政策研ニュース No.213

所内講演会「イノベーションを指向した工学系大学院教育」
所内講演会
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目次

  1. Ⅰ. レポート紹介
  2. Ⅱ. 最近の動き
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本のアイコンⅠ. レポート紹介

忘れられた科学 −数学
―主要国の数学研究を取り巻く状況及び我が国の科学における数学の必要性―
(Policy Study No.12)

科学技術基盤調査研究室 細坪 護挙

1.日本の数学研究を取り巻く状況

(1)数学研究には他分野に見られるような大規模な実験施設や多額の設備投資は不要だが、数学研究者が定常的に研究情報を得て研究活動を行うための経費(雑誌購入費や旅費、人件費など)が必要である。米国、フランス、ドイツなどの数学研究の主要国と比較して日本の数学研究費に関する状況は極めて厳しいと推測される。現状の日本の数学研究費の規模では、数学研究レベルの現状維持又はレベル低下を緩和する程度にしか寄与していない可能性がある。

(2)日本の大学における数学博士取得者数は米国、フランス、ドイツと比較して少ない。海外のトップクラスの数学研究者からは、日本のトップクラスの数学研究者を継ぐ人材が不足していると警鐘が鳴らされており、日本の数学研究振興政策の見直しが迫られている。全学教育(教養教育)や入試への対応、事務量の増加などにより日本の大学における数学研究者のオブリゲーションが増加したことで、研究時間は大幅に減り、日本の数学研究環境は悪化を続けていると推測される。

世界シェア

主要国の数学研究論文数の世界シェアの推移(右図は左図の拡大。3年移動平均で記述)
(Thomson Scientific社 "Science Citation Index (1982-2003)" に基づき科学技術政策研究所が集計)

(3)ライフサイエンス、情報工学、ナノテクノロジー等の多くの分野の研究者は、今後の研究発展に対する数学の必要性を感じている。欧米ではそのための数学研究者との協力体制が整っているのに対して、日本では遅れていると彼らは考えている。米国、フランスなどでは産業界でも数学研究者が活躍している一方、日本ではそのようなケースは少ないと推測される。この背景には、日本の企業が企業研究に対する数学の意義や可能性をまだ十分に理解していないとともに、数学博士などを送り出す側の学術界もその意義や可能性を十分に企業に伝えてこなかったためと考えられる。これは日本の産業研究の発展を損ねている可能性がある。

以上を総合すると、日本の数学研究のポテンシャルは絶対的に著しく低下したわけではないものの、相対的には低下の傾向にあり、広範な科学技術分野からの期待に応えられていないと考えられる。

2.数学研究の強力な振興の必要性

(1)数学は諸科学の基盤となる科学である。そのため、数学の進歩を他分野に還元することは他分野の更なる発展の可能性を産み出し、数学と他分野融合研究から得られる社会的利益は巨大であると推測される。既に米国やドイツは数学と他分野融合研究に関する国家プロジェクトを実施しており、日本の他分野研究者も数学との共同研究に対して強い期待を寄せている。日本においても、数学と他分野融合研究を振興すべきである。また、基礎となる数学自体の強力な振興も必要である。

(2)新興の研究開発分野における研究では、「モノや構造を支配する原理を見出す」ことがブレークスルーの重要な要因となっていることが特徴とされており、数学はその「支配原理」を見出すための普遍的かつ強力なツールでもある。即ち、数学研究の振興は、イノベーションの可能性を間接的に増加させるという意味でも極めて重要である。これまで日本では十分には行われてこなかったと思われる数学と産業、あるいは数学と他分野との共同研究実施に向けた検討や体制整備が必要である。

(3)他国における数学研究成果をそのまま利用する、いわば「タダ乗り」を狙うだけでは、研究能力が低下し独自の研究成果を生み出せなくなるのみでなく、重要な数学的成果を速やかに利用することもできなくなる。また、広範な研究開発分野を振興している日本にとって、数学研究は他分野の発展にも必要であり、その強力な振興が必要不可欠であると考えられる。

