2.特集:遺伝子組換え植物・食品に関する動向

ライフサイエンス・医療ユニット  庄司 真理子、長谷川 明宏、茂木 伸一

2.1 はじめに  

 遺伝子組換え植物・食品は、世界の食料危機や環境問題などの様々な課題の解決に貢献するものとして大きく期待されている。また、近年のゲノム研究の急速な進展により、有用な形質を付与した遺伝子組換え植物の開発が実現可能な段階を向かえつつあり、こうした背景からも、遺伝子組換え植物の開発への期待は世界的に一層強まっている。
 一方、わが国においては、現時点において、食料供給が国内生産及び輸入により安定的に確保されてきていること、また、遺伝子組換え食品の安全性に対して消費者が抱える不安が未だ大きいことなどから、必ずしも多くの国民が遺伝子組換え植物・食品の早期開発を待望しているという状況にある訳ではない。
 しかしながら、中・長期的な視点に立って見た場合には、

などから、国の政策として、遺伝子組換え植物・食品の研究・開発を推進していくことが極めて重要であると考えられる。
 先般、科学技術基本計画を着実に実行するため予算等の資源配分の考え方として、総合科学技術会議により、「平成14年度の科学技術に関する予算、人材等の資源配分の方針」が決定されたところである。本方針においても、科学技術基本計画における重点分野であるライフサイエンス分野のうち、特に資源配分の重点化を図るべき研究領域として、遺伝子組換え植物・食品の開発に関連したものが、以下のとおり提示されている。

 本稿では、わが国における遺伝子組換え植物を取り巻く諸情勢に対応して、遺伝子組換え植物の研究開発及び安全性確保を推進するための方策を検討した。

2.2 遺伝子組換え植物の現状

2.2.1 世界で開発された遺伝子組換え植物

世界で作出された遺伝子組換え植物の事例を図表1に示した。

図表1 世界で作出された遺伝子組換え植物の事例

目的とする
性質
事    例
除草剤耐性 ダイズ、ナタネ、トウモロコシ、ワタ、イネ、コムギ、テンサイ、ジャガイモ、トマト、亜麻、ポプラ
害虫抵抗性 トウモロコシ、ワタ、ダイズ、ジャガイモ、ナタネ、イネ、トマト、ナス、リンゴ、タバコ、サトウキビ
除草剤耐性かつ害虫抵抗性 トウモロコシ、ワタ
耐病性 パパイヤ、スクワッシュ(カボチャ)、イネ、コムギ、ニンジン、ナス、トマト、ジャガイモ、キュウリ、スイカ、タマネギ、イチゴ、メロン、サツマイモ、サトウキビ、ヒマワリ、タバコ、ブドウ、リンゴ、ナタネ、ダイズ
収量の向上 トウモロコシ、イネ、コムギ、ナタネ、ダイズ、トマト
不良環境耐性 トウモロコシ、コムギ、ワタ
日持ちの改良 トマト、カーネーション、イチゴ、メロン、ペチュニア
成分や機能等の改良 高オレイン酸ダイズ、高ラウリン酸ナタネ、高ビタミン(βカロチン含有)イネ、タンパク質組成改変イネ、タンパク質組成改変ダイズ、高アミノ酸(メチオニン)コムギ、デンプン組成改変(低アミロース)ジャガイモ、繊維質改良ワタ、色変わりカーネーション

(農林水産省農林水産技術会議事務局作成資料を引用)

 2000年には、4,000万ha以上の遺伝子組換え植物が世界で生産されているが、その栽培面積のうち約5割を除草剤耐性ダイズ、約3割を害虫抵抗性トウモロコシが占めている。遺伝子組換え植物の商業栽培は、2000年までに13ヶ国で行われており、年々栽培面積は増加している。世界の栽培面積の約7割が米国である。

2.2.2 わが国における遺伝子組換え植物の栽培と遺伝子組換え食品

 わが国において、一般に栽培が認められている遺伝子組換え植物及び食品としての安全性審査が終了した遺伝子組換え植物を図表2に示した。

図表2 わが国における遺伝子組換え植物の栽培と遺伝子組換え食品(2001年7月23日現在)

