2.特集:情報通信分野の注目動向

〜移動通信システムの研究開発動向〜
情報通信ユニット 清貞智会、客員研究官 山田肇

2.1 緒言

 2001年5月、世界に先駆けてわが国で第三世代移動通信システムのサービスが開始される。第三世代システムの実用化に目処が立った現在、研究開発の最前線は第四世代移動通信システムへと移行している。
 本稿では第四世代の研究開発動向を解説するとともに、今後、わが国において望まれる取り組みについて考察する。

2.2 移動通信システムを取りまく環境

2.2.1 第三世代移動通信システムの概要

 第三世代移動通信システムはIMT-2000(International Mobile Telecommunications 2000)とも呼ばれる。2000年頃の実用化、2000メガヘルツ帯の利用、データ通信速度2000キロビット/秒程度にかけた愛称である。第三世代システムの開発目標は、一つの携帯電話が世界中で利用できること、インターネットとの親和性を高めることであった。
 しかし、実際には標準化の過程で各国、各企業の思惑が激突し、完全な世界共通化は挫折した。そして、日欧方式あるいはW-CDMAと呼ばれる方式と、米国方式あるいはcdma2000と呼ばれる方式が実用化されようとしている。

2.2.2 わが国の状況

わが国では現在、第二世代PDC方式が普及している(国内シェア88%)が、PDC方式の世界市場におけるシェアは小さく、海外での利用は困難である(図表1参照)。
 また、「iモード」をはじめとする各種インタ−ネット接続サービスの急速な普及により、携帯電話は「音声通話の道具」から「データ通信もできる道具」へと変化をしているが、第二世代システムは音声通話に最適化されており、大量データ通信には不向きである。
 こうした背景から、わが国では世界中で利用でき、またインタ−ネット利用にも適した第三世代移動通信システムへの期待が大きい。

図表1 移動通信システムの加入者数

技術の世代 無線方式 加入者数(百万) 世界市場シェア(%)
第二世代(デジタル) GSM 397 60.7
cdmaOne 76 11.6
PDC 50 7.6
その他 56 8.6
第一世代(アナログ) 75 11.5
合計   654  

GSM Associationの公式Webサイトより
http://www.gsmworld.com

2.2.3 欧州の状況

 第三世代システムの将来性に対する過度の期待からライセンスのオークション価格が高騰し、落札した事業者の第三世代へ向けた設備投資を困難にするという問題が生じている。
 また、第二世代GSM方式を改良した2.5世代方式(GPRS方式、EDGE方式、HDR方式など)の開発が進み、これらの伝送速度が現時点での第三世代方式の速度に近づきつつある。
 欧州統一規格であるGSM方式は、世界市場でのシェアが大きく(図表1参照)、世界中で利用でき、しかも周波数帯にはまだ余裕がある。
 これらを背景として、欧州では、わが国ほど第三世代システムへの期待は大きくない。

2.2.4 米国の状況

 米国では、第二世代移動通信システム(GSM方式、cdmaOne方式)の普及が進む一方で、依然、第一世代のアナログ方式の利用者も多い。現在のところ、両世代ともに周波数帯に余裕がある。
 また、欧州と同様に、第二世代方式のデータ通信速度を向上させた2.5世代システムの開発が進んでおり、米国でも第三世代への期待はわが国ほど高くない。

2.3 第四世代移動通信システムの技術動向

2.3.1 システムの開発目標

 移動通信システムの性能は、どの程度移動しながらシステムを利用できるを示すモビリティと、データ通信速度の二つを組合せて評価できる。
 第二世代PDCはモビリティが高いが、データ通信速度は9.6キロビット/秒と低い。次に登場したPHSでは、モビリティは低いものの伝送速度は64キロビット/秒に向上した。なお、当初低かったPHSのモビリティは、次第に向上している。これからサービスが始まる第三世代システムでは、モビリティが改善され、また高速移動中にも100キロビット/秒以上の伝送が可能となる。
 このように、移動通信システムでは、モビリティとデータ通信速度が交互に改善されてきた(図表2参照)。
 第四世代の規格は未定であるが、こうした流れに沿って、数10メガビット/秒以上の高速データ通信の実現が目標となるであろう。
 わが国においては、2001月6月に情報通信審議会が第四世代システムなどに関する答申をまとめ、その後、国際電気通信連合の無線部門(ITU-R)へ提案する。同部門では、各国の提案について審議し、2010年までに規格を決定することになっている。
 検討段階では、2010年ごろを目処に、歩行状態で100メガビット/秒、車両などによる移動状態で数10メガビット/秒の高速伝送の実現が期待されている。
 一方、第三世代システムの開発と並んで、無線LANの開発が進んでいる。無線LANは、狭いエリアでの利用が前提となるためモビリティは高くないものの、データ通信速度は第三世代システムの速度以上であり、オフィスを中心に普及する見通しである。
 こうした、第三世代や無線LANの開発動向を勘案しながら第四世代システムの開発が進む可能性もある。