以上から、最新の数学研究成果の動向に対応しつつ新たな成果を生み出すとともに、数学によって他分野の革新的な発展を後押しし、産業のイノベーションに貢献するため、日本において数学研究を強く振興することが必要不可欠である。

3.日本の数学研究と科学技術振興のためにとるべき喫緊の対策の提案

(1)施策の提案
  1. 基礎的な数学研究を強力に振興するため、数学研究に対する政府研究資金を拡充する。
  2. 数学と他分野との融合研究を推進するため、数学と他分野融合研究の推進拠点を構築する。
  3. 数学研究者と産業界との相互理解を促進し、共同研究の実施について具体的に検討する。
(2)数学研究振興における留意点
  1. 数学研究者が思考を繰り返し、その成果を論文にまとめるための研究時間を確保するとともに、数学研究者が互いにインスピレーションを受け、新しいアイデアが閃くような意見交換の場と時間を確保する。
  2. 過去の良質な数学論文は時間を超えて最新の研究に影響を及ぼし得ることから、数学研究においては図書や文献の量及び質が重要な意味を持つことを認識する。
  3. 基礎的な数学研究から短期間に具体的効果を求める性急さを避ける。

関連シンポジウム

関連シンポジウム
「礎の学問:数学−数学研究と諸科学・産業技術との連携−」

(報告書全文及び概要はhttp://www.nistep.go.jp/achiev/ftx/jpn/pol012j/idx012j.htmlを御参照下さい。)

木々

韓国の地域科学技術政策の動向(調査資料-125)

第3調査研究グループ

地域科学技術政策は、各国の科学技術・イノベーション政策の課題の一つであると認識されている。当グループでは、今回、わが国と並んで東アジアの中核国である韓国における地域科学技術政策の動向に関する調査を行った。

1.韓国の地域科学技術政策

(1)韓国の地方自治制度

韓国の地方自治制度は、「広域自治団体」−「基礎自治団体」−「下部行政単位」という3層構造を有している。地域科学技術政策に関し大きな役割を担っているのは広域自治団体であり、特別市1団体、広域市6団体、道9団体の計26団体がある。韓国では、一般に、ソウル特別市、仁川広域市、京畿道の3広域自治団体を併せ、「首都圏」と呼んでいる。また、科学技術に関しては、首都圏以外にも大田広域市への資源集中が顕著であることから、本報告では、首都圏に大田広域市を加えた地域を「首都圏等」と呼ぶ。

(2)地域科学技術政策の進展

韓国では、1990年代初頭から地域における科学技術政策が話題となりはじめ、1996年、科学技術部に「地方科学技術振興課」が設立された後、地域科学技術政策が活発化し始めた。その後、盧武鉉政権が発足し、2004年10月、行政組織改革により、科学技術担当大臣が副総理級に格上げされ、科学技術部は各省より一段高い組織となるとともに、「国家科学技術委員会」の事務局機能を持つことになった。この組織改革により、中央政府の科学技術政策に対する企画立案、各省の科学技術政策に関する調整といった科学技術部の権限が強化されたが、その反面、地域科学技術政策に関する直接事業の多くは、科学技術部から産業資源部に移管されることとなった。

(3)国家均衡発展法

近年、韓国では、科学技術に関する首都圏等への資源集中等が問題視されるようになった。例えば、2004年時点で、首都圏等に、研究人材の67.8%、研究機関の67.0%、公的研究機関、大学、企業の使用研究開発費の76.8%が集中している。こうしたことを踏まえ、首都圏とその他の地域における不均衡を是正することを目的として、2004年「国家均衡発展法」が制定された。

国家均衡発展法は、「全国の相互発展を目指す均衡発展施策の推進」、「地域中心の事業推進」、「安定的で自律的な地域発展の財源確保のための特別会計の実施」の3つを柱として、①地方大学による支援強化による地方人材の養成、②首都圏等を除いた地域における政府研究開発投資の拡大、③科学技術と地域産業との連携を中心とした政策の推進を図っている。