図表2 わが国における遺伝子組換え植物の栽培と遺伝子組換え食品(2001年7月23日現在)

(農林水産省HPより科学技術動向研究センターで作成)

 ただし、わが国における商業栽培は、遺伝子組換えカーネーションが小規模に行われてきたのみである。また、生のジャガイモ及びテンサイの輸入は、植物防疫法により禁止されており、加工食品としての輸入のみが認められている。

2.2.3 目的別に見た遺伝子組換え植物の種類

 遺伝子組換え植物は、目的によって図表3のようにグループ分けができる。

図表3 目的別に見た遺伝子組換え植物の種類

作物名 付加した特性
(1)生産者にとってメリットが大きい植物 除草剤耐性植物 耐虫性植物 ウイルス耐性植物 高生産性植物 耐塩性植物 耐乾燥性植物 その他
(2)消費者にとってメリットが大きい植物 高品質植物(高オレイン酸等) 味の良い植物 価格の安い植物 その他
(3)発展途上国向けの健康維持・病気治療のための植物 ビタミンA強化植物 生ワクチンを作る植物 医療診断薬を作る植物 その他
(4)環境修復用の植物 重金属吸収・分解植物 NOx や SOx を吸収・分解する植物 その他
(5)その他 クリーンエネルギー生産植物 その他

(資料提供:筑波大学 鎌田 博氏)

 これまで遺伝子組換え植物の多くは、除草剤や害虫などによる農作物の被害を軽減し、安定した作物収量を得る目的で開発されてきた。例えば、土壌細菌Bacillus thuringiensis(Bt)の殺虫性タンパク質の遺伝子が導入された耐虫性植物、グリホサート剤などの除草剤の影響を受けない除草剤耐性植物、ウイルス性の植物病害に抵抗性をもつ耐病性植物などがある。これらの遺伝子組換え植物は、第一世代の遺伝子組換え植物とも呼ばれ、農薬散布等の労力軽減につながることから生産者へのメリットが大きい。
 これらに対し、第二世代の遺伝子組換え植物として近年多く開発されてきているのは、食品としての成分や味を改変した植物である。これらは食品としての質的な付加価値が高く、消費者にとってのメリットが大きい。例えば、血中コレステロールの低下作用等が知られるオレイン酸を多く含んだ高オレイン酸大豆や、アレルギーの原因となる物質であるアレルゲンの生成を抑えた低アレルゲン米などがある。
 次世代の遺伝子組換え植物として、健康維持や医薬品の流通が困難な発展途上国への国際貢献が期待されるものがある。例えば、感染症予防のための経口ワクチンとしての機能をもつ植物や、視覚障害などの原因となるビタミンA不足を解消するため、ビタミンAの元となるβ‐カロチンを多く含む植物など、医薬品としての機能を付与したものがある。
 また、第一世代と同様の性格をもつその他の植物としては、栽培に適さない生息環境(気候、土壌特性等)でも一定の収量が得られる環境ストレス耐性植物があり、食用以外の用途としては、環境修復や環境浄化に役立つ植物やエネルギー問題を解決するための植物(燃料用アルコールを作る植物など)などの開発も進められている。

 実際に実用化されている遺伝子組換え植物は、まだ第一世代の植物と第二世代の一部の植物にすぎない。科学技術政策研究所による技術予測調査では、遺伝子組換え植物の開発、実用化、普及に関する実現時期は、図表4のように予測されている。

図表4 第7回技術予測調査の遺伝子組換え植物関連の技術課題

図表4 第7回技術予測調査の遺伝子組換え植物関連の技術課題

(科学技術動向研究センター作成)

(注)技術予測調査とは、デルファイ法(多数の人に同一のアンケート調査を繰り返し、回答者の意見を収れんさせる方法)を用いて、今後30年間にわたる技術発展の長期的展望を把握する調査。アンケート対象は約4000名の産学官の専門家。第7回調査は、2000年に2回のアンケートを実施し、2001年7月に調査結果を公表した。

