日本の科学技術の状況を理解するために、第Ⅰ部では、科学技術の世界における動向と日本の競争力という二つの面から考察する。第 1 章では、本報告書の導入として、冷戦終結後の科学技術活動の主要な動向、特に国際的に起きている変化について概観する。第 2 章では、日本の科学技術の競争力をイノベーション・システムのパフォーマンスという視点から検討する。
今日の科学技術を観察する際に、第一に注目すべきは、科学技術知識の急速な増大という現象であろう。かつて、科学の社会学的分析の先駆者であるプライスは、科学論文の統計データを用いて科学論文の指数関数的な増加を指摘する一方で、このような「科学の成長」には限界があり、いずれ、頭打ちになると予想した。
いずれ、そのような成長の限界が到来することは間違いないであろうが、本報告書にとりあげた様々な指標では、科学技術知識の生産、流通、利用の各側面において、科学技術知識が増大する様子が示されている。特に、冷戦の終結以降、科学技術活動の質的な変化が起きており、それが科学技術知識の増大を持続させていると考えられる。
それと同時に起きている様々な変化、例えば、科学技術に対する投資の拡大、知識生産の様式の変化、経済のグローバル化と情報技術の発展に伴う科学技術知識の国際的流通の拡大、といった変化についても、本報告書全体を通じて、様々な指標から読みとることができるであろう。さらに、本報告書では、科学技術活動の主要な側面を一つの指標で示そうとする「科学技術総合指標」の作成を試み、第 2 章で紹介している。少なくとも、冷戦終結後における科学技術活動の規模の拡大については、この「科学技術総合指標」によって把握することができる。
科学技術への投資額は、科学技術活動の動向を把握するための基礎的な指標である。特に、経済規模の異なる国々の投資レベルを比較するために、 GDP 当たりの研究開発費がよく用いられる (図 1-1-1) 。GDP 当たりの研究開発費は、各国とも 1980 年代後半から 1990 年代前半にかけて鈍化ないし減少の傾向にあったが、1990 年代中ごろより、日本と米国が増加に転じ、やや遅れてドイツ、イギリスおよび EU が増加に転じている。フランスは 1998 年ころより横ばいに推移している。フランス以外の国・地域では、最近数年間において研究開発投資が活発になっていることがわかる。
この指標に関しては、それ自体の詳しい分析や関連する諸指標と併せた分析が必要であり、それについては第 6 章で述べるが、ここでは、この指標をめぐって考察すべき問題について述べたい。
研究開発への投資は、経済成長の重要な原動力であると考えられている。その観点からは、 GDP 当たりの研究開発費ではなく、逆に、研究開発費あたりの GDP を指標とするべきだという考え方もありえる。そのような指標を用いて、日本の研究開発投資の高さは経済成長に結びついていないと結論付けることも可能かもしれない。しかし、研究開発を行っても、それが直ちに経済成長に結びつくわけではなく、また、研究開発への投資は、経済成長の唯一の原動力ではないことを思い起こすべきである。
研究開発を経済成長に結びつけるものは何か、という問いは、本報告書の重要な課題のひとつである。その答えを得ることは容易でなく、世界の多くの国で議論されているが、最近では、産学連携システム、あるいは、より包括的な概念である「ナショナル・イノベーション・システム」 (第 2 章において記述) が注目されている。本報告書でも、この考え方を取り入れ、従来のように研究開発や狭義の科学技術活動に限定せずに、より広い視野から科学技術関連活動を捉えることを意図している。
経済成長の原動力として人的資源や社会的基盤などが重要であることは確かだが、科学技術政策における課題としては、研究開発とともに必要なものは何か、という問いが重要である。その答えのひとつは、知識への投資の分析を通して明らかになるであろう。OECD では、研究開発、ソフトウェア、高等教育に対する各国の投資額を知識への投資の指標として用い、その GDP あたりの比率を用いて各国の投資水準を比較している。このデータについては第 3 章 (図 3-1-2) でより詳しく示すので、データの定義や測定方法についての解説は、そこでの記述に委ね、ここではこの指標の意味について触れておこう。
このデータによれば、日本の投資額は OECD 加盟国のなかでは中位の水準にある。ただし、日本の高等教育への投資水準は低く、ソフトウェアへの投資水準も決して高いとは言えない。研究開発への投資が重要であることは、世界的に認められているが、絶対的なものではなく「知識」への投資の一環として位置づけるべきである。今後は、我が国の研究開発投資は、高等教育や情報技術などとの連携を考慮して進めていくことが必要であると考えられる。
1990 年代以降、科学技術活動に関して起きている最も大きな変化は、科学技術のグローバリゼーションである。もちろん、科学技術は本来、グローバルな性格を有しており、科学技術知識の国境を越えた流通は特筆すべきことではない。しかし、現在起きている科学技術のグローバリゼーションは、質的に明らかに従来とは異なる。経済のグローバリゼーションを背景としつつ、インターネットや情報技術の急速な普及に支えられ、科学技術知識の生産自体が国際的な枠組みで行われる様になっているのである。また、進展の速さという点でも、科学技術の最近のグローバリゼーションは特筆すべきものがある。本節では、科学技術のグローバリゼーションを示す指標として、国際共著論文の割合、国境を越えた特許出願件数、技術貿易額、ハイテク製品貿易額をとりあげる。
科学論文の国際共著は、複数の国の研究者 (より正確には、異なる国に所在する組織に所属する研究者) が共同で研究を行った成果であり、その件数は、研究開発活動が国際的に行われている状況を示す指標である。