(4)地方科学技術振興総合計画

地域における科学技術政策については、その振興に関する総合計画として「地方科学技術振興総合計画」が策定・実施されている。同計画は、2000〜2004年の間、第1次計画が実施され、地域科学技術振興事業に対する投資が2.3倍に伸び、各地域における科学技術関連インフラの拡充が実現されるなどの実績を残した。その一方で、科学技術関連資源の首都圏等への集中、地域イノベーション拠点間の協力体制の未確立とそれに起因する事業の重複・予算の非効率性、地方自治団体の主導的な事業参加の不足といった課題が指摘された。

こうした第1次計画の評価を踏まえ、2005年、第2次地方科学技術振興総合計画が策定された。同計画は、イノベーション能力の強化により地域の経済力を高め、国家の均衡発展を実現することを目標として、「地域科学技術のイノベーション能力の強化」、「地域科学技術事業間の連携推進による研究開発投資の効率性向上」、「研究開発結果の技術の積極的な事業化による地域の新産業の創出、地域経済の活性化」という3つの推進方向を打ち出している。

さらに、この3つの推進目標を達成するため、以下の「7つの課題」を掲げ、具体的な事業等の推進を図っている。すなわち、①地域科学技術核心ロードマップの策定、②核心人材の養成と産・学・研の協力体制の構築、③既存拠点の連携体制構築と地域イノベーション拠点の育成、④地域科学技術情報システムの統合、連携、⑤「地方自治団体主導−中央政府調整」の事業推進体系確立、⑥研究開発の成果拡散と技術事業化の促進、⑦地域の科学技術文化の底辺の拡大である。なかでも、①は特に重要と認識されており、各地方自治団体において、各地域に特化した技術の育成を図ることを主眼としている。16の広域自治団体が、それぞれ4つのコアとなる核心分野を定め、戦略的に技術開発を行うためのロードマップを策定中である。中央政府は、このロードマップに基づき各団体に資金を流すことを予定している。

2.具体事例 ―大徳(テドク)研究開発特区―

大徳地区は、1973年以来、国等の公的研究機関を中心とした韓国随一の研究開発集積地として発展を遂げてきた。韓国政府によると、大徳地区は、①国内最大の研究機関集積地、②国内最大の研究人員の集積、③首都圏を除き国内最高の技術力の集積、④国内最高の研究開発インフラの集積、との評価がされている。その一方で、①公共研究機関の研究成果についての事業化が不十分、②ベンチャー金融、支援サービスなどの「ベンチャー生態系」が未発達、③産・学・研の協力及びネットワークの活性化が不足、④外国人投資企業及び外国研究開発センターの誘致が低調、⑤地理的な不利といった短所が指摘されている。

こうした分析に基づき、韓国政府は、2004年、大徳地区を研究開発機能と生産機能を有機的に結合した「イノベーションクラスター」へと育成することを目的として、「大徳研究開発特区などの育成に関する特別法」を制定した。同法は、大徳から生み出された研究開発成果の「商業化」への重点化を打ち出しており、政策の実効性を高めるため、政策の実施主体について、中央政府が政策の企画・立案から実施までを担う形態から、特殊法人(大徳・イノポリス)を設立し、政策の実施部分を担わせる形態へと変更が行われた。また、中央政府と地方政府の関係について、大徳・イノポリスが特区内における最適な施策を行うため、大田広域市と緊密に協議し、また、政府が大徳関連の政策を推進する際には、大田広域市と協議を行うこととされた。