2.3 わが国における研究開発動向  

2.3.1 遺伝子組換え植物をつくる技術

(1)遺伝子の構造
 生物は一般に、DNA(デオキシリボ核酸)という物質によって遺伝情報を伝達している。DNAの塩基配列の一部には、遺伝子と呼ばれる領域があり、プロモーター(遺伝子の発現を制御する領域)とタンパク質情報をもつ領域から成っている(図表5)。タンパク質情報をもつ領域の塩基配列はタンパク質ごとに生物種間で共通しているが、その発現を制御するプロモーターは、生物種、発現時期、発現部位、発現量等によって異なるため、実際につくられるタンパク質は生物種や部位によって異なる。プロモーターとタンパク質情報をもつ領域とをうまく組み合わせることで、目的とする生物の部位で特定のタンパク質を発現することができる。

図表5 遺伝子の構造

図表5 遺伝子の構造

(科学技術動向研究センター作成)

(2)植物における遺伝子組換え技術
 植物の遺伝子組換え技術は、主に遺伝子導入技術、遺伝子発現調整技術、組換え体選抜方法の3つに分類できる。

   ①遺伝子導入技術(外部から目的とする遺伝子を植物細胞内に導入する技術)
 遺伝子導入技術の代表的な技術には、アグロバクテリウムによる方法(有用遺伝子を土壌細菌の一種であるアグロバクテ
リウムに組み込み、その細菌の感染力を利用して有用遺伝子を植物細胞に組み込む方法)やパーティクルガン法(有用遺伝子を金などの微粒子に付着させ音速以上の速度で細胞組織に撃ち込む方法)があり、世界的にも主にこれらの方法が用いられている。
 しかし、植物細胞は動物細胞と異なり細胞壁に覆われていることや、細胞の大きさが小さいことなどから、一般に遺伝子操作が困難である。また、植物種によっては遺伝子を導入しにくいことなどから、効率よく遺伝子を植物細胞に導入する技術が求められている。わが国における遺伝子導入技術の開発に関しては、生物系特定産業技術研究推進機構の助成事業により、短波長のパルスレーザー光を用いた植物細胞壁への微細穴加工技術(大阪大学大学院工学研究科)が開発され、メガベース単位の改変染色体や細胞小器官等の直接導入への技術的発展が今後期待されている。
   ②遺伝子発現調整技術(遺伝子の持つ性質が植物に現れる度合い(遺伝子発現)を調節する技術)
 遺伝子発現調整は、通常、プロモーターの選択によって行われており、植物において特定の組織で発現させるようなプロモーターの同定・単離も進められている。
 また、特定の遺伝子機能を抑制する代表的な技術には、アンチセンス法(発現を抑制したい遺伝子に相補的な配列をもつ遺伝子を高レベルで発現させることで、標的遺伝子の発現を抑制する方法)がある。また、コサプレッション法(標的遺伝子自身を導入した際に、標的遺伝子の発現が極端に抑制される現象を利用した方法)があり、高オレイン酸ダイズの作出技法としても用いられている。
   ③組換え体選抜方法(遺伝子が組換えられた植物細胞を選抜する技術)
 組換え体選抜方法には、目的とする遺伝子以外に、目印として微生物由来の抗生物質耐性遺伝子を一緒に導入する方法などが用いられている。しかし、微生物由来の抗生物質耐性遺伝子が導入された遺伝子組換え食品は消費者に不安を与えることなどから、これに依らない手法として、日本製紙(株)がMATベクター法を開発している。MATベクター法とは、目的とする遺伝子以外に形態異常を誘導する遺伝子を一緒に導入して、遺伝子組換えされた細胞を肉眼で選抜し、その後、形態異常を誘導する遺伝子をDNA上から離脱させる方法である。

 上記のような遺伝子導入法では、目的遺伝子を染色体上のランダムな場所に組み込むことを前提としている。特定の遺伝子をゲノムの特定の場所に人為的に組み込む方法には、相同組換え(同じ配列をもつDNA同士の間で組換えが起こる現象を利用して、目的とする遺伝子を改変すること)が一般に用いられる。この方法の確立によって、特定遺伝子の機能抑制による有用農作物の作出や、より詳細な遺伝子機能解析が可能になると期待されており、高等植物では、特にこの技術開発が最も望まれている。現在、コケの1種であるヒメツリガネゴケでは相同組換えが可能であり、これをモデルとしてコケよりも高等な植物における相同組換え技術の開発が試みられているが、開発に当たっての困難性が高い。