図表2 移動通信システムの発展

図表2 移動通信システムの発展

2.3.2 システムのIP化

 情報通信審議会は、第四世代移動通信システムのIP化を検討している。IP化により、端末と基地局の間の無線区間および基地局間の有線区間で、音声を含むすべてのデータがIPパケットで伝送され、移動通信システムとインターネットの融合が本格化する。
 ただし、既に3GPP(3rd Generation Partnership Project)などで第三世代移動通信システムのIP化も検討されおり、ここ1、2年で仕様が定められる予定である。これにより、第四世代システムが実用化される前に、移動通信システムのIP化が進む可能性がある。

2.3.3 システムのキーテクノロジー

(1)MMAC

 MMAC(Multimedia Mobile Access Communication Systems)は、光ファイバ・ネットワークとシームレスな接続が可能な超高速、高品質な通信システムであり(図表3参照)、2002年頃のサービス開始を目標としている。わが国では、MMAC推進協議会が中心となり、国内外の主要な電気通信事業者やメーカーが合計100社以上参加して、MMACの開発に取り組んでいる。
 また、ヨーロッパのBRAN(Broadband Radio Access Networks)や米国のU-NII(Unlicensed National Information Infrastructure)と呼ばれる企業中心のプロジェクトとも連携している。通信市場は国際化しており、一国だけに通用するような規格では、もはや市場を獲得することができない。したがってこのような国際協調が不可欠となっている。

図表3 MMACの主な仕様概要

高速無線アクセス 超高速無線LAN 5GHz帯移動アクセス 無線ホームリンク
伝送速度 30Mbps 156 Mbps 20〜25 Mbps 30〜100 Mbps
モビリティ 静止〜歩行 静止 静止〜歩行 静止〜歩行
周波数帯 25,40,60GHz 60 GHz 5 GHz 5,25,40,60 GHz

Mbps:メガビット/秒 GHz:ギガヘルツ
 MMAC推進協議会公式Webサイトより
http://www.arib.or.jp/mmac

(2)OFDM

 OFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)は、MMACで有望と考えられている無線方式の一つで、一度に多くの周波数を使用して、全体として高速データ通信を実現する。一つの周波数を利用していた従来の無線方式に比べ、マルチパス環境下で、より高速化が可能となる。
 OFDMは、もともとヨーロッパでデジタル放送向けに開発された技術である。現在、わが国では、企業や大学が中心となってOFDMの研究開発を進めており、既に5ギガヘルツ帯における移動アクセスが実用化されている。米国も、2000年3月、OFDMフォーラムを発足し、積極的に研究開発に取り組んでいる。

(3)ソフトウェア無線

 ソフトウェア無線とは、ソフトウェアで状況に応じて、対応周波数、通信方式などに関するハードウェア機能を変更することにより、どんな無線方式にも対応できる「万能無線機」を実現する技術である。
 PDC、GSM、cdmaOne、W-CDMA、cdma2000など、今後しばらくは市場で様々な方式が混在する見通しだが、ソフトウェア無線を利用すれば、各々に対応したハードウェアを用意する手間が省ける可能性がある。
 国内では旧郵政省が違法電波を探索するシステムとして開発したことが端緒になっている。各国におけるソフトウェア無線の研究開発状況は、図表4の通りである。

図表 4 ソフトウェア無線開発の取り組み

団体 活動
日本 ソフトウェア無線研究会 ・電子情報通信学会において、産学官の専門家が参加
・理論、技術、システム応用、標準化に関する研究
欧州 SORTプログラム ・産学官の専門家が参加
・衛星と地上波の両方で使用できるソフトウェア無線技術の研究
SLATSプログラム ・産学の専門家が参加
・第二世代と第三世代を共用するソフトウェアモジュールの開発(商用目的)
PROMURAプログラム ・産学の専門家が参加
・500MHz〜2500MHzをカバーの広帯域無線回路の開発
米国 Glomoプロジェクト ・DARPAがスポンサーとなり、産学の専門家が参加
・分散パケット無線ネットワークの研究開発
世界 SDRフォーラム ・北米、欧州、アジアの産学官の専門家が参加するオープンな非営利団体
・標準インターフェースの設計や市場予測

