3.特集:新規超伝導体MgBと研究開発動向

材料・製造技術ユニット  名嘉 節

3.1 はじめに                     

 青山学院大学の秋光純教授のグループによる二ホウ化マグネシウム(MgB2)の超伝導の発見というニュースは、当初仙台市で開催された研究会で口頭発表されたが(2001年1月10日)、科学雑誌Natureにおける発表(同年3月1日)を待たず世界中をかけめぐった。これまでに世界中で多くの研究が進められ、基礎的なデータが次々と発表されている。
 MgB2の臨界温度(Tc)は、金属系超伝導の限界とされている20~30Kを越えた39Kであるため、冷凍機で比較的簡単に到達できる温度(約20K)で使用できる可能性が高く、その実用性が注目を集めている。
 本稿では、まず、これまでの超伝導研究開発を概観し、次にMgB2について現在までに明らかになっている特性や応用可能性、国内外の研究開発の状況を中心に考察する。

3.2 これまでの超伝導研究開発の動向   

3.2.1 超伝導体発見の歴史

 1911年、オランダの低温物理学者Kamerlingh Onnesにより初めて超伝導(水銀、臨界温度4K)が発見された。以来、金属系超伝導(一般に臨界温度が低く low temperature superconductor LTSと呼ばれている)の臨界温度は長い年月をかけて上昇し、1970年代に23K(Nb3Ge)に達した。現在、磁気共鳴イメージング(MRI)などに用いられているNbTiは、このLTSの一つである。
 一方、高温超伝導体(High temperature super-conductor HTS)は1986年にIBMチューリッヒ研究所のBednorzとMullerにより発見され、その臨界温度は数年のうちに130K(水銀系)まで上昇した。それ以降は更に臨界温度の高い物質は見つかっていない。液体窒素温度の77Kで使用可能な超伝導体として、実用化をめざし開発されているのは、主にビスマス系(臨界温度110K)とイットリウム系(同92K)である。
 有機物の超伝導探索は、1970年代から本格化し、1980年に(TMTSF)2PF6で初めて発見された。その後多くの物質が合成され、現在、最高の臨界温度は12Kである。次にフラーレン(C60)の超伝導は、1991年に発見され、現在の最高の臨界温度はPbCs2C60の33Kである。最近、電界効果素子構造のC60で臨界温度52Kの超伝導転移が発見され注目を集めている。

図表1 近年の超伝導体の発見

1980年 パリ南大学のD. Jerome他が超伝導有機物体(TMTSF)2PF6を発見。
1986年 IBMチューリッヒ研究所のBednorzとMullerが酸化物高温超伝導体を発見。
1991年 フロリダ大学のA. F. Hebard 他がフラーレン(C60)の超伝導を発見(カリウムをドープしたC60)。
2000年11月 ベル研究所のB. Batloggのグループが電界効果素子(FET)構造を用いたC60の超伝導(臨界温度52K)を発見したと発表。同時に多環芳香族炭化水素のアントラセン、ペンタセン、テトラセン、高分子であるポリチオフェンも超伝導に転移することを発表。
2001年
3月
青山学院大学の秋光純教授のグループはMgB2が39Kで超伝導になることを正式発表。
2001年
4月
物質・材料研究機構の宇治進也他はλ-(BETS)2FeCl4が18テスラ以上の高磁場で磁場誘起超伝導を起こすことを報告。

(科学技術動向研究センターで作成)

3.2.2 応用に向けた研究

 LTSおよびHTS材料を用いた応用研究が以下の用途を中心に進められている。

(1)電力システム
 省エネルギーや電力システムの安定化のために、HTS超伝導材料を用いた電力ケーブル、変圧器、超伝導磁気エネルギー貯蔵システム(SMES)、フライホイール電力貯蔵用の超伝導軸受けなどの開発が行われている。