2.3.2 遺伝子組換え技術に関する特許

 前項の(2)に示した遺伝子組換え植物の開発に必要な技術は、それぞれ有用技術に関する特許が成立しており、商用目的で開発を行う研究機関・民間企業等は、当該技術の特許権を所有する研究機関等から実施許諾を受ける必要がある。これらのうち主要な特許を図表6に取り上げた。
 商用レベルの研究開発において極めて重要な技術であるアグロバクテリウムによる方法(アグロバクテリウム法、バイナリーベクター法)やパーティクルガン法等の遺伝子導入法、プロモーター等の導入遺伝子の発現調整法、抗生物質耐性遺伝子等の組換え体の選抜方法などの特許は、海外の種苗・農薬メーカー等が主に所有している。なお、これらの特許のうちの多くのものは、1980年代中頃に出願されており、その有効期限がここ数年で消滅する。こうしたタイミングを踏まえて、今後、現行技術の改良や、技術開発が求められる相同組換えなどの先進的技術の開発につながる萌芽的研究を育てつつ、有用遺伝子の探索等を進めていくことが重要である。
 わが国においても、アグロバクテリウムによる遺伝子導入が困難であった単子葉植物(イネなど)への遺伝子導入法を複数種開発しているほか、上述したMATベクター法など画期的な選抜方法も開発している。

図表6 遺伝子組換え作物の開発に関する外国技術と国産代替技術

図表6 遺伝子組換え作物の開発に関する外国技術と国産代替技術

(農林水産省農林水産技術会議事務局作成資料を引用)

 以上のことを踏まえると、現行技術に限って見れば、特許の有効期限が消滅する技術と国内で保有する有用特許を活用することにより、わが国でも商用目的での遺伝子組換え植物の開発が実施しやすい環境となることが今後見込まれる。例えば、有用遺伝子を単離した大学、遺伝子導入技術等の特許を有する公的研究機関、実際に品種開発を行う地方自治体等の試験研究機関による共同研究などにより、商用目的での遺伝子組換え植物の開発が実施しやすい環境になるものと考えられる。
 また、植物ゲノム研究などの基礎研究を実用化へと発展させていくためには、民間企業の参入も不可欠である。そのため、現時点では、食品業界以外の業態での研究開発を促進するなどして、民間企業の研究開発を活発化することも必要である。例えば、工業用素材などの物質を生産する遺伝子組換え植物など、重点化する研究開発の対象に幅を持たせることで、様々な業種の民間企業の参入を促すことにより、共通基盤技術の研究開発体制の強化が図れると考えられる。