(科学技術動向研究センター作成)
SORT(Software Radio Technologies)
SLATS(Software Libraries for Advanced Terminal Solutions)
PROMURA(Programmable Multimode Radio for Multimedia Wireless Terminals)
Glomo(Global Mobile)
DARPA(Defense Advanced Research Projects Agency)
SDRフォーラム(Software Defined Radio Forum)

(4)AAA

 AAA(Adaptive Array Antenna)は、スマートアンテナとも呼ばれ、複数のアンテナを基地局あるいは端末に並べて、それぞれの送受信信号を独立に制御することで、ある方向の電波のみの送受信を実現する。
 第四世代システムでは、一度に第三世代以上の大量データが伝送されるため、マイクロ波帯のような高い周波数が使われる可能性が高い。この結果、ビルからの反射波や他ユーザの信号による干渉が深刻化することが懸念されており、AAAの干渉抑制能力に大きな期待が寄せられている。
AAAの研究開発の変遷を、図表5にまとめる。

図表 5 AAAの研究開発経緯

時期 活動
黎明期 米国 ・1960年代、敵方の妨害電波を除去する軍用技術としてAAAの研究を開始。
日本 ・1980年代初め、世界に先駆けAAAの移動通信システムへの応用研究を大学で開始。
世界 ・日本の動きを受け、世界中で応用研究が始まったが、その後、大きな流れにはならなかった。
転換期 欧州 ・1990年代半ば、AAA理論の実証を目的としたTSUNAMI (Technology in Smart antennas for the Universal Advanced Mobile Infrastructure)プロジェクトを実施。
発展期 世界 ・欧州のTSUNAMIプロジェクトを契機に世界中でAAAの研究開発が活発化。
日本 ・1999〜2000年、社団法人電波産業会がAAAのPHSへの応用を目差したプロジェクトを実施し、PHSメーカーやその他関連メーカーが参加。
・第四世代システムを視野に入れて、通信総合研究所、大手通信事業者、大手メーカーおよび大学が独自に、あるいは一部連携して研究開発を推進中。
欧州 ・一つのプロジェクトが終了すると、研究内容が少し異なるプロジェクトが始まり、継続的に研究開発が展開されている。
米国 ・複数機関によるプロジェクトは少なく、主にメーカーが独自に商品開発を実施。

(科学技術動向研究センター作成)

(5)自律分散型無線情報ネットワーク

 自律分散型無線情報ネットワークは、移動体同士が自律的につながり、従来の基地局を利用せずに通信するネットワークである(図表6参照)。現在、国内外の大学や企業で活発に研究開発が行われている。
 電話網は何年も時間をかけて大規模な投資を重ねて構築されてきた。しかし、これからは、利用者がその場にある資源を利用して自由自在にネットワーク(アドホック・ネットワーク)を構築できる可能性が高まった。
 移動通信におけるアドホック・ネットワークの実現例として、自動車が基地局となり、お互いに渋滞情報、事故情報および気象情報などを交換する場合(図表7参照)や、持ち寄った携帯端末(ノートPCや携帯電話など)でネットワークを組み、「どこでもオフィス・どこでも会議室」を実現する場合などが期待されている。

図表 6 従来タイプと自律分散タイプ

(従来のネットワーク) (自律分散型無線情報ネットワーク)
図表6−1 従来のネットワーク 図表6−2 自律分散型無線情報ネットワーク
携帯電話Aから携帯電話Cへ電話するには、同じセル内でも、基地局Bを通す必要がある。 移動体同士が自律的につながり、基地局を通さず通信する。

図表 7 自動車同士が通信するアドホック・ネットワーク

図表 7 自動車同士が通信するアドホック・ネットワーク

2.3.4 システムの無線方式と標準化

 第四世代の方式について、ITU-Rの審議がこれから始まる。OFDMなどの新しい方式を採用する案とともに、無線LANや第三世代までの方式を混在して採用し、互換性の向上および各々の方式をさらに改良していくという案も出ている。現在は、これらを考慮しつつ、産官学における研究開発が先行している。

2.4 第四世代システムの電波配分

 第四世代移動通信システムが普及するためには、周波数の十分な割り当てが不可欠である。
 わが国では、携帯電話の急速な普及により、移動通信用の周波数帯が逼迫しており、第四世代システムのための周波数の新規配分、あるいは再配分が求められている。
 電波配分に関して政府のIT戦略会議は、2001年1月に発表した「e-Japan戦略」の中で、「オークション方式なども考慮に入れた電波の公正・透明な割り当ての検討・実施」を提案している。実際、米国をはじめとする多くの先進国では、オークションによる競争導入を軸とする電波資源配分制度の改革が進行している。
 ただし、この方式は平等な電波配分の機会を与え、競争を助長する点では優れているが、欧州を中心に、第三世代システム用ライセンスの価格が高騰し、サービス開始時期の延期や、現行システムの利用料金への転嫁といった問題が生じている。また、欧米諸国では、ライセンス期限が明確でなく、利用されなくなった周波数帯が再配分できないことを批判する向きもある。
 わが国はこうした問題も十分留意して、配分制度を検討していくことが重要である。