図 1-2-1 に、SCI (Science Citation Index) に収録された論文に占める国際共著論文の割合の推移を示した。SCI の収録論文のうち、科学論文における国際共著論文の割合は、1981 年は 5% 程度であった。その 10 年後の 1990 年には 2 倍の 10% に増加し、さらにその 10 年後の 2001 年には 20% 程度となり、国際共著論文割合は 20 年間で約 4 倍に増加している。なお、SCI に収録された論文についての統計データの分析は第 7 章でとりあげ、また、ここで示した国際共著論文の増加を含めた論文共著形態の変化については、第 8 章 (8.1 節) でやや詳しくとりあげる。
国境を越えた特許出願件数は、1990 年代以降、著しく増加している。図 1-2-2は、WIPO に加盟する国全体 (2000 年 7 月時点で 175 か国) における特許出願件数の推移を示したものである。ここでは、世界における特許出願件数の総数のほかに、各国内で出願された特許と、国境を越えて出願された特許の件数の推移を示した。
世界での全特許出願は急増しているが、1990 年代後半より、そのほとんどが各国に対して国外から出願された特許によって占められている。このような国境を越えた特許出願の増加は発明件数の増加を意味しておらず、科学技術知識の著しい増大を示しているわけではないが、国境を越えて技術の権利化が進んでいることを示している。その意味で、科学技術のグローバリゼーションの急激な進展を示した指標であると言える。
技術貿易とは、技術等を利用する権利の国際間の取引である。技術貿易のデータは、技術知識の国際的な移動の状況を示すが、有償で取引される技術権利等を対象としているので、基本的に、実際に使われる技術を対象としている点に価値がある。図 1-2-3に、OECD 加盟国のうち、経年的な技術貿易データが取得可能であった 11 か国の技術輸出額と技術輸入額のそれぞれの合計値を示した。
1985 年から 2000 年までの 15 年間に、11 か国の技術輸出額は 7.7 倍に増加し、技術輸入額は 7.6 倍に増加した。この増加は物価上昇の影響を除いていないものの、技術知識の国境を越えた取引が、この 15 年間に著しく増加したことがわかる。なお、技術輸出額の合計が技術輸入額の合計を上回っているのは、集計対象とした 11 か国が、それ以外の国との間で輸出超過であることを意味している。
図 1-2-4 には、先進工業国 5 か国の技術貿易のデータを示した。図の上側に技術輸出額、下側に技術輸入額を示している。各国の傾向は一様でないが、概して技術権利の国際的な移動が増加していることがわかる。特に、米国とドイツは、技術輸出と技術輸入の両者が著しく増加している。日本は、1990 年代中頃より、技術輸出の伸びが著しい。
技術貿易のデータは、科学技術のグローバリゼーションの指標であるだけでなく、一国の技術水準や技術面での国際競争力の指標としても用いられる。技術貿易について、そのような視点からの分析を第 2 章で述べる。また、日本の産業の研究開発動向に関する指標のひとつとして、技術貿易のデータを第 11 章でとりあげる。
ハイテク産業の製品の貿易額も、科学技術のグローバリゼーションを示す指標のひとつである。ハイテク産業の貿易額は、技術貿易のように科学技術知識そのもののデータではないが、実際に製品開発に活用された科学技術知識の間接的な指標である。
図 1-2-5 に、ハイテク製品の貿易額 (輸出額と輸入額) の OECD 加盟国全体についての合計額の推移を示した。最新年の 2001 年については、前年より減少しているものの、それ以外の期間、すなわち、1981 年から 2000 年までの 20 年間に、ハイテク製品の輸出額と輸入額は一貫して増加している。
次に、OECD 加盟国全体のハイテク製品貿易について、主要な産業別の内訳を図 1-2-6 に示した。輸入額、輸出額ともに、「電子機器」が最も大きく、「オフィス機器・コンピューター」がそれに続いている。
科学技術活動ないし知識生産活動の様式は、近年、大きく変化しているとの指摘がある。その変化について、定量的な指標によって示すことは必ずしも容易ではないが、いくつかの指標から、そのような変化が読みとれる。
図 1-3-1 は、SCI 収録論文を共著形態によって分類し、それぞれの件数の推移を示したものである。
収録論文全体について、1981 年から 2001 年までの 21 年間で約 39 万篇から 1.6 倍の約 60 万篇に論文数が増加した。これらの論文を、共著形態によって、① 単著論文 (著者が一人の論文)、② 単一機関内共著 (単一の機関に所属する複数の著者による論文)、③ 国内機関間共著 (同一国の複数の機関に所属する著者による論文)、④ 国際共著論文 (異なる国の機関に所属する著者による論文) の 4 種類に分類した。
単著論文は図に示した期間を通じて減少傾向にあり、また、機関内共著も最近数年間については、やや減少傾向にある。
一方、国内機関間共著と国際共著は 1985 年以降、ほぼ一貫して増加傾向にあり、1981 年から 2001 年までの 21 年間に合わせて約 22 万篇、増加している。SCI 収録論文全体の増加は、機関を越えた共著論文の増加が要因であるといえる。
以上より、論文の形態として共著が著しく増加し、機関内共著や単著が減少傾向にあることを踏まえると、科学の知識生産における外部との協力関係は活発になっているといえる。なお、知識生産の様式の変化は第 8 章の主題であり、ここでとりあげた共著形態別の論文数の変化についても、国別や分野別の分析を加えて、詳しく述べる。