2.3.3 わが国における研究開発の実施状況と今後のアプローチ

 わが国では、植物遺伝子の機能解明を通じた有用遺伝子の探索や遺伝子発現等に関する基礎研究、さらには、微生物等多様な生物の遺伝資源収集を通じた有用遺伝子の探索等の基礎研究が、国の公的研究機関や大学等を中心に比較的活発に行われるようになってきている。しかし、実際にはこうした研究機関での基礎研究が遺伝子組換え植物の作出にまで発展するケースは、現時点では少ない状況である。
 国の研究機関では、わが国の主要穀物が米であることから、イネを対象とした開発が多い。各都道府県の試験研究機関では、イネの他、それぞれの都道府県の特産農作物を対象としてきたが、最近では消費者に受け容れられ易い花卉などに対象を切り替えたりしている傾向がある。種苗メーカーや食品メーカーなどの民間企業による研究開発も、遺伝子組換え食品が受け容れられない状況から、花卉の色変わりや日持ち性を付与する研究開発へと対象を切り替えたり、また、遺伝子組換え食品の開発を推進していること自体が企業イメージを低下させてしまうのではないかと不安を抱いて、事業自体から撤退していく傾向にある。
 しかしながら、高品質で安定的な食料供給の実現や、健康寿命の延伸などは、政策的に重要な課題であることから、これらに寄与すると期待される遺伝子組換え植物・食品の研究開発は今後一層求められる。そのため、遺伝子組換え植物・食品の研究開発をどのように進めていくかを十分に検討することが、政府の取組として求められる。
 国内生産を視野に入れた研究開発のアプローチとしては、
 ①耐病性・耐虫性、多収性を付与し、食料の安定生産に資する農作物の開発
 ②輸入農作物との競争力のある高品質(食味・加工特性)な農作物の開発
 ③機能性成分に着目した新たな農作物(機能性食品)の開発
などが主に想定される。
 また、開発途上国における食料問題の解決等、国際貢献を視野に入れた研究開発のアプローチとしては、上記①のほか、
 ④耐乾性・耐塩性等の環境ストレス耐性を付与した農作物の開発
などが主に想定される。
 なお、食用以外を目的とした研究開発のアプローチとしては、環境浄化やエネルギー問題を解決するための植物の開発なども重要と考えられる。
 現時点では、比較的消費者にも受け容れ易いと考えられる、健康促進や疾病患者のために必要な機能を付与した遺伝子組換え植物の開発・普及から着手することで、遺伝子組換え植物の市場形成における支持を徐々に築いていくことも効果的かもしれない。
 また、近年急速に進展しつつあるイネを中心とした植物ゲノム研究により、目的とする形質を農作物に付与するために必要な有用遺伝子が単離されてきており、こうした成果をいち早く品種開発に結びつけることも重要である。そのため、ゲノム研究成果を踏まえた遺伝子組換え植物の作出とその評価を迅速に行いうる体制(ゲノム研究を実施する基礎研究機関と組換え体の作出及び有用性の評価を行う農業試験場などの実証的研究機関による連携体制)を整備していくことも必要である。

2.3.4 わが国の研究開発に関する推進方策

 以上のことを踏まえ、わが国における研究開発の推進方策を模式的に表すと次ページの図表7のようなイメージとなる。
 植物遺伝子の機能解明を通じた有用遺伝子の探索や遺伝子発現等に関する基礎研究、さらには、微生物等多様な生物の遺伝資源収集を通じた有用遺伝子の探索等の基礎研究については、国の研究機関、大学、一部の民間企業を中心に比較的活発に行われるようになってきており、バイオインフォマティクスやシステム生物学などの先端的解析技術を積極的に導入して、引き続き推進していくことが必要である。
 また、遺伝子の発現調整や遺伝子導入技術などは、遺伝子組換え植物を作出するに当たっての汎用性が高い共通基盤となる技術であり、一つの技術が多様な植物の作出に適用される可能性を持つため、特許の有用性も極めて高い。海外における研究開発動向を見ると、これらの有用技術が特に民間企業の特許戦略を重視した研究開発から創出される傾向が強い状況にある。
 しかしながら、わが国においては前述のとおり、種苗及び食品メーカー等の民間企業では、消費者動向や企業イメージの問題から、食用目的での遺伝子組換え植物の研究開発に資金・人材を投入することが困難な状況が今後しばらく続くものと考えられる(これらの企業に対し政策的助成措置を講じようとしても企業イメージの低下等の問題から、多くの企業がこうした助成措置を活用できない恐れがある)。
 したがって、国の研究機関及び大学における研究開発等を推進することに加えて、多様な業態(環境修復・エネルギー・観賞用作物開発等)の民間企業の参画を促しながら、応用研究を進め共通基盤技術を確立していくことが、現状においてとり得る有効な選択肢であると考えられる。
 さらに、わが国においては実際に遺伝子組換え植物を作出し、圃場試験段階にまで至るケースが少なく、例えば単離した有用遺伝子等について圃場試験レベルでの有用性・実用性に関する研究データの蓄積が比較的少ない。作出した遺伝子組換え植物の実用化の可能性や用途の有用性などを評価し、基礎研究へと当該情報をフィードバックする実証的段階の研究機能の強化も求められる。

図表7 遺伝子組換え植物の研究開発に関する推進方策

図表7 遺伝子組換え植物の研究開発に関する推進方策

※ 共通基盤技術である発現調整、遺伝子導入・選抜技術に関する革新的技術の開発には、分子生物学上の高度な基礎研究の進展が必要とされる。
                                                            (科学技術動向研究センター作成)

