政策研ニュース No.184

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目次

  1. Ⅰ.レポート紹介
  2. Ⅱ.トピックス
    • 科学技術政策研究所主催科学講演会開催のお知らせ
      第2調査研究グループ

  3. Ⅲ. 最近の動き

Ⅰ レポート紹介

科学技術国際協力の現状 (調査資料-101)

第2研究グループ 川崎弘嗣、林隆之、隅藏康一、新保斎、綾部広則、小林信一

本資料は、日本の科学技術国際協力の現状を明らかにし、これまで実施されてきた科学技術国際協力プログラムの実態を検討することを通じて、科学技術国際協力の実施にかかる課題、含意を抽出し、科学技術の国際戦略策定のための基礎的知見を得るものである。このため本調査では、政府予算の観点から現状分析を行い、また、日本が参画する科学技術国際協力プロクラムの中から、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム (HFSP) 、インテリジェント・マニュファクチャリング・システム (IMS) 、ヒューマン・ゲノム・プロジェクト (HGP) 、気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 、高エネルギー物理 (HEP) の5つを事例調査として取り上げ、プログラムの開始から運営に至るプロセスにおける課題、含意などを検討した。


◆政府予算から見た科学技術国際協力

日本における科学技術国際協力の現状を、平成11年度、12年度の政府予算から分析を行った結果、日本の科学技術国際協力関係経費の総額は約2,700億円で、科学技術関係経費約3兆2,000億円の9%弱に相当する。科学技術関係経費総体が増加傾向にある中で、国際協力のための経費はほぼ横ばい傾向である (図1) 。ただし、このことは国際協力が停滞していることを意味しているわけではなく、国際協力の浸透により、一般的な共同研究の枠組みの中で扱われるようになってきた結果、予算上で国際協力として明確に区別されなくなったためであると思われる。

国際協力の形態別にみると、「国際共同研究・科学技術協力」に関する経費が約5割、「国際機関等を通じた協力」に関する経費が約4割、「研究者交流」に関する経費が約1割となっている (図2) 。ただし、全体から宇宙/原子力関係のプロジェクト経費を除いた一般の研究開発プログラムのほぼ半分は、国際機関等への拠出金や分担金といった「国際機関等を通じた協力」経費で占める。





◆事例調査から得られたマネジメント上の課題

国際共同研究プログラムのマネジメントの観点から事例調査の結果を整理すれば、表1に示すような課題が挙げられる。これらは、プログラムの理念や目的を浸透させたり、参加のインセンティブを形成させるような設立過程の設計として、また運営体制、方法といった運営上の設計に関するものとして、プログラムの制度設計上重要となるであろう。

これらの事例調査から得られた横断的なマネジメント上の課題は次の通りである。

(1) 関連アクターの取込みとインセンティブ設計

いずれの事例にも共通するポイントは、関連するアクターを巻き込んだプログラム形成が必須であることである。その過程で、すべてのアクターが納得し、また参加するインセンティブが得られるような仕組みを設計していくことが必須である。しかし、プログラム形成の過程、プログラムのデザインは対象とする領域によっても異なるので、時間をかけて議論を重ねること、試行期間を置くことなどが必要であろう。

(2) 科学の次元と政治の次元

対象とする問題が、現実の問題解決の場合には、科学技術に関わる側面だけでなく政治的次元も密接に関わってくる。両者が密接に関わる問題であればあるほど、両者の調整は困難なものとなる可能性がある。この主の課題は科学技術の役割が重要になればなるほど増えてくると思われる。この問題をいかに解決するかを検討する必要がある。

(3) 知的財産権の扱い

今後は、どのような国際協力プログラムでも知的財産権のマネジメントが必須になってくると思われる。適切な制度設計をすれば、それは協力のインセンティブにもなり、また民間セクターの参加を促すことにもなりうる。

(4) 科学技術国際協力戦略の必要性と困難

日本が主導したHFSP、IMSは、科学技術分野の国際協力プログラムの新しいモデルとして定着した点は大いに評価されるべきであろう。しかし、それが我が国の科学技術分野における国際戦略や国際政策に基づいたものであるかというと、必ずしもそうではない。HFSPにせよ、IMSにせよ、日本政府には技術摩擦の回避もしくは緩衝という動機があったことは明白だが、プログラムの形成過程においては、そのような話題は脇に置かれ、「いかに純粋に科学技術国際協力プログラムとして望ましいものを設計するか」という方向に論点が移っていった。逆説的だが、日本政府が当初の狙いに拘泥しなかったからこそプログラムとして成立し、結果的に国益につながったと考えられる。