イノベーションとは、新しいアイディアや方法、あるいはそれらの導入を意味する語である。一般的には、イノベーションという概念は主として企業による新たな製品やサービスの導入、新しい市場の開拓、新しい経営組織の実施などを指すことが多く、経済発展の主要な原動力と考えられている。革新的な技術を核とするイノベーションが国の経済成長、競争力の強化をもたらすことから、近年、多くの国においてイノベーションの創出を単に企業の活動にゆだねるのではなく、国全体としてイノベーション創出に向けた取り組みがなされている。
イノベーションの中心的な担い手は企業であるが、イノベーションの基となる知識の創造や、イノベーションを創出する人材の育成は、様々な組織、場所において行われることが多い。このようなイノベーションを創出するための様々な要素を組み合わせたものをイノベーションシステムと呼ぶ。また、イノベーションの在り方は各国の社会経済体制に左右されるので、国全体のイノベーションシステムをナショナル・イノベーション・システムと呼ぶ。
本章では、日本のナショナル・イノベーション・システムのパフォーマンス及び、それに対する科学技術活動の貢献について検討する。
日本経済の低迷が長引くなかで、科学技術に対する期待は高まる一方である。科学技術は、様々な社会・人類的問題の解決に寄与するだけでなく、経済成長の推進力として、また創造的な活力の源泉としても位置づけられているのである。このような期待のもと、科学技術に対する政府の取り組みが強化され、また、民間企業の研究開発努力が続けられているが、その狙いは日本のイノベーションシステムの強化に他ならない。本節では、日本のイノベーションシステムについて、国際的な競争力という観点から検討する。
はじめに、経済的な競争力を見ることとする。経済力を示す基本的な指標として、各国の一人当たり GDP の推移を図 2-1-1 (A) に示した。ここでは、特に一人当たり GDP の高い国、および日本との比較上、重要な国のデータを示した。なお、国際的に標準とされる GDP の測定方法は、これまで何度か改定され、現在は93SNAと呼ばれる方法が最新であるが、ここでは、長期的な変化を見るために、68SNAに基づくデータを用いた。
日本の一人当たり GDP は、1984 年においては、図に示した国の中で下位に位置しているが、次第に相対的な位置が上昇し、1993 年と 1994 年には、世界第 1 位となった。しかし、その後、一人当たり GDP の値自体が減少するとともに、世界での順位も低下している。
世界での日本の順位については、図 2-1-1 (B) に、1960 年から 1998 年までの 39 年間の変化を示した。日本の順位が、1990 年代前半まで次第に向上してきたことと、その後、低下しつつあることがわかる。
なお、 GDP の国際比較には各国の GDP の通貨換算が必要だが、換算方法には、為替レートによる換算と購買力平価を用いる方法の二つがある。どちらを用いるかによって GDP の値は異なり、各国の順位にも違いが生じるため、本章では両方の方法を用いる。図 2-1-1に示したのは、長く我が国で親しまれてきた為替レートによる換算データである。この方法では、円高の場合に、日本の値が高くなる傾向がある。また、1990 年代後半以降、日本の一人当たり GDP が減少しているが、これは円安の傾向の影響を強く受けていることに留意が必要である。
一人当たり GDP の国際比較にあたっては、前述した通貨換算に加えて、物価上昇の影響をどう扱うかが問題となる。次に示す図 2-1-2 (A) では、物価上昇の影響を排除した実質値の GDP を用い、さらに、通貨換算も為替レートでなく、購買力平価を用い、より実質的な国際比較を試みる。ここでは、1995 年基準の GDP を購買力平価によって米ドルに換算し、それを各国の人口で除した値を用いた。また、ここでは、日本を含む6か国に絞って図示している。
ここでは、通貨換算に際して為替レートの変動の影響を直接的には受けていないため、各国の値は、図 2-1-1 (A) に比べて安定しており、また、各国の相対的な位置も大きな変化が無い。特に、一貫して米国の値が最も大きく、図 2-1-1 (A) のように日本が米国を上回ることが無い点が大きな特徴である。日本の値の推移を見ると、1980 年代後半から 1990 年頃において、一人当たり GDP が大きく増加したが、その後は、長期的に横ばいになっている。
図 2-1-2 (B) では、OECD における日本の位置づけの変化を見るために、図 2-1-2(A) と同じデータについて、OECD全体の値を100とした指数を示した。この図では、日本の一人当たり GDP が相対的に見て、1991 年にピークに達し、その後は、漸減傾向が数年間続き、1996 年に多少のピークが見られるものの、それ以降は減少傾向が続いている。
以上のデータより、日本の経済的な競争力は 1990 年代初頭にピークに達したが、その後は低迷していることがわかる。
世界各国の競争力を評価する代表的な試みとして、スイスのビジネススクール・調査機関である IMD (Institute for Management Development) が毎年発行する「世界競争力レポート」がある。それによると、日本の競争力は 1994 年版では世界第3位であったが、その後順位を下げ 2002 年版では世界第30位とされている。ただし、同レポートは 2001 年版より計算方法が変更され、指標の連続性は損なわれている。
同調査は、企業や組織が活動するための条件に関する比較であり、必ずしも国全体の競争力を示すものとは言えないが、1990 年代後半に日本の競争力が低下したと評価されている。[図 1 ]