2.4 安全性確保に関する国際的な動き     

2.4.1 世界の安全性の概念

 遺伝子組換え植物・食品の安全性については、ここ数年世界中で活発に議論されてきている。安全性に関して国際的に広く用いられている主な概念は、以下の通りである。

 遺伝子組換え植物・食品に関しての国際的な規制等の取決めは、経済協力開発機構(OECD)、世界保健機構(WHO)、コーデックス委員会(FAO(国連食糧農業機構)/WHO合同国際食品規格委員会)及び生物多様性条約締約国会議で行われている。
 165ヶ国が加盟しているコーデックス委員会では、遺伝子組換え食品の表示義務等の世界基準に関する議論を進めている。遺伝子組換え食品の安全性評価に関しては、わが国を議長国としてバイオテクノロジー特別部会が設置されており、この中で「バイオテクノロジー応用食品のリスク・アナリシスのための原則」及び「組換えDNA植物由来食品の安全性評価の実施に関するガイドライン」が検討されている。2001年7月に行われたコーデックス委員会では、この2つの中間報告が了承され、2003年の総会に向けて最終報告を取りまとめているところである。
 環境への影響に関しては、2000年1月にわが国を含む130ヶ国以上が参加した生物多様性条約特別締約国会議において、「バイオセイフティに関するカルタヘナ議定書」が採択された。この議定書により、種子など直接環境に放出される遺伝子組換え生物の最初の輸入に際しては、輸出国が当該遺伝子組換え生物に関する情報を輸入国に提供し、合意を得た後に輸出入の手続きが開始されることなどが規定された。

2.4.2 米国及びEUの動向

(1)米国
 米国では、1986年に出された「バイオテクノロジーの規制に関する調整された枠組み (Coordinated Framework for the Regulation of Biotechnology) 」に基づいて、環境保護庁(EPA)、農務省(USDA)及び食品医薬品局(FDA)によって規制が行われている。遺伝子組換え食品の表示に関しては、法的な義務付けはされていない。
 米国では、遺伝子組換え植物への規制は緩和の方向であったが、1999年頃より消費者の意識変化から、規制強化の動きが出てきている。大統領府が発表した「食品とバイオテクノロジーに関するイニシアティブ」(2000年5月)の中では、科学的根拠に基づいた規制の強化と消費者への情報提供の推進の方針が明らかにされている。またFDAは、遺伝子組換え作物の事前届け出に関する規制と表示についてのガイドライン案を発表しており(2001年1月)、米国内でも分別流通等についての概念が取り入れられる動きにある。

(2)EU
 EUでは、「遺伝子組換え生物の環境放出に関する指令(220/90)」に基づいて遺伝子組換え植物・食品の規制を行っている。遺伝子組換え食品に関しては、市場流通前の安全性審査と表示が義務付けされている。表示内容は、遺伝子組換え食品を含む全ての食品についてその旨を表示する他、アレルギー表示、倫理に関する表示などについても義務化されている。EUは現在、EU指令(220/90)を改正すべく、トレーサビリティの概念をも含んだ法案等の検討を進めているが、科学的評価法やトレーサビリティの限界などの問題から実行可能性等も懸念されている。

2.5 遺伝子組換え植物・食品の安全性確保と消費者への情報発信     

2.5.1 安全性確保のための行政制度

 わが国では、遺伝子組換え植物の環境への影響や食品としての安全性に関しては、ファミリアリティや実質的同等性などの国際的な考え方に沿った安全性評価を実施している。   
 環境に対する安全性については、基礎研究段階(①閉鎖系及び②非閉鎖系温室実験)を文部科学省が、産業利用段階(③模擬的環境試験)を農林水産省が担当してガイドラインを定めており、①~③の栽培試験が段階的に行われる。