我が国の科学技術政策において、HFSP、IMSの事例ほど積極的で、国益を意識した国際協力政策はなかったと思われる。国として国際協力プログラムに関わって行く上では、各国の利害・関心との調整、戦略性は必須であると思われる。しかし、国益の確保は、HFSPやIMSの事例にもみられるように単純ではない。一見したところ国益を追求しないような対応をする方が、最終的には国益の確保につながるという場合もある。国益の確保の方法は慎重に検討される必要がある。


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ヒト胚の取扱いの在り方に関する検討 (DISCUSSION PAPER No.33)

第2調査研究グループ主任研究官 牧山 康志


写真: まきやま やすし
まきやま やすし
2002 年 4 月より現職。生命倫理問題に関連する「生命科学技術の社会的ガバナンスシステムの構築」が調査研究テーマ。バックグランドは神経内科医師、分子生物学。 関連の報告: 「英国のヒト胚に関わる管理システム成立の背景と機能の実際 - わが国におけるガバナンスシステム構築のために -」科学技術動向 2003 年 3 月号、No.24

本報告は現在、生命科学技術の社会的問題 (生命倫理問題) として論争のあるヒト胚の取扱いの在り方に関する検討を行ったものである。ヒト胚の取扱いに関する問題は、人クローンを禁じた「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」 (平成 12 年法律第 146 号、2000 年 12 月) の附則において、施行後3年以内 (平成16年6月) を期限とする検討課題として位置付けられている。

(1) 背景

ヒト胚 (人の個体発生における初期の状態であり、受精、核移植などにより卵が発生を開始したもの) は、20年来、体外受精技術を基盤とする生殖補助医療 (不妊治療など) やその研究において作成・使用されてきた。さらに近年、再生医療等を目的とするES細胞樹立のために、より広い研究目的におけるヒト胚使用が開始されている。現在のわが国では、ヒト胚、特にヒト受精胚 (精子・卵子の受精過程を経たヒト胚) の取扱いの在り方を直接的に規定する法律がなく、ヒト受精胚についてはこれを粗略・無闇勝手に使用することが不適切であるという、緩い社会通念 (あるいは合意) が存在する一方で、ヒト受精胚の適正な取扱いを保障し得ない状況にある。結果として、社会の不安や懸念が研究の社会的受容と展開を困難にし、医療においては患者の人権や生まれる子の福祉の確保が困難となることが危惧されている。

(2) ヒト胚に関する倫理観

ヒト胚に関する個人の倫理観には、ヒト胚を保護することが人の尊厳の保持につながるという考え方と、ヒト胚を使用して、個人の生命・疾患・障害等の克服を目指すことこそ人の尊厳に適うとする考え方の二者の対立がある。その他にも、生命の道具化・資源化・手段化への危惧、ヒトへの生命操作が伴う未知なる危険への不安など、多様な意見がある。したがって、それら多様な倫理観を包含した社会の総意と、生命科学技術の実施とを整合させる必要がある。

ヒト胚取扱いの在り方に関する問題に対しては、各国それぞれの取組みがみられる。ドイツ、フランスは、法律を制定してヒト胚の研究目的の使用を禁じ、生殖補助医療に使用を限定した。他方、米国は公的資金提供の制限は行っているが、民間における使用は自由である。英国は社会制度を整備して、社会的管理の下に臨床・研究における使用を行っている。わが国では既にES細胞樹立のためにヒト胚を使用することが始まっており、社会的要請に答えて厳密な規制の中で、ヒト胚の使用を許容する選択をとることが考えられる。しかし、その場合には、適切なヒト胚の作成・使用と社会的受容との双方の確保を実現するための社会制度が必要である。

また、ヒト胚の制度の枠組みは、従来から行われてきた生殖補助医療と、新たな使用目的となった再生医療のいずれをも包含するものでなければならず、医療・研究目的としての重要性と整合性に関わる検討点、それらの特性を比較して、図表1に示した。