(2)MRI、NMR(核磁気共鳴)用の超伝導マグネット
 NbTiやNb3SnなどのLTS線材を用いた製品が出荷されている。20テスラ以上のNMR用超伝導マグネットに必要なLTSおよびHTS線材の開発が行われている。

(3)情報デバイス、フィルター
 LTSやHTSを用い、高速演算を実現する次世代情報デバイスとして期待されている単一磁束量子(SFQ)素子や、携帯電話基地局用の受信フロントエンドに用いる超伝導受信フィルターの開発が進められている。

(4)センサー
 高感度磁束計、高分解能X線分析装置、LSI検査などに用いられる高感度質量分析装置などに、LTSを用いたSQUIDを応用することを目指した開発が行われている。

(5)磁気分離
 強力な磁石であるHTSバルク材料や超伝導マグネットを用い、水質浄化や環境ホルモンの除去を目指した磁気分離浄化装置などの開発が行われている。

 HTS材料は、高性能で高い経済性を期待されている。その応用を目標としたプロジェクト研究で、HTS材料製品が確立されるまでは、まずその時点で利用可能なLTS材料製品を用い機器開発を進め、HTS製品が使用可能になった時点でLTS製品と入れ替えるという戦略で進められている。
 民間における超伝導技術開発は米国ではベンチャー企業中心、日本では大企業中心である。欧州では、大企業とベンチャーの両方により取り組まれている。

3.2.3 日本の研究開発動向

 大学では、新規超伝導体の探索、デバイス、線材化技術や電力システムに関わる機器などが取り組まれている。金属材料技術研究所(現物質・材料研究機構)は10テスラ以上の高磁場発生に用いられているNb3Sn線材の開発、ビスマス系HTS発見などの研究を進め、1987年に開始された文部科学省(旧科学技術庁)のマルチコアプロジェクトにおいて、HTS線材技術の開発、世界初の900MHz-NMRの開発などを行っている。
 経済産業省(旧通商産業省)と民間企業が設立した国際超電導産業技術研究センター(ISTEC)では、基礎物性、電力システム、情報デバイス、バルク材などの研究開発を進めている。
 超伝導線材は、ここ10年間は古河電工や神戸製鋼など電線メーカー主導で開発されてきた。最近では、電力中央研究所、東京電力、住友電工の3者による100メートル長のHTS電力送電ケーブルの通電試験が開始されている。
 超伝導デバイスについては、東芝によるHTSジョセフソン素子開発、三洋電機やシャープによるHTS磁気センサー、日立の100GHz動作の単一磁束量子(SFQ)素子を用いたADコンバーター開発など電機、通信関連企業の開発が進展している。
 現在、超伝導を用いた製品で大きい市場はNMRとMRIの超伝導マグネット関連分野である。NbTiやNb3SnなどのLTS材料が使用されており、その年間市場は約100億円と見積もられている。日本で実用化されているLTS線材は、世界的のトップレベルの品質にあるが、現在厳しい価格競争にさらされている。

3.3 二ホウ化マグネシウムMgB2の超伝導  

 MgB2の超伝導のニュースは、超伝導研究者のみならずマスコミからも大きな関心を集めた。MgB2の超伝導臨界温度は、イットリウム系やビスマス系と呼ばれる銅酸化物超伝導体の90K~110Kには及ばない。しかし、比較的高い臨界温度を有する材料が銅酸化物以外に見いだされたことは注目に値する。