「世界競争力レポート」は、最新版である 2003 年版において、競争力指標の計算方法を変更し、人口 2000 万人以上の国と、それ以外の国に分け、それぞれの競争力ランキングを提示している。そのため、従来の競争力指標と同列に比較できないので、図 2 に、2003 年の競争力ランキングを示した。
日本は、人口 2000 万人以上の国のなかで 11 位である。図には示していないが、比較のために 2002 年版の競争力指標について人口 2000 万人以上の国をランキングすると、2003 年と同様に11位となる。したがって、日本の競争力の世界での位置づけは、2003 年においても前年と大きく変化していないと推測できる。
IMD の「世界競争力レポート」には、2000 年まで、科学技術についての競争力評価が行われていた。このデータについては、本章末の別項コラム欄「 IMD の科学技術世界競争力を解剖する」において、詳細に分析した。
(富澤 宏之)次に、貿易に関する日本の競争力について検討する。ここでは、製造業とハイテク産業の貿易収支の変化を通じて、日本の製造業の競争力がどのように変化してきたかを見ることとする。
図 2-1-3 に、製造業の貿易収支比の推移を主要 5 か国について示した。貿易収支比は、製造業の輸出額を輸入額で除した値であり、1であれば輸出額と輸入額が均衡しており、また、1 を超えれば輸出超過であり、貿易に関して強い競争力を持つことを意味する。
日本は、図に示した期間を通じて貿易収支比が 1 を超え、しかも、5 か国中、最大の値を保っており、製造業の貿易に関して強い競争力を有してきたことが分かる。しかし、その値は 1986 年が頂点であり、その後は、1993 年前後と 1998 年に多少のピークは見られるものの、長期的に収支比が低下する傾向にある。
次に、ハイテク産業の貿易額を比較する。ハイテク産業とは、製造業に属する産業のうち、研究開発集約度の高い産業を指す。ここではOECDの分類に従い「航空・宇宙」、「電子機器」、「オフィス機器・コンピューター」、「医用・精密・光学機器」、「医薬品」の5つの産業をハイテク産業とした。
図 2-1-4 に、ハイテク産業全体の貿易収支比の推移を主要5か国について示した。製造業全体の場合にも増して日本の収支比は大きく、5か国中最大であるが、1984 年を頂点として、長期的に減少傾向にある。1990 年代前半まで、日本はハイテク産業において明らかに強大な競争力を有していたが、それが次第に低下してきたことがわかる。
日本のハイテク産業の貿易収支が低下してきた背景を理解するために、産業別の内訳を調べてみる。図 2-1-5 は、主要国におけるハイテク産業の貿易額を、5 つの産業別の内訳とともに示したものである。
貿易額を通じて見た日本のハイテク産業の特徴は、エレクトロニクス関連産業に強く依存していることである。つまり、ハイテク産業の貿易収支の黒字には「電子機器」産業が大きく寄与している上に、「オフィス機器・コンピューター」産業および「医用・精密・光学機器」産業がハイテク産業の貿易収支の黒字に寄与している。これらの3つの産業は、いずれもエレクトロニクス関連技術に依拠した製品を主に扱っている。一方、「航空・宇宙」産業と「医薬品」産業は輸入超過であり、国際競争力が強いとは言えない。
米国、ドイツ、フランス、イギリスは、「航空・宇宙」産業の最新年における貿易収支が輸出超過であるなど、競争力の源泉がエレクトロニクス関連技術に特化していない。
日本のハイテク産業における貿易収支の低下が、ハイテク産業の競争力、ひいては製造業全体の競争力の低下を意味するのであれば、その原因は、日本の産業がエレクトロニクス関連産業に強く依存してきたことと無関係ではないだろう。日本の産業構造を、よりバランスのとれたものにすることの必要性を示唆していると考えられる。
研究開発は、イノベーションシステムのパフォーマンスを決定づける重要な要素であるが、投資額のみで評価するのではなく、実際の研究開発水準を分野別に把握することが重要である。このような観点から、1999 年〜 2000 年に日本の研究開発水準を評価する試みが行われ、第 2 期の科学技術基本計画の策定の基礎資料として用いられた。この評価は、統計データによって日本の研究開発水準を分野別に示す指標を作成するとともに、それらの指標に対して各分野の専門家が総合的な判断を加えることによって、最終的な結果を導き出したものである。
図 2-2-1 と図 2-2-2 に、その評価結果を要約して示した。いずれの図でも、研究開発インプットに関する指標7種類とそれらの全体評価、および、研究開発アウトプットに関する指標5種類とそれらの総合評価によって、7 分野の研究開発水準を比較している。7分野全ての指標が入手できなったため、図では空欄になっている箇所がある。
図 2-2-1 は、日本の研究開発水準を米国と比較した結果である。
ライフサイエンス分野については、インプット、アウトプットともに、全体評価において日本が米国より「低い」となっており、特に、アウトプット指標による評価が低いことは、議論を喚起する結果と言えよう。
情報通信分野は、インプットで3つの指標で日米が「同水準」であり、アウトプットについては 5 指標のうち 4 指標で日本が「低い」となっている。全体評価ではインプット、アウトプットともに日本が米国と「同等」となっている。
環境分野については、入手できた 10 種類の指標のうち、1 指標のみが日米「同水準」となっているが、他の全ての指標について、日本が米国より「低い」となっている。
エネルギー分野については、入手できる指標が限られているものの、3 つのインプット指標の全てにおいて、日本が米国水準より「高い」となっている。インプットの総合評価でも同様であり、我が国でエネルギー分野が重視されてきたことを反映した結果であると言えよう。一方、アウトプットの全体評価は日米が「同水準」となっている。
