は10% 弱増加。 |
| NSF | 大統領案は減少、上下院案はともに増加。 |
| USDA | 大統領案は10% 弱減少、下院案はわずかに減少、上院案は5% 弱増加。 |
| DOC | 大統領案および下院案は10% 前後減少、上院案は15% 程度増加。 |
NSFのR&D予算は、前年に比べて大統領案で減り、上下院では増えているが、この背景にはサイエンスコミュニティ等による議会への働きかけがある。AAASのR&D予算・政策プログラムのKoizumiディレクターは、「サイエンスコミュニティ等が、各自の活動を支援するNSFの各種プログラムへ十分な予算を配分するよう議会へ働きかけており、これが議会審議に大きな影響を与えている。」とコメントしている。
また、DOCのR&D予算は、前年に比べて大統領案および下院案で減る一方、上院では増えているが、これは同省のATP(先端技術プログラム)に対する両党の主張が異なるためである。ATPとは、企業の基礎技術開発を助成するため、1988年に創設されたプログラムで、共和党はこれを否定的に、民主党は肯定的に捉える傾向が強い。このため共和党に属する大統領や、同党が優勢な下院は2002年度予算にATP予算を計上していないが、民主党が優勢である上院は、対前年増の予算を計上している。
2002年度政府R&D予算成立へ向け、今後は上院、下院でDODおよびNIHの予算案を作成し、さらにこれらを含むすべての機関の予算に関する下院案、上院案を両院協議会で一本化し、これに大統領がサインする必要がある。
ただし、DODおよびNIHは予算規模が大きいだけでなく、大統領が対前年大幅増を希望しているが、6月に大型減税法案が可決され、さらにGDP実質成長率の下方修正による予算圧縮プレッシャーがかかっており、両院によるDODおよびNIHの予算案作成やその後の調整は難航する見通しである。このため、2002年度政府R&D予算成立は、10月に同年度の開始後、さらに数ヶ月程度ずれ込む見通しである。
2002年度予算は、ブッシュ新政権にとってはじめての予算編成であり、今後の同政権の科学技術政策を方向付けるため、注目を集めている。前章まで大統領案、下院案および上院案から2002年度R&D予算の見通しについて展望したが、新政権での予算編成を、クリントン前政権下で組まれた予算編成と比べると、どういった特徴があるのであろうか。
本章では、ブッシュ政権下で出された2002年度政府R&D予算の大統領案、下院案および上院案と、クリントン前政権下で編成された2001年度政府R&D予算を比較する。
図表 6に2001年度政府R&D予算の対前年変化率を示す。
図表6 2001年度政府R&D予算の対前年変化率

注:AAAS Report XXVI: R&D FY 2002をもとに作成
2001年度R&D予算は、どの機関も対前年増であり、2002年度R&D予算の大統領案、下院案および上院案と比べても多くの機関で増加割合が最大となっている。ただし、ブッシュ大統領が重視しているDODのR&D予算は例外である。
これに関してSRIインターナショナル科学技術政策プログラムのPetersonディレクターは、「クリントン前政権は、次世代ネットワークイニシアティブをはじめとする各種ITイニシアティブ、国家ナノテクノロジーイニシアティブおよびNIHの予算倍増計画等、DOD以外の機関におけるR&D活動を幅広く支援したが、ブッシュ政権はDOD、NIH以外の機関のR&D支援には消極的である。」とコメントしている。
米国の2002年度政府R&D予算の編成は難航しており、成立は同年度の開始後、数ヶ月程度ずれ込むことが予想される。
今後、議会審議では、
・ いかにDODやNIHのR&D予算増を抑えるか
・ DODやNIHの予算増を賄うため、その他機関の予算をいかに圧縮するか、あるいは社会保障基金の黒字をいかに切り崩すか
・ ATPは予算を新規計上しないか、あるいは対前年増の予算を付け、手厚く支援するか
等が争点となるであろう。