大徳地区は、同法により「研究開発特区」に指定され、2005年11月には「研究開発特区育成総合計画」が策定され、(1)研究成果の事業化促進、(2)「ベンチャー生態系」づくり、(3)グローバル環境の構築、(4)他地域との連携及び成果の拡大、の4つの推進戦略のもと、各種のプログラムが実施されようとしている。例えば、「研究成果の事業化促進」について、技術事業化の力量強化を図るため、新たに、大徳・イノポリスに「技術事業化センター」を設置し、総合的な技術産業化を支援することや、公的な研究成果の事業化の促進のため、特区内の国立研究機関及び政府出資研究機関による研究所企業の設立を許可し、研究所企業創業促進(Start-up)プログラムの運用等を行うことがあげられている。

 

また、「ベンチャー生態系づくり」については、「大徳コネクト・プログラム」により、研究開発から事業化まで全ての段階について、需要を志向する研究開発活動と事業化に求められる支援をパッケージとして支援することや、「大徳特区投資ファンド」により、大徳地区内の先端技術企業等に対し、安定的なベンチャー投資資金を供給することがあげられている。

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時計のアイコンⅡ. 最近の動き

○人事往来
・6/30 第1調査研究グループ 今井 寛 辞 職
  総括上席研究官    
・7/1 企画課長 犬塚 隆志 配置換(研究開発局付)
  第1調査研究グループ 佐藤 真輔 配置換(研究開発局付)
  総括上席研究官    
  企画課長 松室 寛治 昇 任(科学技術・学術政策局原子力安全課放射線規制室室長補佐)
○講演会・セミナー
・6/6 「イノベーションを指向した工学系大学院教育」
石原 修:横浜国立大学工学研究院教授
「イノベーションを指向した工学系大学院教育」の事業概要、背景、目的」
上ノ山 周:横浜国立大学工学研究院教授
「英国『EngD』の概要と事例」
西野 耕一:横浜国立大学工学研究院教授
「米国における工・経融合教育の実例と企業アンケート」
鈴木 市郎:横浜国立大学工学研究院助手
「米国『PSM』(プロフェッショナル・サイエンスマスター)の概要と事例」
・6/20 岩坂 泰信:金沢大学自然計測応用研究センター教授
「黄砂の科学と黄砂問題」
・6/22 「新たな研究推進の仕組み―NPO型分散研究システム―」
茶山 秀一:(独)理化学研究所横浜研究所研究推進部次長、当所客員研究員
「NPO制度の概要と科学技術関係NPOの現状」
石黒 周:研究開発型NPO振興機構理事、ロボカップチーフビジネスオフィサー、国際レスキューシステム研究機構理事
「新たな研究推進の仕組み―NPO型分散研究システム―」
・6/22 Prof. Graham Warren:Yale大学教授
佐藤あやの:Yale大学
「米国のセルバイオロジー研究の現状と日米の違い」
・6/28 「ITS技術による環境負荷低減と安全・安心の街づくりについて」
津川 定之:名城大学理工学部情報工学科教授
「ITS技術による自動車環境負荷低減」
古川 修:芝浦工業大学システム工学部機械制御システム学科教授
「先進運転支援システムの開発について」
・6/30 「科学・技術の基盤概念枠を育む講演会 第五弾」
浅田 稔:大阪大学大学院工学研究科教授
「認知発達ロボティクスによる脳と心の理解の試み」
○主要訪問者一覧
・6/15 Dr. Carin Holroyd:カナダアジア太平洋財団
○第3回科学技術政策研究所機関評価委員会

5月31日(水)、標記委員会(委員長:池上徹彦会津大学長)の第6回会合が開催された。

委員会

第3回科学技術政策研究所機関評価委員会第6回会合

○新着研究報告・資料
「日中韓科学技術政策セミナー2006」開催報告(調査資料-124)
「科学技術動向 2006年6月号」(6月28日発行)
  レポート1 情報通信のエネルギー問題―求められる通信インフラの省電力―
客員研究官 小笠原 敦
  レポート2 ナノテクノロジー分野における各国の特許出願状況
ナノテクノロジー・材料ユニット 金間 大介
  レポート3 AAAS科学技術政策年次フォーラム報告
環境・エネルギーユニット 浦島 邦子
蔦
ふくろう
文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当: 企画課 news@nistep.go.jp)

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