    ①閉鎖系温室実験
 閉鎖されたガラス室内で行う実験。ここでは、導入遺伝子が確実に後世代に伝わるか、有害物質が産生されていないかなどの遺伝子組換え植物の基本的な性質を調べる。
    ②非閉鎖系温室実験
 外部との空気の出入が可能なガラス網室で行う実験。コンクリート敷きや網を張るなどした温室で行われる。ここでは、花粉や種子の性質、土壌微生物への影響などを調べる。
    ③模擬的環境試験
 周りをフェンスで囲み、焼却炉、洗い場を備えた小規模な隔離圃場で行う試験。ここでは、導入遺伝子の発現、周囲の生物への影響、花粉の飛散による環境への影響などを調べる。

 また、食品としての利用については厚生労働省が食品衛生法に基づき安全性審査を義務付けており、畜産飼料としての利用については農林水産省がガイドラインを定めている。

2.5.2 環境影響評価に対する取組

 農作物としての環境影響評価は、ファミリアリティなどの考え方に基づいて定められた「農林水産分野等における組換え体の利用のための指針」に従って行われている。指針への適合確認の結果や栽培試験の状況などは、農林水産省のホームページ等によって公表されている。
 環境影響の評価を絶対的且つ普遍的なものにするため、本指針も科学的知見をもとに必要と考えられる評価項目を全て盛り込むことを基本として作成されており、新たに明らかにされた科学的知見等に対しては、追加試験に基づく評価項目の見直しなどを適宜実施している。このような環境影響に関する評価試験は、農業環境技術研究所を中心に行っている。
 環境影響においては、環境が異なる海外での調査結果を完全には国内に適用できないことから、わが国独自の調査データを蓄積していくことも必要である。更に、今後、国内で様々な遺伝子組換え植物が大規模に商業栽培されることを想定して、環境への影響について長期に渡ってモニタリングしていくことも重要である。また、環境影響調査には、植物学、生態学、微生物学、昆虫学、土壌学、気象学など多岐にわたる学問が関与するため、各分野の研究者の連携・強化を図ることも求められる。

2.5.3 食品としての安全性確保に対する取組

(1)安全性審査について
 遺伝子組換え食品の安全性審査は2001年4月から義務化され、食品衛生法に基づく「食品、添加物等の規格基準」に則って安全性審査を受けていない遺伝子組換え食品の製造、輸入、販売等が禁止となっており、違反した場合は罰則規定も適用される。安全性審査は、開発者から提出された安全性評価にかかる詳細な資料等に対して、専門家から成る薬事・食品衛生審議会で審査されている。具体的には、挿入遺伝子の安全性、挿入遺伝子により産生されるタンパク質の有害性の有無、アレルギー誘発性の有無、挿入遺伝子が間接的に作用し他の有害物質を産生する可能性の有無、遺伝子を挿入したことにより成分に重大な変化を起こす可能性の有無等について審査されている。審査結果は、厚生労働省のホームページや官報などを通じて、適宜公表されている。
 安全性審査基準についても、環境影響と同様に現在の科学的知見をもとに作成されていることから、例えば、アレルギー発症のメカニズム等の解明が進むなど、今後の科学的知見の集積に伴って、適宜改訂していくことが必要であろう。

(2)表示及びモニタリング検査について
 わが国では、遺伝子組換え食品が安全性審査に基づいた正しい流通を確保するため、表示の義務化及びモニタリング検査等が行われている。
 2001年4月より、農林水産省では消費者の選択に資するために、「農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律(JAS法)」に基づいて、厚生労働省では、公衆衛生の見地から「食品衛生法」に基づいて、遺伝子組換え食品等に対する表示の義務化を実施している。
 表示義務の対象農作物は、大豆、トウモロコシ、ジャガイモ、ナタネ、綿実、及びそれらを原材料とし加工工程後も組換えられたDNA又はそれによって生じたタンパク質が残る加工食品(大豆、トウモロコシ等)である。これらの対象農作物について、①分別生産流通管理が行われている遺伝子組換え食品の場合、②遺伝子組換え食品と非遺伝子組換え食品の分別生産流通管理が行われていない場合、③分別生産流通管理が行われている非遺伝子組換え食品の場合、の3種類に大きく分類し、①と②については義務表示、③については任意(表示は不要)表示としている。
 分別生産流通管理(Identity Preserved Handling System)とは、IPハンドリングとも呼ばれ、非遺伝子組換え農作物など特定の品種に対して、生産、流通及び加工の各段階で混入が起こらないよう管理し、そのことが書類などにより証明されていることを言う。一方、この管理が行われていない場合には不分別流通となる。わが国では、IPハンドリングを実施しても混入してくる意図しない遺伝子組換え農作物の許容量を原材料に占める重量割合の5%までとしている。現在、流通し、利用されている遺伝子組換え農作物は、安全性が確認されたものではあるが、消費者の商品選択の目的からは、今後もIPハンドリングの実施・管理が重要となってくる。