図表 1 : 生殖補助医療と再生医療の比較
生殖補助医療 再生医療
ヒト胚を使用する目的
 体外受精児を誕生させる  滅失してES細胞を樹立する
医療の必要性
 挙児希望を叶える  疾患・障害等の克服・生存の権利
医療としての実績
 約20年の実績を持ち累積 5 万人を超える子の誕生がある  未だ有効な臨床応用が出来るかどうかは、分からず、今後の研究成果に依存する
ヒト胚の滅失との関わり
 移植に際し、胚は選別される。移植された胚から出生にいたるのは、20%程度に限られることから、多くの胚を喪失する。生じた余剰胚は廃棄・滅失されるか、研究に用いられる。その他、生殖補助医療の研究目的に受精胚を作成する場合もある。  使用される胚は必然的に滅失される。一度ES 細胞が樹立されれば、数多くの研究や臨床応用に使用できる可能性がある。しかし、樹立に必要な胚の個数は未知である。また、何系統の ES 細胞の樹立が必要であるかも未知である。

(3) 政策提言 - 社会的ガバナンスシステム -

ヒト胚の取扱いを含む先端的な生命科学技術の実施には、「結果として何を生じるかわからない」という不確定性を伴う。しかし、不確定性自体は科学技術に不可避の要素であり、不確定性が社会において問題となるのは、何を生じるかわからない結果に対処する仕組みが備えられていないと考えられる場合である。ヒト胚の取扱いは、場合によっては、ヒトの個体発生に直接的な影響を及ぼし、取扱いの有り様によっては、個人の安全や人の尊厳の侵害に結びつく可能性を否定できない。

したがって、本報告書では、ヒト胚を取扱う生命科学技術の実施に際し、社会は、監視の「目」を備え、必要な措置を講じる「手」をもつ実効的な制度を整備すべきであるとした。その社会的管理の枠組みに実施者のすべてが参加する仕組みを設けることによって、不確定性に対処することができ、また、多様な状況に即した個別判断も可能となると同時に、研究の自由に対する必要以上の制限を回避することも可能となるはずである。このような社会制度の構築により、ヒト胚取扱いの適正を図ることは、一律の規制に比べれば、コスト (人的、社会的、経済的) を必要とするが、翻って、リスク等管理の失敗がもたらす多大なコストを回避することが可能である。

生命科学技術の発展とその社会的な受容とを両立させる枠組みには、規制方式として、法律やガイドラインの特性を生かした以下の要件が求められる。

① 法律による拘束力② 学問・研究の自由の尊重
③ 変化に対する柔軟性④ 社会的信託

本報告書では、わが国の社会において、これらの要件を満たす実効的な制度、包括的ガバナンスシステム像として「包括的なガバナンス機構による社会審査制度」(Social Review Program with Comprehensive Governance Organization、以下「社会審査制度」、図表2)を提言している。

「社会審査制度」は法律によって許認可管理機関を設置し、同機関の許認可権を軸に、社会に即した規制の実効的な運用を行う制度である。ヒト胚が、取扱いの在り方によっては、人の安全と尊厳を侵害することになるという危惧の念に応じ、かつ、適正な生命科学技術発展を図る制度である。

ヒト胚の許認可管理機関は、ヒト胚を用いた生命科学技術や医療技術の発展とその社会的受容とを適切に仲介する役割を担う。そのために必要とされる社会や実施者からの信頼を、機関の独立性・透明性の確保と適切な (信頼できる) 委員の選任によって実現する。さらに、同機関は調査研究機能と査察権等を有して現場を掌握していることで、適切な許認可の実施と同時に、強力なシンクタンク機能を発揮し得る。つまり、適正な判断を下すための情報・理論・討論を蓄積し、施策決定の場への情報提供及び、社会との情報の共有、連携を図る広報活動を行う能力を有している。

まとめると、許認可管理機関は、許認可、ガイドラインの策定、調査研究、査察、安全管理、フィードバック、広報・情報提供などの機能を備え、透明性、独立性、実効性を確保し、社会的信頼を基盤とし、社会審査制度の運用を担う機関である。また、同機関の運営の適正を図り、形骸化等を回避する意味から、組織の設置・改廃 (不適切な運営が行われている場合には、他の然るべき機関に委託を変更するなどを含む) などに関する柔軟な対処が可能な、NPO、独立行政法人 (Agency) 、あるいは民間への委託なども、その設置形態として考慮すべきである。