物質・材料分野は、インプットの総合評価で、日本が米国水準より「高い」となっている。一方、アウトプットについては、3 種類の指標で日本の水準が米国より「低い」となっており、全体評価は日米が「同水準」となっている。
製造技術分野のインプットの全体評価では、日米が「同水準」となっている。アウトプットの全体評価については日米が「同等」となっている。
社会基盤分野の全体評価では、インプット、アウトプットともに、日本の水準が米国より「低い」となっている。
7 分野中を通じて見ると、日本の研究開発水準の総合評価が米国より「高い」となっているのは、エネルギー分野と物質・材料分野のインプットのみであり、アウトプットについての総合評価で日本が「高い」とされた分野は無い。
日本の研究開発水準を欧州と比較した図 2-2-2 結果では、欧州全体やEUのデータの欠落が多いため、欧州のデータとしてドイツ、フランス、イギリスの3カ国のみのデータを用いている。
インプットとアウトプットの総合評価のみを見ると、情報通信分野、環境分野、エネルギー分野の3分野について、対米比較と同じ結果となっている。ライフサイエンス分野と社会基盤分野は、対米比較では日本が「低い」という結果であったが、対欧比較では日本と欧州が「同水準」とされている。物質・材料分野では、インプットだけでなくアウトプットについても日本が欧州より「高い」という結果となっている。製造技術では、インプットについて、日本が欧州より「高い」となっている点が対米比較の結果と異なる。
以上を総合的に見ると、日本の水準が高く評価された分野は、物質・材料分野とエネルギー分野である。それに続いているのは、製造技術分野と情報通信分野であるが、日本の水準は欧米と同程度であると考えられる。それ以外の分野、すなわちライフサイエンス、環境、社会基盤の3分野は、相対的に日本の水準が低いと考えられる。
| 分野 | インプット | アウトプット |
|---|---|---|
| (A)ライフサイエンス | ![]() | ![]() |
| (B)情報通信 | ![]() | ![]() |
| (C)環境 | ![]() | ![]() |
| (D)エネルギー | ![]() | ![]() |
| (E)物質・材料 | ![]() | ![]() |
| (F)製造技術 | ![]() | ![]() |
| (G)社会基盤 | ![]() | ![]() |
| 分野 | インプット | アウトプット |
|---|---|---|
| (A) ライフサイエンス | ![]() | ![]() |
| (B) 情報通信 | ![]() | ![]() |
| (C) 環境 | ![]() | ![]() |
| (D) エネルギー | ![]() | ![]() |
| (E) 物質・材料 | ![]() | ![]() |
| (F) 製造技術 | ![]() | ![]() |
| (G) 社会基盤 | ![]() | ![]() |
前節までで、我が国のイノベーションシステムの競争力をいくつかの側面から検討したが、本節では、対象を科学技術に絞り、日本の科学技術の総合力について検討する。そのために、科学技術政策研究所が開発した「科学技術総合指標」を用いて、主要先進国の科学技術総合力を比較する。
「科学技術総合指標」は、主成分分析法という統計的手法により多数の科学技術指標の持つ情報を要約したものである。その考え方は以下の通りである。一国における科学技術活動は多様な側面を持ち、その状況を定量的に表現するためには、多数の指標が必要である。しかし、そのような多数の指標は個別の状況を理解するには適しているものの、対象の総合的な状況を理解するには困難がある。そこで、それら多数の指標を統計的手法によって合成し、それによって、一国の科学技術活動の総合的な国際比較や時系列の分析を行なおうとするものである。
主成分分析法は、多数の変量 (多種類の定量的データ) を解析するための手法である多変量解析法のひとつである。主成分分析法によって得られる総合指標は、少数個の数値で示され、全体が理解しやすくなる上に、必要になれば個別の指標に戻ることもできるため、個別の指標と相補的な機能を果たす。すなわち、総合指標によって、対象の全体的な変化を把握し、特に変化の大きい部分 (時期) については、個別指標に戻って検討することにより、対象の変化について、より適切に理解することが出来る。
以上のような考え方に基づき作成した科学技術総合指標のデータを、図 2-3-1 に主要5か国について示した。主要5か国の科学技術総合指標の値は、人口や GDP で表される国の大きさをほぼ反映しており、米国の値が最も大きく、次いで日本、ドイツがそれに続き、フランスとイギリスはほぼ同水準にある。
科学技術総合指標の変化を見ると、日本の値は、1980 年代の後半に順調に増加した後、1990 年代前半は停滞したが、1990 年代後半に再び増加の傾向にある。なお、1991 年において米国の科学技術総合指標は日本の約 2 倍であったが、2000 年では日本の約 2.5 倍となっており、1990 年代に格差が広がった。
一国の科学技術総合力と経済力には、密接な関係があると考えられる。そこで、図 2-3-2 に、各国の GDP を X 軸に、科学技術総合指標を Y 軸にとって比較した。全体としては、 GDP と科学技術総合指標は直線的に分布しており、二つの量の間に相関があることがうかがえる。また、各国ごとの推移を見ると、全般的には右上がりで、科学技術活動と GDP がともに増加している様子が表れている。
既に述べたように、科学技術総合指標は、「国の大きさ」をほぼ反映している。科学技術総合指標を作成するために用いた12種類の変量が、それぞれ「国の規模」を反映したデータであるためである。このような国の規模の影響を排除して比較したい場合には、人口当たりの科学技術総合指標を用いるのが適切である。