2.5 移動通信システムにおけるわが国の競争力

 移動通信システム全般において、わが国は欧米諸国に比べ、製品化技術は強いが、システム技術は比較的弱い。
 欧米では無線通信、有線系通信、放送を含めたオールIP化を視野に入れた議論が活発に行われている。わが国においても個々の要素技術の研究開発だけに目を奪われず、新システムのコンセプトを構築し、新たなサービスを提案していくことが重要である。
 また、わが国はソフトウェア無線のような新しいシステムのコンセプトを打ち出す力が弱い。ソフトウェア無線研究会代表である横浜国立大学の河野隆二教授は、「わが国はソフトウェア無線機の製造技術は優れているが、その技術の特許は米国を中心とした海外の企業に押さえられる可能性が高い。このままでは、わが国がハードを製造すればするほど、海外へロイヤリティ収入が流れていくであろう。」と懸念している。こうした問題点を踏まえ、ソフトウェア無線研究会では、ハードウェアの性能だけでなく、インターフェースの記述条件など上位概念に関する議論も積極的に行っており、同研究会の今後の活躍が期待される。
 さらに、北海道大学の小川恭孝教授は、「わが国は、世界に先駆けてPHSにAAAを応用しており、世界的に見てAAAの研究開発レベルは遜色ない。しかし、1980年代はじめにわが国でAAAを移動通信システムへ応用する研究の萌芽があったことを考えると、その時点において適切な研究支援が行われていれば、現在、この分野でわが国は世界を大きくリードしていただろう。」と指摘している。わが国は、自らの新しいアイデアを適切に評価し、育てていくことにも留意する必要がある。
 一方、九州大学の赤岩芳彦教授(PDC方式の開発者)は、「わが国では、移動通信システムの研究開発における大学の貢献が少なく、これが競争力アップを阻害している。」と指摘している。今後、大学が研究テーマを選定・推進する際に産業界のニーズを取り入れ、また産業界が大学の研究成果を有効利用できる相互協力の仕組みを構築することが強く求められる。

2.6 第四世代システムに関連する今後の動向

 第四世代移動通信システムはIP化が前提となり、従来の高価な交換機は安価なインターネット用ルータへ代替される。通話手段も回線交換からインターネットを利用したIP電話(Voice over IP)へと代替され(図表8参照)、通話料金が大幅に下がる可能性がある。
 また、第四世代システムではデータ伝送速度が桁違いに大きくなり、カラー動画像がスムーズに伝送できる。ビデオカメラ付きの携帯電話が当たり前になり、相手側の状況を液晶画面で見ながらの通話もできるようになる。音楽ビデオのダウンロードやスポーツニュースのダイジェスト配信なども標準的なサービスになるであろう。
 現在、1曲3分程度の音楽をダウンロードすると150円程度の通信料がかかるが、この料金体系で上記のサービスを利用すると、通信料はかなりの額になる。利用者が負担できる金額には限りがあるため、電気通信事業者はビットあたりの通信料を下げる必要に迫られる可能性がある。
 さらに、アドホック・ネットワークが有機的、自律的につながって広域ネットワークを形成する可能性もある。京都大学の吉田進教授は、「広帯域無線ルータを搭載した自動車が動く基地局になる可能性がある。また、無線ルータや無線送受信装置を随所に配置し、これらを相互接続すると共有ネットワークが実現するであろう。こうした基地局を共有ネットワークの利用者が提供していくことで、定額利用が可能な市民共有ネットワークが実現するであろう。」と予測している。
 わが国は、こうした社会の変化を予測しつつ、俯瞰的に第四世代システムの在り方を議論することが重要である。

図表 8 通話システムの変化

2.7 結言

 わが国は、第三世代移動通信サービスを世界に先駆けて開始するため、注目を集めている。そのタイミングで第四世代システムの新しいコンセプトを打ち出せば、日本発の技術が世界に普及する可能性が高い。また、このような技術の発展には、アプリケーション開発が鍵を握っている。その担い手である企業が、様々な独創的アイデアを競って実現し、消費者の多様なニーズを満たしていけるような環境を整備していく必要がある。