カーボンナノチューブ(CNT)は、炭素6員環が連なったグラファイトの1層(グラフェンシート)を丸めた円筒状の物質で、直径が1nm程度から数十nm程度、長さは約1μm程度である。CNTには、1層のみからなる単層CNT(single-walledCNT:SWCNT)と何層もが同心筒状になった多層CNT(multi-walledCNT:MWCNT)がある(図表1)。CNTは1991年にNECの飯島によってまずMWCNTが発見され、ついで1993年にSWCNTがNECとIBMのグループから同時に報告された。
近年、CNTが多くの特徴的性質を有することが解ってきた。例えば@形状(先端径が小さくアスペクト比が大きい)、A電子物性(グラフェンシートの巻き方と直径により半導体的であったり金属的だったりする、共鳴トンネル効果、電界効果によるトランジスタ特性など)、B吸着特性およびC優れた機械的特性などであり、これらの特徴を利用したさまざまな応用の可能性が開けてきた。本稿では、こうした優れた材料であるCNTを実用化する際の鍵となる製造技術について最近の動向を中心に解説する。
図表1 グラフェンシート、SWCNT、MWCNTの模式図
(科学技術動向研究センターで作成)
CNTの応用開発の進展を反映して、特許出願は近年著しく増加する傾向にある。わが国の公開特許公報件数の推移は図表2であり、CNTの応用に関する多くの提案がなされている。図表3には、CNTの応用が期待される用途の例を示す。
この中でSPM探針は実用化(SPM探針用MWCNTが2000年から市販)されており、また、CNTをエミッタとして用いたFEDの試作機が、伊勢電子工業、韓国のサムソン、NECから発表されている。
図表2 CNTに関連する公開特許公報件数の推移
| 公開年(西暦) | 公開特許公報件数 |
| 1994 | 9 |
| 1995 | 12 |
| 1996 | 10 |
| 1997 | 3 |
| 1998 | 11 |
| 1999 | 36 |
| 2000 | 57 |
| 2001年(5月まで) | 42 |
(特許庁データベースより「カーボンナノチューブ」をキーワードとして検索)
図表3 CNTの応用が期待される用途例
| 用 途 | CNTを用いる利点 | 開発状況 |
| 走査型プローブ顕微鏡(SPM)探針 | より微細構造の観察が可能など多くの利点 | 実用化段階 |
| 電界放出ディスプレイ(FED)用エミッタ | 発光ディスプレイ低消費電力化が可能 | 試作段階 |
| 水素吸蔵材料 | 高い水素吸蔵能力を示す燃料電池用水素吸蔵材料 | 基礎検討段階 |
| リチウム二次電池負極 | 従来材料より大容量の負極材料 | 基礎検討段階 |
| 電界効果トランジスタ | 集積回路の高密度化などが可能 | 基礎検討段階 |
| 複合材料 | 高性能な樹脂等の強化、伝導性付与材料 | 応用検討段階 |
(科学技術動向研究センターで作成)
一方、上記応用展開が図られる中で、CNTは現在のところ1日当たりの生産量がグラム単位という小スケールでしか製造できず、価格もグラム当たり1万円程度と非常に高い。これに対し、上記用途の中で、特に電界放出ディスプレイ(FED)用エミッタ、水素吸蔵材料、リチウム二次電池負極、複合材料に使用された場合のCNT使用量は大量となりしかも安価なことが必要である。今後、CNTの実用化が進むためには、低コストで1日当たり数キログラム程度以上のまとまった量を合成する製造技術の開発が必須であると言える。
また、前述したようにCNTにはMWCNTとSWCNTがあり、また同じCNTでもチューブ直径などの違いにより特性が変化する。MWCNTはFED用エミッタ、複合材料用途等に、SWCNTは水素吸蔵材料、リチウム二次電池負極用途等に適していると言われているが、用途に応じてCNTを作り分けることも必要になる。
CNTは、一般に、炭素または炭素原料を必要に応じて触媒の存在下、高温条件に置くことにより合成される。主な合成法の概要および特徴を以下に示す。
(1)アーク放電法