図 2-3-3 に人口当たりの科学技術総合指標を示した。これによると、日本は主要5か国中、第3位ないし第4位の位置にある。
この指標で見る限り、1990 年代前半の日本の科学技術活動は、全般的に停滞しているようである。1991 年にドイツ統合の影響で、トップであったドイツの値が大きく減少したことにより、日本は米国及びドイツとほぼ同じ指標値となり、3国が共に1位となった。しかし、その後、他国が増加傾向にある中、日本が全般的に緩やかな増加傾向であったため、日本と米国及びドイツの両国との格差が開き、1990 年代から著しい増加傾向を示していたイギリスにも抜かれ、1997 年以降、日本は5か国中、第4位の位置にある。
日本の科学技術総合指標が近年、相対的に停滞傾向にある理由、あるいは米国の科学技術総合指標が大幅に伸びている理由は何なのだろうか。科学技術総合指標は、個別指標 (変量) に基準化と呼ばれる操作を行なった後、計算によって得られる係数を掛けて足し合わせたものであるので、科学技術総合指標に対する各個別指標の寄与が計算できる。図 2-3-4 には、各国の科学技術総合指標の値を100% とし、それぞれの個別指標がそのなかに占める割合を示した。
米国の場合、アウトプット指標の割合が大きく、なかでも「対外出願特許件数」、「技術輸出額」の割合が大きい。インプット指標のなかでは、「研究開発費」と「研究者数」の割合が大きい。
一方、日本の場合、インプット指標の割合が大きく、アウトプット指標の割合が小さいという特徴がある。インプット指標のうち、「工学士数」、「研究者数」、「研究開発費」の割合は10% を超えている。一方、アウトプット指標は、「工業製品付加価値額」、「ハイテク製品付加価値額」の割合は大きいものの、論文や特許 (「国内特許出願件数」を除く)、あるいは技術輸出に関する指標の割合は小さい。日本は、知的財産の国際的・戦略的展開に関する指標の割合が小さいと言うことができる。
図 2-3-5 では、さらに、各国の科学技術総合指標の値の推移を、各変量の内訳とともに示した。日本の場合、1996 年頃から、アウトプット指標の伸びが大きいことがわかる。このようなアウトプット指標の増加には、主として「対外特許件数」と「論文数」の伸びが寄与している。特に「対外特許件数」は、全体に対する割合は小さいものの、1997 年頃から著しく増加していることが図から読み取れる。
米国は、「対外出願特許件数」の増加が特に大きく、「技術輸出額」と「論文被引用回数」が続いており、これら3つの変量が科学技術総合指標の値を押し上げている。これらの3つの変量は、知的財産の国際的・戦略的展開と関係が深いことは興味深い。
日本の科学技術総合力についてまとめると、以下の通りである。日本の科学技術総合力は米国に次ぐが、最近、米国との差が開きつつある。その内容を見ると、インプット投入が大きく、アウトプットが小さいことが特徴である。ただし、1990 年代の後半以降、アウトプットの伸びが見られる。また日本は、工業生産に近い領域においては強いものの、基礎的な知識の生産やその国際的な展開に関して相対的に弱い。
以上の結果は、あくまで限られたデータに基づく分析結果に過ぎない。そもそも科学技術に関する統計は、データの質が決して高いとは言えず、国際比較が適切に行なうことができるとは限らない。しかし、ここに示された結果は、これまで定性的な根拠に基づいて議論されてきた日本の科学技術の問題点を定量的データによってある程度、裏付けるものであり、多くの示唆を含んでいる。
多変量解析法は、多数の変量 (多種類の定量的データ) を解析するための様々な手法の総称である。そのような様々な手法のうち、本書では、科学技術指標の総合化のために主成分分析法を用いた。主成分分析法は、ある対象がいくつかの変量によって表わされているとき、その総合的特性を少数個の新たな変量に要約して表現する手法である。
そのほか、本文では述べていないが、因子分析法による科学技術活動の構造分析も行い、変量の選択の妥当性等を確認した。因子分析は、多くの変量のもっている情報を少数個の潜在的因子 (それ自体は直接観測できないものの、観測された多種類のデータに共通に含まれていると考えられる因子) によって説明しようとする方法である。そのような分析の手法と結果については、参考文献 [1] に詳しく記述した。
分析対象とした国は、日本の他に、米国、ドイツ、フランス、イギリスを加えた5か国とし、また、対象期間に関しては、信頼性の高い統計の得られる 1981 年から 2000 年の 20 年間のデータを採用した。
使用した変量 (個別指標) は、一国の科学技術活動の状況を示す代表的な指標であり、次の12種類である。これらのうち、[4]、[5]、[10]、[11]、[12] については、1995 年基準実質値を購買力平価換算した値を用いている。
なお、これらのデータは国によって条件や調査方法が異なり、多少、データの信頼性には問題があるが、分析結果には経年的変化が強く影響するため、分析結果の信頼性には大きな問題はないと考えられる。
主成分分析によって得られた第 1 主成分は、その固有値が8.38、その比率は69.8% であり、7割程度の説明力がある。この第 1 主成分を、各国の科学技術活動の全体的な姿を示す指標として採用し、科学技術総合指標 (General Indicator of Science and Technology : GIST) と呼ぶ。
変量には国の規模が影響しているため、そこから作成される科学技術総合指標にも国の規模が影響している。一国の科学技術活動を一つの数値で示す指標としては、他の数量から影響されずにその推移を調べることができる点で、このような合成指標が適している。なお、国の規模の影響を除いて比較したい場合には、図 2-3-2、3に示したように合成指標を GDP あるいは人口などで基準化して比較することができる。