3.3.1  MgB2の基礎物性と超伝導発現機構

 なぜMgB2が比較的高い臨界温度を持っているかを解明するための研究が、世界中で精力的に進められている。これは、類似の化合物でより高い臨界温度を持つものが存在するかを考える上でも重要な意味を持っている。
 当初、MgB2が「金属系超伝導」と呼ばれたのは、実用化されているNbTiなどの金属系超伝導体(LTS)と同様に、格子振動と電子の相互作用を媒介とするBCS機構で発現する超伝導体と考えられたからである。一般に、BCS機構では臨界温度の上限は20-~30K程度と考えられていた。しかし、MgB2が39Kであることから、MgB2の超伝導がBCS機構の延長上にあるのか、あるいはHTSで考えられている磁気的相互作用を媒介とする機構なのか、それとも全く新しい機構なのかが現在、議論の的になっている。
 BCS機構を仮定すれば、格子を形成する10Bを同位体の11Bで置換すると、格子の振動エネルギーが低下し、その結果として臨界温度は減少すると考えられる。実験の結果、BCS機構で予測される値の約半分であるが、温度は約1K低下することがわかっている。したがって、現在までのところ、他のいくつかの実験結果も踏まえて、MgB2の超伝導はBCS機構であると考える研究者が多い。

3.3.2 応用の可能性

 すでに実現している、あるいは開発中の超伝導応用と使用材料を図表3にまとめた。MgB2については使用される可能性があるものを載せている。MgB2は広い分野でその応用の可能性があることがわかる。MgB2が実用上注目される理由として、①冷凍機で比較的簡単に到達できる温度20Kで使用できる可能性があること、②もろさを補うために銀シースが必要で、またHTS結晶の方向をそろえることも必要なHTS線材と比較して、製造コストがかなり低くなること、③強度が高い線材ができることが予想されること、があげられる。このような特性をもつことから、大きな応力がかかるSMESや加速器、核融合用マグネットへの応用も期待されている。
 応用で重要になる材料特性は、臨界温度(Tc)、臨界磁場(Bc2)、臨界電流密度(Jc)である。Jcが磁場中で10万アンペア/平方センチメートルに達すれば電磁石材料として使用できる可能性がでてくる。
 本年7月、物質・材料研究機構で開発された線材は、ステンレス管にMgB2粉末を充填し形成加工したもので、熱処理加工せずに磁場中(1テスラ)でJCが4Kで約45万アンペア/平方センチメートル、20Kで約10万アンペア/平方センチメートルに達することが報告されている。一般に、BC2やJCは線材の加工法や微量元素などの添加により向上させることが可能であり、MgB2の場合も更に向上が期待できる。

図表2 MgB2の位置付け

図表2 MgB2の位置付け

図表3 超伝導応用と使用材料

超伝導応用 材料(使用温度)
電力ケーブル HTS(77K)
SMES LTS(4K)      HTS(77K)    MgB2(20K)
MRI用マグネット LTS(4K)                MgB2(20K)
NMR用高磁場マグネット LTS(4K以下)   HTS(4K以下)
加速器、核融合用マグネット LTS(4K)                MgB2(4K)
リニアモーターカー            HTS(77K以下) MgB2(20K)
情報デバイス LTS(4K)                MgB2(20K)
センサー LTS(4K)                MgB2(20K)
バルク(磁石)            HTS(77K)

(図表2、3ともに科学技術動向研究センターで作成)

3.4 MgB2に関する日本および海外の研究動向

 MgB2の超伝導発見が、2001年1月に口頭発表された直後からMgB2超伝導に関する論文が米国ロスアラモス国立研究所、アイオワ州立大学、青山学院大学などのプレプリントサーバーに登録公開され始めた。アイオワ州立大学の場合で5月末までに202報の論文が確認できる。このうち日本から発信されたのは十数%であり、1986年の酸化物超伝導発見後の日本からの発信に比べると低い水準にある。

3.4.1 日本の取り組み

(1)超伝導特性等の研究
 MgB2への第3元素の添加効果や関連のホウ化物、ホウ素炭化物などを中心に超伝導物質の探索やMgB2の超伝導特性研究が多くの大学や物質・材料研究機構などで行われている。

(2)線材化技術の研究
 物質・材料研究機構が線材化研究に取り組んでいる。日本の線材メーカーは、線材化技術の開発に取り組んでいるものの、MgB2は液体窒素冷却で使用ができないこと、LTSやHTSと比較して特性(JcやBc2)が及ばないことから実用化には慎重な姿勢である