大気圧よりやや低い圧力のアルゴンや水素雰囲気下、炭素棒の間に20V50A程度のアーク放電を行うと、陰極堆積物の中にMWCNTが生成される。また炭素棒中にニッケル/コバルトなどの触媒を混ぜてアーク放電を行うと、容器の内側にすすとして付着する物質の中にSWCNTが生成される。アーク放電法では欠陥が少なく品質の良いCNTが得られるが、まとまった量を得るのは難しいと言われている。
(2)レーザ蒸発法
ニッケル/コバルトなどの触媒を混ぜた炭素にYAGレーザの強いパルス光を照射するとSWCNTが得られる。比較的高い純度のSWCNTを得る事ができ、また条件変更によりチューブ径の制御が可能であるが、収量が少なく、CNTの工業的製造技術としては難しいと言われている。
(3)化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition:CVD法)
炭素源となる炭素化合物を500〜1000℃で触媒金属微粒子と接触させることによりCNTが得られる。触媒金属の種類およびその配置の仕方、炭素化合物の種類などに種々のバリエーションがあり、条件の変更によりMWCNTとSWCNTの何れも合成することができる。また、触媒を基板上に配置することにより基板面に垂直に配向したCNTを得ることも可能である。
この方法は、原料をガスとして供給出来るために大量合成に最も向いている手法と言われているが、合成されたCNTは一般に欠陥が多い。
以上、まとまった量のCNTを合成するにはCVD法が最も向いており、比較的量は少なくても欠陥の少ないCNTを合成したい場合はアーク放電法が向いていると考えられる。レーザ蒸発法はCNT生成機構の解明など研究目的に限定されると思われる。
まとまった量のCNTを製造する技術について、まずCNTの大量合成に向いているとされるCVD法の検討状況、次いで欠陥の少ないCNTが得られるアーク放電法の検討状況、最後に新しく提案されている方法を述べる。
CNTの大量合成に向いていると考えられるCVD法について検討が進んでいる。試験プラントが稼動している流動触媒法およびゼオライトに担持した触媒を用いる二つの方法について以下に紹介する。
(1)流動触媒法
信州大学の遠藤教授の気相成長炭素繊維の合成法を、物質工学研究所(現産業技術総合研究所新炭素系材料開発研究センター)湯村リーダーらが発展させた方法で、触媒微粒子をあらかじめ基板上に置く方法ではなく、触媒微粒子あるいはCVD条件下で触媒微粒子に転化する触媒前駆体を分散させた原料炭化水素(ベンゼンやトルエンなど)を水素と共に約1000℃に加熱した反応器に送り反応させてMWCNTを得る方法である。触媒としては鉄、コバルト、ニッケルなどを用いる。後処理として、1200℃に加熱してCNTに付着しているタール分を飛ばし、さらにグラファイト化が不十分な部分を2000℃の高温で処理してグラファイト化する。
本プロセスによるパイロットプラントが昭和電工に設置され、現在、製造条件の検討がなされている。昭和電工の発表によれば1時間当たり約200グラムの生産能力(1日当たり数キログラムに相当)を確認したとの事であり、この規模の生産能力を有するプラントとしては世界初となる。
(2)ゼオライト担持触媒法
名古屋大学の篠原教授らは、鉄/コバルトを多孔性珪酸塩の一種であるY型ゼオライト上に配置した触媒粉末にアセチレンとアルゴンの混合ガスを600〜900℃で接触させると不純物の少ないCNTが得られると報告している。接触条件を変える事によりSWCNTとMWCNTを作り分けることが可能であり、また、ゼオライトの種類を変える事により生成するCNTの形状が変化するとの事である。ゼオライトとCNTの分離は、ゼオライトをフッ酸で溶かすことにより行う。
篠原教授らは、この手法はスケールアップが容易と見ており、今後スケールアップの検討を進めるという。