科学技術総合指標の推移 (図 2-3-1) を見ると、各国とも長期的に増加している。ただし、一時的な減少もいくつか見られる。科学技術総合指標の値の減少は注目すべき事象であるので、その原因等について検討してみる。日本の 1993 年の値が減少しているのは、この年に「研究開発費」、「工業製品付加価値額」、「ハイテク製品付加価値額」が減少したことが主たる要因である。また、日本ではこの年に、「論文数」、「国内特許出願件数」、「国外特許出願件数」、「技術輸入額」、「技術輸出額」も減少している。この年に科学技術力が全体的に低下したことがうかがえる。
イギリスも 1991 年に科学技術総合指標の値が減少している。その背景として、1991 年に「研究開発費」、「研究者数」、「技術輸入額」、「国内特許出願件数」、「工業製品生産額」、「ハイテク製品生産額」が減少していることを指摘できる。ドイツでも 1993 年に、「研究開発費」、「研究者数」、「論文数」、「工業製品付加価値額」、「ハイテク製品付加価値額」が減少しており、その結果、科学技術総合指標の値は横ばいとなっている。
このように、科学技術総合指標によって、複数の変量にまたがる特徴的な変動を明らかにすることができる。しかも、主成分分析を通じて、個別の指標の変動と全体的な変化が数量的に関係付けられているため、合成指標と個別指標の相補的な連携を一層有用なものとしている。
(富澤 宏之)IMD (前出参照) が毎年発表する世界競争力 (World Competitiveness) は興味深い内容であり、日本では広く関心を持たれている。しかし、世界ランクの結果に一喜一憂する人は多いものの、その内容に立ち入って、詳細に把握しようとする人はほとんどいないようである。むしろ、結果に注目するあまり、慎重でない利用や誤解を生む理解が見られる。さらに、 IMD はこれまで発表してきた科学技術の世界競争力を、2001 年の報告書から変量の構成を変革したことにより、発表しなくなった。日本の読者の中には科学技術の世界競争力に関心を持つ人も多いと思われる。そこで、ここでは、科学技術世界競争力の構造、その時系列の傾向、 IMD 世界競争力の読み方に関する留意点などを、分析を付して紹介する。「解剖」と名付ける所以である。
2000 年報告書までで、科学技術の世界競争力に使用されていたのは、以下の 26 変量である (表 1 参照)。IMD は変量をクライテリア (Criteria) と呼んでいる。さらに、変量をその性格によって、(1) 統計値によって表示されるハード変量と、(2) IMD が協力機関と実施した調査票調査に基づくソフト変量とに分けている。なお、ハード変量は、研究者数など絶対値によって示されるものと、それを人口や GDP で除した相対値とがある。そのような性格による相違を、表の「性格」欄に示した。性格別の変量の数は、ハードの絶対値変量が 8、同相対値変量が 7、ソフト変量が 11 である。
これら 26 変量の内、2 変量は今回の分析に適切と考えられる。第 1 は「有効特許数」で、この変量は同じ性格の他の変量と際立って異なっている。統計的に他の変量との相関係数が小さいばかりでなく、科学技術活動を直接的表すものでないことは明らかであった。第 2 は「特許登録数の変化」である。この変量は相対値であるものの、他の相対値と性格を異にする。他の相対値は人口や GDP で除するなど密度的性格を有するのに対して、この変量は成長という性格を有する。統計的にも他の相対値変量とは相関が小さかったり、負であったりする。以上の理由により、本稿の分析では残った 24 変量を対象にしている。なお、以下の構造分析では 2001 年報告書を対象にした。多少の相違はあるものの、各年ほぼ同じような分析結果を得たが、もっとも明解であったのが、2001 年報告書データであったからである。
| No. | 変数 | 性格 |
|---|---|---|
| 1 | 研究開発費 | ハード、絶対 |
| 2 | 人口当り研究開発費 | ハード、相対 |
| 3 | GDP 当り研究開発費 | ハード、相対 |
| 4 | 産業の研究開発費 | ハード、絶対 |
| 5 | 人口当り産業研究開発費 | ハード、相対 |
| 6 | 研究開発者数 | ハード、絶対 |
| 7 | 人口当り研究開発者数 | ハード、相対 |
| 8 | 産業の研究開発者数 | ハード、絶対 |
| 9 | 人口当り産業研究開発者数 | ハード、相対 |
| 10 | 有資格技術者 | ソフト |
| 11 | 情報技能者の活用 | ソフト |
| 12 | 企業間の技術協力 | ソフト |
| 13 | 産学協力 | ソフト |
| 14 | 技術の開発と活用 | ソフト |
| 15 | 研究開発施設の海外移転 | ソフト |
| 16 | ノーベル賞 | ハード、絶対 |
| 17 | 人口当りノーベル賞 | ハード、相対 |
| 18 | 基礎研究 | ソフト |
| 19 | 科学教育 | ソフト |
| 20 | 若者と科学技術 | ソフト |
| 21 | 特許登録数 | ハード、絶対 |
| 22 | 特許登録数の変化 | ハード、相対 |
| 23 | 特許の海外登録数 | ハード、絶対 |
| 24 | 知的財産の保護 | ソフト |
| 25 | 有効特許数 | ハード、絶対 |
| 26 | 財政資源 | ソフト |