(3)超伝導デバイスの研究
 NECはMgB2を用いて単一磁束量子(SFQ)素子回路の作製に乗り出している。LTSであるニオブを用いたSFQ素子回路と比べ、より高温のMgB2のほうがコスト面で有利になるためである。
 また、HTSと比較して優れた超伝導特性を持つことからデバイス特性の向上が望めるとともに、結晶構造がシンプルなので薄膜の高品質化が容易であることが予想される。

3.4.2 海外の取り組み

(1)超伝導特性等の研究
 超伝導特性および線材化・薄膜化などの研究が特に意欲的に取り組まれている。
 良質の薄膜特性を韓国Pohang大学が、酸素添加による超伝導特性向上を米国ウイスコンシン大学が報告している。超伝導特性など基礎研究は、欧米を中心に韓国、中国など多くの大学が論文を発表している。

(2)線材化技術の研究
 線材の特性は、Ames研究所、ルーセントテクノロジー社のAgere Systems、欧州では、英国Imperial collegeなどが特性向上技術に関して注目すべき結果を報告している。米国の線材メーカーは、MgB2の性能を超える新しい高性能超伝導ホウ化物の登場の可能性を見据えながら、MRIやSMESなどへの使用を考え、ホウ化物の線材化技術開発に乗り出しているが、商業化にはまだ慎重な姿勢である。これまでに酸化物で培ってきた脆い材料の線材化などの製品化技術は、ホウ化物材料に応用可能であると考えている

(3)超伝導デバイスの研究
オランダや米国などでもMgB2を用いたSQUID素子やジョセフソン素子の研究開発が進行している。特に、オランダのTwente大学は、ナノ微細構造(70nm×150nm×150nm)の弱結合を用いたSQUIDの動作を確認し、高集積化の可能性を示している。

3.5おわりに                     

 金属系でありながら、高い臨界温度を持つMgB2超伝導の発見は基礎科学の面からも極めて重要な発見である。MgB2はシンプルな結晶構造を持つ超伝導体であるため加工が容易で応用可能性が高い。このような軽い元素からなる化合物領域が今後の物質探索件研究の重点化すべき領域の一つとなろう。MgB2の超伝導機構の解明は、更に高い臨界温度を持つ新しい物質を見出す指針となり、探索および実用化研究を戦略的に進めることが可能になる。
 MgB2の研究は、わが国の研究者が開拓した領域で、これまで述べたように大きなインパクトをもたらし得るものであり、わが国としてさらに力をいれて新物質探索から線材化、薄膜製造などの応用に至る技術開発を総合的に進めるべきである。

用語解説及び補足説明

磁場や電流を印加した状態で超伝導状態を安定に保つためには、その電流や磁場の大きさに応じて冷却温度を臨界温度よりさらに下げなければならない。超伝導マグネットなどの場合は、使用している超伝導体の臨界温度より低温で使用しなければならない。

SQUID
 超伝導量子干渉素子のこと。この素子を用いると微弱な磁場を測定することができる。

「NMR/MRI技術の開発について」超伝導科学技術研究会、2001年3月

プレプリントサーバー
 通常、研究論文は投稿・審査・受理・印刷発送の手順であつかわれ、受理前に公開されることは少ない。ところが、最近は審査・受理前の論文をインターネット上で公開することが多くなり、研究に先鞭をつけたい研究者は積極的に論文をプレプリントサーバーと呼ばれるインターネット接続された論文の登録公開サービスを提供するコンピューターに保存している。さらに、審査中、審査後の論文もそのサーバー中に残しておけ、自由に閲覧できる。

SUPERCOM, Vol.10, No.2, (2001)より

Agere Systems
 ルーセントテクノロジー社の元マイクロエレクトロニクス部門で、現在は子会社として独立している。