アーク放電法は、欠陥が少なく品質の良いCNTが得られる一方で、スケールアップが難しいとされてきた。しかし、ごく最近新しい展開があった。豊橋技術科学大学の滝川助教授は、特殊な反応容器を必要とせず、大気圧・大気中でCNTを合成出来る事を見出した。滝川助教授は、大量製造プロセスの構築が可能とみており今後の進展が待たれる。
工業的製造方法を想定した全く新しい独自の方法が提案されている。二つの方法について以下に紹介する。
(1)炭素源としてカルビン類を用いる方法
大阪ガスが開発した方法で、ポリ四フッ化エチレンをマグネシウムで還元してカルビン類を生成し、電子線などを照射してカルビン類からCNTを合成する(図表4)。比較的温和な条件で合成出来、量産性の点でも従来法に比べて優位性があるとしている。
(2)炭素前駆体ポリマーチューブを炭素化する方法
シェルが炭素前駆体ポリマー(ポリアクリロニトリルなど)、コアが熱分解消失性ポリマー(ポリエチレン)から成るコア/シェル粒子を熱分解消失性ポリマーに分散させる。この混合物を溶融紡糸してコア/シェル粒子を棒状に引き伸ばした後、不融化/炭素化工程を経てCNTを得るというユニークな方法で、群馬大学の大谷教授が提案している(図表5)。
大谷教授は、本方法が従来の炭素繊維製造条件に近いので大量製造に向いているとしている。
図表4 炭素源としてカルビン類を用いる方法

(大阪ガス資料より科学技術動向研究センターで作成)
図表5 炭素前駆体ポリマーチューブを炭素化する方法

(群馬大学大谷研究室資料より科学技術動向研究センターで作成)
CNTの基礎及び用途開発研究が進んでいる米国について製造法の検討状況を述べる。
いくつかの米国のベンチャー企業がCNT合成法の提案をしている。
ハイペリオン・キャタリシス社は鉄などの触媒を用いたCVD法でCNTを合成する特許を有している。しかしながら現在の開発ステージは不明である。また、最近、フラーレンの研究でノーベル賞を受賞したライス大のリチャード・スモーリー教授らが興したベンチャーは、わが国では製造技術の開発があまり進んでいないSWCNTについて、高温・高圧下で一酸化炭素を触媒と接触させてCNTを合成するという方法により、1日当たりキログラム単位の生産能力を持つパイロットプラントの建設を計画していると発表した。
我国で発見されたCNTは、そのユニークな特性から様々な用途への応用が期待されるナノ材料である。今後、CNTの応用開発を進める上で、製造技術は重要技術の一つであると考えられる。
現在のところ、CNTを1日当たりキログラム単位で合成することをプラントレベルで検討しているのは、流動触媒CVD法を採用した昭和電工(MWCNT)のみである。現在、製品CNTの品質・コストなどを評価中とのことで、結果が待たれる。
他方、CNTの大量合成を想定した新しい合成法の提案もいくつかなされているが未だ小スケールの実験室段階の検討である。今後、スケールアップを行い、品質・コストを含めたプロセスの可能性を見極める必要がある。更に、本稿では触れなかったが、CNTは溶媒に溶けないために分離・精製が難しく、この面の技術開発も課題である。
また、CNTは前述のようにチューブ直径などの違いにより特性が変化するのでこれらを制御する必要があるが、この点に関しては実験室での基礎検討の段階であり、任意のCNTを作り分けるレベルには至っていない。CNT生成メカニズムに関する更なる検討など基礎的研究も必須である。
一方、FED用エミッタに使用されるCNTと水素吸蔵材用CNTとでは要求されるCNT純度が異なると言われ、用途によって要求されるCNTの特性が異なる。製造技術開発に当たって注意しておかなければならない。
CNTの需要見通しがまだ確定せず、製造条件がやや特殊でスケールアップ検討の費用がかかる事からか、企業におけるCNT製造法への取り組みはあまり進んでいないように見える。その為、前述の大学を中心とした基礎研究の成果について、工業化検討を得意とする企業への橋渡しが必ずしもうまくいっていないように思われる。
前述したように、米国ではCNTの研究者自らが、ベンチャー企業を興し積極的に研究成果を企業化する方向にあり、わが国においてもこうした事例を大いに参考にすべきと考えられる。