 モニタリング検査は、安全性未審査の遺伝子組換え食品が国内へ流入することを防ぐ目的や、表示が正しく行われていることを確認する目的などから、各検疫所や都道府県等で適宜行われている。安全性未審査の遺伝子組換え食品の検出には、食品毎の検体採取方法や検知法として「組換えDNA技術応用食品の検査方法について(厚生労働省食発第158号)」が通知されており、検査法の統一が図られている。

2.5.4 消費者への情報発信に関する取組

 遺伝子組換え技術の進歩や遺伝子組換え植物の開発が進む一方で、安全性に関する消費者の不安も広がっており、十分な情報提供を行いつつ、これらに関する社会的なコンセンサスを形成していく必要がある。
 平成12年度の農林水産省委託事業において、農林水産先端技術産業振興センター(STAFF)が実施した「組換え体の商業化に関する意識調査」では、消費者の受け容れについて食品製造・小売関係者とも、50%以上が「あまり受け容れていない」と回答しており、その理由としては、食品製造関係者の80%以上が「マスコミ情報から消費者に不安が広がっている」「国等の公的機関がその安全性について消費者にPRしていない」を挙げている。このような調査結果からも、行政機関等による積極的な情報提供・情報交換は重要であると言えよう。
 また、一般の市民が科学技術に参加し、それらの要請に行政機関が応えていくための試みとして、農林水産省からの委託を受けたSTAFFが2000年7月~11月に「遺伝子組換え農作物を考えるコンセンサス会議」を実施した。コンセンサス会議とは、専門家でない一般の市民が特定のテーマについて専門家の説明を受けた上で議論し、一定の合意を得る方式の会議である。このような取組は今後も重要であり、そのための専門家や行政機関の協力は必須である。
 経済産業省では、インターネットを活用したネットフォーラムを開催し、研究開発に関わる次期プログラムについての討議の公開や意見募集を行い広く意見交換を行っているところであり、テーマの一つである「生物機能を活用した循環産業システムの創造」の中で、遺伝子組換え植物に関する研究課題も取り上げられている。

 組換えDNA技術自体についても、文部科学省は、高等学校等での教材として組換えDNA実験を行いたいとする要請に応え、特に安全性の高い実験を対象とした「教育目的組換えDNA実験」を新たに位置づけることとしており、遺伝子組換え技術等の知識・理解を広く促進する取組を行っている。
 各行政機関や自治体では、以上のような取組の他に、ホームページを通じた安全性に係る各種検査・試験結果の公表、パンフレット作成、各種講演会の開催等に取り組んでいるが、今後一層の活動が求められる。また、各省や研究機関が持っている様々な情報(研究課題、栽培状況、安全性評価、検査結果、研究者情報、セミナーやコンセンサス会議の情報等)を、総合的にデータベース化し、網羅的に情報検索できるネットワークを構築していくことなども今後必要であろう。

2.6おわりに                     

 わが国における遺伝子組換え植物・食品の研究開発及び安全性確保に関わる取組について概観した結果、今後の課題として、主に以下の点が浮かび上がった。

【謝辞】

 本稿は、科学技術政策研究所において2001年3月28日に行われた筑波大学 鎌田博教授による講演会「遺伝子組換え植物・食品の研究現状と安全性確保」をもとに、我々の調査を加えてまとめたものである。
 本稿をまとめるにあたって、鎌田博教授には、ご指導をいただくとともに、関連資料を快くご提供いただきました。文末にはなりますが、ここに深甚な感謝の意を表します。