変量間の関係を全体的に見るには因子分析が適している。変量群に因子分析を適用すれば、その構造も明らかになる。なお、因子分析の紹介は本書の他所に譲る。第 1 因子と第 2 因子で構成される因子負荷量の平面を図 1 に示す。各因子の説明率は 46.5%、19.2% であり、合計65.7% であった。図で●はハードの絶対値変量、■はハードの相対値変量、▲はソフト変量を示す。因子分析は性格の近い変量をグループ化する機能を有する。それを前提にすれば、図は極めて妥当な結果を示していると言える。ハードの絶対値変量は上部にあり、他の変量と性格が明らかに異なることを示している。実際、ソフト変量すなわち調査票調査による変量値は-5から+5までにレイティングされており、本質的に相対的な性格を有している。すなわち、横軸は相対値変量を示し、縦軸は絶対値変量を示す軸と言える。
ところで、横軸の右側にはハードの相対値が凝集して分布している。これは平面がハード変量を絶対値と相対値に分離する構造であることを明らかにしている。なお、図には示していないが、分析から削除した「特許登録数の変化」は横軸の左側に位置し、同じ相対値であっても他のハードの相対値と性格が統計的に異なることが明らかであった。分析から除外する妥当性が得られたのである。次にソフト変量は横軸に沿って分布している。これは、これらの変量がハードの相対値変量とは異なる性格を有することの証左である。すなわち、ソフト変量が意味的には当然ながら、統計的にもハード変量と性格を異にすることが明らかになった。IMD は性格の異なる変量を用いて世界競争力を計算していたことになる。このような操作はもちろん許されるが、性格がどのように異なるかの分析が必要であることは言うまでもない。
ソフト変量が統計的にハード変量と性格を異にすることが分かったので、ソフト変量に因子分析を適用した。ソフト変量間の構造を明らかにするためである (図 2 のソフト変量の構造参照)。やはり2因子が得られ、その説明率は第 1 因子が 49.4%、第 2 因子が 21.2%、合計 70.6% であった。ソフト変量も 2 因子で構成されていると言える。図から、第 1 因子で大きな値を得ている変量、それらは図の右端に、固まって分布している変量であるが、その共通の性格は社会の技術マネジメントと解釈できる。同じように、第 2 因子の値が大きい変量、それらは上部に多少散らばって分布しているが、共通に科学技術人材に関係が深いことが分かる。なお、両者の中間に位置する「研究開発施設の海外移転」は、両者の性格を共に持っていると言える。
IMD は世界競争力の算出方法を明示している。しかし、そのように計算しているとは考えられない。推定した、 IMD の世界競争力の算出方法は以下の通りである。なお、 IMD では欠損値の場合、世界平均を使用していると言うが、これは国情を無視しており、問題である。結果を図 3 に示す。日本は微差ではあるものの、2 位をフィンランドに譲っている。
科学技術競争力の時間的趨勢を分析した。IMD 報告書では発行時に使用できる最新のデータを使用している。したがって測定年は異なり、新しいものと古いものでは 2 年の差がある。本稿では、測定された年を同じにして、その年の競争力を算出した。以下に採用した式を示す。
いくつかの国を選び、科学技術競争力の推移を見たのが、上図である。まず米国の競争力が 90 年代半ばより上昇し、2000 年では他国を圧倒している。このような状
況は科学技術総合指標も明らかにしている。日本は米国に次いで 2 位であるものの、最近は下降気味である。その結果 3 位であるフィンランドとは微差になってしまった。
IMD による日本の科学技術世界競争力が、このように絶対値でも各国との比較においても下降した大きな原因は、ソフト変量値の下降にある。ハード変量の指標では、米国とフィンランドが上昇している他は、各国とも大きく変化していない。しかし、ソフト変量指標では大きく増加している国が多い一方で、日本とドイツとが値を減らしている (紙幅の制約から分析図は割愛する)。日本は統計で計測された実勢では決して悪くないのに、気持ちや主観で悲観傾向にある。
その一例として、産学協力変量の趨勢を示す。この変量は「企業・大学間の研究協力は十分であるか」 ('92-'98) あるいは「企業・大学間の技術移転は十分であるか」 ('99-'00) という質問に対する回答結果である。質問文は異なるものの、意図するところは同じということで、同じ変量として扱っている。日本の回答者の結果は図 5 に示すように、一貫してかつ大幅に下降している。いうまでもなく、TLOの活動をはじめとして、産学協力の実態はこのように下降しているはずはなく、近年では向上している。さらに、過去は図に示す程十分であったとは思われない。このような評価の変動の理由として、まず産学・協力という概念や内容が変化したことがあげられる。次に、実態を認識しつつも、他国特に先進国との比較や期待に対する不充足感などが反映されているものと思われる。自己あるいは自国に厳しい態度や社会全般に関する逼塞感があるとも考えられる。
これまでの分析から、IMD の科学技術競争力は相互に統計的に独立で、概念の性質も異なる 4 つの変量群で構成されていることが分かる。それらは、
それでは、指標間の関係はどのようになっているであろうか。因果関係を明らかにすることはできないものの、相関係数のから図 6 に示すような関係が推定される。購買力平価 (ppp) で測定した GDP の絶対値と強い関係があるのは、やはり絶対値で測定された科学技術力である。しかし一人当たり GDP という相対値と関係が深いのはやはり相対値である科学技術活動密度と社会の技術マネジメントである。これは一人当たり GDP が科学技術活動密度だけではなく、社会全体の技術マネジメントにも依拠することを示している。さらに、科学技術活動のハード指標の2つと科学技術人材とは強い相関がある。
IMD の科学技術世界競争力の解剖により、以下の諸点を明らかにした。