ヒト胚に関する様々な倫理観のどれかのみが正しいということはない。ヒト胚は粗略に取扱うべきではないという緩い社会的合意を考慮した上で、個人の自由と権利、胎児の置かれた社会的現状を考え合わせれば、医療・研究などの許容し得る特定の範囲の目的での使用を許容し、かつ、ライセンスを必要とする社会規制の枠組みの中で実施すべきである。その枠組みの中で法律を根拠とし、調査研究機能を備えた許認可管理機関が機能する社会制度 (「社会審査制度」) が、今後の生命科学技術の社会的ガバナンスシステムの基本骨格となるべきである。

なお、「社会審査制度」の海外における類例として英国の「ヒト胚・受精委員会 (HFEA) 」、フランスの個人情報保護機関「情報処理と自由に関する国家委員会 (CNIL) 」があり、参考になる。



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Ⅱ. トピックス

科学技術政策研究所主催科学講演会開催のお知らせ

第2調査研究グループ

『ダーウィンで科学を楽しむ』
Science Lecture - Enjoying Science Through Darwin -

1. 開催趣旨:

科学技術理解増進に関わる調査研究の一環として、一般の方 (特に学生、教職員) 向けに科学のおもしろさ、楽しさを語っていただくと同時に、今後の理解増進活動の参考とするための講演会を開催します。

2. 開催日時:

2004年3月22日 (月) 13:00〜17:00

3. 会場:

日本科学未来館 みらい CAN ホール

□交通: ●新交通ゆりかもめ「船の科学館駅」または「テレコムセンター駅」各徒歩5分

4. 主催:

文部科学省科学技術政策研究所; 協力: 日本科学未来館;
後援: ブリティッシュ・カウンシル

5. プログラム:

開会挨拶  毛利 衛 (日本科学未来館館長)

「ダーウィンと家族の絆」  ランドル・ケインズ (ダーウィン研究家・ダーウィン・トラスト理事)

「ダーウィンの壁 - 甲虫が教えてくれること」  養老 孟司 (北里大学教授、東京大学名誉教授)

「ダーウィンとその時代」  ジェイムズ・ムーア (英国オープン大学上級講師)

「メジャーリーグの進化とダーウィン」  向井万起男 (慶應義塾大学助教授)

「雌の奔放な振る舞い - ダーウィンを悩ませた動物行動進化の謎」

オリヴィア・ジャドソン (英国ロンドン大学インペリアルカレッジ研究員)

 

司会 吉本多香美

6. 参加お申し込み方法等ご案内:

お申し込みは、EmailまたはFAXにてお願い致します。 (1) 氏名 (2) 住所 (3) 年齢 (4) 職業 (学校) をご記入の上、メール、または文書を事務局までお送り下さい。なお、参加いただいた方にはアンケート調査協力をお願いすることになりますのでご承知おき下さい。



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Ⅲ. 最近の動き

○ 主要来訪者一覧
・1/14Dr. Ugur Muldur: 欧州委員会研究総局 K 局 3 課長(表紙写真)
Dr. Henri Delanghe: 同課科学官
○ 講演会・セミナー
・1/28浅野 和俊: 山形大学工学部名誉教授
「欧米の研究教育状況とリタイア後の研究者」
○ 新着研究報告・資料
博士号取得者の就業構造に関する日米比較の試み - キャリアパスの多様化を促進するために -
(調査資料-103)
ヒト胚の取扱いの在り方に関する検討 (Discussion Paper No.33)
「科学技術動向 2004 年 1 月号」 (1月30日発行)
  特集 1 米国国立衛生研究所 (NIH) の生物医学研究推進に向けた戦略 (NIHロードマップ)
  ライフサイエンス・医療ユニット 島田 純子
  特集 2 光ディスク産業の最新動向 - 日本企業の優位性と中・米連携標準化の新しい動き -
  情報通信ユニット 立野 公男
  特集 3 発電用ガスタービン高効率化に向けた耐熱材料の開発動向
  材料・製造技術ユニット 玉生 良孝
  特集 4 米国「21世紀ナノテクノロジー研究開発法」における注目点
  材料・製造技術ユニット 奥和田久美



編集後記



先々月号よりお知らせしておりますが、1月より政策研は霞ヶ関から丸の内の仮庁舎内に移転しました。

いままでは別館だったということで不便だった面も、文部科学本省と同じビルになったことにより解消されていくかと思います。

今後とも倍旧の御支援を賜りますようよろしくお願いいたします。


文部科学省科学技術政策研究所広報委員会(政策研ニュース担当: 情報分析課news@nistep.go.jp)

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